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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
王都経略編
50/116

盗賊の討伐依頼の裏でⅡ

「では、報奨はグロッゼン殿へ」

 その言葉を聞いた瞬間、ロズヴェータは目の前の無防備な背中を蹴り飛ばしてやりたい衝動にかられた。横目で伺うグロッゼンの顔に僅かに浮かんだ笑みを、ロズヴェータは見逃さなかった。

 事の発端は、ルクレイン公爵の治めるエウザーラ地方で盗賊の討伐を行った時のことである。難民に毛の生えたような小規模な盗賊をいくつか討伐し、その報告を証拠の品と共に持って帰った際のことだ。

 普段であればその依頼を出した組合ギルドを通すところを、今回は複雑であった。なにせ範囲が広い。王国のほとんどにまたがる地域が依頼の範囲内であるため、一々王都の組合ギルドまで証拠と報告をもっていっては、効率が悪すぎるのだ。

 だからこそ武官派閥(いらいぬし)が示したのは、実績ある騎士隊による統率。複数の騎士隊にある一定の地域を任せ、その中で過去の実績をもとに旗頭を決める。

 その旗頭が各騎士隊の功績を決めて、上申をするというものだ。

 確かに、中間管理職とも言える旗頭が、公平に査定し功績を上申すれば、武官派閥(いらいぬし)は少ない労力で全体の管理ができるし、参加した騎士隊は効率的に盗賊を討伐し、稼ぎを出すことができる。

 しかしながら理想はそうだが、実際にそううまくはいかない。

 その現実がロズヴェータの前に立ちはだかっていた。

 問題になったのは、旗頭が確実に依怙贔屓をして不公平な上申をしていることだ。三頭獣ドライアルドベスティエの任された地域には、騎士隊が五つ。旗頭の騎士隊は、そのうちの一つの騎士隊の功績を過大に申告し、あろうことかロズヴェータの騎士隊の功績までも、その騎士隊の功績として申告していた。

 依頼の開始から10日目の中間報告において、自分が申告した功績が他人の者になっていることを確認したロズヴェータは、頭の中が沸騰するかのように激し、そして急速に冷えていくのを感じた。

 中間報告が終わり、旗頭のゲランと依怙贔屓されているグロッゼンが並んで歩いている様子を後ろから観察する。毛むくじゃらの熊が卑しい笑みを浮かべているような旗頭のゲラン。そして薄く化粧すらして自身を飾り立てるのに余念のないグロッゼン。

「ゲラン卿、待たれよ」

 そう声をかけたロズヴェータに、露骨に迷惑そうな顔をしてゲランは舌打ちした。

 その影でロズヴェータの姿を見たグロッゼンが陰湿に哂う。

「先ほどの上申、納得できかねる」

「ふん、小童が、納得できかねると来たか。で、どうせよと? 貴様如き、小童がこの俺に意見するなど10年早いわ」

「上申の訂正をして頂きたい。メルミ村の盗賊討伐は、我が功績」

「旗頭の裁定に不服とは、随分態度が大きいな? 旗頭は親も同然。組下になったならば、その指示に従うが当然であろう!」

 グロッゼンの言葉に気をよくしたゲランが笑う。

「あの程度の小物しか取ってこれぬ貴様の意見など、聞くに堪えぬ。消えよ!」

 怒鳴り散らすゲランの姿に、それでもロズヴェータは毅然と己の主張を再度主張した。

「納得いきません。なぜ、我が功績を、不当に奪われねばならぬのか!」

「聞こえなかったのか! 失せよ、小童! ええい、衛兵!! 何をしておるか!」

 場所は、エウザーラ地方の領主の館。無論ルクレイン家と繋がりはあるものの、武官派閥の色の濃い貴族の邸宅である。その廊下で騒ぎ立てるのだから、その家の私兵は動かざるを得ない。

 揉めている二人を引き離すように間に入ると、双方の顔を立てる様に引き離していく。

 そんな中でもロズヴェータの内心は醒めていた。

 先ほどの意見も、まぁダメだろうなと思いながら主張をしたのだ。案の定な結果に、心の底から腹を立てるということもない。どちらかと言えば、ゲランが剣を抜かなかったことの方が意外であった。

 抜けば決闘に持ち込めたものをと、少し残念にすら思う。

 だが、間近で見てその装備と体躯をよく観察することはできた。

 筋肉隆々たるゲランは全身鎧に身を固め、獲物は腰にさした長剣は使い込まれたものか。それにしては随分と傷が少ないような気がするなと、ロズヴェータは目を細める。ロズヴェータよりも頭二つ高い身長は見上げるばかりだが、膂力こそ目を引くところがあるものの、取り立てて注目すべき功績も無いように思えた。

 初対面の時からすでに、ロズヴェータのことを初心者の小童(ルーキー)と侮り、足を引っ張るなと鼻を鳴らして軽くあしらう対応ぶりだったのだから、ロズヴェータ側からの心証は最悪に近い。

 対するグロッゼンは、軽装の鎧で最小限急所を守れるだけの装備をつけているだけだが、服の上からでもわかるその線の細さは、隠しようもない。新品同様の鎧に、腰にさした長剣も使った形跡すらない。

 ロズヴェータを見るなり、優位を取ろうといきなり怒鳴りつけてくるような輩だったが、その怒鳴り声すらどこか高く、滑稽ですらあった。

 この二人を見て居ると自然と冷えてくる感情に、ロズヴェータは目を細めた。

 ──問題は……そう問題は、彼らが居なくなった後の旗頭をどうするか。

 任された地域に投入された騎士隊は五つ。そして二つ──ゲランとグロッゼンには既にロズヴェータは見切りをつけていた。では、残る二つはどうか。自らの騎士隊を除けば、いずれも若い騎士の姿がある。

 この中にまともな騎士がいてくれることを願いつつ、ロズヴェータは彼らに声をかけようと足を向けた。

 ──ふざけるなよ。騎士は舐められたら終わりだ。若いからとこちらを侮り、一方的に獲物を奪うのなら、それ相応のやり方がある。

 内心に憤怒の表情をしまい込み、ロズヴェータは足を動かした。


◆◇◆◇


「おかしい……こんなはずでは」

 呆然と呟く分隊長ガッチェは、目の前の光景が夢か何かかと疑っていた。

「おおーい、ガッチェ殿に酒をお注ぎしろ! 肉が切れてるぞ!?」

 なぜか、ガッチェは器になみなみと注がれた酒を飲み干させられ、普段は食べたことのないような食事の盛り合わせ、両隣には娼館での器量よしが並んでニコニコと笑みを浮かべていた。

「……」

 しばらく考え込んだガッチェは、やはりこの待遇は身の丈に合わないと思い立ち、杯を置いて立ち上がる。

「あれ、ガッチェ殿いかがなさいました?」

「……仕事に戻らせていただく」

 目を真ん丸に見開いて、目の前にいた娼館の支配人が手を上げて制止の声を上げる。

「な、なにか不手際でも?」

「いえ、そんなことはなく」

 立ち上がるガッチェを見た、娼館側は慌てた。ロズヴェータが遠く王都を離れている中、ガッチェの身も心も蕩けさせ、こちらの言う通りに動いてくれる用心棒としてしまおうとしたのが、事の発端である。

 娼館側から見て、酒が回り切る前に、立ち上がるガッチェの姿に隙はない。腕にすがり付いてきた娼館の人気娼婦が目尻に涙を浮かべて。

「帰らないで……」

 という切ない声を出すのにも一瞥して、その手を優しく振りほどく。

 ──うちの稼ぎ頭の殺し文句なんだけどなァ……!

 内心で舌打ちと同時に感心もしていた。

 ──さすが、辺境伯家の騎士隊で王都の留守を任せられる男か。色仕掛け程度にはびくともしやがらねえ。

 それどころか、色仕掛けを仕掛けたはずの人気娼婦の手を取って優しく何事か囁くと、その娼婦自体が頬を染める。

「それでは、お代を」

「いえ、頂くわけには……今回は顔合わせを兼ねたこちらの誠意……」

 ぎらりと、ガッチェの目が光るような気がして答えた支配人はびくりと、背筋に冷たいものが走る。

「誠意、ですか」

 言葉少なめに考え込む辺境伯家の代理人に、支配人は戦々恐々としていたが、それをおくびにも出さず、表面上は揉み手に卑屈な笑みを浮かべて頭を下げる。

「いいえ、やめておきましょう。支配人殿」

「は、はい!」

 その鋭い眼光に、思わず声が上ずる。

「……今回の飲食の代金を、辺境伯家の会計係(・・・・・・・・)に言づけてください」

 ──今、この男辺境伯家の会計係と言いやがったか!?

 娼館の支配人は、ガッチェの言葉の裏を読む。

 三頭獣ではなく、辺境伯家と言ったのは彼がロズヴェータとは別系統の指示を受けて動くお目付け役としての役割を担っているからなのか。やはりうかつに請求するのは憚られると思い口を開きかけた瞬間、再びガッチェが口を開いた。

「……必要でしょう? こちらも、経費にさせていただきますよ」

 もはや、娼館の支配人には、目の前にいるのが辺境伯の代理人と言われても、なんら迷いなく信じてしまうだけの証拠が揃ったように感じた。

 ──経費にさせる? 馬鹿言うな、どこの兵士が酒場の飲み代を経費で落とすものかよ。

 経費にするってことは、辺境伯家に報告しておくってことだろうとあたりをつける。

 ──いい意味か、悪い意味か!?

 これまでの言動を振り返り、支配人は高速で頭を回転させる。ここが娼館の一世一代の勝負時とばかりに、自分の行動と相手の言動を反芻する。

 ──ガッチェ殿ですか? そうですね。辺境伯家の出身で、少し堅物なところがありますが悪い方でないので、よろしくお願いしますよ。色々と、ね。

 クスリと笑った妖艶さすら漂わせたユーグの声が、支配人の頭の中に蘇る。

 意味深に笑う最後の“色々と、ね”というその意味は、こう言うことだったのかと支配人は歯噛みする。

 やはり初手からもっと積極的にいくべきだったと後悔しつつ、立ち上がるガッチェを止めるすべもない。慌てて立ち上がり、店の前まで見送る。その頃には、努めて見せないようにしていた顔色が、青白くなっていた。

 店先でガッチェが再び支配人に声をかけた。

「顔色が悪いようだが、体調が優れないのなら、見送らなくとも結構だ」

「い、いえ。いいえ。とんでもない。この程度お客様を見送るのに支障はありません」

「そうか。では、支配人殿。私はこれで……この店のことは、しっかりと(・・・・・)伝えておきますよ」

「っ!? は、はい!」

 そう言って立ち去るガッチェと護衛の二人。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、支配人は頭を下げ続けていた。

「そういえば、おい。あのお方に一体何を言われたんだ?」

 若干いつもの太々しさを取り戻して、支配人はガッチェの隣に並んでいた娼婦に問いかける。

「ああ、なに。その……」

「なんでぇ、別に取って食いやしねえよ。ちょっとあのお方に興味があるんだ。教えてくれねえか?」

 いつも傲岸不遜を地で良く支配人には珍しく、下手に出た言動に、娼婦は首を傾げながら言われた言葉をそのまま反芻する。

「暮れ六つ鳥の鳴き声は……って、それだけを」

「……後半は、言わなかったのか?」

「随分粋な方だなと、思いましてね」

 娼婦の言葉に、支配人は唸った。教養も、女の扱い方もうまいと来た。

「ありゃァ、やっぱり一廉の男だなァ」

 顎に手をやり、無精髭を撫でながら思考にふける。

 ──暮れ六つ鳥の鳴き声は、酔いの暁、故郷の調べ。

 意味は、夕方になく鳥の声は、酒を飲んで酔い初めで気分が良いが、故郷では家に帰れとの合図である。貴方とこのまま酒を酌み交わしていたいけれど、もう私は帰らないといけない。名残惜しいが、これでお暇しますとの意味である。

 流行歌で、娼館で交わされる別れの際に、よく使われる。しかもしれっとそれを前半だけ伝えるということは、後半は言わずともわかるだろうと、娼婦に問いかけてきているのだ。

 男女の機微をわかったうえで、これ以上は言葉に出来ないけれど、貴女を思っていると暗に伝えたそのやり取りに、高級娼婦であり、知識も教養もある彼女は頬を染め、支配人は唸った。

「まァ、感触は悪くねえのか……おい、あのお方逃がすんじゃねえぞ?」

「あらま、私は良い男を相手に出来るから良いんですがね?」

 高級娼婦が相手にするのは、ほとんどが年齢高めの財を成した男や貴族の苦労知らずどもだ。だからこそ、現場でたたき上げ、それが立ち居振る舞いにでているような、彼女からすれば匂い立つような男の魅力にあふれた男を相手にして、良いのかと疑問をぶつける。

「あのお方は……いや、まぁ良い。とにかく上客だ。なるべく機嫌を取っとくに越したことはねえだろうよ」

 辺境伯家の、しかも三男とはいえ、息子の監視を任せられるような男だ。丁寧にもてなして決して悪いことは、ないはずだと支配人は頷く。

 そんなこととはつゆ知らず、ガッチェは護衛二人と共に辺境伯家の邸宅に戻る道すがらであった。

「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな……」

「どうしたんです、分隊長。食事もおいしかったし酒も出してくれるなんて、すっごいサービスが良い店だったじゃないですか」

 ガッチェに問いかける分隊員の声に、苦笑を浮かべて自分の下手を打ったところを話す。

「いや~、どうもこうもないさ。お店の支配人が気を使ってくれてね。お代はあの場でなくて良いって言ってくれたんだけど、酒が入って三頭獣の会計に経費でつけておいてくれっていうところを、辺境伯家と言い間違ったり、娼婦との別れにあの流行歌を使おうと思ったら、後半が出てこなくてね。焦ったよ。前半だけ言って逃げる様に立ち上がったんだけどさ」

 そのガッチェの話に、分隊員達は爆笑しながら気分よく歩く。

 彼らにとってガッチェは気さくな分隊長であるとともに兄とも親とも慕う故郷の先達である。

「まぁ、少し酒が入りすぎな者もいるのだろうから、巡回は早めに切り上げることにしよう」

「はいサー。あ、俺他の奴のためにお土産にしてもらったんスよ。喜びますかね」

「良い心がけだと思うよ。うまい思いをするときは、仲間におすそ分けをしないとね」

「うっす!」

 彼らの王都の日常は何事も無く、過ぎていく。盛大な勘違いを放置していくガッチェの日常はさらなる勘違いを生むことになるが、それはまた別の話であった。



副題:ロズヴェータちゃん、足蹴にされる。ガッチェさん勘違い系主人公?

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