表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣達の騎士道  作者: 春野隠者
立志編
4/108

同期で二番目にやべー奴

 剣術大会の決勝戦。

 順調に勝ち上がったエリシュと向き合いロズヴェータは、握った長剣の柄に滲む汗を感じて小さく息を吐きだした。決勝戦ともあって、周囲の熱気の高まりを感じる。

 ロズヴェータの装備は、軽装と呼ばれる部類のもの。ラウンドシールドに長剣、そして胸当てと脛当て程度で急所を守り動きやすさも重視する一般的なものだ。

 金もなく、騎士の見習い程度には十分な装備と言える。

 対するエリシュも同じく軽装には違いないが、さらに彼女はラウンドシールドすらもない。代わりに小手を装備してさらに身軽さを重視していた。剣も細剣であり、斬るよりは突くことに重点を置いた装備だ。彼女の抜群の戦闘センスそして性格と合わせてみれば、攻めに特化していると言っていい。

「悪いけど、手は抜かないわ」

 短く切りそろえた赤い髪を小手越しにかきあげて揺らし、エリシュはロズヴェータに対峙する。

「俺も手を抜くつもりはない」

「……ふ~ん? 吹っ切れたってわけでもないでしょうけど、少し安心したわ」

 僅かに笑ったエリシュは、直後真剣な表情で細剣を振るって風を切る。

 ポトリと落ちた羽虫を見て、ロズヴェータは眉をしかめる。

「全力できなさい」

 互いに練習で何度も対戦しているため、手の内は知り尽くしていると言っていい。

 だからこそ、エリシュにはロズヴェータとの間に超えようのない壁が存在していることを知っている。そもそもロズヴェータの得意は、剣ではなく弓だった。

 そしてそれは、ロズヴェータも同様だった。

 気分屋なところはあるが、その分気持ちの乗った時のエリシュは強い。おそらく、純粋な剣技において逆立ちしてもロズヴェータが勝つことは難しいだろう。周囲を取り囲む聴衆と、賭けに興じる者達も圧倒的にエリシュの勝利を望んでいる。

 中にはエリシュの勝利がどのくらいで決まるかを賭け始めるものさえいるのだ。

 息を吐きだして、気持ちを落ち着け開始位置に向かう。

 無論、ロズヴェータも負けるつもりは微塵もなかった。


◇◆◇

 

「おつかれ~」

「おう」

 一足先に試合を終えたリオリスは、同期のニャーニィと合流してエリシュとロズヴェータの決勝戦を見に来ていた。

「残念だったね」

「まぁ、順当なところだったけどな。そっちも頑張ったな」

「う~ん、ちょっと不満な結果かな」

 癖のある黒色の髪を後ろで一つに束ね、ポニーテールにした彼女は魔法の部門に出ていたが、威力不足との判定を受けて、早々に敗退していた。

「本領は回復の方だろう? 良くやったさ」

「まぁそうなんだけど、まさか回復させるから斬らせてとも言えないじゃない?」

 苦笑するリオリスは、そのとおりだと頷く。

「それで、特訓はうまくいったの?」

 視線を転じた先には、剣術大会決勝戦の舞台がある。優し気な垂れ目を細めて向き合う二人を見守る。

 少しきつめの吊り目を見開いて、大げさに驚いたリオリスは、舞台から視線を外してニャーニィの横顔を見る。

「え、知ってたの? 秘密の特訓だったんだけど」

 横目でリオリスの驚きを確認すると、あきれたように溜息をつく。

「あのさ、注目度で言えばさ同期で一番か二番な二人がこそこそ訓練してたら、普通注目するでしょ?」

「……なんで!?」

 太い首を傾げるリオリスの悩める表情に、ニャーニィはげんなりとした。

「……そういうところだよね。リオリス」

「え、なにが!?」

 根は善良だし、王族にしては真っ直ぐな気性であることは間違いない。だが、致命的なまでに鈍い。許嫁がいるらしいが、苦労しているだろうとニャーニィはため息をついた。

「あ、そういえば、買った?」

 手にした半券をひらひらとさせたニャーニィは、近くで声を張り上げている賭けに、頬を緩ませた。

「いや、なんか二人に悪いだろ? 真剣勝負なんだし」

 形の良い眉を顰めた王族の末っ子は、遠慮という言葉を知っているらしい。

「う~ん、二人は二人。私達は私達で楽しめば良いと思うけど、ちなみに私はロズヴェータに賭けたわ」

「意外だな……実力的にはエリシュだろ?」

 ふふん、と鼻を鳴らしてニャーニィは朗らかに笑う。

「そうね、みんなそう思ってる。だからこそ、買った方がお得じゃないの」

「大穴狙いかよ。友達を応援とかしないわけか?」

「友情は友情、賭けは別。ちなみに比率は9対1よ。ふふ、くくく……当たれば、でかいッ!」

 魔女猫のあだ名に相応しい邪悪な顔でニャーニィは嗤う。見た目の優し気な表情に対して、賭けに対して向き合う彼女の表情は悪魔がほほ笑むような顔だった。

そうあれかし(エイメェン)、神よ、許したまえ」

 リオリスがため息をついて祈れば、口元を歪めたニャーニィも祈る。

そうあれかし(エイメェン)、神よ、願わくば哀れな子羊に幾許かのお恵みを」

 伝統派は祈り、普遍派もまた祈る。

 欲するところは違えど、互いに祈る。戦争がなくならないわけだ。


◇◆◇


「はじめ!」

 審判の合図と同時、誘うように細剣の剣先を垂らす。手の内は練習で何度も見せあった。

 ラウンドシールドを体の手前に、そして担ぐように長剣を構えるロズヴェータ。 

 いつもと同じ構えに、少しだけ落胆する。秘密特訓をしていたのだから、それ相応に変わってくると考えていたのだ。だから、以前と同じ構えを見たとき、エリシュは油断した。本人にその気がなくとも、確実に心に緩みができたのだ。

 リオリスとの特訓の成果でどのように成長するか、見極めるぐらいのつもりで構えたエリシュは、ロズヴェータと視線を合わせた時、首筋が冷たくなるような感覚に襲われた。

 ──覚悟を決めた目だ。何があろうと退かないと、追い詰められた者の目だ。死に物狂いで勝ちを取りに来る挑戦者の目だ!

「──っ!?」

 直後、振りかぶったロズヴェータから投擲される長剣。

 どうでるか、相手の反応を伺う気持ちでいたエリシュの居付いた心をかき乱す行動。回転して空中を走るそれを、体に染み込ませた反射が咄嗟に反応して、驚愕しつつも細剣で下から上へ弾き飛ばす。

 だが、続いてロズヴェータに視線を合わせようとした瞬間目の前にラウンドシールドが迫ってきていた。

「なっ、めるな!」

 一度目は驚きを誘えても、二度目は通じない。

 頭上に振り上げていた細剣を打ち下ろすようにして対応して見せたエリシュが、ラウンドシールドを乱暴に打ち払うように弾き飛ばす。

 と、同時に掴まれる細剣をもったエリシュの右手。勢い良く質量のあるラウンドシールドを払い除けたために、体の重心が傾いている。籠手を装備した左手が、対応に間に合わないギリギリのタイミング。

 眼前に迫ったロズヴェータが細剣の間合いの、さらに内側に入り込もうとしていた。

 ロズヴェータが細く、短く息を吐き出す。声を出す暇もない。

 ──ここまでは、計算通り!

 同時、視線が絡む。

 冷静沈着なロズヴェータと若干の焦りを含むエリシュ。

 彼女の中で、油断していた自分に怒りがわく。当然だ、構えが同じ。手は抜かないと自分で言っておいてこの有様だ。

 ──何様だ!?

 怒りを力に変えて、彼女は動く。

 視線が交差したその一瞬で、エリシュはロズヴェータの攻撃を拳打と読んだ。姿勢は半身。武器まで捨てて、ここからエリシュを倒そうとするなら、一瞬で意識を刈り取るしかない。だからこそロズヴェータの狙いは、エリシュの細剣を封じつつ意識を刈り取れる脳を揺らす一撃だ、と。

 故に籠手の左手は顎を守る形で動かし、一歩踏み出すと同時に、返す刀で細剣を振るう。下がって逃げるなど、彼女の矜持が許さない。

 ──左手は抑え、本命は、その右手でしょ!? その左手ごと押し切って、()し折ってやるわ!!

 瞬間的に嚙み締めた歯が鳴る。全身の発条を使って、剣も折れよとばかり威力を増す。

「死ィねえぇェ!!」

 殺すつもりで細剣を振るったエリシュは、だが今度こそ、驚愕に目を見開く。

 自身とほぼ身長が同じぐらいのロズヴェータが背を丸めて己の腕の下に入る姿が目に入る。それを見た途端、彼女は自身の失敗を悟った。

 ──コイツ!? 右手はブラフ!? 止まらないの!?

 そのまま体ごと突っ込んでくるロズヴェータが、勢いのままエリシュとぶつかり、二人が倒れこむ。無意識に受け身を取るエリシュに対して、ロズヴェータは受け身も取れず、顔面から砂地の地面に突っ込む。

 強打した鼻から血を流し、だがそれでも起き上がったのはロズヴェータが先。

 上半身を起こし下半身に力を込めた途端、エリシュの足が、ひきつったように痛みを訴える。

 ──野郎、転んだ拍子に足を絡めて、筋を伸ばした!?

 自身の足を見た次の瞬間、彼女の視界に移ったのは、倒れたままの彼女の顔面に思い切り膝蹴りを放ってくるロズヴェータの姿だった。剣を動かすには重すぎる。細剣といえども、鉄の塊である。致命打撃と判断される一撃を繰り出すには、彼女の膂力では足りない。

 それを天賦の才能をもって、全身の発条を使った瞬発力で補うのが彼女の戦い方なのだ。だから、即座に細剣での反撃を捨てる。

 顔面に迫る膝蹴りの勢いに合わせて、頭を後ろへ逃がす。僅かでも勢いを殺すつもりのそれと同時に、籠手を装備した握り締めた左手を、ロズヴェータの体勢を崩すべく勢いのついた膝先へ差し出す。

 同時にエリシュの左手に被せるように、ロズヴェータの手が彼女の頭を固定する。

「──っ!?」

 悲鳴を上げる暇もない。

 エリシュの顔の前に差し出した左手ごと、ロズヴェータの膝が貫く。走ってきた勢いのまま、もたれるように倒れこむ。砂まみれになりながら、二人は縺れながら転がる。

 転がり上になったのはロズヴェータだった。細剣を手放すかどうか迷ったエリシュ、そして何も持たないが故に一切迷わなかったロズヴェータ。その差が出た。

 瞬く間に目の前に無表情のロズヴェータ。油断も慢心もなく、まるで想定した状況の一つだと冷静さを崩さないロズヴェータの瞳に、激情がエリシュが吠える。

 咄嗟にエリシュが握りしめた砂を投げつける。だが叩きつけた砂ごと、振りかぶった拳がエリシュの顔を強打する。

「ぶっ!?」

 口の中が切れて思わず血を吐き出す。目の前で火花が散る。

 当然だ。小手を装備していないとはいえ、馬乗りになって一方的に殴られたのだ。拳の勢いを逃がすはずの空間には砂地の地面。どんなに卓越した剣技を持っていようと、まだ16にも満たない少女では、そこから拳の勢いを殺す方法など思いつくはずもない。

 ましてや、初めての状況に、混乱の最中にある思考は動きを止める。

 思わず剣を手放し顔に落ちてくる拳を防ぐように腕を交差。

 直後エリシュの鳩尾に衝撃。再び強制的に肺から空気を吐き出させられる。

「ぐはっ!?」

 さらに追撃。下がる腕の隙間から、再び振り下ろされる拳。だが同時に、下から突き上げるような掌底をエリシュが繰り出す。それをロズヴェータが躱したところで、返す刀で首を抑えにかかる。それをなんとか振り払って、再び拳を振り下ろす。

「ぐっ!?」

 時間の経過とともに、徐々に形勢が定まっていく。あくまで油断せず、有利な態勢を崩さず、抵抗すら許さないとばかりに、一方的に殴るロズヴェータ。顔を殴られるたび、鮮血が飛び散り、目の前で火花が散る。顔は腫れ上がり、力が入らなくなってくる。足を絡めて脱出しようにも、胸の上あたりをしっかりと両足で抑え込まれ、身動きが取れない。

 さらにロズヴェータは腕を取られないよう、撃ち降ろす時以外は、頭を守るようにして腕を上げていた。

 だがそれでも彼女はあきらめない。

 振り下ろされる拳に合わせて、カウンター気味の拳打を見舞う。拳と一緒に降ってくる血は、決してエリシュのものではない。

 だが、このままではじり貧。残る手段は何だと考えて、何も思いつかないままに只管殴られ続ける。腕を交差したならば鳩尾に、鳩尾をかばうなら顔に、二本しかない腕では、急所の全てを守るのは不可能だった。

 なにより、ロズヴェータの容赦のない攻撃に、エリシュ自身が焦りを感じ始めていた。

 ──コイツ、最初から組打ちを狙ってやがったな!?

「そ、そこまで!!」

 思考が空白のまま、しばらく一方的に殴られるエリシュ。だが、時は無常に彼女の思考を整理する時間を与えなかった。ロズヴェータがエリシュを殴る展開に、呆然としていた審判がやっと役割を思い出し、勝者の判定を行う。

「勝者、ロズヴェータ!」

 審判の声に、ドン引きしていた観衆が喚声と罵声を浴びせる。

 エリシュが負けたぞ!? どうなってんだ、おい!? なんで剣で戦わねえんだよ!? 無効だ! 無効! 剣術大会だろうーが! 誰が組み打ちやれっていったよ! 馬鹿野郎ー! いやっほー! やったねロズ! くそ野郎! 俺の財産が! 金返せこらー!

「……やってくれたわね」

 ロズヴェータは眉をひそめながら、エリシュが起き上がるのに手をかす。口の中に溜まった血を吐き捨て、乱暴に口元をぬぐうエリシュに睨まれるが、ぼそりと言い訳のように、口を開いた。

 だが、勝者となったはずのロズヴェータにしても、鼻から血を流し、顔はエリシュの反撃で凸凹である。こすれた砂によって汚れてもいる。

「手加減はしないって言ったからな」

「……ふん、まぁおめでとう。次があれば必ず再戦してやるわ」

 細剣を拾ってしっかりとした足取りで歩きだすエリシュ。

 そうして剣術大会の優勝は、ロズヴェータのものになった。

 “同期で二番目にやべー奴”という本人以外の全員が認識した事実とともに。



ロズヴェータ:見習い騎士

称号:同期で二番目にやべー奴(信頼が少しだけ上がります)

副題:ロズヴェータちゃん頑張って剣術大会優勝

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ