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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
立志編
3/115

剣術大会

 正統なる信仰を守る騎士の国獅子の紋に王冠(リオングラウス)王国は、周辺諸国に比して決して強力な国というわけではない。東には、十字教徒にとって忌むべき聖典教を奉ずる仇敵三日月帝国(エルフィナス)が存在し、北には同じ十字教徒なれど相容れぬ堕落にまみれた教会派の草原の国(ツァツァール)が存在している。

 南には西方世界でいうところの我らが内海(ロマネア)が広がるが、獅子の紋に王冠(リオングラウス)王国と我らが内海(ロマネア)の間には、十字教普遍派の都市国家が複数存在している。

 彼らは金の亡者。

 西方世界に商業都市と言えば、必ず名前の挙がる都市国家水の女王(フェニキア)の支配下にある国々である。

 砂漠の耳長どもの三日月帝国(エルフィナス)の東には広大な砂漠とその先に遥かな昔、偉大なる征服王(イスカンディア)が踏破した既知なる東方世界(アルジュリア)最果ての大地(インディガナ)が広がる。

 我らが内海(ロマネア)の南に広がる大陸は、黒の大陸(ロディンナ)と呼ばれ肌の色が黒く頭から角を生やした砂漠の人(ベーベナル)が住む。当然友邦と呼べるはずもなく、我らが内海(ロマネア)を股に掛ける商人達が時折交易に出かける程度であった。黒の大陸ロディンナは広く、どこまで広がっているのか、内陸にどんな人が住んでいるのかすら定かではない。

 何より、獅子の紋に王冠(リオングラウス)には、周囲に友邦と呼べる国がない。遥か西方世界に十字教伝統派の一大強国聖女の御旗の元に(ガリアフラディス)と十字教伝統派の総本山天の門(バディアン)が十字教伝統派の友邦と呼べる存在だった。

 ゆえに、正統なる信仰を守るためには、強くあらねばならない。

 我らこそが正統。我らこそが正義。我らこそが正しき信仰の導き手。そして騎士こそがその力の具現者。王家こそが、騎士を束ねる者。そうあれかし(エイメェェン)!!

 【学園】に学ぶ世界の形である。

 

◇◆◇


 ロズヴェータが、部屋から出て向かった先は、鍛錬場だった。

 先の婚約破棄案件から実家の対応を聞き、困惑と戸惑いの中にいた彼は、取り合えず目の前に迫る卒業に向けた課題の解決に乗り出した。

 鍛錬場に向かう途中、貴族の子女、仲の良くない同期あるいは後輩などから偏見と誤解に満ちた視線を受けながら、その中を歩いていく。

 眉間に寄った皺は、谷間のようになって久しい。転科の影響は、彼に纏わり付く噂を尾ひれをつけて広げていた。

 鍛錬場と言っても、特段特別なものがあるわけではない。

 【学園】の敷地内にあって、雨の日でも快適に訓練ができるようになった室内部分と屋外部分とに分かれた広い面積を柵で囲んだだけであった。

 各人は思い思いに走り込みを行ったり、剣の素振りをしたり、あるいは互いに高めあうため試合形式の決闘をしたり、といった具合にそれぞれが必要な鍛錬をこなす場所。

「──おう! ロズ!」

 鍛錬場に差し掛かったロズヴェータに声をかけたのは、リオリス・ティアン・リオンモルト。王家の血を引く優駿。尊き血を引く、獅子の一族。

 常と変わらぬ陽気な声と朗らかな声に、ロズヴェータは手を挙げて応える。

 あらかじめ、従者であるユーグを使者として約束を交わしている。空気など端から知らぬ読まぬ気にせぬの三拍子揃ったリオリスと会うのは、ロズヴェータにとって都合がいい。

「──しかし、お前も目指しているのか? 意外だな、辺境伯家なら金策が必要というわけではないだろう?」

「……別に意外ではない。なるべく実家には頼りたくないんだ。お前こそ、金には困らないだろう?」

 僅かに目をそらして言いよどむロズヴェータは、頭一つ分高いリオリスに視線を向け直す。

「ふ~ん? 俺はどうせ、卒業後は王家に取り込まれるから、必要なのは名誉だよ」

「なるほど。王家も相応に、悩みがあるのか」

「まぁ、色々とな(・・・・)。しがらみというか、期待されるものがな」 

 卒業も間近に迫ったこの時期、【学園】に所属する卒業生の者達に挙がる話題は、剣術大会である。

優勝賞金も相応に出るために、貧乏貴族家にはぜひとも取りたい賞金だった。

 他にも武術大会系には馬術、馬上槍、文官系では判例暗記、騎士国が求める人材に金を出すというわかりやすい一例であった。大貴族であり、騎士にも、文官にもなる予定はないという方が稀な同期の中でこの話題は避けて通れない。

「問題は……」

「そうだな、問題は……」

 “同期で一番やべー奴”エリシュ。“赤い髪の狂犬”、“女の皮を被った野蛮人(ガルガル)”エリシュ・ウォル・ルフラージである。

 その在学中の伝説は、入って一年目、彼女を侮辱した同期を半殺しにして木に吊し上げ、男として再起不能に追い込む。素行の悪い卒業間近の貧乏貴族のドラ息子達4人を決闘でまとめて叩き伏せ、小火に見せかけて殺しかける。などなど、枚挙に暇がない。

 そして二人の共通の“同期で一番やべー奴”エリシュは、単純に強い。

「あれに、勝てるかね……?」

 そう言ったリオリスの脳裏に浮かぶには、昨年小火に見せかけて一つ年上の貧乏貴族のドラ息子どもを、とっちめた時のエリシュの壮絶な笑顔だった。燃える小屋の中で剣を相手の喉元に突き付けながら、獰猛に笑うあの表情は忘れがたい。

「そこは、考えがある。だからお前は、練習に付き合ってくれ」

「まぁ、そこは貰うものもらってるから構わんがね」

 ロズヴェータは、事前に優勝賞金の2割に当たる金額を、リオリスに払っている。

 金に困ってはいないというリオリスにも、きっちりと対価としてロズヴェータは金を払う。相手の時間に対して相応の対価を払う姿に、リオリスは感心すると同時にむず痒さも感じる。

 もっと友情というものに頼ってくれて良い。そう言っても3年の付き合いから、どうせロズヴェータは拒絶するに決まっている。だから、もし剣術大会でロズヴェータが優勝できなかったときは、貰った金額は返さなくてはいけないだろうと。

「こう言っちゃあれだが、くじ運もあるだろう?」

 その前提は、ロズヴェータが先にリオリスと対戦しないという前提のものだった。

「まぁ……だがこれでいい。お前はいいのか?」

 おそらく頭の中にはあの時の悪魔か猛獣のように笑うエリシュの姿を思い浮かべているだろう友の言葉に、リオリスは嗤って首を振る。

「王族には色々とあるのさ。誰にでも認められる勝ち方じゃないといけないとかな」

「……あれに、か?」

「……無謀だろう?」

 思わずリオリスは天を仰ぐ。深刻そうに頷くロズヴェータ。

「まぁ、時間も惜しいし始めようか」

「頼む」

 二人は、従者を伴って練習を開始する。


◇◆◇


 そして剣術大会当日。

 くじは、不運なる挑戦者を先に猛獣の贄として差し出した。

「……どんまい」

「負けた前提で話すなよな!?」

 ロズヴェータは、先にエリシュと当たるリオリスに声をかけた。幸いにして、ロズヴェータは決勝までエリシュと対戦はない。

「順調に勝ち進めば、準決勝でエリシュか」

「もう負けた時の言い訳のことを考えているのか?」

「だから違うって!?」

 リオリスの戦闘スタイルはオーソドックスなものだ。長剣と大楯で武装して、防御に比重を置き、重い鎧すら纏う重戦車。それがリオリスの戦い方にして、騎士の基本であった。

 基本に忠実にして、王道を進む。

 取りこぼしも少ないながらも、圧倒的な個に対して苦戦は免れない。

 特に相手がエリシュのようなミスの少ない相手ならば。

「……で、男二人で寄り集まって、私に勝つ算段はついたの?」

 剣術大会の準決勝で向かい合うリオリスとエリシュ。会場は周りからの声援と罵声で、うるさいほどだった。周囲を挑むように睥睨して、エリシュはリオリスに向き合う。

「自信過剰だな、俺達が相談するなら、自分のことが当たり前だなんて」

「そういうことにしておいてあげてもいいけど、手は抜かないわよ」

 淡々と返事をする女の皮を被った野蛮人が、獰猛に笑う。

 燃えるような緋色の髪を短く切り揃え、実用を第一に考えて作られた細剣を手にし、半身で構える彼女の剣先は、揺らめくように誘う。

「……淑女の誘いに乗らないのは、騎士道に悖るっ──か!?」

 開始の合図と同時、突っ込んだのはエリシュ。

 間合いの外から低い姿勢で一挙に間合いを詰めていく姿は、獣のようであった。体のバネを最大に生かすように、踏み込みと同時にためた左手の細剣で渾身の突きを繰り出す。

 あまりの速度と攻めの速さにリオリスは避ける選択肢をとれない。繰り出された突きを、凧の形の盾(カイトシールド)を前に出しながら、受け流そうと試みる。

 体の中心を狙われた突きに対して、身構えていたとはいえ、しっかりとその速度を見切り、対処できるのは、リオリスの剣術もまた、もの(・・)になっている証だった。

 鋼と鋼が食い合うような硬質な音を響かせて、リオリスのカイトシールドとエリシュの突きが衝突する。僅かにカイトシールドの操作が勝り、リオリスがエリシュの突きを受け流すことに成功する。

 火花を立ててすれ違う剣と盾。

 距離を詰めたまま、超至近距離での攻防になれば、有利なのはリオリス。それがわかっているため、エリシュは即座に細剣を引き戻し、一挙に後方へ飛退く。獣のような踏み込みから即座に間合いの外へ逃れるその動きは、流れるようだった。

 彼女を嫌う者達でも、その身のこなし、剣術に対する才能を認めざるを得ないほどに。

 対するリオリスは、不利を悟っていた。

 剣術のみを取り上げても、エリシュとリオリスには埋めがたい差がある。リオリスが一つの動作をする間に、エリシュは二つの動作をこなすのだ。

 勝機があるとすれば、エリシュが動きを制限される超至近距離での攻防。腕力の差にものを言わせるしかない。速度は圧倒的にエリシュ。ならばと、一挙に距離を詰めるリオリスはカイトシールドを盾に、重戦車の突撃のように猛進する。

 もともと体格に恵まれ、さらに重厚な鎧と盾で武装したリオリスは、軽装のエリシュとまともにぶつかれば跳ね飛ばしてしまいかねない質量がある。そこに勝機を見出し距離を詰めるリオリスに対して、飛んできたのは前蹴り。

 間合いの外へと飛退いたエリシュが、着地と同時に繰り出した蹴りは、一歩踏み出したリオリスの姿勢を崩す。たたらを踏んだリオリスに、再びエリシュが突きを繰り出す。

 寸分違わぬその突きの精度は、カイトシールドを盾にして前進しようとしたリオリスの態勢をさらに崩していく。

「つぅっ!?」

 そこからはまるで火の出るような攻勢であった。

 変幻自在にして烈火の如き攻め。一度攻めたら相手を崩すまで終わらない苛烈な攻撃がリオリスに襲いかかる。

 高速の刺突を精密射撃のように同じ場所にピンポイントで繰り出し、慌てて動いたリオリスの横なぎを膝を曲げて躱す。同時に、地面に両手をついて、踏み出したリオリスの足に蹴りを繰り出す。

 バランスを崩すリオリスに対して、姿勢を低くしたまま、再びエリシュの連撃。下からの斬り付けを見せておいて、そこにカイトシールドを手当した隙を左右への揺さぶりで広げる。

 最終的には、カイトシールドをリオリスから素手でもぎ取り、リオリスの首に細剣を突き付けてエリシュの勝利であった。

「勝者エリシュ・ウォル・ルフラージ!」

 審判が勝利を叫ぶ声に、会場の周囲を囲む聴衆から罵声と喝采が起きる。賭博も眉を潜められはしても、禁止されるほどではない。やはり本命はエリシュだ、情けねえぞリオリス! 俺の財産かえせ! というような賑やかな声が聞こえる。

「……負けたか」

「随分、粘ったわね。またやりましょ」

「ああ、次は負けないようにしないとな」

 朗らかに笑って二人は会場を後にする。


副題:ロズヴェータちゃん王族の友達と仲良く二人で秘密の特訓

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― 新着の感想 ―
重量差が相当あるのを書いた直後に猛進してきてる相手を前蹴りで体勢崩すって無茶苦茶すぎない?
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