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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
22/115

摩擦

「くそ!」

 国境の町クノーシフを出た隊商は、まずは順調な旅程をこなしていた。だが、順調とは言えども、全員が上機嫌なのかと言えば、そんなことはない。

 潰れた顔のノジフは、出発した当初から悪態をついて不機嫌極まりなかった。原因は、はっきりしている。出発前に粉をかけた少年だ。

「あの、ガキィ……」

 底冷えのするような眼をしていやがった。彼自身は無意識に、毛も生えそろわないような子供に気圧された自分自身が許せなかった。本能的に危機を悟っていたとも言える。だが、惜しむらくはそれが何に起因するものなのかが、わからない。

 そしてだからこそ、年端もいかない子供に舐められたと感じた彼の行動は、短絡的かつ読まれやすかった。周囲も助けようとはせず、むしろ囃し立てるような言葉で彼の行動を縛っていく。

「おいおい、子供に粉かけて、断られちゃったノジフさん。なぁにしてるんだい?」

 げらげら笑う他の護衛達を睨み据えて、ノジフは舌打ちする。

 今に見て居ろ、とばかり、集団から離れてロズヴェータ率いる新しく護衛に加わった集団の様子を探り始めた。

 ノジフから見た三頭獣ドライアルドベスティエは、異様な集団であった。全員頭からフード付きのコートを被り、黙々と商人達の周囲を囲んでいる。その中でロズヴェータだけが、フードを外して顔を見せているのだ。それも今朝はつけていなかった眼帯をつけている様子から、怪我でもしたのだろう。ノジフの殴った側の顔に眼帯をつけていることから、いい気味だと内心で哂った。

 面白くもない護衛などという仕事を、まじめに全員がこなしている、という時点で異常な集団ではあるものの、統一感のある装いが一層異様であった。

 最もノジフにしてみれば、馬鹿な奴らという認識の集団でしかない。

 どれだけ楽に金を稼げるか。彼にしてみれば、それだけが仕事の価値なのだ。かける労力が違うのに、払われる金額が同じだなんて馬鹿な奴のすることだった。

 だからこそ、護衛の仕事もどれだけ自身が楽をするかのみに、彼の注意は向いていた。

 午前中の内に国境の町クノーシフを出た隊商が、午後を過ぎて少ししたところで、本日の宿営場所と定めた場所に到着する。商人達が円座になって宿営場所を決めるとその周りに護衛が屯する形になる。むろん駱駝や商品などは、商人達とともに円座の内側だ。何よりも迅速にことが起きたならば反応するために、護衛はもっとも外側に宿営する。

 宿営場所に選んだのは、小さな泉のある街道の側だった。荒れ地には珍しく森林が育ち、細い木々が泉の恩恵を受けて育っている。夜になれば星々のきらめきを遮る闇夜が支配するであろうそこは、泉の恩恵を受けることを考えれば、闇夜は小さなデメリットでしかない。

 宿営準備を始めてしまえば、あっという間に時刻は黄昏時になる。集団で宿営準備を進める三頭獣ドライアルドベスティエの面々を見て居ると、三人程度の中心となる人物が指示をしているのがわかる。巨躯の女、槍を担いだ冴えない男、長剣を肩に担いだ奇声を上げている男。

 ノジフの見るところ、恐らくその三人のうちの誰かが、集団を取り仕切っているのだ。

 黄昏もそろそろ夕闇に落ちるころ、ふらりとロズヴェータが、一人で林の中に消えていくのを見つけたノジフは、絶好の好機だと思って後をつける。

 ロズヴェータを追うノジフの後姿を、三頭獣ドライアルドベスティエのほぼ全員が、凝視していたことなど知る由もなく。


◇◆◇


「おい!」

 ロズヴェータが、森林の中の泉の場所を目指して歩いていると後ろから声がかかる。振り返れば、闇夜に抜身の剣を握る潰れた顔のノジフ。

 努めてあざける様に、ロズヴェータは声音を工夫して、高慢に聞こえるように声を出す。

「なんだ、朝の奴か」

 苛立ちと共にノジフは、錆の浮いた長剣をロズヴェータに向けて一歩踏み出す。

「こいつが見えるか? え?」

「はぁ、これだから……クズはどこまで行ってもクズだな。俺が怖くて一人になるのを待っていたのか?」

 あえてため息を聞かせ、恐らく相手が最も気にしていることを突いてやる。人間本当のことを言われるのが最も苦痛なのだ。

「だ、れが! てめえにビビってるんだって!?」

 黄ばんだ歯をむき出しにして怒り出すノジフに、ロズヴェータはあくまで慎重に距離を測る。

「お前だ。そこに立っている人間以下の潰れた顔の猿だ」

 頭をかくふりをして、眼帯の留め金を外すと、ぱらりと眼帯が地面に落ちて両の目が闇夜が見渡せる。

「こん、の、くそガキがァ!!」

 ロズヴェータの挑発に距離も何もなく振りかぶって走ってくるノジフの顔に向けて、予め用意しておいたナイフを投擲する。思わず避けるノジフは姿勢を崩し、直後、距離を測っていたロズヴェータの長剣の一撃が、彼の左腕を斬り飛ばした。

「っへ?」

 驚き固まるノジフの左腕から勢いよく流れ出る血液が、彼の衣服を汚す。それを呆然と眺めるノジフの右足を、再びロズヴェータの長剣が深く切り裂く。

「あ、あ、ああ、う、腕が、足が──お、俺の──」

 叫ぼうとした彼の喉元を、頚椎ごとロズヴェータの無言の一撃が切り裂き、ノジフは言葉の変わりに血液と息を喉から噴き出す。

 喉を抑えて倒れ込むノジフは、苦痛と驚愕に目を見開き、涙を流しながら滲む視界でロズヴェータを見上げる。だが闇夜に沈む黄昏と暗くなる視界は、ロズヴェータがどんな表情をしているのか遂に捉えることができなかった。

「……参考になったよ。ありがとう」

 そう言ってロズヴェータは苦しむ男の心臓に長剣を突き立て、一つの屍を作り出した。

 少しの間、物言わぬ屍になった男を見下ろしていたロズヴェータだったが、自身に結び付く物を落としていないことを確認すると、無言でその場を立ち去る。ロズヴェータが立ち去った後、がさごそと茂みから出てきたのは、三頭獣ドライアルドベスティエで斥候を任務とするグレイスと、ユーグ、バリュードだった。

「どうする? この屍」

 足先で冷たくなった屍を突きながら、バリュードは問いかけるが、ユーグは表情を凍り付かせて不機嫌そうに答える。

「どうもしません。生きているなら指先から寸刻みにして苦しめてやりますが、死んだ骸に価値はありませんから」

「死ねば、罪はないからな」

 元狩人のグレイスは十字教の聖句を唱えて死者の冥福を祈るが、ユーグもバリュードも屍を見下ろすだけだった。

「ふーん、そういうものかな?」

「どういう意味です?」

 変わらず冷たい視線のユーグに、バリュードは首を傾げる。

「こいつに、仲間はいなかったのかね?」

「なるほど……」

 少しだけ考え込んだユーグは、連れの二人に向き合うと、底冷えのする笑みを見せて頼みを口にする。

「少し、手を貸していただけませんか? 屍を有効利用しましょう」

「その頼み、断る選択肢はあるので?」

 グレイスの沈んだ声に、無音で哂うと、ユーグは指示を出す。

 翌日、泉からほど近くに衣服を剥がれたノジフの屍が晒されているのが発見され、大騒ぎになった。そしてその二日後には、ノジフと徒党を組んでいた全員が、荒野に屍を晒すことになっていた。


◇◆◇


 王都から遠く離れたレジノール家の所領において、当主バッファロは届けられた手紙に苦汁をなめる思いだった。

「わからぬではない。わからぬではないが……」

 バッファロは既に老齢に差し掛かり、領地の運営のほとんどを息子に委ねている。孫の相手をしながら過ごすのが何よりも楽しみな好々爺とした彼に、突如届けられたその手紙は、望まぬ嵐を予感させるものでしかない。

 手紙の中身は決して難しいものではない。領内の豪族に不穏な気配あり、監視を厳にされたい。というあり触れた内容だった。その立地から交易を司る豪族の力が強くなりがちで、その監視を強化するのは当然の話なのだ。

 だから、ここでは差し出してきた相手が問題だった。

 セリオン商会という、王家派閥の色の強い商会からの手紙に、バッファロはその意図を測りかねた。扉を叩く音を合図に思考の海から浮かび上がった彼は、重厚な樫の木の扉に向けて入室の許可する旨を伝える。

「おお、来たか」

 入ってきたのは、バッファロの知恵袋と目されるヨル・ウィン・ドード。黒い肌に黄金の瞳、そして何より特徴的なのは灰色の髪の間から生える二本の角。

 暗黒大陸出身の若い女が、慎重に扉を閉めてから入室してきた。

 彼は、セリオン商会の立ち位置、王都の状況などを細かく彼女に伝え、意見を乞うた。

「私、預言者でなし、信頼できぬ、ではないか?」

「ふむ、いや、そんなことはない。第三者的な……うむ、すまぬもっと簡単に言えばそう、公平な立場から意見をもらいたいのだ」

 彼女は、最近暗黒大陸から奴隷として連れてこられたのを、バッファロが買い取った。言葉はつたないながらも、その知見には一目も二目も置いているバッファロは、何かあれば彼女の助言を求めることにしている。

「公平、なるほど。旦那様は、賢い」

 恐らく自らよりも知恵のある者から賢いと言われて、むず痒い思いをしながらもバッファロは、彼女の言葉を待つ。

「いくつか、質問、ある」

 ヨル・ウィン・ドードの質問にいくつか答えると、彼女は沈思黙考の後、簡潔に答えた。

「王都、望む、警備の隙間、東の」

 その言葉に、愕然とバッファロは地図を見る。

「そんな……東には、東にはあの帝国があるのだぞ」

 独り言のように呟くバッファロに、ヨルは彼女の予想の続きを口にする。

「王都、戦争ない。ただ、薄くして、少数の、砂漠の人(ジン・アルヴ)誘う」

 少数の部隊を侵入させたいのだとしたら、何が狙いか。バッファロは、最近の出来事を思い返して、はたと思い当たるのは、都市国家シャロンと帝国との小競り合いの結果だ。

 そしてその噂の中の一つに、ネクティアーノの娘が、王国内に逃げ込んだというものがあったはず。そこまで行きついて、まさかと王都の意図を察する。

「……噂が事実だったとして、王都は、わしが無視すれば、違う手を打って来ような」

 バッファロには二つの選択肢がある。王都の意図を無視して、突っぱねる案、そして王都の意図に従い哀れな敗戦の将の娘を生贄として、首狩り総督に差し出す道だ。

「んん? 旦那様、ごめん。叙述、わからない」

 しょんぼりとするヨルに、バッファロは苦笑して首を振る。

「ああ、すまんな。ヨル。戻ってくれ。大変助かった」

 好々爺の顔を取り戻し、彼女を下がらせる。

 自ら手勢を率いて、噂のネクティアーノの娘を狩り出すという道もある。しかし、老骨の心身には、耐えきれそうになかった。隣国の元首として長らくその地位にあったネクティアーノの顔と年齢をバッファロは見知っていた。

 恐らく件の娘は、彼の孫達、あるいはヨルと同じ程度の年齢だ。その首を長らく敵対していた十字教の不倶戴天の敵のために、積極的に狩りに行くなど、バッファロには身体以上に精神的に苦痛でしかない。

 だから、彼が国境の警備を意図的に減らす指示を息子にしたのは、ヨルにとって予想の範囲内だった。それがどのような結果になり、ネクティアーノの娘アウローラが、どのような被害にあうのかも、領内において少なからぬ混乱がもたらされることも、彼女には周知の事実だった。

 ──観測の結果に意味はない。予測は演算の上に成り立つ。だが運命を変えるのは、行動した結果しかないのだ。

 彼女の故郷の古い格言を口に出し、彼女は夜の星を見つめた。

 瞬く星々は、海を越え、彼女の故郷と同じように人々の苦悩を照らしていた。


◇◆◇


 三日月帝国(エルフィナス)獅子の紋と王冠(リオングラウス)王国の国境を、西方総督から依頼を受けた傭兵隊が、超えていく。いずれも腕に覚えのある者達で構成されたそれらは、複数の集団に分かれて、王国領南方地域に散っていく。

 彼らの目的はただ一つ。

 帝国の首狩り総督アル・シャーユーブ・アミルイブラヒムの意に添わぬ罪人の首を挙げること。生死は問わぬ。ただその首を挙げよと、命を受けた猟犬達。

 その牙を、獲物の首筋に突き立てるまで、彼らに帰る場所はない。

 同じ頃、豪族ユンカーベルメッシモ一家では、国境の町クノーシフの屋敷で配下の報告に激怒していた。

「ほなら、あれか。おまんらは、手ぶらで、尻尾を巻いて、帰ってきて、ごめんなさいか?」

 一つ一つ区切られる言葉の合間に、失敗した部下を殴り、蹴り、怒りを発散する。そうしなければ狂ってしまいそうなほど、激していた。

「しかし! 会長」

「誰が会長や! カシラと呼ばんかい! カシラと! 会長なんて蹴ったくそ悪いわ!」

 普段の恵比須顔を怒りで赤黒くして怒鳴り散らす彼は、まだ何か言いたげな部下の顔を覗き込む。

「いいかァ? こんなええ仕事他にはないんやでぇ? デューネ商会や、王都で名を轟かす商会や、報酬もがっぽりやァ、こんな機会は早々ないんやで? それを……」

 喋るうちにまた怒りがぶり返してきたのか、段々と声が高くなる。

「それを! おまんらが! 台無しにしよってからに! ええ!? どないしてくれようか!? あぁ!? せっかく! 見つけた! 金の卵を、逃がしよってからに!!」

 再び部下を蹴り、殴る作業に戻ったベルメッシモを止めたのは、他の部下からの静止の声だった。

「カシラぁ! お客人です!」

「あぁァ!? 今忙しいの見てわからんのかい!? 木偶か、おのれは!?」

「いや、しかしカシラ、お客人って例の……」

「あぁん?」

 訝しげに視線をめぐらすベルメッシモは、その人影を視界に入れた途端、煮え滾って居た怒りが波が引いていくように収まっていくのを感じた。

「邪魔したようだね? なんなら時間を改めた方が良いかな?」

 丁寧な言葉遣いとは裏腹に、その人物の纏う陰惨な雰囲気は、不吉の一言。

「いや、いやいやいや。これはどうも申し訳ありまへん。おい! なんて気の効かん奴らや、お客人を客間にお通しして、茶ァの一つもだせんのかい!?」

「しかし、カシラぁ……」

「だァれがカシラじゃ! 会長と呼べぇ、いつも言うてるやろ!」

 恵比須顔を取り戻したベルメシッモは、腰を低くしながら、客人を応接間に案内する。金に飽かせて古今東西の豪華な品、珍しい品物を取り寄せた応接室は彼の自慢であったが、一言で言って成金趣味のゴテゴテとした部屋だった。

 向かい合うソファに腰かけると、不吉な雰囲気を纏う男は、口元を女性用のヴェールで隠したまま陰惨な目だけをベルメッシモへ向けた。

「依頼を確認しよう。お互い時間もないだろうし」

「ええ、ええ。是非お願いします。先生」

 揉み手をしてあくまで下手に出るベルメッシモは、必死に冷や汗を隠しながら恵比須顔を繕った。自分自身で頑張れ表情筋と励ましながら、彼は必死に笑顔を維持した。

「隣国シャロンの僭主ネクティアーノの娘アウローラの身柄。これ以外には、被害を問わず」

「はい。それはもう、はい。是非先生のお力でお願いします。はい」

 差し出された契約書に交互に署名すると、それを男が懐にしまって立ち上がる。

「確かに受け取った。朗報を待ってもらおう」

「へへぇ~! よろしゅうお願いしますぅ!」

 恥も外聞もない頼れるものなら、いくらでも頭を下げるというベルメッシモの一貫した姿勢はいっそ清々しくすらあった。

 出ていく男を視線でおいながら、ベルメッシモの部下が問いかける。

「会長、ありゃなんです?」

「だぁほ! 会長やない! カシラと呼べぇ言うてるやろうが。ありゃ、赤曼荼羅花の蛇剣セキジャッカ・スネギンじゃ。援軍頼んだのよ。この商売に、南部の覇権かかっとるからのぅ。勝負時にぁ、一番いい札を切らにゃ嘘やろう」

 赤曼荼羅花の蛇剣セキジャッカ・スネギンの名前に、部下が悲鳴を上げる。

「あれが、あの(・・)

「ほうじゃ、あれがあの暗殺騎士団じゃ。細い伝手を頼っての、金を仰山積んで、なんとか引き受けてもらったのよ」

 ぐふふ、と太鼓腹を抱えて笑うベルメッシモは、気合を入れなおして声を上げる。

「さぁ、おまんら! 気張って足跡を探さんかい! 南部の覇権は、うちのもんやでぇ!」

 南から迫る暗殺騎士団と東から迫る帝国の猟犬達、彼らが狙うのは一人の少女の命。

 天秤の片方に載せるのは、少女の命。もう片方には、自らの命。

 争奪戦の幕が、上がった。

副題:ロズヴェータちゃん、一人でおつかい。

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