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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
35/115

再会

 団長ハリールの元に帰るために来た道を引き返そうとする副長“ミグ”のルル。そして屍になっていたとしても隊長を持ち帰りたい三頭獣ドライアルドベスティエの面々。

 彼らの衝突は、突如として後方から沸き起こった喚声によって、中断を余儀なくされた。結論の出ないまま、さりとて戦力として有用な三頭獣ドライアルドベスティエを単純に切り捨てることが出来ない副長ルルは、なんとか説得して彼らを自らの意図に従わせたかった。

 しかし、利害は対立し焦れば焦るほど、時間ばかりが過ぎていく。

 そんな彼女の耳に聞こえてきた喚声の原因は、徐々に彼らの方に近づいてきた。今まで活発に進むべきか退くべきか議論していた者達も、自然と口をつぐみ、後方へ視線を移す。

「……そんな、まさか」

 見えてきたのは、二つの紋章旗が並び立って進んでくる様子。

 剣に巻き付く蛇(ユルゲン・スネク)竜殺しの槍(ヘルギウス)騎士団の二つが、悠然と進んでくる様子に不安と困惑が彼らの間を駆け巡る。

 ハリール傭兵団にしてみれば、先日交戦したばかりの彼らに対して捕縛される可能性を考えれば、逃げるしかない。もう一つのカミュー辺境伯家の紋章旗も、戦場で幾度となく見たそれは、一種畏怖の的であった。

 それがヘルギウス騎士団と並んで進んでくるとあれば、取れる手段は逃走か降伏かの二択。戦うという選択肢は、既にない。

 ただ一つ彼が気になるのは、後方で戦っていたはずの団長ハリールの所在だった。

 それだけが彼らの行動を縛る。

 一方の三頭獣ドライアルドベスティエの面々にしてみれば、やはりこちらも不安に視線を躱さざるを得ない。確かに隊長ロズヴェータの生家である。しかし最大の問題は、そのロズヴェータが森の奥で孤立しているという状況そのものだ。

 いくらロズヴェータに命じられたとはいえ、見ようによってはロズヴェータを見捨てたと取られかねない状況である。率いる将次第では、捕縛される可能性もなくはない。

「……森の奥へ進みます」

 捕まるわけにはいかない副長ルルの提案に、消極的にではあっても三頭獣ドライアルドベスティエは同意した。決断してからの彼らは、早かった。全員で即座に森の奥へ歩を進めると、後ろを警戒しながら、休息なしで進み続ける。状況判断は全て歩きながらするという念の入れようであった。

 そのおかげもあってか、徐々に距離が離れる後方の二つの騎士団。

 そして前方で索敵にあたっていた三頭獣ドライアルドベスティエの兵士が、喜びに声を上げた。

「隊長だ! 生きてるぞ!」

 未だ足元がふらつくのか、副長ユーグの肩を借りて歩いてくるロズヴェータの姿に、三頭獣ドライアルドベスティエの面々は武器を放り捨てそうなほどであった。

 一方のハリール傭兵団の面々は、ロズヴェータと一緒に歩いてくる少女の姿に目を見張る。その漂う高貴な気配は、間違いなく王族のものと確信して無言の内に包囲を作る。

「……アウローラ・ヘル・ノイゼ殿とお見受けする」

 三頭獣ドライアルドベスティエの面々が再会を果たす横で、緊張感に顔を強張らせつつ副長ルルはアウローラに問いかける。アウローラの連れた護衛二人は、武器に手を伸ばしたが、アウローラ自身がそれを止めた。

「いかにも。貴方がたは?」

三日月帝国(エルフィナス)の西方総督イブラヒム・ヒディスハーン・アルヒリの使いと言えば、要件は察していただけるだろうか?」

 その言葉に、彼女の護衛が息をのむ。

「おおよそは」

 平然と答えるアウローラに、副長ルルの方が目を見張る。

「ご同行願いたい。手荒な真似はしたくないのです」

「ふふ。手荒な真似をしたくない、か。随分な言い方ね」

 アウローラの挑発を副長ルルは無言の内にかみ殺す。何と言われようと、彼女の役割はアウローラを帝国に連れ帰り、自らと仲間の安全を買うことだ。そして幾許かの賞金を受け取り、可能であれば団長とともに、より安全な仕事をすることなのだから、引くことはない。

「ご返答は?」

 臨戦体制に移行するハリール傭兵団の様子に、さすがに三頭獣ドライアルドベスティエの面々も様子がおかしいことに気が付く。不審な表情をしながらも、事情を知らないロズヴェータ達がハリール傭兵団とアウローラとのやり取りに注意を向けようとしたその時、村の方から一際大きな歓声が聞こえる。

「……くっ!?」

 途端耳の良い者達全員が耳を抑え、何かを確かめるように村の方を注視する。それはミグのルルも一緒だった。

「結界が、解かれた?」

 なぜ、と疑問に思うと同時後方での異変がもたらす変化が顕著であった。今まであった足元から力が抜けていくような感覚が消えている。異種族殺し(コドゥク)の結界が解除されている。それが意味するところは、団長が勝利したのかそれとも結界を張り続ける意味がなくなったのか。

 いずれにしても、良い変化には違いないと副長ルルは考えた。

 少なくとも、副長ルル以下万全とまではいかないまでも、不利な状況での戦いを強いられることはなくなった。

 確かめるように拳を握り、強硬手段も辞さないと瞳に強い力を込めてアウローラを睨む。

 だが、結界が解かれたということは、結界が作り出していたもう一つの罠も解除されたということだった。

「おい、あれって」

 見れば、彼らの僅か後方に、二つの旗を掲げる集団が迫っていた。

 剣に巻き付く蛇(ユルゲン・スネク)竜殺しの槍(ヘルギウス)騎士団。帝国との争いの中でいずれ劣らぬ畏怖をもって見かける精鋭の騎士団である。

「誰が率いているのでしょう?」

 カミュー辺境伯家の紋章旗を見たユーグは、ロズヴェータに問いかけるも、紋章旗を掲げる人員だけでは判断がつかない。ロズヴェータもまさか、自分が出した救援依頼の要請に、ユーグの父であり、自らの養父である従士長ユバージルが直接来るとは思っていなかった。

 だが、その時点でロズヴェータは緊張感とは無縁であった。少なくともカミュー辺境伯家は味方である。ヘルギウス騎士団は別にしても、並んで進んできている様子から、敵対しているわけではないのだと察せられる。

「あー……その、隊長? 実はね。ちょっと複雑な事態なんだわ」

 安堵のため息を吐くロズヴェータに、言い辛そうに声をかけるのは分隊長バリュードだった。この人を斬ることにしか興味が向かないような変人が、言い辛そうにしているという時点で嫌な予感にロズヴェータは顔をしかめそうになった。

「簡単に頼む」

「もちろん。あのね、うちらあちらの帝国の人たちに降伏して捕虜になったのさ。んで助けてもらってここまで来たわけ」

「……ん?」

 耳を疑う単語がいくつも飛び込んできたロズヴェータは、隣でアウローラを囲んでいる者達の姿を横目で確認する。確かに、長い耳を持つ帝国の人民の特徴をしている。

「そんでさ。ヘルギウスとカミュー辺境伯家って、見つかったらまずいと思うわけよ? なんとかならないかなーって」

 バリュードの全く要領を得ない説明の中でも、ロズヴェータが概要を理解できたのは彼との付き合いの長さ故だろう。

「あー……」

 思わず頭を抑え片手で顔を覆うロズヴェータは、高速で頭を回転させていた。

 カミュー辺境伯家は、まだなんとかなる。

 しかしながら、ヘルギウスはどうだと考えて、論法を組み立てる。少なくともバリュードの言う通りなら、むやみやたらと人を殺して回るような集団ではないらしい。助けるための論法はあるかと、自問して、カミュー辺境伯家の紋章旗剣に巻き付く蛇(ユルゲン・スネク)を目に入れる。

 まだ危機は去っていない。

 最悪は、ここでヘルギウス騎士団と一戦交える必要があると腹をくくり、ロズヴェータは耳と目をアウローラと話す副長ルルに集中させた。



副題:ロズヴェータちゃん復活。

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