【閑話】うちの隊長は、ここが可愛い①
その日、聖都ジュルル・サルム奪還のための遠征軍から、辺境伯領に向かうため、一度王都に足を向けたロズヴェータは、記者なるものの取材を受けて欲しいと頼まれていた。
「わたくし、王都の新聞社【猫の耳】の記者であるアッズファと申します。こちらは助手のミリー」
ぺこりと頭を下げる胡散臭い男と、垢ぬけぬ少女の組み合わせ。
「ただいま、我が社では、このおような企画をしておりまして」
そういって見せられたのは、活版印刷で刷られた一枚の記事。視線を落とすロズヴェータの目に入るのは、デカデカと今話題の騎士は誰だ!? との文字。
「……」
内心冷や汗を流しながら、ロズヴェータはその文字を目で追う。
表情を変えなかったのが、せめてもの強がりだった。
「そういうわけで、取材をさせてもらいたく罷り越したわけです。はい」
遠征軍総指揮官ディルアンから、一年ぐらいほとぼりを覚ませと言われたロズヴェータは、聖都奪還の最前線から、遠のくことになった。辺境伯家から帰還を命ずる指示がきていたこともあり、辺境伯家に向かうことを決心。
その途中で王都に立ち寄ると、王家派閥、文官派閥そして武官派閥から連名で名指しで指定された依頼が来ていたのだ。
そしてその中身がコレ。
──王都にある複数の新聞社から取材を受けること。
名指しでしかも連名とあれば、受けるしかないと腹をくくったものの新聞社とは何か、取材とは何か。というのを、ロズヴェータは理解していなかった。
そもそもこの時期新聞社の黎明期である。
活版印刷も三日月帝国との文化的軍事的交流の中で初めて十字教世界に知られるようになり、活用され始めた頃であった。
その意味で、王家派閥のルクレイン侯爵家次男のノインや、文官派閥の筆頭である宰相コルベールが自らの勢力を喧伝するために新聞社の後ろ盾になって会社を設立させていることは、特筆に値する程の先見の明であった。
派閥に利するのなら、柔軟に意識を変えていける。または新しい物を恐れないという面でも彼らの能力に疑いはない。
さて、そんなものと初めてであったロズヴェータは戦々恐々としながら、取材を受けていた。
記者と名乗る怪しい中年の男に、こんな娘に何がわかるのだろうと疑われるような助手の少女。それらに自らのことと騎士隊のことを根掘り葉掘り聞かれるのだ。
しかもどこから入手したのか、自らが喋ったわけでもない情報まで入手している。
──なんだこいつらは!?
未知の生き物を見る心地で、ロズヴェータは新聞記者という生き物を見ていた。
「あ、騎士隊の他の皆様にも取材をしてよろしいでしょうか?」
「……例えば何を?」
「新進気鋭の騎士隊長であるロズヴェータ様のご評判などを……」
「それなら、まぁ……ユーグ頼む」
「はい。了解いたしました」
そうして始まった三頭獣への取材であった。
◇◆◇
「あ、隊長のこと?」
まず、最初に記者アッズファとミリーが取材したは、三頭獣の分隊長達であった。
筆頭分隊長ガッチェ。前衛分隊長ヴィヴィの二人が、兵士の訓練をしている中で取材を申し込んだ。
「……そら、辺境伯家のお坊ちゃんだと最初は思ったがね。なかなかどうしていい男になりつつあるよ」
歴戦の分隊長であるヴィヴィからしても、最前線を切れる指揮官というのは得難い存在である。
そして最前線を切れる指揮官というやつに関して、彼女は認識を変えていた。
やれる心意気は買うし、その実力もあるだろう。
「けど、やめてほしいね」
大体は騎士とはいっても、自分は安全だと思われる地域で指揮を執りつつ危険なところは兵士に任せるのが常というのが騎士というものだ。
しかし、ロズヴェータやその知人など一部例外は、自分で本気で先頭を切るということを、やる。
そして、それをやられることで、ヴィヴィの認識は変わった。
以前は、最前線を切れない騎士は、意気地なしだと思っていたが、指揮官がいつ死ぬかわからない状況に置かれると、心配ごとの種が増えるのだ。
自分の命と部下の命だけを心配していれば良かったのが、さらに追加で指揮官の命も心配しないといけない。
「……まぁ、ロズヴェータ様にはできるだけ安全なところにいてもらいたいのは賛成だ」
難しい顔で筆頭分隊長のガッチェも同意する。
彼からすれば、ロズヴェータは家族の暮らす地域の支配者の一人。それを怪我をさせた、あるいは死なせたなどという事態になれば、彼の家族がつらい目に合うのは火を見るより明らかであった。
支配者の辺境伯ノブネルは、やる。そんな確信がガッチェにはある。
「はっきり言って、何も言わずに後ろにいてほしい」
笑いながらヴィヴィが補足する。
「たまに暴走するからね。この前も城塞都市ゲイルノアでさぁ。まさか城門くぐった後で、政庁まで行くぞって突然言われてさ。あれはないよね。絶対その場の雰囲気で言ってたよ」
「……暴走は言い過ぎだろう。我らに見えない勝機があの方には見えている、と表現した方が良いな」
眉間に皺を寄せながら、記者の手元を確認すると強引に修正を要求するガッチェ。
「まぁ、でも落とせたし? その辺りの勘は、やっぱり隊長はさすがだよね」
「勝負勘、というのか、それとも戦術眼が優れているというのか……ともかく勝利に愛されているな」
概ね高評価を感じて記者と助手の二人は、次なる分隊長達に取材を申し込む。
「え、隊長のこと?」
続いて練兵場にいたのは、分隊長バリュード、そして分隊長ルルであった。
「記者ってあれだよな? 新聞とかいうのに、文字を書いて配るんだろ?」
「はい。その通りです」
「じゃ隊長のことなんて別にいいや。そんなことよりこの剣どう思う? 良い切れ味なんだ。メルキス作の昨年の新作なんだけどね。あ、この剣の汚れは──」
延々と語りだすバリュードに捕まったアッズファ。
「書く? 書くよね?」
逃げようとしたら物凄い力で手首を掴まれ、まるで解体処分される豚を見るような目でじっと見られるという精神攻撃をされ、アッズファはバリュードに拘束される。
「……あの」
そして助手のミリーは自身よりも身長の低い分隊長ルルに無言で手を差し出され困惑する。
「なにを……」
「金」
「え?」
「金ヲ出セ。言葉あっているな?」
「私、お金なんて」
助けを求める視線をアッズファに飛ばすが、アッズファは既に殺人鬼に捕まっている。
「……その場でジャンプ」
そういってミリーの尻を叩く。
「ひぃ」
恐ろしくなって飛び上がると、小金のこすれる音がした。
「あるじゃないかぁ?」
ニタリと悪魔が笑うような顔でルルは笑う。
「そ、それは取材費でなく私の私費で」
「金を出せ」
「……ぅぅ」
気弱な彼女は、結局差し出した。
「で、何が聞きたい」
「あの騎士隊長ロズヴェータ様のことを」
「格別に優れている。以上」
「え、それだけですか?」
「あん? これだけの金で他に何を聞きたいと?」
凄まれて引いてしまうミリーは、泣き寝入りをするしかなかった。なにせ、話を聞く限り、拳で人を殺せる女だ。その女が目の前で指を鳴らして、睨み付けてくるのだから怖い。
「……ぅぅ」
昼頃から夕暮れまでかかって二人から解放された記者と助手は、次なる分隊長を探しあてた。
「俺達ですか?」
見つけたのは最近新しく分隊長になったトーロウ。
「……あぁ、隊長の評判? 答えても良いんですが、少し小腹が空きましたねぇ……え、ルル分隊長に既に取られた。あぁ、そりゃどうもご愁傷様で……じゃ一晩そこのお嬢さんに夜の相手でも。え、副長、嫌だな冗談ですよ。はははは……」
偶然通りかかったユーグの視線に、トーロウは縮み上がる。
「ああ、隊長ですね。格別に優れていると思います。以上です」
「ルル分隊長もおっしゃられておりましたが、何が格別に優れているんですか?」
記者アッズファはそれでも粘る。助手と記者の違いはそこにあった。
「あ。ここからは別料金で」
「そこをなんとか。記事には答えてくれた分隊長さんがたのことも書きますので」
「ほう? ちなみにほかの方はなんと? ええ、なるほど。ああ、確かにゲイルノアでは、そんなこともありましたね。俺もガッチェ殿の意見に賛成ですが、そもそもゲイルノアに入るまでの森林地帯で道を見つけたのは、大変だった。道なき道を行き──」
アッズファとミリーは、その夜遅くまでトーロウの自慢話に突き合わされた。
◇◆◇
「十分な記事は書けましたか?」
「いいえ、今日は騎士隊を支える裏方の方に取材を」
「なるほど、案内しましょう」
副官ユーグに案内され、記者アッズファとミリーは文官業務を取りまとめるアウローラのところにやってきた。
王都にいても戦場にいても彼女達の役割は変わらない。前線で戦う兵士が負傷をすればその治療。彼らの給与計算、寝床の準備、食べ物の支度等多岐にわたる。
兵站を担う後衛軍のような役割であった。
だからこそ、王都では辺境伯家の屋敷のうちロズヴェータを差し置いて最も広い部屋を貸し出されている。
「……ここの計算が間違っている。やり直し。次は食費ね。これは経費じゃ落ちないわ。隊長さんの命令でもないのに勝手に宴会をして経費にしてくれとか、馬鹿なの? 文句があるならココに来るように言って。先月よりも油の値段が上がっているわ。ちょっと道化の子を呼んで!」
まるで辣腕の文官のように書類に目を通し、不備を指摘し的確な指示を出すアウローラ。そこは血を流さない戦場であった。
「この忙しい中で、何? 取材? アポイントメントは? ない? お帰りはあちら。この先三日後まで予定は埋まっているから、工面するなら申請を。はい、次々!」
女主人の如く差配をするアウローラの気迫に記者アッズファとミリーは、取りつく島もなく退出した。
「会計係もいますが」
「おお、それは」
「どいてください! 至急の案件です~!」
バタンと扉を開けてアウローラの部屋に飛び込むメルヴとメッシー。
「あちらに」
にっこりとほほ笑む絶世の美貌に、なぜか記者アッズファとミリーは冷や汗しかでなかった。
「商人の方もいると聞いたのですが……」
「ああ、従軍商人のラスタッツァですね。ご案内しましょう」
「商人に口を割らせるのに、弁舌はないでしょうね?」
ニヒヒと笑う道化化粧の女商人に、けんもほろろに追い立てられる。
その日、まともな取材はできなかった。
◇◆◇
「さ、最後は一般の兵士の方に……」
そういう記者アッズファと既に疲労困憊のミリーを、副官ネリネのところに案内する。
「はい。ロズヴェータ様のことですね。非常に尊敬しております!」
「おお! どんなところが?」
これは、よい記事が書けそうだと期待するアッズファと長身で目を輝かせるミリー。
「はい。それは、私のことを隊内で一番厳しいバリュード分隊長に面倒を見させて毎日足腰立たなくなるまでしごかせたり、鬼ごっこと称して隊員の給与をピンハネしたり、優しい言葉をかけながら、後ろから殺意ビンビンの副長に見張らせるとか、もう──あ、最後のは内緒で」
途中から耳をふさぎたくなった記者アッズファとミリーは青い顔をして立ち尽くしていた。
「……あのもしかしてネリネさんはロズヴェータさんのことを、お嫌いなんですか?」
ミリーの質問に、ネリネは首を傾げた。
「いいえ、大好きですし、尊敬してますが?」
頭の上に疑問符を浮かべているようなネリネの様子に、アッズファは、納得した。
ああ、これは頭のネジが何本か外れている人間だ、と。
「ありがとうございました。ほかの人に話を聞いてみたいと思います」
「ええ、どうぞどうぞ」
にこりと笑ってネリネは記者達を見送った。
その他の一般の兵士に話を聞いてみるが、良い隊長だとの声で満たされていた。特に好評なのが、給料の遅配がないということだった。
「あれだろ。元文官志望だったとか聞いたことあるぜ?」
「あぁん? 隊長がぁ? ないだろ。なったっていずれブチ切れて上司を殺してるぜ。きっと」
「だけどよぉ、そのおかげで給料の遅配がねえからな。他の騎士隊じゃ当たり前だって聞くし。確かにそうだったからな」
「じゃ恵まれてるなぁ。人使いは荒いし、なぜか死ぬほど訓練させられるが……。知ってるか? 人間過酷な運動をし過ぎると、ションベンが血の色になるんだぜ。でもうちじゃ、そこからが本番だからな? 人間やめろと言われてる気がするぜ」
「まぁ、良い隊長だぜ。少なくとも命を賭けて同じ戦場に立つなら、あの人の凄さが分かる。なにせ、飯を食わせてくれるしな。怪我をしたら領地で暮らしても良いってんだから、他じゃ考えられない待遇だよな」
「まぁお守が怖いことを除けばな! 盗みは厳禁、道端でのクソもダメ、手洗いをしない奴がこの前、隊長と副長につるし上げられていたぜ。物理的にな。はっはっは……あ」
その時美貌の副官ユーグが彼らの視界に映る。
「……いやぁでも、副官様も、隊長も非常に立派な人だよナ?」
「お、おう。ジンピン厭らしからぬって奴さ。多分辺境伯家の貴族様だもんな」
「ま、なんでもいいから上手く書いてくれ。後俺達が、言ったことは、内緒で頼むぞ」
「そうそう、特に副官にはな」
記者達は逃げるように立ち去る一般兵士に戸惑いながらも一般兵士からの取材を終える。最後に、記者のアッズファは声をかけてきた美貌の副官ユーグに声をかける。
「ところで、副官殿は隊長殿のことをどう思いますか?」
「そうですね……可愛いくて愛おしく思っていますよ?」
ミリーが黄色い叫びを挙げたのと、対照的にアッズファは背中にゾクリと冷たいものが走る。
ユーグの見せた笑みの深さに、並々ならぬ執着を感じてアッズファは、冷や汗を流しながら記事をまとめた。
◇◆◇
三頭獣の騎士隊は、100名を超える構成員を持つ新進気鋭の騎士隊である。率いる騎士は、辺境伯家出身のロズヴェータ・スネク・カミュー。御年19歳。
部下からの信頼は非常に厚く、多種多様な癖の強い部下を非常にうまく使いこなしている。
銀の獅子を獲得後、聖都ジュルル・サルム解放の遠征では、城塞都市ゲイルノアの攻略に第一の勲功を上げる。
騎士隊として兵站は非常に充実しており、騎士団を運営できそうな兵站能力を保有している。
兵士の質も高く、一般の兵士に至るまで、話ができる程度には礼儀正しい。
副長は、ユーグ・ユルバスウーヌ。
旗持は、ネリネ。
分隊長、筆頭ガッチェ・チェロヌ。ヴィヴィ、バリュード、ルル、トーロウの5人。
弓隊は、ロズヴェータ・スネク・カミューが兼任
騎馬隊、なし。
魔法兵、なし。
兵站部、アウローラ、メルヴ、メッシー。従軍商人としてチソッド商会のラスタッツァが専任。
特筆すべき事項としては、その充実した重装備。訓練の厳しさ。
派閥は、武官寄りだが、辺境伯家と文官派閥にも顔が利く。王家派閥とは距離がある。




