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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
王都経略編
43/115

闇夜の出会い

 王宮における参内は、定期的に行われるものと不定期に行われるものがある。月に一度の定期的な参内では、現在王国(リオングラウス)で進められている政策の定期的な報告がなされ、不定期に行われる参内においては、緊急の要件が文官、武官派閥からそれぞれあった時に、国王または摂政が許可した場合のみ開かれる。

 そしてその参内の席で、武官派閥の長である将軍は、同盟の見直しに言及する。呼ばれるのは武官文官の長とともに、国王の指名による。今回は、武官からの依頼もあって王族であるルクレイン公爵家の一門の実質的な後継者であるガベルも呼ばれていた。

「提出された同盟内容を見ましたが、ありゃどういうことで?」

 鋭い視線は、幾度もの戦場を経て研ぎ澄まされたもの。

「どう、とは?」

 一方のガベルの胆力もなかなかのものだった。将軍の鋭い視線に全く怯まず、堂々と言い返す。

「周辺諸国との一斉の同盟関係構築。今この時期を置いて他にないと思いますが?」

 若いガベルの答えに、将軍は鼻を鳴らす。

「現実味が無さすぎるのではないかね? しかも、我が国の利益少なくして、敵を利するところが多い。奴らに餌を与えて、肥え太らせてから倒すとでも? それを相手にするのは我らなのですがね?」

 歯に衣着せぬ発言に、摂政エリザベートは顔色を変える。また、少年王リサディスはどうしたら良いのかわからず、左右に視線を飛ばすのみ。

「将軍、些か視野が狭いのでは?」

 一方の王家派閥を代表するガベルも、その程度の言葉には動揺すら見せない。むしろここぞとばかりに武官特有の何でも軍事に結び付ける思考の狭さを非難する。

「国家運営とは大局を見てするもの。隣国と我が国との同盟関係は、国家の基盤を安定させることになります」

「国家の基盤安定ね。今の時期にそれをする意味が?」

「無論、外交関係は遠交近攻が基本です。我が国は先日水の女王(フェニキア)との同盟関係を更新したばかり、それは周辺諸国への圧力となって影響を及ぼします」

 将軍が口の端を歪めて、笑う。

「他国だよりの影響力なんぞ、どの程度の影響があるというのか。話にならんのじゃないかね?」

 視線を横の文官派閥の長である宰相に向ければ、鉄面皮を顔に張り付け頷く。

「優先すべきは、現政策の完遂。いずれ周辺諸国との関係を再構築が必要としても、まだ早いと愚行いたします」

「……では、宰相閣下はいつまで待てばよいと? 同盟相手国の正確な国力を図ることが出来ない以上、推測を重ねた上での結論になるのでは?」

 文官派閥も、この場では敵と見定めてガベルは宰相にも噛み付く。

「利益を無視した同盟など、国力の浪費でしかない。そのしわ寄せは民にたどり着く。王の藩屏たる貴方様がそのように甘い見積もりで事を進めておられたので?」

 宰相の言葉は刃のように突き刺さるが、ガベルは動じることなく切り返す。

「民が望んでいるのは、何より平穏な暮らし。それなくして、国力の向上などありえない」

 互いの主張が平行線なのを確認しあって、彼らは睨み合う。互いに民と認識している範囲が違い、それゆえに主張が食い違う。

「……我が国の政策の優先順位を決めるのは、国王陛下ただおひとり。ここは国王陛下に裁量願うとしましょう」

 宰相の声で、三人の視線が少年王に向かう。それを受けて怯んだ少年王は、視線を左右にしながら、最終的に摂政であり母であるエリザベートに視線がいきつく。

「……王陛下は、未だ議論が十分とは考えておられない御様子です。今少しお三方で話し合いの時間を設け、しかる後結論を王陛下に提案なされてください」

「その結論が、出そうにないから裁量願っているのですが?」

 将軍の言葉に、摂政エリザベートが顔を青ざめさせたまま、将軍を睨みつける。

「か、重ねて申し渡します。今一度の議論を」

「承知いたしました」

 そう言って一同は首を垂れ、参内のたびに起きる衝突は先送りという形で保留される。

 亀裂を残したまま会議は進まず、結論を見ないまま同盟諸国との会議の時間だけが迫っていた。ルクレイン公爵家ガベルからすれば、実績をもってそれを証明する他なく、既に最初からその覚悟を決めている。

 いかに将軍や宰相と言えども、国同士で結んだ約束事を反故にするなど外聞が悪すぎるのは、承知しているのだ。

 少年王と摂政が立ち去った後の会議場からすぐに立ち上がる王家派閥のガベル。

「おいおい、議論を尽くすんじゃないのか?」

「あいにくと、私は時間の無駄が嫌いだ」

 売り言葉に買い言葉、将軍の嘲笑交じりの声にガベルは皮肉気に口元を歪めて笑う。

「宰相もそうお思いでは? 互いの主張に歩み寄りの余地がない。これ以上の議論の意味などなく、あとは決断のみが現状を打破しうる」

 にやりと笑う将軍と、表情すら動かさない宰相を置いてガベルは背を向ける。

「まぁ、最低限は分かっているのか?」

 立ち去るガベルの背中が見えなくなって将軍は、口を開く。

「確かに、現状を変えうるのは決断のみであろうな」

 ぽつりと呟く宰相の言葉に、将軍も内心で頷く。

「王陛下の家庭教師どもからは、なんと?」

 将軍の言葉に宰相は首を振る。

「可もなく不可もなく、今はまだなんとも」

 二人はため息を吐いて、眉間に谷間を作った。

「……暴君になられる不安は少ないだけ、マシと思わねばな」

 英雄の下で働けた過去が、ただ目標に真っ直ぐと進んでいけた時が、どれだけ楽しかったか、年を重ねた今になって二人の間に重い沈黙を強いていた。

「あぁ、そういえば聞いたぞ。宰相閣下の大鎌」

「なんのことか?」

「なんだ、知らんのか。青の塔の配置換えで、文官の一部をだいぶ外しただろう? あとはそれに連なる商人どもも政商から外しただろう? 巷では、冷徹な宰相殿が自身の権力基盤を整えるために、大鎌を振るったと、話題になっているのだ」

 おどけて話す将軍に、いつもの鉄面皮を張り付けた宰相はにこりともしない。

「必要だからな。自身の立場とやっていることをわからせる必要があった」

「……身辺の護衛が必要なら、いつでも言えよ」

「そこまで愚かではなかろう」

「だといいんだがな」

 稀に、自身の命を勘定に入れないことがある、と将軍は宰相との過去を思い出していた。戦場での経験を積んでいる宰相は、確かに武の心得もある。杞憂かと将軍は、不安を打ち消した。

「ああ、そういえば、お前はどうする? そろそろだが……」

 亡き英雄の命日のことを言っているのだと、わかりながら宰相は首を振った。

「……そうか、まぁ気が向いたら来たらいいさ」

 将軍は席を立つと、宰相もまた席を立ち、会議場は無人となった。


◆◇◆◇


 三頭獣ドライアルドベスティエの中にあっても、その加入の経緯からミグ・ルルと都市国家シャロンの僭主の娘アウローラは格別に親しくしている。

 それは武力を必要とするアウローラに、頼るべきものの無いルルという互いに不足する面とともに、互いの性格の一致もあった。

「今夜も町に繰り出すのですか? あまり関心しませんね」

「良いのよ。私にも考えがあるのだもの」

「……なぜ私の腕を掴むので?」

「一緒に行くからに決まっているじゃない」

 年の頃はルルの方が上ではあるものの、強引さにおいてはアウローラが勝っている。また傭兵団で副長を努めていただけあって、ルルは面倒見がよく頼られると放っておけない性格だった。

「まぁ、よろしいでしょう。護衛はいかほど?」

「さすが、ルルね。三人いれば十分だと思うわ」

 昼間の壮絶な訓練を経て、まだ体力の残っていそうな元傭兵団の仲間に声をかけると、ルルはアウローラに従って夜の街に繰り出した。

「それで今日はどちらに?」

「そうね。今日は夜の街を散歩といこうかしら。まぁ最後には食事にありつけるから、心配しないでいいわよ」

「わかりました。確かに私たちはこの王都を基盤とするのに、地理に詳しくありませんからね。他の方が休んでいる間に、少しでもそれを埋めておくのは、間違いではありません」

 頷くルルの言葉は、ついてくる元団員に言い聞かせているようだった。

「真面目ね。まぁ、不真面目よりも好ましいけど」

「隊長には?」

「必要あるかしら?」

 アウローラのその言葉に、ルルは若干呆れを含んだものが混じる。

「あるでしょう……わかりました。メルフォト。頼みます」

 先ほど声をかけた一緒についてくる仲間に声をかけ、ロズヴェータに報せを走らせると、アウローラに向き直る。

「忠告しますが、アウローラ。組織の中で生きるというのは、気遣いを忘れてはいけません。先日も副長と衝突したばかりでしょう?」

「ああ、あの顔の良いだけの護衛さんね。彼ら二人って、やっぱりそういう関係なのかしら」

「……私の話理解していますよね、敢えて聞かないふりは結構です」

 腰に手を当てて、アウローラを見下ろすルル。説教をされることに慣れていないアウローラは、唇を尖らせて頬を膨らませた。

「だって、あの子、私にだけ当たりきついでしょ?」

「報告終わりました!」

「はい、ありがとうございます。では、アウローラその話も、後でじっくりと聞きましょう。まずは王都の地理の把握でしょう?」

「貴族で世間知らずで我儘な娘の夜の遊びよ。そういうことにしておいて」

「ふふ、ならば、そういうことにしておきましょうか」

 笑って彼女達は連れ立って夜の街に繰り出す。まずは大通りから、そして徐々に昼間行ったことのある町のあちこちに、なるべく大きな通りを通りながら、記憶するように歩く。

 そしてある小さな通りに差し掛かった時だった。

「止まってください」

 何か争うような声を、ルルの耳が捉える。

「何か、この先で争いのようです」

 場所は、貴族の町を形成する場所から離れた平民街。近くに墓地があるため、夜に人通りは絶える場所だ。そこの裏道に入れば、夜の大通りの賑わいが嘘のように静まり返っている。明かりは僅かに、頭上に輝く月から洩れる光のみ。

「……行きましょう」

 アウローラの口から出た言葉に、ルルは耳を疑い、思わず振り返った。

「争っている人数は?」

 目を閉じて集中するルルは、アウローラの問いに的確に答える。

「……恐らく一人を複数が襲っています」

「では、少ない方を助けます。助力してくれますか?」

 硬い口調のアウローラは、表情を消して問いかける。

「……わかりました」

 やはり世間を知らないと思いながらも、ルルはその助力を了承する。こんなところで襲われるということは、恐らく暗殺か物取りか。どちらにしても厄介の種でしかない。

 しかし、理不尽に奪われようとしている命を助けるのに、理屈はないと彼女は感じた。

 それがたとえ世間を知らない子供の我儘からだったとしても。

 どうせ一度は捨てた命なのだ。

「副……ルル。それは……」

 思わず副長と呼びかけそうになった仲間の声に、ルルは決然と言い切った。

「義を見てせざるは勇無きなり。私は自分の信じた正しいと思う道を行きます。理不尽に奪われようとしている命を守るのに、理由などありません」

 そう言って踏み出す彼女の背中を、仲間は顔を見合わせて追いかける。

 歩きながら彼女は拳に力を籠める。

 闇夜に浮かぶ争いの様子は、長身痩躯の男一人に三人の襲撃者。ちょうど良いことに、襲われている男は墓地を背にしていた。逆に襲撃者たちはルル達が出てくる路地に背を向けている。

 足音を忍ばせる独特の歩行で距離を詰めると、ミグ・ルルは、声もあげずに、徒手空拳の間合いまで詰め寄る。長身瘦躯の男は、新たな乱入者に気づいても特段視線を向けることすらしない。

 襲い掛かってくる襲撃者の剣をはじき返し、また牽制しつつ時間を稼いでいる。

 その柔らかい横腹に、不意の一撃が食い込む。

 骨を砕き、臓腑を抉るルルの一撃は、襲撃者を悶絶させるとともに襲撃者達に相応の混乱をもたらした。

「どなたかは存じませんが、加勢いたします」

「──感謝を」

 ルルは、彼女の奇襲を受けて崩れ落ちた襲撃者に、容赦なく蹴りをくれる。泡を吹いて倒れているその顎に、意識を完全に奪う追撃の一撃をくれて動きを奪うと、残る二人に目を向ける。顎を蹴り抜かれた男は、あごの骨を砕かれ、痛みに痙攣して残る襲撃者二人の側へ飛んで行っている。

「義により参戦いたします。お覚悟を」

 胸の前で両手の骨を鳴らすルルの表情は、自身のした行為になんら痛痒を覚えていない程に冷静そのもの。その感覚の違いに、襲撃者達は動揺を露わにする。

 時に徒手空拳は、刃をもって切りつける以上に暴力性を強調する。

 そして彼女の背後からさらに二人の男が武器を手にして現れるによって、襲撃者達は完全に浮足立った。また彼らが特徴的な耳をもった帝国エルフィナスの人間ということもあって、彼らの動揺は激しい。

 ルルが一歩踏み出すと、その分だけ腰が引け、二歩目を踏み出す時には完全に逃げ腰だった。ルルの背後を守っていた元傭兵団の仲間が二人の退路を断とうと動いた時点で、襲撃者は逃げ出した。負傷した仲間を見捨て即座に逃げを打つの姿にため息を吐いて、ルルは襲われた人物に向き直る。

 男の高い背丈を見上げてルルは確認する。

「お怪我は?」

「いや、感謝する。そちらは?」

 仲間二人の状態を確認して、ルルは首を振る。

「問題ありません。無事で何よりです」

「終わりましたか?」

 その時二人の会話に入ってきたのは、表情を消したアウローラであった。

「私の、まぁ友人です。今回のことも彼女が言い出したことです」

 長身痩躯の男は視線をアウローラに向ける。夜に似合わぬ少女の姿に、視線を外し頭を下げる。

「この礼は、必ず。お名前を伺っても?」

「故あって名乗れませんが、騎士隊の三頭獣ドライアルドベスティエに所属するアウローラと申します」

「同じく、ルルです。後ろの二人はメルフォトに、メル」

 軽く頭を下げる二人を確かめて、長身痩躯の男が口を開く。

「私は、コルベールと申します」

 見れば月明りしかない中でも、よくよく様子を観察してみればコルベールは鋭い眼光にあまり表情を表に表さない人なのか、僅かばかりの笑顔を浮かべるのみ。年の頃は、40を超えた働き盛りと見えるが苦労の為か、黒い総髪の中に白髪が目立つ。

「夜道は危険です。お送りいたしましょうか?」

「……いえ、もはや要件も済みました。こんな夜中に淑女に送ってもらったとあっては、獅子の紋と王冠(リオングラウス)王国中の笑い者」

 彼なりの冗談なのだろう、ただし表情が動かないために、本気で言っているのかと疑問を浮かべざるを得ない。

「それに何より、二度の襲撃は考えていないでしょう」

 目を細めるコルベールは、残った襲撃者の男に視線を向けると、剣を収めてその状態を確認する。

「これらの詮議の必要もある。名を名乗れぬ、ということは、面倒ごとは困るでしょう。助けてもらった私が言うのもなんですが、行かれるがよろしい」

 ルルは視線をアウローラに向けると、彼女は頷く。

「では、警邏に通報だけでも」

「そうしていただけるとありたがい。墓地にて剣戟の音在り、とでも伝えて頂ければ警邏が動くでしょう」

 相手の立場を慮った言葉に、ルルが頷きアウローラも同意する。

 その後、彼らは分かれアウローラをはじめとする三頭獣ドライアルドベスティエ組は、警邏に事の次第を伝えて、帰宅をすることになった。

「……結局食事にはありつけませんでしたね」

 仲間の声に、全て終わってねぐらにしている辺境伯家の王都の屋敷に戻る途中で彼らは動きを止めた。

「そうね。でも今度奢らせてもらうわ。ふふふ」

 上機嫌に笑うアウローラに、ルル達も笑顔を交わす。

 人助けをして、感謝をされるのだ。誰かの役に立っているというのは、彼らの心を想像以上に軽くしていた。元傭兵団の彼らからすると、人助けとは金を貰ってもやることは少ないのだ。

「このような警邏の真似事も偶には良いですね」

「そうね。ふふふ」

 無事に宿について、それぞれ部屋に戻ると、アウローラはベッドに突っ伏して、枕に顔をうずめる。その口元は笑いを抑えきれず、声を殺して笑う。

 ──宰相コルベール。まさか、まさか。予想以上の大物が釣れたじゃないの。くふふふ。あはははは!

 彼女は、一目見た時から正体に気づきながら敢えて知らないふりを通した。だからこその無表情を通したのだ。そうでもしなければ、笑いだしてしまいそうだったから。

「……愉しくなってきそうじゃない」

 一通り笑いを収めて、彼女はベッドの上で天井を見上げる。

 三頭獣ドライアルドベスティエを、あとはうまく動かさないといけない。にやりと笑って、彼女はこれからの展望を描いていた。




副題:ロズヴェータちゃん、知らない所で勝手に状況が動き出す。

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