討伐後の後始末
魔獣赤狼を討伐した後、騎士隊と村人総出で魔獣とそれに率いられた狼の解体作業に移る。狼の毛皮は状態の良い物であれば、十分な値段で取引される。また魔獣の毛皮ともなれば、魔力を帯びると言われ、その価値はさらに吊り上がる。
牙は細工の道具に、目玉は魔術の触媒に、血液は滋養強壮の薬として、その他臓器は、乾燥して薬として重宝する。捨てる所がないと言われる魔獣の体であったが、胃袋を裂いたとき、こぼれ出てきた物に、一同は眉を顰め、そしてそれを見た村人の中の幾人かが泣き崩れた。
それは指輪であった。女性用の小さな指輪は、この村で魔獣の被害に犠牲になったものであった。
泣き崩れるのは彼女の遺族だろう。親類に肩を抱かれて作業から離れていく。
「……」
そんな様子を無言で見守りロズヴェータとエリシュは、騎士隊とともに黙々と作業を続けた。
全ての作業が終わり、疫病を発生させないための処理まで終わらせると、時間は既に深夜になっていた。作業で汚れた者達のため、村の女衆は貴重な風呂を用意し、その労苦をねぎらった。
翌日、ロズヴェータ、エリシュそして村長は、村の中心にある教会に集まり、報酬の話し合いを行っていた。
「村から討伐証明の証明書をもらうのは当然として、狼の毛皮をどうするかだな」
状態の良い物だけで40枚にもなった狼の毛皮と赤狼の各部位が今回の臨時の収入であった。
「あー……そのことだけど、うちは遠慮するよ」
そう言って苦笑するエリシュに、ロズヴェータは厳しい視線を向けた。
「それはどういう意味だ?」
「村に寄付する形で良いと思う」
死者はでなかったものの、負傷者は少なからず出ている。重篤なものはいなかったが、それでも臨時収入としてもらって損はないと考えていた。
ちらりと横目で村長の様子を伺うが、驚きに目を見開き、小さな声で姫さまと呟いている様子から、事前の談合ではないのだろうとあたりをつける。
とすれば、エリシュの気まぐれであろう。
「……」
考え込むロズヴェータは、今回の臨時収入の額を試算する。うまく売り抜けられれば、かなりの額に上る。ただ、うまく売り抜けられればの話だ。
この辺境の開拓村に商人が来るのか、来たとして村人からぼったくられないか、それが問題だった。せっかく勝ち取ったものを、わざわざ商人にうまい思いをさせるために差し出すのは、面白くない。
「……失礼だが、村長。この村に出入りしている行商人は信頼できるのですか?」
「それは、どういう意味でしょう?」
質問の意図を理解しきれないのだろう。初老と言っていい老人は、低く唸りながら問いかける。
「……魔獣騒動のあった村に、以前と変わらず訪ねてきて、同じ値段で商品を取り扱ってくれるものかということをお聞きしています」
「それはっ……」
「おい、ロズ!」
考えもしなかったのか、村長が言葉を詰まらせる。エリシュは、ロズヴェータの無礼とも言える物言いに、訂正を求めるように叱責する。
「大事なことだ。折角得た収穫を、ただ同然の値段で買い叩かれるのは、面白くない」
「それは私だってそうだが……それは、この村の問題だろう。私達が嘴を差し挟む問題ではない」
「そうかもしれない。村長は、どう思われます? これが俺の杞憂であるのなら、何の問題もない。無礼な子供が、生意気なことを言ったとして忘れてください」
「……」
そのロズヴェータの返答に対する答えは、沈黙だった。
いつまでも帰ってこない答えに、ロズヴェータはエリシュを見る。
「……沈黙こそが答えか。あなたは賢くていらっしゃる」
明確に肯定すれば、エリシュのメンツを潰して不興を買う可能性がある。かといって否定できるほどに、行商人に信頼があるわけでもない。また魔獣被害にあった村に再び来てくれるのか、根本的にそのところが、不安なのだろう。
だからこその沈黙であり、ロズヴェータはそれを正確に読み取った。
「……いるのか?」
村長の沈黙の間に考えを巡らせたエリシュが、ロズヴェータに問いかける。言外に、自分にはいないと念を押しているエリシュの言葉を受けてロズヴェータは、頷く。
「まだ、わからん。だがこの村に先遣隊できたガッチェの親類だそうだ。何度か手紙のやり取りをしている限り、信頼できそうではある」
村長とエリシュそして何より自分自身に、確認するようにロズヴェータは語る。
「名をベルヒトンと言います。カミュー辺境伯領出身の商人……詳しい話はガッチェから伺った方が早いでしょう。どうされます?」
村長はロズヴェータの言葉を受け、エリシュを仰ぎ見る。彼女の反応を確認しなければ、返事もできないのは、領地の管理が徹底しているとみるか、それともこれが村長を務める彼の生き残るべき知恵とみるべきなのか。ロズヴェータにはわからなかった。
「……都合のいい商人がいるなら、紹介してくれると嬉しい」
「よろしくお頼みもうしあげます」
エリシュの言葉を待って、村長はロズヴェータに頼む。
その後、ガッチェを部屋に呼び、親戚の商人との仲介を頼むと、必要な経費の割り出しを済ませ三頭獣と紅剣は、依頼の完了を見届け開拓村を離れた。
◇◆◇
宰相府に再び出頭し、エトワール・ド・ブリュエド女子爵の元に討伐の報告を済ませると、依頼を受けた時と同じように紅茶と菓子によってもてなされる。
淑女のたしなみ、あるいは紳士のたしなみとして、【学園】においてその作法をしっかりと修めていたロズヴェータは苦も無く対応して見せるが、反対にエリシュは苦手意識が前面に出ていた。
「……今回の依頼、受けてみてどうでした?」
程よく気持ちも解れた頃、エトワールの口から出たのは、抽象的すぎる言葉だった。
「……勉強になりました」
エリシュの言葉に、頷くとロズヴェータも彼女の後に続く。
「今回の依頼、エリシュの紅剣なしでは、成し遂げられなかったでしょう。魔獣の脅威はそれほどまでに大きいものと認識しました」
ロズヴェータの言葉を受けて、エトワールは苦笑する。
「若いのに口が上手いわね。まぁ良いでしょう。この国は、各所に魔獣の被害がはびこっています。人間が繁栄するためには、これらを排除する必要があるのは、理解できますね?」
噛んで含めるような説明に、エリシュとロズヴェータは頷く。
「それを成し得ると?」
思わず、ロズヴェータは聞き返す。宰相府を中心とした文官勢力の狙いが、どの当たりにあるのか、確かめたいとの思いからである。
「差し当たり、組合は今の形から、より良くならねばならないでしょうね」
上品に笑うエトワールは、流石に長年貴族社会の中で生きてきた貫録を漂わせ、明言を避けた。
「騎士の誓いを忘れないように、過ごしなさい。堕落と誘惑は、容易く貴方がたを破滅の道へ誘います」
十字教の一節を諳んじて、彼女は退出を促す。
ロズヴェータとエリシュは席を立った。去り行く二人を見送るエトワールは、笑みを湛える表情の奥に目だけが、恐ろしく冷たく光っていた。
◇◆◇
「毎回思うんだけど、叔母様の話ってさ」
辺りを一瞬だけ見渡し、彼女は目を閉じて拳を握りしめた。
「くどいし、長いし! そうでありながら、あっそうかもなって思わせる謎の説得力があるから、面倒くさいのよね! ああ゛!! もう!」
哀れな地面を蹴りつけ、苛立たし気な態度を隠そうともしなくなった彼女に、ロズヴェータは苦笑する。
既に辺りは宰相府から、離れ商業区の一角に差し掛かっていた。そのまま組合に向かっている間、彼女の機嫌は悪化の一途を辿っていた。
「あの人の話、どこまで信じられると思う?」
「なに? 信じちゃってんの? あの与太話」
自分の親類に対して随分辛辣に言うものだと、ロズヴェータは苦笑する。鼻息荒く腕を組むと、形の良い眉をひそめて考える。
「まぁ、無理でしょ。組合を改革したいってのは、自分達の言うことをもっと良く聞かせたいって言う風にしか聞こえないし、武官派閥や王家派閥が黙ってないでしょ」
そこで少し彼女は考えを深める。
「まぁ、もし可能性があるんなら、文官勢力に組合自身が協力するとか、周辺諸国との仲が超絶良くなるとか、そんなところ? まぁ、ないわ」
彼女の言葉を受けてロズヴェータもその可能性を考えてみる。
組合がわざわざ自らの権益を削るとは思えない。或いは周辺諸国との関係改善だが、十字教の聖典の解釈の違いからそれも難しい。国の成立からして、十字軍から生み出されたこの国を、周辺諸国は疎んでいる。だから国是を変える必要があるが、不可能だろう。
王家の権益を侵す行為に他ならない。武力のない文官勢力に出来ることではなかった。
「そんなことより、報酬どうする?」
どこかウキウキして、エリシュは笑う。
「貯金かな。後は、保険に、矢の補充もあったか……?」
ぶすっと頬を膨らませたエリシュは、半目になってロズヴェータを睨む。
「あのさ、こんな淑女が聞いているんだけど?」
──淑女……!?
驚愕に目を見開くロズヴェータは、それでもなんとか内心を隠して、確認する。
「あ~……そう言えば、折角報酬を貰ったし、少し良い店で食事でも取ろうかな……あぁ、ちなみにエリシュは、予定あるのか?」
ほぼ、いや完全な棒読みである。役者を志望する者からしたら、鼻で笑われるか、怒られるか、いずれにしても顰蹙ものであろう。
「あいてるわよ」
「いや、無理しなくても……」
「あいてるわよ?」
「……ぉぅ」
苦虫をかみ潰したかのような声と表情で答えるロズヴェータの肩を抱き、エリシュは笑う。
「私を働かせた借りは高いんだからね!」
屈託なく笑うエリシュは、【学園】の時と変わらず、ロズヴェータを苦笑するしかなかった。
ロズヴェータ:騎士
称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣隊長
信頼:武官(+1)、文官(+1)、王家(±0)
副題:ロズヴェータちゃん、(無理矢理)デートを強要される。




