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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
立志編
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叙任式

 騎士校の卒業は、国王の前で叙任式を行うことになる。

 地方の豪族や武勇に優れた庶民にしてみれば、国王の姿を見る数少ない機会である。また貴族の子弟としても、これをもって一人前となる機会を得るため、決して手は抜けない。毎年200名から300名が騎士としての地位を得て卒業していく中にあって、半数から七割が貴族以外の者たちで構成されている。

 毎年少なくない国内貴族の子弟が国王臨席の元での叙任式に臨むが、当然それには国内の貴族達が列席する。本人が出られなくとも、名代として代理のものを派遣するなど年に一度の一大イベントであり、娯楽の少ない民衆にしても、まるで競馬の馬券を買うように、今年の有望株は誰だと言い合って推しを決めたりする。

 今年の叙任式の注目は、なんといっても王族の騎士が誕生したこと。

 本人に言わせれば、端っこに引っかかっている程度、などというが、それでも立派に王族の血が流れているのだから、民衆からすればある一定以上は雲の上の存在で、たいして意味はない。

 貴族たるものは、すなわち騎士であり、それを束ねるものこそが王族なのだ。その王族の中から騎士が誕生したことは、行く行くは国の中枢に上り詰めていくことを意味する。

 民衆の口の端に乗せれば、“本命”というやつだ。

 貴族達にしてみれば、その所属する派閥と利害関係から、どのように利益を生んでくれるか、宝石を吟味する商人のようにその一挙手一投足にいたるまで、舐めるように見られる。

 リオリスにしてみれば、その他大勢の視線など全く気にせず、淡々と定められた動作で叙任式を終えていく。そもそもとして、周囲の空気など端から読まぬ気にせぬ省みぬの三拍子揃った男であり、カボチャ畑に立つ案山子のように、いつものように朗らかな笑みすら浮かべていた。

 大物よ、と評価するものもいれば、何も考えていないバカだと見下すものもいるが、誰しも口には出さない。精々が、獅子の王家の狗(いぬ)だと内心で囁くだけだ。

 そして本命があれば、次はそれに続く者だ。

 剣の腕では、その才覚はずば抜けている。ということで有名になったのが、ルフラージ家の庶子。女の身でありながら、その才覚は随一との評判である。

 王国南西の大貴族ルフラージの末の娘。先代伯爵の庶子として生まれ、先頃代替わりした女伯爵に可愛がられ、その気性は烈しい。

 短く切りそろえた赤い髪と切れ長の瞳、女にしては長身痩躯の彼女は、若く凛々しい姿で居並ぶ貴族達からの注目を集めた。【学園】に通う子弟や、教師の縁者など彼女の噂を聞くことがあるものは、興味をもって、エリシュを眺める。

 あれが例の(・・)、赤い髪の狂犬か、と。

 さらには、“穴馬(ダークホース)”として名前が挙がるのが、辺境伯の三男。これもまた庶子であるが、ルフラージ家の庶子を、栄えある剣術大会の決勝で無表情で素手で殴り続けるという冷酷極まりなく、勝つためには手段を択ばない非情の人、ともっぱらの評判であった。

 辺境の蝮(フロディアスネク)ノブネル・スネク・カミュー辺境伯の秘蔵っ子。一代で成り上がった辺境の雄。仇敵三日月帝国(エルフィナス)、堕落した草原の国(ツァツァール)と隣接する難しい土地を治める王国東方の要。

 嫡男は凡庸、次男は才子、では冷酷無比と噂の三男は?

 貴族達の色眼鏡は、重苦しい空気となって新たに騎士となった若者達に注がれる。

「──今日、この時より、諸君らを騎士と認める」

 いまだ若い少年と言っても良い国王の言葉に、叙任式に参列した全員が首を垂れる。

 ──騎士とは、忠勇でなければならない。

 ──騎士とは、武勇に優れなければならない。

 ──騎士とは、恥を知り名誉を守らねばならない。

 ──騎士とは、弱きものを守らねばならない。

 ──騎士とは、神への奉仕を忘れてはならない。

 騎士の誓いを同期の代表であるリオリスが、片膝をついたまま声を張りあげる。

「我ら、騎士の誓約を忘れず──」

「──忠誠を!」

「──勇気を!」

「──名誉を!」

「──慈愛を!」

「──神を!」

 200名からなる同期が声を揃える。

「この身を捧げます」

「神の御加護を! そうあれかし(エィメェン)

 リオリスの言葉が言い終わり、国王が締めの言葉を発すると、万雷の拍手が沸き起こる。

 今日この時より、彼らは騎士となった。

 一人前と認められ、その行動には責任が付きまとい、自身でそれを背負わねばならない。それがいかなるものだったとしても……独りで立つとは、そういうことなのだ。


◇◆◇


「あ、いたいた! お~い!」

 ニャーニィの声で振り向いたリオリスとロズヴェータは、同期二人が人込みを縫って歩いて来るのを見つけた。

「よっ! お二人さん」

 砕けた調子でエリシュが笑い、ニャーニィも笑みを深める。

「おう! 二人ともこれでお別れだな!」

 【学園】での生活も終わりを迎え、これからはそれぞれが別の道へ進むことになる。

「名残惜しいけどね……もう少しロズを殴り倒せば良かった」

「……まだ根に持ってるのかよ!?」

 ロズヴェータはドン引きしながら、眉を顰めるエリシュを見た。

「あったりまえでしょ。剣術大会でのこと……私キズモノにされちゃったもの」

「そんなこと言ったら、俺はあのあと毎日キズモノにされてるよ!?」

「仲が良いことだねぇ。そういえばリオリスは、この後、お見合いなんでしょ?」

「ぶっ!? なぜそのことを!?」

「ほぅ?」

「へぇ~?」

 顎に手を当て、目を細めるロズヴェータと獲物を見つけた肉食獣の如き笑みを見せるエリシュ。

「いや! 昔から決まってた相手だからな! 今更お見合いなんて、と俺も思ってるんだが」

「お相手は?」

 にやりと笑ったロズヴェータが逃げ道に回り込む。

「いや、別にいいだろう!?」

「よくはないなぁ。同期の友情に水を差す行為じゃないかね? ねえ、ロズさん?」

 正面に回り込む肉食獣エリシュが、にやにやと笑いながら逃げるネズミをもてあそぶ。

「まったくだなぁ。エリシュさん。秘密はよくない」

「さあ!」

「さあ、さあ!」

「あ、隣国のお姫様だよ」

 ニャーニィの発言に、ロズヴェータとエリシュが思わずリオリスに詰め寄る。

「で、どんな人!?」

「いや、どんな人と言われても……この後一緒に会いに来るか?」

 お見合いの現場に? 同期が? どの面下げて?

 リオリスを除く三人はダメな息子を見つめる母親の視線を彼に向けた。

「──そういうところだよ。リオリス」

 三人同時に声が重なる。

「なんで!?」

 三人同時に責められ、リオリスは驚き声を上げるが、それもすぐ笑い声に代わる。思えば、こうやってバカ騒ぎができるのも、これがきっと最後なのだ。

「エリシュはこの後、どうするの?」

「ああ、姉上が来てるからな。挨拶に行かないと」

「気難しいって聞くけど……」

 情報通のニャーニィが、大丈夫なのかと問いかけると、エリシュは苦笑する。

「すぐ拗ねるんだ。今日と明日は一緒に居ないとだめだろうな」

 苦笑するエリシュに、なんかイメージと違うといって困惑するニャーニィ。

「ニャーニィは?」

「う~ん、お迎えが来てるからまっすぐあいさつ回りかな。それが終わったら王都でお仕事。お父ちゃん達見栄の張り合いに忙しくて……」

 溜息をつくニャーニィに、エリシュも同意する。

「まぁ多かれ少なかれ、貴族でも同じだよ」

「そういえばニャーニィは、南の豪族(ユンカー)階級出身だっけ?」

 リオリスが首を傾げる。

「そう。なんか豪族(ユンカー)階級のまとめ役になりたいらしくてね。私の騎士校も結構無理して出してるの」

「いろいろ大変なんだな」

「そっくりそのままお返しするわ。扱き使われるのは、リオリスもでしょ?」

「まぁ、しばらくは王都周辺で無難な経験を積まなきゃな。それが済んだら西を除くどこかで小競り合いに参加ぐらいはするかも」

「ある意味、道ができてるみたいなものよね。私は断然前線希望だけど、ロズは?」

 もっと楽して生きたいぃ、と嘆くニャーニィを尻目にエリシュがロズヴェータに問いかける。

「そうだな。家の意向次第だけど、しばらくは王都になるんじゃないかな」

「意外だな。実家の方に戻ると思ったが」

 リオリスは首をかしげるが、ロズヴェータは苦笑する。

「実家からは、少し距離を置こうと思ってるし、そのための金もできた」

 ロズヴェータは剣術大会の優勝賞金と、自分が勝つ方に有り金全てを賭けていた。その金額は当面の生活資金と、自ら騎士隊を組織できる程度にはなっている。

「エリシュには感謝しているよ」

「同意、激しく同意」

 にやりと笑うロズヴェータと、目を金の色にして笑う魔女猫ニャーニィ。

「あんたらねぇ~……」

 握りしめる拳がわなわなと震え、歓声を上げて逃げる二人をエリシュが追い掛け回す。

 楽しい時間はいつか、終わる。

 彼らが卒業の余韻に浸っていられたのは、ほんの短い時間であった。

 それぞれの家から使いが来て、別々の道へ彼らを導いていく。

 武運を、そう言って旅立つ彼らの未来は明るいと、誰もが明るい未来を信じて、足を進めた。


副題:ロズヴェータちゃん卒業式で仲良しのみんなとお別れ。


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