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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
王都経略編
47/115

始まる警護積み重なる問題

 アウローラの部屋を出たロズヴェータは、自分の部屋に入るとそっと息を吐きだした。

「……乗り切ったな」

 寝台に腰をつくと、ため息交じりに吐き出すその本音に、美貌の副官ユーグは悔しげに口を開く。

「申し訳ありません。私がもっとしっかりしていれば、あのような茶番……」

「いや、そんなことはないさ。何事も事前に聞いておいて良かった」

 穏やかにほほ笑むロズヴェータに対してユーグは、悔し気に唇をかむ。

「さて、アウローラに紹介する投資の話し合いについて、最後の詰めの部分を聞こうか」

 そういったロズヴェータの声に反応して嬉々としてユーグは成果を報告する。

「ザザール家については、二つ返事とまではいきませんでしたが概ね良好な反応です」

辺境伯家の三男(おれ)の名前で紹介した投資の話に対して、運用する資金の一部を紹介料として受け取る……運用のはザザール家だから、高い比率は望むべくもないが」

1厘(0.1パーセント)を紹介料でしたか。実際どの程度の利益なのでしょう?」

「都市国家シャロンと国で大きな権勢を誇る貴族の推薦だから、悪くはないと思うが……正直言って未知数」

 両手を上げて降参のポーズをするロズヴェータに、あくどい笑みを浮かべてユーグが追従する。

「しかし、あの性悪女にやられっぱなしではないというところが、良いですね!」

 少しはオブラートに包めと苦笑しながら、ロズヴェータはユーグの言動に苦く笑った。これで彼女の取り分は、2%の利益から1.9%の利益となって、ロズヴェータに僅かながらも流れ込む。

 この提案の良い点は、ロズヴェータ自身は何ら動いていないが、実家の名声と、他人の金で、何もせずとも金が入ってくるという点だった。運用におけるザザール家は、南部豪族ユンカーの大物。陸路における交易の経験は高く、聞いて回った感じでは堅実な利益を上げている。

 しかも、魔女猫ニャーニィの実家であり、利益をかすめ取る可能性が低いことも悪くない。採用の基準が縁故というのが、当たり前の時代において信用のあるなしは、商売の浮沈そのものに関係する。

 辺境伯家の看板は、最前線で国を守る盾として有名であるし、質実剛健なその家風は、借金をほとんどしないという点において商人たちに信頼がある。

「後は定期的な報告が必要だな。会計を任せている二人のうちのどちらかに頼もうと思っているが……」

「メッシーとメルブの二人ですね。メルブがよろしいかと」

 村長の娘メッシーとその友人という位置づけだった二人。ユーグがメルブを推す理由を確認すると、ロズヴェータは、メルブを呼び出して直接確認すことにした。

「……失礼いたします。ご領主様、お召しにより参上いたしました」

「ご苦労」

 どことなく緊張している様子のメルブに対して、噛んで含めるように説明すると、今後のザザール家との取引を任せる。といっても、アウローラの投資金額によるところが大きいわけだが。

「承知いたしました。つまり騎士隊との会計とは別で、ということですね?」

 その言葉に、ロズヴェータは、ユーグと視線を交わした。理解の速さに、舌を巻いたのだ。普通このような話で会計の話になれば、騎士隊の金として計算するのが普通ではある。純朴憂さの残る村娘にしては、ロズヴェータの意図をくみ取るのが早い。

「そう思った理由を聞いても?」

 ロズヴェータの問いかけに、メルブは緊張の度合いを増した強張った表情で答えた。

「呼ばれたのがメッシーでなく、私だからです」

「なるほど……」

 本来騎士隊の会計に関する業務は二人で担当しているが、そこには明確な序列がある。ロズヴェータの領するエルギスト村の村長の娘であるメッシーがその担当で、メルブはその補佐という役割だ。

 計算に関する知識は二人とも同程度であるため、必然的に責任はメッシーになるし、それに伴って与えられる給与に関しても、管理者手当ともいうべき差が存在する。

 メルブ自身は、元々借金苦で村を出たため、それを救ってくれたメッシーに感謝こそすれ不満はない。そのため常に何のためにロズヴェータが彼女を連れてくるのを同意したのかを気にしていた。 

 会計の担当など、はっきり言えば小さな騎士隊であれば一人で十分なのだ。

 だからこそ、騎士隊の会計担当メッシーという表の看板では、何か任せられないことがあり、そこをメルブに任せるつもりなのではないかと、考えていた。そして呼び出された彼女は、正解にたどり着く。

 彼女は、自分の地位を鑑みた時、表の看板には任せられない仕事があるのだと、納得した。むしろロズヴェータが慈悲をもって彼女を救ったと言われる方が、違和感を感じるほどに感情が擦れていた。

 そう簡単に説明する彼女に、ロズヴェータは軽く目を見張る。

 ユーグが彼女を推薦した理由として、メッシーよりも使い勝手が良いと評した理由が分かったからだ。

「では、よろしく頼む。ああ、それと……」

 僅かだがロズヴェータは懐から直接硬貨を取り出し彼女に与える。

「そんな! 給与は十分頂いております!」

「労働には、対価を与える。それは私の信条だ。余計な仕事を任せるのだから、その分の費用は上乗せするのは当然」

 まだ何か言いたそうにしていたメルブに対して、ロズヴェータが何か言う前にユーグが退室を促す。

「……よろしかったのでしょうか? つけあがりませんか?」

「前々から思っていたが、女性を見る目が厳しすぎないか?」

「ロズが甘すぎるのです。副官が裏切りを警戒するのは当然です」

 そういうものかなと、首をかしげるロズヴェータはユーグの質問に答えていないと考えて口を開いた。

「ユーグ、仕事を頼まれた相手から、褒賞もなくただで労働を追加すると言われたら、どう思う?」

「ロズのためなら、犬馬の労を惜しまず!」

「いや、そういうことでなく、一般的な話としてさ」

 目を輝かせて答えたユーグは、一転考え込んで慎重に口を開く。

「やはり、不満に思うでしょう。同じ対価で仕事の分量は増える。今までもらっていた金の価値が目減りする、という言い方もできましょうが、それを好ましく思う者は稀だと」

「そう、その通りだ。領主なんて権威の前では、みんなそれを隠すが、当然それはある」

「それを率先して取り除いただけだと?」

 頷いたロズヴェータに、ユーグは改めて姿勢を正した。

「……メルブに監視は?」

「今のところ、そこまでの手間はかけられない」

 鋭くなるユーグの視線に、ロズヴェータは笑った。

「そんな目をするな。今のところ裏切る兆候はないのだし、彼女が担当するのはザザール家から“我が姫”が受け取る利益の報告だ。彼女自身が何かを着服したり、手を入れる可能性は低い」

「しかし、ロズを謀る可能性は否定できません。あの性悪女と組んで……」

「ユーグ。俺は、確かに騎士校でひどい裏切りにあった。けど、世の中の全てをそれで片づけることはできないと思ってる」

「……はい」

「だから少しは、信じて任せてみる。そうしないといくら手があっても足りなくなるしな」

「ロズがそういうなら……」

 しかし、もしメルブが主の意に添わぬようなら、懲罰が必要だろう。そう考えるユーグの手が自然と帯剣している剣の柄に伸びていた。

「さて、これでアウローラの案件も片付いた。依頼に集中できるかな?」

「そうですね。急ぎのものはありませんが、ご領地からの定期便が来ていることと、辺境伯家の我が父から定期報告を求める書状、娼館から招待状、同期の方からご機嫌伺いの手紙がいくつか……」

 聞いたロズヴェータは、ユーグの語る内容にげんなりとした表情を隠さず、ため息を吐いた。

「なるほど。王都の物流は万全だな」

 ロズヴェータの皮肉に、ユーグは笑う。

「そのようです。まぁ我々もその一助を担っているのですが」

「自分の首を絞めている気になってくるな」

「よろしいことではありませんか。騎士の名誉は国を守る事にこそ。それにいずれも必要なものばかりかと思います。何もかも永遠ではないのですから」

 ユーグの言葉に頷くと、ロズヴェータは寝台から立ち上がる。騎士校での教えを反芻され、改めてこの国の騎士というものの姿を思い描く。

「それじゃ、返信をしたためるとしよう」

 肩と首を回すと苦笑しながら机に向かう。

「少し甘いお茶を用意いたします」

 そういって部屋を辞すユーグに、軽く手を上げて答え、ロズヴェータは羽ペンを手に取った。


◆◇◆◇


 王都に所在する教会の一つ八角堂の天窓(カテドラル)教会は、商業区の一画にある。王都の中心である王城からは遠く離れ、喧騒の大きな商業区の中にあって、その教会がいっそ辺鄙とすらいえる地域に見える。その理由は周囲に立ち並ぶ没落した商家の残骸が影響を与えているからかもしれない。また国が運営をしている庭園。王家直轄の薬草園など、鬱蒼とした植物を利用した地域が多いこともその理由であろう。

 その八角堂の天窓(カテドラル)教会に人目を忍ぶようにして複数の人がやってくる。

「通れ」

 警備をしている騎士隊の許可を得て、教会の中に入る彼らは近隣諸国の外務を担う者たちだった。

「隊長」

 呼びかけられてロズヴェータは、警備を担当している地区の地図から目を上げた。

「ん? どうした三人そろって」

 辺境伯家出身の槍兵ガッチェ、巨躯の女分隊長ヴィヴィそして今日は全身を覆うローブと雨よけのフードで全身を隠した分隊長バリュード。三頭獣ドライアルドベスティエを構成する主力をなす分隊長3人がロズヴェータの前に立っていた。

「いや、あいつらなんですが……」

 そういって視線を向けるのは、リオリスの率いる騎士隊の兵士達。見ればほとんどが全身鎧に身を包み、威圧的に教会の正面付近を警備している。

「……警備をしているな」

「隊長、誤魔化さないでくださいよ。依頼の内容もう一度確認しますけど、わからないように(・・・・・・・・)護衛しろって命令じゃなかったですか?」

「う~ん……」

 バリュードの発言に、その通りなので、ロズヴェータは頭をかかえた。とにもかくにも目立ちすぎるリオリスの騎士隊を、横眼で見ながら、彼らは商業区の一画にいても不思議ではない者の格好をしていたのだ。

「正確には目立たないように、だな」

 その依頼内容を改めて確認して、げんなりとした表情を浮かべる三頭獣ドライアルドベスティエの分隊長達。

「まぁ、理由はわかる。リオリスの騎士隊は従士以上が入隊の条件だからな。貴族がほとんどなのだろう。それに王都における依頼がほとんどだ」

「……泥臭い依頼とは無縁ってことかよ」

 ヴィヴィの吐き捨てるような声に、ロズヴェータは頷く。

「良し悪しの問題ではないが、慣れてないのは見て取れるな」

「騎士様の口は御綺麗でいらっしゃるのは、分かるんだけどさ。実際問題あれ、どうなのよ」

 オブラートに包んだ表現にげんなりしながら、ヴィヴィはロズヴェータに今後の方針を問うた。あんなに目立つなら、いっそのことこちらもそれに合わせた方が良いのではないか、と。

「威圧的に周囲を囲んだ方が、効果を上げる場合ももちろんあるが……」

 そう言ってロズヴェータはヴィヴィの考えを肯定するが、そこで少し考え込み、他の二人を見渡す。

「二人も同じ要件か?」

 頷くバリュード。ガッチェは咳払いして、配備の穴についての意見具申だった。

「あちらから示された配備だと、こちらが担当する区域との間に間隙が生じる可能性がありまして、判断を仰ぎに」

 くたびれた中年の表情を隠しもしないガッチェだが、その能力を高くロズヴェータは評価している。ガッチェの指さす場所と巡察の頻度的に確かに、見張りが不在の時間帯が存在する。

「よし、方針として目立つのはあちらに任せよう。こちらは現状を維持」

 そこで言葉を一度切って、ガッチェを見直す。

「リオリスに話してくる。もし手が回らないようなら、こちらで対応するからそのつもりで配備の変更を組んでおく。質問は?」

「いつまでにやりますか?」

「すぐに、だ」

「了解」

 そう言って三人は離れていく。げんなりした表情を隠しもしない彼らだが、ロズヴェータは犬でも追い払うように、手を振って追い返す。

 副官ユーグを伴ってリオリスの騎士隊が本拠地を置いているところまで歩いていくと、所々で誰何の声をかけられるが、リオリスに要件があると言って押し通る。

 ロズヴェータというよりも美貌の副官ユーグの方が、彼らにとっては印象深いらしく、それほど深い質問をされることもなく、リオリスのもとにまでたどり着いた。

「真面目な、騎士隊なんだが……」

 立場を笠に着て因縁をつけてくるということもないし、と頭を悩ませるロズヴェータはようやくリオリスの姿を見た。

「どうした?」

 目の下にクマができ、普段よりも忙しそうに動いているリオリスの周囲に苦笑しながらロズヴェータは、言葉を濁す。

「ああ、ちょっとな」

「うん? 何か問題が?」

「まぁ、問題だな。どう言ったらいいのか」

「よし、分かった。時間を作ろう。キューラル副長」

 リオリスが呼ぶと直立不動で女騎士が返事をする。

「しばし、指揮を任せる。なにか異常があれば、報告後対処せよ」

「はっ! 護衛は?」

「必要ない」

「しかし!」

「副長、俺も騎士だよ」

「失礼しました!」

 きびきびとした動きに練度の高さを伺わせるが、ロズヴェータにしてみれば不安を掻き立てる要素でしかない。縋るような視線を向けてくる従士が複数いたのも気になる。

 指揮所としてる王家直轄の薬草園の中から離れて、リオリスとロズヴェータは護衛をユーグに任せて教会の付近を歩く。

「大変そうだな」

「……こう何日も徹夜が続くと、ちょっとな。まぁ、仕方ないんだけどな」

 同期という気の置けない間柄だからか、先ほどまでの張りつめていた雰囲気を和らげリオリスが苦笑する。

「今回の依頼は、王家派閥からの直轄で成功すれば功績は非常に高く評価される。張り切るなって方が無理だろう」

 ため息交じりに口を開くリオリスの言葉が、愚痴っぽくなるのは仕方ない。

「お前のところ、貴族の子弟が多いもんな。しかもみんな真面目だ」

「ああ、入隊の時にかなりふるい落としたからな」

 王家の遠縁とはいえ王族の指揮する騎士隊で活躍を望む貴族の子弟は多い。毎年一定数排出される騎士という階級の者たちにとって、その実生活はかなり苦しいと言わざるを得ない。

 だからこそ、王家や王族というブランドに惹かれる。

 当然忠誠心から、という者たちも存在するが王族という者の存在価値が自らや自らの家を利すると判断するからこそ、貴族の子弟はこぞってリオリスの騎士隊に入りたがる。

「大変だったな」

「ああ、かなり。女王様にごり押しした」

 その様子があまりに今の現実とかけ離れすぎていてロズヴェータは苦笑した。

「指揮所を離れて、大丈夫なのか?」

「少し、俺無しでもやっていけるようにしないと」

 ため息交じりに口にされる本音に、リオリスの苦労が偲ばれてロズヴェータは大いに同情する。

「まぁ、そうだな」

「ああ。すまん、話の腰を折ったな。えっと問題ってのは?」

「二つある。一つはお前の騎士隊の格好。あれどうにかならないか?」

「え、だめか?」

 その返答に大きくため息をついてロズヴェータは指摘する。

「依頼の内容は目立たないように、護衛しろだろ? あれじゃ騎士隊が重要な会議を守ってますって言ってるようなもんだろう? あと一つは、巡察の穴だな」

 地図を広げて巡察時間と交代の頻度、二つの騎士隊の警備の範囲を示すとリオリスは顔をしかめる。

「……ああ、そうか」

 金色の髪が乱れるぐらいガシガシと頭を掻いて、リオリスは頭の中で警備計画を修正すべく地図を睨む。

「考えているところ悪いが、方針としてはお前の所でやるか、俺の所で巡察要員を増やすかぐらいだと思う。早めに決めないといけないぞ」

「警備範囲の是正は苦しいと思うか?」

「全員に徹底させるのは、ちょっと無理だろう。時間的にも」

「そうだな。それじゃ俺の所で……」

「大丈夫か? こんなこというのは、あれだが、うちの方がまだ余裕があるから、俺の方でやっておくが?」

「……」

 天を仰ぐリオリスは、疲れもあって思考がまとまらないようだった。服装の統制も含めれば、やることはいくら時間があっても足りない。

「一番大事なのは依頼を成功させること、そうだろう?」

「ああ、そうだ」

「心配しなくても、功績は譲っても構わないぞ」

「いや、それはダメだ。そんな……」

 生真面目なリオリスの返答にロズヴェータは苦笑しながら、提案する。

「別にただで、とは言わない。その代わり、報酬は弾めよ」

「……頼めるか?」

 その言葉にロズヴェータはリオリスの背中を軽くたたく。

「ああ、任せておけ」

「よろしく頼む」

 頭を下げるリオリスから同意を取り付け、指揮所までリオリスを送ると、ロズヴェータは三頭獣ドライアルドベスティエの指揮所まで戻っていった。

副題:ロズヴェータちゃん出来る同期ムーブ。

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