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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
20/115

白亜の町の亡者達

 王都を出発して6日。乗合馬車を利用して都市国家シャロンとの国境までロズヴェータは足を延ばしていた。獅子の紋と王冠の(リオングラウス)王国の南側は、白い石造りの家々が崖の上にへばり付いたような形で並ぶ。

 その地方で産出される大理石と海岸沿いにいる貝殻を砕いて混ぜ合わせると、石と石の接着剤の役割を果たす白い漆喰が出来上がる。その白い漆喰は、風雨にも強く防水効果も夏の日差しを軽減する効果もあることから、白亜の町と呼ばれるような我らが内海(ロマネア)沿岸特有の白い石造りの家々が立ち並ぶことになった。

 比較的森林の多い中部から東北部から足を延ばしてみると、その光景の差に深い感動を覚える。荒れ地の中に突然現れる白亜の町は、今夜の宿を取ることが出来る安心感だけでなくもっと原初の恐怖を忘れさせる効果があるらしい。

 遠く見える天衝く氷三山(オルグレン)の威容は、遠目にも聳え立つ威容は見る者を圧倒していた。

 三頭獣ドライアルドベスティエの面々も、その白亜の町が視界に入るとホッとため息をつくことになった。

 これらの町は、都市国家シャロンから交易路沿いに点在している。ただ、その白亜の町も美しいだけでなく、町を囲む高い城壁や見張り台の上に立つ武装した兵士の姿から、常に野盗や他国の侵略の備えなければならない位置にいるのだと理解させられる。

 国境の町クノーシフ。

 獅子の紋と王冠(リオングラウス)王国の南端。比較的良好な関係を築いている国境の町とはいえ、その町の様子は要塞化された都市国家と何ら変わるものではなかった。我らが内海(ロマネア)特有の白亜の外壁と、人が両手を広げて五人は並べるだけの厚さを持つ外壁がぐるりと町を囲む。

 町の外壁の上には巡回の兵士が完全武装した上で巡回しており、その外壁の高さは、大人が6人も縦にならばなければ到達しえない高さである。見上げるばかりの城壁の上には、対攻城兵器用の大型機械弓(バリスタ)や、投石器などこれ見よがしに設置してある。

 旅する者には、頼もしさを。敵対する者には恐怖を与えるその外観だけで、この城塞都市が国境にある意味がある。

 また駐在する兵力も、国軍の中では比較的少ないながらも存在し、国境で事ある時には即座に反応できるだけの練度と装備、そして何より人員を確保している。駐留する彼らは、南部国境兵団と呼ばれ三つの騎士団と、六つの騎士連隊からなる兵団である。

「やっと到着しましたね」

 ロズヴェータはユーグの声に頷くと、見上げるばかりの白亜の城壁を見つめた。澄み渡る青空に白亜のコントラストは、心が洗われるようだった。

「……ここで隊商と合流だったな」

 だが、口から出たのは事務的な確認。

「はい。明日の夕方頃には合流します」

 ロズヴェータの内心を知ってか知らずか、ユーグも淡々と返す。結局ユバージルから辺境伯家の内情を報せる報告は間に合わなかった。ほぼ、何の情報もないままに隊商の護衛という依頼を請け負ったロズヴェータは、内心不安を感じながらもそれを努めて表情には出さないようにしていた。

 しかし付き合いの長いユーグには、それを見破られ何かと気をかけられ、いつもよりもユーグが近くに寄ってきていると感じて、ロズヴェータは嬉しい反面、面倒とも感じていた。

 組合からの依頼書と辺境伯からの紹介状を携えて、門番に見せれば荷物の検査もそこそこにほとんどフリーパスで町の中に入ることができた。

「おお!? こりゃすげえな」

 巨躯の女戦士ヴィヴィが、きょろきょろと辺りを見回す。集団から頭二つ抜け出た彼女の様子は遠目から見ればひどく滑稽であったが、三頭獣ドライアルドベスティエの面々はそんなことに構っていられないほど、眼前の光景に圧倒されていた。

 市場バザーと呼ばれる光景は、彼らの今まで目にしたことのない物だった。通り一面に並べた商品で町の大通りが埋め尽くされている。絨毯の上に商品を並べ威勢のいい掛け声と、赤、青、黄、緑、白等色とりどりの売り込みの旗が立ち並び、それすらなくとも日差しを避けるための簡易な布でさえ色鮮やかな様子が目を奪う。

 また彼らの服装も、いかにも商人という姿の者から、若手の職人が自身の作品を売りに出している所や、農民が新鮮な農産物を出荷している様子など、実に様々であった。

 買い物をしなくても商品を見て回るだけでも、一日二日では足りないだろう。王都の石造りの商店が立ち並ぶ商業区とはまた別の、活気あふれる市場バザーの熱気に彼らは圧倒されていた。

「とりあえず宿に向かおう。迷子にならないように」

 子供の引率のようなセリフを言ったロズヴェータでさえも、宿に向かう途中で目移りするような景色だった。

 案の定、宿に到着した時には一人二人いなくなっており、ため息をつきながら人員を確認するとバリュードと彼の分隊の何人かが行方不明であった。

「迷子か」

 半ば諦めの境地で確認するロズヴェータ。

「迷子ですね」

 辺境伯領出身の短槍使いガッチェも、頷く。

「どうするよ?」

 巨躯の女戦士ヴィヴィは、最近伸ばし始めた赤い髪をガシガシとかきむしりながらロズヴェータに今後の方針を訪ねた。

「彼らが自主的に戻ってくる可能性は──」

 ダメもとで聞いてみたロズヴェータの答えに、ヴィヴィと斥候班のナヴィータが答える。

「──ない」

 きっぱりと言い切る彼女かつてないほど確信があるようだった。

「あるわけないっしょ」

 ため息をつきつつナヴィータは、視線を隣のグレイスにやる。

「……」

 彼は領地の若様に直接意見するのが憚られるのか、黙って首を振る。

「つまり、つまりだ。俺達は、依頼の前日に行方不明になった……初めて来た町で1刻すら経たずに、迷子になったあの馬鹿どもを連れ戻さなきゃならない」

 全身から脱力していくのをこらえ、ロズヴェータは宿に到着して早々、捜索開始を宣言せざるを得なかった。

「割り振りはいかがいたしましょう?」

「四人一組になって動け。ただし四人一組になっても別れるときは二人一組だ」

「戻る刻限と場所は?」

「決まっているだろう、現在地に、夕暮れまでだ」

「報酬はあるのかい?」

 最近やけに報酬を欲しがるヴィヴィに、ロズヴェータは叫ぶように言った。

「見つけた組には迷子になった奴らの報酬から一割を引いて与える。四人捕まえたら四割増しだ!」

「ひょー! 太っ腹!」

「いよっ! 大将!」

 囃し立てる声に、落ち着きを取り戻しつつロズヴェータが条件を追加する。

「今回俺とユーグは打ち合わせのために参加しない。だがもし見つけられない場合は、連帯責任だ。全員の報酬を差し引く! 一割五分だ」

「そんな!」

「殺生な!?」

 悲鳴を上げる隊員達を見渡して、ロズヴェータは吠えた。

「さあ、時間がないぞ。奴らを何としてでも捕まえろ! そして俺の前に引きずって来い!」

「大変だ! 大将お怒り!」

「急ぐぞ! 報酬が! 私の報酬が!」

 がやがやとあわただしく走り出す隊員達を送り出し、ロズヴェータはため息をつきながらユーグとともに組合ギルドを訪ねる。

 王都では王都の、国境の町クノーシフではクノーシフなりのやり方というものがある。その依頼を取り仕切るギルドに顔と話を通しておく必要があった。

 道行く人にギルドまでの道順を聞いて、ギルドを訪ねる。ギルドに入って埃を避けるためのフードを脱ぐと、クノーシフで活動する騎士隊から、ため息のようなものが漏れた。主にユーグの美貌に関して。

「マジかよ、あんな生き物いるのか」

「男、だよな? でも……」

「男でも、問題ないな。というか、むしろそそる」

 雑音を無視して二人は受付に進み、王都のギルドからの依頼書と辺境伯からの紹介状を渡す。

「確認いたしました。隊商の護衛ですね」

 依頼書を差し出したロズヴェータから、ちらりちらりと二人並んだ受付嬢は、ユーグの方に視線を注ぐが、ロズヴェータもユーグも慣れたもので、その程度では驚かない。むしろ当然の反応とばかりに、より積極的に話しかける。

「初めてこの町で隊商と合流するのですが、王都と違うことがあれば教えてくださいませんか」

 ロズヴェータは依頼書を差し出すとさっさと、張り出されている依頼を確認しに移動し、ユーグは対応をしてくれた受付の女性に質問をしていた。

「そう、ですね。私も王都は存じ上げませんが……」

 そこでユーグがカウンターに置かれた受付嬢の手をそっと握る。

「何分駆け出しの騎士隊なのです。なにか有益な情報でもあれば、ぜひ」

 憂い顔で俯く彼の表情と肌に触れるその温かさに、彼女は顔を赤くする。

「あ、そう。そうですね! ここは国境の町ですので、依頼の内容に国境をまたぐものがあったとしても、ギルドに申告していただければ、大丈夫です」

 彼女の話によれば、獅子の紋と王冠(リオングラウス)王国の内での要人の護衛のような依頼でも、要人が国境の向こうから助けを求める場合については、助けに行くことが認められる場合もあるらしい。

 盗賊の跋扈を抑える目的で設けられたこの取り決めのおかげで、都市国家シャロンと獅子の紋と王冠(リオングラウス)王国の間の主要な街道には、盗賊の被害が激減したという。

「あとは、駆け出しの騎士隊ということでしたので、竜殺しの槍(ヘルギウス)の騎士団に、ご挨拶をしたらいかがでしょう? 王国南部の出身なのでこの辺りで活動する際にご挨拶をしておくと仕事が容易になる可能性もありますよ」

 獅子の紋と王冠の王国は、軍事力の補強として騎士制度を取っている。

 国王の保有する国軍の補助として、貴族の持つ私兵として、金で解決できるもめ事の解決として、上は騎士団から下は騎士隊まで、大小様々な騎士に根を持つ集団が存在する。彼らは、当然率いる騎士の能力によって依頼の達成率に差があり、優秀なもの武勇に優れたもの、あるいはその凶悪さから有名になることがある。

 その一つが竜殺しの槍(ヘルギウス)

 南部を地盤に活動する巨大な騎士団であり、下部組織まで含めれば、国境を守る南部国境兵団の構成員と比する程の構成員を誇る。

 まるで我が事のように喋る受付嬢に、隣の一人が肘でつつく。少しきつめの目をした彼女は、何事か顔を赤くしている受付嬢に耳打ちした。

「……それと」

 声を潜める彼女に、少し近づくユーグ。更に頬を赤くして、彼女は小さな声で囁いた。

「南部は、豪族ユンカーの力が強い土地柄です。そしてその豪族ユンカーは大きく二つに分かれて争っています。気を付けてくださいね」

「大変有益な情報をありがとうございます。それでその二つとは?」

「ベルメッシモ一家とザザール一家です」

 微笑み、ユーグは情報としてロズヴェータに伝える。

「国境をまたげる……?」

 頷きつつも、ロズヴェータは首を傾げる。

 彼の感覚からすると、もっと国境とは厳格に仕切られているものだと思っていたのだ。

「どちらかと言えば、我が国の騎士団が盗賊を追跡する際に使ったりするようですが」

「都市国家シャロンとの力関係が影響しているのか……」

 今回の依頼に何か使えるかもしれないと、記憶にとどめる。

 その後、様々な視線に見送られ、二人は宿に戻る。


◇◆◇


 宿の前に勢揃いした三頭獣ドライアルドベスティエの面々に、4人の縄に縛られた男たちが転がされていた。

「隊長……」

 情けない声を上げるバリュードは、簀巻きにして転がされていた。

「夕暮れを待たずに捕まえたようだな」

 彼らを取り囲み、見下ろすほかの面々の視線は砂漠の夜のように冷たい。むしろ当然の処理とばかりに、彼らは考えていた。この迷惑な迷子どものおかげで、危うく報酬の1割五分が吸い上げられてしまうところであったのだ。

 特にヴィヴィの視線は、凍えるような冷たさを持っていた。

「反省してますぅ」

「そうそう、反省……ってやつをしてるよ? 海よりも深く山よりも高くしてる」

「してるしてる」

 外にも3名。全てバリュードの分隊に所属する前衛の男達は口々に謝罪を口にする。果たして謝罪なのかと疑わしい言動に首を傾げながら、ロズヴェータは彼らの縄を解くように指示する。

「バリュード、グンダー、エイオス、ミルフェ」

 次々にロズヴェータが名前を呼ぶと、呼ばれた順に彼らの肩がびくりと上下する。それほどまでに低いロズヴェータの声に、彼らは危険を感じ取った。良い戦士の条件として、危険を察知できるか否かというものがある。生き残るために必要なそれが、ロズヴェータの怒りに反応したのだ。

「当然ながら報酬の1割を没収する。そして罰として、当直は本日から三日間順番を入れ替えてお前達も入ってもらう」

「えぇ!?」

 抗議の声を上げようとしたエイオスにロズヴェータが視線を向けると、彼らは悲鳴を飲み込んで黙り込む。

「いいな? はい、か、わかりました、で答えろ」

「……はい」

 断る選択肢がないと嘆きながら、バリュード分隊の4名は、ロズヴェータの命令に従う。

 依頼が始まる前に失敗に終わるところを回避して、三頭獣ドライアルドベスティエは、ようやく宿に泊まることができたのだった。


◇◆◇


 ベルメッシモ一家ファミリにとって、その依頼は実に都合が良かった。

 南部の町の一つを取り仕切る彼らにとって、同じ規模のザザール一家ファミリとの抗争は、膠着状況に陥っている。国境の町クノーシフをどちらが取り合うか、という段階にまで一代で今の勢力を拡大させたベルメッシモにとって、代々その土地の地盤を固めてきたザザールは古臭い遺物だった。

 考え方も商売のやり方も、何もかもがカビの生えたパンのような者に払う敬意などもちあわせていない。

 仁義だ、伝統だ、格式だと、そんな戯言はクソ喰らえとばかりに金になることなら何でもやるのがベルメッシモの信条だった。同時に金にならないのなら、親でも切って捨てる冷酷さがある。

 そのベルメッシモの元に依頼が舞い込んだのは、王都の大商会からだった。

「うぅん?」

 南部特有のイントネーションは、王都から来た者にとって聞きなれない。

「ほなら、あんさん方の頼み事っちゅうのは……」

 独特の言葉の朗らかさの裏にあるのは、打算を働かせる蛇の冷徹さ。

「ええ、一人の少女を探していただけませんか。生死は問いません」

 恵比須顔に、にんまりとした笑みを浮かべたベルメッシモは、キツネ目をした商家の使いに笑いかける。

「よっしゃ、ええでぇ……と言いたいところやけどなぁ。簡単なことやないでぇ、この広い街から人っ子一人を探すっちゅうのは、なんともしんどいものでっしゃろ?」

 相対するキツネ目の使者も、そこは心得たものだった。

「ええ、もちろん。報酬はお約束いたしますよ。なにせ、依頼してきたのはあのデューネ商会ですから」

 王都から西部にかけて広く商いを手掛ける商家の名前に、ベルメッシモは舌なめずりした。

「おおきに、おおきに。デューネ商会さんには、以前も何度かご依頼頂いているよって、御贔屓にさせてもらいまっせ」

 薄暗い部屋の中で密談する様子は、タヌキとキツネの化かしあいに似ていた。

 暗闇の中で亡者は笑う。

 悪意と金を天秤の片方に載せ、反対側に乗るのは無関係の他人の命だ。

 世の中これほど美味い儲けもない。

 おかしくて、笑いが止まらなかった。


副題:ロズヴェータちゃん、市場にびっくりして、ちょいおこ。

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