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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
王都経略編
45/115

母娘の行方とアウローラの提案

 一先ずゲルエンの内縁の妻と娘を邸宅に連れ帰ったロズヴェータであったが、彼女らを見つけた騎士隊の反応は大きく二つに分かれた。

 好意的なものと困惑するもの。好意的なものは、主に既婚者や王都に自分の女がいる男達から。困惑と共に受け取ったのは、傭兵団出身の者達と、そういったしがらみが無い者達だ。さらに王都の邸宅を管理する辺境伯家の家人達からは、また若様が変わったことをされているという風な、色眼鏡的な見方をされることになる。

 好意的な反応を示すものは問題ないが、困惑する者を放っておくと、部隊の団結に影響を及ぼすと考えたロズヴェータは、彼らを説得する必要を感じた。この方面でバリュードは、全く頼りにならない。ともすれば、足を引っ張りかねなかった。

 斬りたかったから場を作った位平気で言う男だ。

「偶々だよ。盗賊の襲撃に居合わせただけ。運が良い母娘だったね」

 説明を求められたバリュードの言葉が意外と好印象として騎士隊に受け入れられたのは、やはり事前に彼が言っていた、運のいい奴は生き残れるという一種の信仰の賜物なのか。

「まず、宣言しておくが……」

 そんな空気を敏感に感じ取ったロズヴェータは、助けた経緯を話して聞かせ、決して同情心だけで助けたわけではないと説明する。

「考えても見てほしい。自分の亡き後妻や娘がひどい目にあったらどう思うだろうか。安心して働くことなど、できはしないだろう」

 この説明は、主に既婚者や自分の女が王都にいる男達から大幅な同意と、しがらみがない者達からの消極的な同意を得ることに成功する。しがらみのない者達から。

「そんなもんか?」

 ぐらいの理解を得ると、意外なことに困惑の色を浮かべる女性陣の説得へと移行する。

 騎士隊で働く女性陣は、基本的に自分で働く意思がある者達だ。その面では封建社会の世にあって随分と革新的な考えの者が多い。

 だからこそ、女性は守るものという騎士的な思考から外れることも多いし、そもそも守ってほしいとも思っていない。むしろ守ってもらう女性像を憎悪してすらいるものも多い。

 だからこそ、説得が必要とロズヴェータは感じていた。

「別に、ここにずっと置いておくつもりはない」

 勢いのままに助けてしまったロズヴェータだったが、邸宅に帰る途中で徐々にその頭は冷えていた。実際問題彼女達の食い扶持をどうするか。それが彼の頭の中を悩ませる問題である。

「あくまで緊急避難だ」

 だが、いくら考えても彼だけでは結論にたどり着けない問題を抱え、邸宅まで戻ってきてしまったため、当初その問題は棚上げすることにした。彼女達を助けたのは、盗賊から身を守る一時的な緊急避難、彼女らの処遇については、みんなの知恵を借りたい。

 という風に話を持っていく。

 自立心の強い彼女らからすれば、頼ってくる男に冷たくばかりするのはなかなか難しい。なぜなら、彼女ら自身が、頼られる女性という者に強い憧れを抱いているからだ。そして何より、その筆頭格であるアウローラは、三頭獣ドライアルドベスティエの中で影響力を増すために、ロズヴェータに恩を売っておきたい。

「そういうことなら、相談に乗らなくもないけど」

 という消極的な理解を得ただけで、ほぼロズヴェータの三頭獣ドライアルドベスティエへの説得は完了した。邸宅の家人達には、“変わった若様の我儘”として押し通し、当面の猶予を得る。

 村娘のメッシーとメルブの二人に母娘を託すと、ロズヴェータに協力的な面々を別室に集めて知恵を借りる。既に時刻は深夜から朝方になろうとしていた。

 しかし、簡単に意見がまとまろうはずもない。

 意見百出して、一向にまとまる気配がない。結局その日は、そのまま訓練に向かい、集中力を欠いたまま力を出し切れない結果になって終わる。

「ロズ、少し力を抜きませんか」

 提案してきたユーグは、心底ロズヴェータを心配しているようだった。

「……そう、だな。閃きは(イグ・ノール)硬い心には生まれない(ア・シュアット)というしな」

 根を詰めすぎても良い発想が生まれるはずもない。ユーグの提案を受け入れて、街に出かける。普段はあまり足を延ばさない商業区を抜けて、庶民の通う食堂に足を運ぶとユーグは嬉しそうに提案した。

「ここは、良心的な値段で非常においしいらしいですよ」

「へぇー、そうなのか」

 既に昼を過ぎた時刻であるが、なかなかに繁盛している店内をなんとはなしに見渡すロズヴェータ。客層を見れば、日雇いの労働者や、他の店の従業員だろうか男女問わずテーブル席で楽しそうに歓談している様子が見られる。

 席を探すうちに、声を掛けられてそちらを見れば。

「あ、ロズさん!」

 聞き覚えのある女性の声に、ロズヴェータはびくりとして振り返る。

「やっぱり! こっちこっち! お席をお探しですか? 一緒にいかがですか?」

 見れば娼館で彼の馴染みとして地位を築きつつあるエレナであった。

 相変わらず純真無垢な笑顔をロズヴェータに向ける。服装は娼館できるような露出の高いものではなく、庶民の着る体の線が見えにくいぶかぶかの服。化粧の類もほぼ一切していないので、印象はずいぶん変わっている。

 彼女の手を引いて自制させようと促しているのは、同じ娼館の仲間なのだろう。ロズヴェータよりもユーグを見て、顔をそらした様子を見れば、目当てがどのあたりにあるのかわかりそうなものだった。

 ユーグと顔を見合わせたロズヴェータは、ユーグの憮然とした顔を見て、鉢合わせが偶然の賜物なのだということを確認すると、エレナ達と一緒に食事をとるべく足を進めた。

「偶然ですね! こんなところで出会えるなんて嬉しい!」

「そうだな」

 ロズヴェータの手を引いて、自身の隣に座らせると、早速注文をする彼女は、あまりに自然に楽しんでいるようでロズヴェータは思わず問いかける。

「娼館での働きは、つらくないか?」

 大きな目をぱちりと何度か瞬かせて、彼女は言われている意味がわからないと首を傾げる。しばらくそうしていた彼女は、口元に指をあてて考えると、やんわりとロズヴェータの考えを訂正する。

「ん~、そんなことはないですね。ごはんも出ますし、女将さんは、よくしてくれてますよ」

 あ、問題はそこなのか、とガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けるロズヴェータに、彼女は言葉を続ける。

「あ、今日は特別ですよ。お休みが取れたので、遊びに来たんです」

 その笑顔は、まるでどこにでもいる町娘のようで、とても身体を売る職業をしているようには見えない。

「……その、嫌な客の相手をしないといけないのだろう?」

 ロズヴェータ自身、そんな彼女の様子に言葉を選びながら質問をしてみる。頭のどこかに、ゲルエンの母娘のことがあったのは否定できないが、どちらかと言えば、純粋な興味の方が強かった。ロズヴェータの中で、娼館というのは、無理矢理娘を働かせているイメージが強かった。

 辺境伯家領では、魔獣の害で食べていけなくなった村で、娘を娼館に売り渡すという行為が割と頻繁に起こる。泣きながら親元から離れ女衒ぜげんに手を引かれていく様子を見た記憶があるからだろう。それがどうしても娼館というものを、あくどい商売をする場所というイメージを形作っていた。

「そうですね」

 エレナは隣の仲間と顔を見合わせる。

「まぁ、でも強要されることはないですし」

 ロズヴェータの聞きたいことを悟った彼女は、娼館の業務について話し出す。そこはさすがに、娼婦として客に侍る職業であった。言葉が少ない中でも、ロズヴェータの顔色や、話し声の高低強弱からロズヴェータの持っている娼館に対する苦手意識を探り当て、積極的ではない理由に、当たりをつける。

「え、そうなのか?」

「あ、はい。お金を稼がないといけない人は積極的にやりますけど、そこまで稼がなくていい人はお酒の相手だけをしますし」

 目を見開くロズヴェータの表情を、可愛いと思いながらエレナはさらに言葉を続ける。

「うちの女将さんの方針なんですけど、結構既婚者さんも働いてますよ」

「えぇー……それは、その道徳的にまずいのでは、ないか?」

 言葉が出てこないロズヴェータの表現に、くすりとエレナは笑う。

「このお店の店員さんと同じじゃないですか?」

 指さす先にちょうど料理を手にした少女の店員が彼らの前に向かってくるところだった。

大蛙(ゲルッシー)丸焼き、鈴なり虫(ニュンニュン)麵、ファッピーです!」

「ありがとう! あなたおいくつ?」

「へ? 今年で14歳です!」

「えらいわね! お小遣いよ。頑張って! あとこちらのお客さんの料理も、ね?」

「ありがとうございます!」

 チップを渡すと足早に走り去る店員の少女に、ロズヴェータは呆気に取られていると、エレナは微笑んだ。

「私のしたことって、何か“道徳的にまずい”ことでしたか?」

「……いいや」

 基本的には今したことと、彼女たちのしていることは同じ。場所が娼館という特殊な場所で、夜という人間の欲望が解放されやすい時間というだけだ。

 やんわりと諭されている、と分かってロズヴェータは素直に頭を下げた。

「……すまない。すこし偏見を持っていた」

 ロズヴェータが頭を下げたのにびっくりしたのは、同席した全員。

「あ、え? 平気ですよ、ロズさん、頭をあげてください!」

 ユーグからの鋭い視線にも気づかないほど動揺したエレナに、ロズヴェータは今抱えている母娘の事情を話す。どこかで心の中に蟠っていたものがあったのだろう。搔い摘んだ話は、彼らの食事が来るまで続いた。

「そういうことでしたら、私から女将さんにお話をしてみます」

 エレナが腕まくりをして力こぶを作るが、ロズヴェータにしてみれば柔らかそうだな、位の印象しかない。

「その、本人の意向も確認してからになるが」

「あ、はい。もちろんです。でも、大丈夫だと思いますよ。ロズさんが後ろ盾になるんでしょ?」

「ん?」

 エレナの言葉に、ロズヴェータはユーグと視線とかわす。頷くユーグに、考えてもいなかったことを少し恥じながら、頷いた。

「そういうことになる」

「だったら、大丈夫だと思いますよ。お得意様ですし、身元の怪しい人は困ると思いますけど、他のお店からの妨害ってこともないでしょうし」

「なかなか、娼館というのも大変のようですね。では、食事も揃いましたし、冷めないうちに」

 如才なく食事を促すユーグに従って、食事に手を付け始める。

 心が軽くなったその時の食事は、あっという間にロズヴェータの胃の中に消えていった。

 その後、結局故ゲルエンの縁者であった母娘は、馴染みの娼館で働くことになった。彼女達の希望を優先した形になるが、そのぐらいしか働ける場所がないのも事実であった。娼館の主である女将さんの配慮によって、住み込みが許可された母娘は、ロズヴェータに何度もお礼を言って邸宅を後にした。


◆◇◆


「さて、問題は片付いたのよね?」

 腰に手を当てて、肩を怒らせ待ち構えていたのはアウローラ。

「ああ、大丈夫のはずだ」

「では、こちらに、大事な話よ」

 バン、と机をたたく彼女は、宿題を忘れた教え子を叱る教師のように容赦がない。鞭でも取り出してきそうな気配だ。苦々しい表情をしているユーグを無視して、彼女は席を勧める。

 椅子に腰かけたロズヴェータの向かい側にアウローラは腰かけ、口を開く。

「今の騎士隊の拡大について」

「……それは」

「メッシーとメルブから報告は受けているでしょ? 財政状況が決して良くないって」

「まぁ、それはそうだ」

 一度に倍近くまで増えた騎士隊の人数に比して、受ける依頼は一つのみ。今回受けている王家派閥からの依頼は高単価なものだから利益はでるが、それも決して多くない。とすれば、他の方策を考えねばならない。

「だからこそ、私からの提案よ。受ける依頼を二つにしましょう」

「……騎士隊を割る案を看過はできませんね」

 途端にユーグの目が危険な色の光を帯びる。殺気すら漂うその雰囲気にもまけず、彼女の視線も真剣そのもの。その視線が捉えるのは、ユーグではなくロズヴェータだ。

「……利益と不利益は、考えているのか?」

「もちろん」

 そう言って彼女は笑う。第一関門はクリアーしたと、内心で喝采を上げながら、それを表に出さず、提案する。

「大きく三つの利益があるわ」

 一つ、単純に利益が増えるため、騎士隊の運営に余裕ができる。

 装備の拡充、兵士の福利厚生、必要な人員補充と、必要な経費はそれこそ数えきれないほどある。

 二つ、依頼を受ける幅が広がる。

 大きな騎士隊はそれに応じた信頼度も高い。着実に経験を積ませれば、今まで受けれなかった依頼にも声がかかることもある。

 そして三つ目。

「この国、派閥争いが激しいでしょ? そしてあなたは、どの派閥につくか心を決めているわけではない。だからこそ三つ目の利益、派閥間のバランス調整」

 にこりと微笑むのは隣国の政治家の顔をした少女だった。自信満々に微笑む彼女に、ロズヴェータは先を促す。

「不利益の方は?」

「そちらも三つ」

 一つ、単純に今ほど訓練の時間が取れなくなる。

 二つの依頼を受けるということは、今ほど訓練に充てられる時間は取れない。そんな暇があるなら依頼を受ける方に回るからだ。

 二つ、一つ目とも関連するが、時間がないとなれば、兵士達の不満がたまりやすくなる。あまりやり過ぎると練度不足からの死傷率の増加もありえる。

「そして、騎士隊に対する依頼を受ける者の影響力が強まるのでしょう?」

 鋭い視線のまま問いかけるユーグに、アウローラは頷いて、嫣然と微笑んだ。

「そうね。一つの依頼は当然貴方が受けるとして、もう一つの依頼は別の誰かが長となって受けることになる。その人の影響力が強くなるのは否定しないわ」

 それでも、二つの依頼を受ける利益を示したアウローラは自信ありげな表情を崩さない。まるでロズヴェータならこの提案に乗ることが分かっているかのように、余裕を持った笑みを浮かべ続けている。

 その提案にロズヴェータは、即座に返答を出し切れない。

 沈黙をもって答えとするロズヴェータに、アウローラは追撃を放つ。

「ねえ、私の騎士様。貴方の目指す場所は、こんなところではないのでしょう? 行きたい場所があり、そこまでの道は、決して平たんではない。でも、決して諦められない。だからこそ、相応の危険は飲み込むべきじゃないかしら」

 不確定な未来を掴みたいなら、損失を恐れるな。というアウローラに、頷きそうになるロズヴェータ。しかし、その前に口を開いたのはユーグだった。

「その言葉が、全く利益に噛まない者から発せられたなら、あるいはロズヴェータ様も信じるかもしれませんが、それが利益を最も享受する者からの言葉では、よく言って詐欺師です。ロズヴェータ様、信じるに値しませんよ」

「あら、聞き捨てならないわね」

 余裕の笑みを崩さないアウローラに、ユーグは更に口を開く。まるで刃物のような冷たさを持ったその言葉は、言葉で人を斬り殺せそうだった。

三頭獣ドライアルドベスティエに二つ目の頭を作らせて、自らはその中で派閥を形成し、失敗すればロズヴェータ様の失態。成功すれば己が功績。しかも、自身はほとんどリスクを負わず、良い人材だけを己が手元に残そうとするつもりでしょう?」

 屍にたかる蠅か、寄生虫か何かですか、というユーグの煽り文句に、アウローラは嘲笑の笑みを浮かべる。

雀、焉んぞ鳳の(ノ・ラク・クゥシュ)志を知らんや(エル・ヴィ・バンディ)。人の行動を嫉むしかないその心根に同情するわ」

 火花を散らす二人の対立に、ロズヴェータは一人考えに没頭する。

 示された利益と不利益。

 見落としている点は何かないかと考えをまとめながら、目の前の少女に視線を戻す。

「大変興味深いと思う。しかし、時間をくれ」

「あまり待てないわ。もし依頼を受けるなら、早くしないと」

 その言葉に、少しの違和感を感じてロズヴェータは頷く。

「そんなにはかけない。長くても明日の朝までだ」

「そう、なら期待しているわ」

 そう言って立ち上がるアウローラを見送り、ロズヴェータはユーグと共に考えをまとめるために、街を歩くことにした。


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