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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
30/115

 森へ踏み込んだ三頭獣ドライアルドベスティエは、開けた場所で待ち構える“黒剣”ツヴァイの姿に、いきり立っていた。

「隊長、あいつだ」

 声を上げるヴィヴィの視線に怨敵に向ける執念の鋭さが宿る。弓を使うもの特有の透徹した視線で獲物を見据えると、ロズヴェータは黙って矢筒に手を伸ばす。

「……言葉を交える必要があると思うか?」

 傍らの副官ユーグもまた、剣を抜いてロズヴェータをいつでも庇える態勢を取りながら四周を警戒していた。敵が近づけば、即座に戦える姿勢だ。

「必要ないと思います。いっそ珍しいほど、同情の余地なく殺せる手合いかと」

 絶世の美男子は、細めた視線に込めた殺気までもが美しい。もしこの場に彼を恋い慕うこの国の女性がいたならば、桃色の吐息を吐き出し、頬を染めていたことだろう。

「弓での牽制の後に、前衛は切り込め!」

 小さな声で命じたロズヴェータの言葉に頷いて、前衛分隊長ヴィヴィとガッチェがじりじりと敵との距離を詰める。特にヴィヴィに至っては、まるで猛獣が獲物を狙うかのように息を顰め、殺気をたぎらせていた。

 だが、暗殺騎士との異名を持つ“黒剣”ツヴァイにとって、駆け出しの騎士隊から向けられる殺気の量など、たかが知れ居ていた。まるで春に吹く、そよ風のように心地よく肌を撫でるものでしかない。

「くふふ、ははは! さあ、舞台は揃ったな!」

 両手を広げ、撃ってくださいと言わんばかりのツヴァイの様子に、眉を顰めながらもロズヴェータは躊躇しなかった。矢筒から素早く矢を取り出すと、一息に弓に番えて射る。間髪入れずに、傍らの元狩人グレイス、三日月帝国出身のナヴィータも矢を放つ。

 体の中心を狙ったロズヴェータの矢、足を狙い動きを封じるためのグレイスの矢、眉間を狙ったナヴィータの矢それぞれを確実に避けて“黒剣”ツヴァイは、叫ぶ。

「出番だぞ!」

 その瞬間、森が揺れた。

「ぐるうぅぅうああがうああAaaaAaa!!」

 まるで火山が噴火するような叫び声。大地を砕き、溶岩を噴出させ、辺りの地形を全て変えずにはおかないほどの強烈な力の存在。

 叫びの元凶に視線を向けた全員が見たのは、空駆ける屍鬼(イオルゲルドット)。朽ちかけた翼で風を掴み、腐り落ちた爪は骨が見え、虚空を見つめる瞳で獲物を狙う。この世の全てを憎悪するような叫び声は、あるいは生前の苦しみを抱えたままの怨念からか。

 生者を地獄に引きずり込む屍鬼が朽ち果てた鳳の姿を取ってそこにあった。

「……馬鹿な」

「ふははは、そうだ。その顔が見たかった!」

 誰かの呟きが三頭獣ドライアルドベスティエ全員の感想だった。目の前の敵に向けていた怒りも霧散して、背筋に流れる冷や汗は悪寒を伴って心胆を凍えさせる。

 生き物としての根源的な恐怖が、今その場所にいるのを拒否していた。極大まで膨らんだ緊張の風船が今にも破裂しそうだ。

「ユーグ、あれは勝てないな?」

「……ええ」

 落ち着かせるように事実を確認するロズヴェータの声に、我に返った副官ユーグは頷く。

「分散して逃げる。ガッチェ、ヴィヴィ、左右に展開。分隊をまとめて、林を突っ切って町の入り口まで撤退。バリュード分隊もヴィヴィに同行」

 早口で言われた命令に、ユーグをはじめとした全員が唖然とする中、ロズヴェータは続ける。

「護衛を続ける。被害が出ても、ここは逃げるしかない」

「グレイス、ナヴィータ。あれを引き付ける。弓を持っている者は、分散してここで足止めだ!」

 そう言って矢筒から矢を引き抜くロズヴェータの姿に、反射的にユーグが叫ぶ。

「反対です! ロズ!」

「──いいぞ、もっと足掻いて見せろ! ふははは!」

 投擲される黒剣を瞬時に叩き落したのは、副官ユーグ。“黒剣”ツヴァイの視線からロズヴェータを庇うように位置を取り、敵を睨む。

「時間がない。隊商はバリュードに護衛させろ! 行け!」

 頭上で旋回する空駆ける屍鬼(イオルゲルドット)を見上げたロズヴェータの指示に、ガッチェもまた口をはさむ。

「くそっ!」

 悪態を吐きながらなおも闘志を失わないヴィヴィが、悔悟に表情を歪めながら分隊員に指示を出す。バリュードとの連携、隊商の護衛など、彼女にはやらねばならないことが多すぎた。

「しかし──」

「おい、商人。私が口で言っている間に従えよ!」

 護衛していた商人に向かって凄むとヴィヴィは、ロズヴェータの命令通りに急いだ。自らの選んだ騎士がそんな簡単に死ぬはずはないし、命令通りいかないことでロズヴェータの計画に狂いを生じさせるのを彼女は恐れた。

 一方のガッチェは、ロズヴェータの命令とは真逆の行動をとる。

「若様! そりゃ、ダメだ!」

 分隊員を集結させると、弓を持っている者の援護にあたらせた。

「ガッチェ!」

 悲鳴のようなロズヴェータの言葉に、ガッチェは首を振る。彼らは辺境伯家の領地出身者達で固められた分隊だった。故郷に未練はないとはいえ、家族を捨てたと言えるものは少数である。このまま辺境伯家の三男であるロズヴェータを死地に残して、自らは撤退したとなれば、たとえ生き残ったとしても、辺境伯家の領地では生きてゆけないし、残してきた家族にも多大な迷惑をかける。

 そのようなリスクは、ガッチェには取れない。

 不覚にも、空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)を見た瞬間、何もかもを考えず即座に逃げ出したかった己自身を恥じて、ガッチェはロズヴェータに詰め寄る。

「ガッチェ分隊は残らせていただきます。奴らの手札があれだけとは限らないし、オトリは多い方が良い」

 上手く笑えているか自信のないガッチェは、すぐにロズヴェータから視線をそらして頭上の脅威と眼前の暗殺騎士を睨む。

 空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)の羽ばたきに違和感を感じたロズヴェータは咄嗟の判断で叫んだ。

「来るぞ!」

 思えば、不自然に開豁したこの林の一部こそが、危険の予兆であったのだ。目にもとまらぬ速さで加速した空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)が、地上に激突する。獲物を狙う猛禽類の如き速度をもって、そのまま地面に墜落すると、周囲一帯の木々をなぎ倒す。

 ロズヴェータの警鐘に危うく難を逃れた三頭獣ドライアルドベスティエの兵士達は、即座に態勢を立て直し反撃のための武器を構えるが、それを許さないのが“黒剣”ツヴァイであった。

 追いかけられる側から追う側へ転身したツヴァイは、赤曼荼羅花の蛇剣セキジャッカ・スネギンの騎士達を呼び寄せると、三頭獣ドライアルドベスティエの面々に襲いかかった。

 遠距離からの攻撃を主として、空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)の対処に集中させないようにする嫌らしい妨害を常に張り巡らせる。そして更に三頭獣ドライアルドベスティエを苦しめたのが、空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)の特殊な能力だった。

「ぐるうぅぅうああがうああAaaaAaa!!」

 地上に降りた空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)が、まるで亡者のうめき声のような怨嗟に満ちた叫び声をあげれば、今まで屍として森の各所に晒されていた哀れな村人達が動き始めたのだ。

「……まさかここまで悪辣とは」

 舌打ちするガッチェも迫りくる歩く亡者(アンデット)に眉を顰める。

 意思のない虚空を見つめていた亡者の瞳はそのままに、死したままの苦痛を訴える表情で、三頭獣ドライアルドベスティエに襲い掛かってくる。そしてその影に隠れながら、赤曼荼羅花の蛇剣セキジャッカ・スネギンは、三頭獣ドライアルドベスティエを遠距離から攻撃してくる。

 さらに、彼らの召喚した空駆ける屍鬼(イオルゲイルドット)は、それに満足したのか上空へ再び舞い上がり、逃げた獲物を狙うべく上空を旋回し始めた。

 これ以上ない死地が、ロズヴェータの前に立ちふさがっていた。

副題:ロズヴェータちゃん安易な罠に引っかかる。

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