商人との交渉
孤児の雇用について苦情を入れて来た騎士隊の話し合いは、一計を案じてロズヴェータが何事も無く収めた。三頭獣の頭脳担当組を集めたロズヴェータは、苦情の背後にいるかもしれない何者かの影響を懸念する。しかしながら証拠も不十分だし、今はその場で対処していくしかないという結論に至ると、とりあえず騎士隊との話し合いに向かう。
その中でロー・ルーと言う北方出身の騎士と知り合うことができたロズヴェータは、その騎士から今後北方の言葉や生活を聞きたいと、苦情を入れて来た騎士隊との交流を提案する。
しかしその後、後ろから最も聞きたくないロージャ・トラッドの声がして、ため息を吐きながら振り返った。
◇◆◇
恐る恐る振り返ったロズヴェータの目の前に、腕を広げた上機嫌に見えるロージャの姿があった。
「……これはどうも」
気の進まない相手との会話に、ロズヴェータは無難な返事をする。
「見事な交渉術だったよ! まるで商人のようだ」
簡単に間合いの内側に入ってくる無防備さが、どうにもロズヴェータには苦手だった。騎士相手であれば、互いの間合いの内側に容易には入らない。入ったとしても、それは友好を確かめるための握手等の僅かな間だけだ。
それに比して、このトラッド家の次男坊は話しかけた時でさえ、既にロズヴェータの間合いの内側に入っている。腰から剣を抜き、斬り付ければすぐさま喉首を裂ける位置取り。
思わず、腰に手を伸ばしかけるのをロズヴェータは意志の力でなんとか留める。
「いいえ、本職の方にはとても及びませんよ」
「そんなことはないさ。商人も己の領分を脅された場合には、武力も辞さず交渉することがあるからね」
口の形は笑みになっている。しかし、その目の奥は決して笑っていなかった。
それを脅迫と取るか、警告と取るかは難しい所であった。
少なくともこのトラッド家の次男坊は、何らかの情報を知っていると思って間違いない。
「……」
頭を下げるのは簡単だが、ロズヴェータはそれをしたくはなかった。
せっかく見つけた稼ぎの種だ。それを何の理由もなく奪われて、恨みに思わないはずもない。しかし、最悪のことを考えないわけにはいかなかった。干されて仕事自体を失う危険。さらには、意図的に危険な任務を割り振られる可能性。
そして邪魔だと判断されたら最悪消されるかもしれない。
ロズヴェータ自身だけでなく、自身の元に集まった部下も、同期も危険に曝される可能性がある。ロズヴェータは、ロージャ自身ではなくロージャの後ろに見える権威に脅威を感じていた。
「ロージャ殿も、やはりそう思いますか?」
「ええ、私もそう思うよ。領分を侵された方の怒りは凄まじいものだ」
「それを解決するには?」
「決まっている。手を引けばいい」
ロージャの断定的な言い切りに、ロズヴェータは考え込む。
「手を引かずに済む方法はありますかね?」
「ないだろう。商人とはそういうものさ。利益がある限り、そこに食らいつく。貪欲なまでにね」
「その利益が分け合えるものでも?」
ロズヴェータの言葉に、今度はロージャが考え込む。
「……そうだね。分け合えるなら話は変わってくるだろう」
笑っていない目の奥で、興味の光がロージャの瞳に映る。声音も、少しだけ高く興味をそそられる感じになっていた。
「なるほど……ロージャ殿、少しお話が」
「お受けしましょう」
その後天幕の中に入り、誰にも聞かれないところで密談をして、ロージャに仲介を認めさせる。勿論、アウローラを含めた複数人での交渉は必須だった。
「良い取引ができた」
嬉し気に微笑むロージャに、ロズヴェータは無言のまま退室を促す。
「では、これで失礼するよ」
そう言って退室するロージャを見送り、ロズヴェータは身内だけになったところでため息を吐く。
「まぁ、最悪ではないか」
「粘り強く交渉していたからね。高感度高かったのではなくて?」
アウローラの評価に、苦笑を浮かべる。
「交渉の材料がほとんどないからな。しかし、孤児を使った労力の確保は、利益が取れなくなってしまったな……」
「そんなことないわ。まぁ一つ一つの依頼は薄利になったけど、多めに受ければ問題ないし、それに指揮官の男爵には、十分売り込めたでしょ?」
「そこを利益を見ておくか……」
「コネと言うのは、時にお金以上に重要なものよ」
「まぁ、それで納得しておくか」
今はまだ、手を出せる相手ではない。しかし、いつかその時が来たら……。そう誓ってロズヴェータは、きつく両手を組み合わせる。
「尾行はさせているんでしょ?」
「ああ、尻尾を出すとも思えないが」
アウローラの言葉に、頷くもロージャが尻尾を出すとは限らない。しかし、何もしないというのは、悔しかった。
「手を出す必要はないが、情報だけは集めておこう」
満足そうに頷くアウローラに、ロズヴェータはきつく目を閉じた。
◇◆◇
三頭獣が大犀の角とあわや衝突しそうになったという噂は、野次馬の数も多かったことにより瞬く間に後衛軍の中に広がった。
しかしながら、当の本人達は、どこ吹く風とばかりに依頼を受け、交流を深めているのだった。
「ほうしたば、こうゆうことが」
禿頭を搔きながらロー・ルーは、ロズヴェータの話をまとめる。
どうやら自分達は、何者かに嵌められたらしい。故意にいざこざを起こそうとされ、危うく衝突しかけた、ということに遅まきながら気が付いた。
「そのようだ」
頷くロズヴェータにロー・ルーは、すんなりと頭を下げる。
「ほんとにわりがねじゃ」
巨躯の男が腰を折る様子に、ロズヴェータは驚くとともに、つい言葉が口をつく。
「あ、ああ、いや」
気恥ずかしさに咳払いをして、口ごもる。
自分はこんなに素直に、過ちを認められるだろうか。無論、自分が間違っていたとは思わない。しかしながら、自尊心が邪魔をして、決してこんな風には頭を下げることができないのではないかと感じた。
ある種の純朴さを見て、ロズヴェータは、ロー・ルーと言う巨漢に好意を抱いた。
見た目は褒められたものではないが、悪い奴ではない。
そう感じて接して見れば、ロー・ルーとの会話は決して難しいものではない。
ともすれば、ロー・ルーの方がロズヴェータの出自を知って恐縮するような場面すらあった。北方でのカミュー辺境伯家の知名度は、リオングラウス王国においてもっとも有名な貴族家の一つであった。
それならば、頭が良いのも納得、とばかりにロー・ルーは目を輝かせる。
北方の文化的には、武は誰もが持つものの、文は選良のみが持ち得るものとして、羨望の対象であった。複雑な計算ができる。文章が書ける。修辞や論理学等の人に何かを説明し納得させるための技法でさえ、文官の特権であった。
知識は金になる。
ロー・ルーからすれば、三頭獣は、それらの技能者を多く抱える大規模な騎士隊。いつかは、ああなれたら良いなと憧れを抱くような騎士隊なのだ。
だからこそ、それを率いているのが年若いとはいえ、北方で有名なカミュー辺境伯家の三男と知って驚くとともに納得もした。
「なんが、わらしらで手伝えるごとあったら、いがったんだばってなぁ」
衝突して下手をすれば、殺し合いに発展するところを回避してもらったと、認識したロー・ルーは思わずと言った風に腕を組んだ。
「悪いごとしたら、なんがで償わねばまいねって母っちゃ言ってだじゃ」
苦笑しつつ、ロズヴェータは、それならと提案する。
「現在受けている依頼の手伝いをしてもらえると助かる。まぁ、商人どもにピンハネをされるから儲けは少ないが、働いた分だけの食事程度は約束できるだろう」
孤児達を労働力として使った場合の利益は、半分程度を持っていかれている状態だ。
当初その額を聞いた時には、思わず腰の剣に腕が伸びそうになったが、代わりにロージャが提案してきたのは、聖なる三つの天秤経由での仕事だ。
つまり、薄利になった分は、さらに働いて必要な利益を生み出せばいいじゃない、ということだった。
後衛軍を率いる男爵からの依頼、そして全軍の兵站を担う聖なる三つの天秤経由の依頼、この二つが三頭獣の忙しさを加速させていた。
しかも頼まれるのは、力仕事から頭脳労働まで幅広い。
三頭獣的には、人ではいくらあっても足りない状態であった。
ふんんふん、と頷きながら聖なる三つの天秤経由の仕事を聞いていたロー・ルーは、口をひん曲げて顎に手をやりながら考えると、パン、と膝を打った。
「それじゃ、やらせていただきます」
即決即断は、リーダーの資質のうちで重要なものだ。
丁寧な標準語を話すロー・ルーは、姿勢を正して依頼を受けることを了承した。
それからロズヴェータは、ロー・ルー率いる大犀の角に、比較的単純な仕事を割り振る。荷運び等は彼らの得意とするところらしく、三頭獣から会計士達を派遣してやると、問題も起こさずすんなりと依頼を完了させていた。
それ以来、三頭獣で受けきれないと判断された依頼は、少しずつ大犀の角に回されることが多くなっていった。
一方、後衛軍に一緒に回された同期のエリシュ率いる紅剣は、後方の仕事をするなら治安維持の依頼を受けた方がまだマシ! と言って一切取り合わず二日と開けず治安維持の仕事をに出かけていく様子が見えた。
そう言った後衛軍における三頭獣の活動は、後衛軍が陣地を引き払い移動するまで続いた。
◇◆◇
何事も無く都市ライヘルの郊外に到着した遠征軍の全軍は、そこで再編成をする。
移動する中で主力となる騎士隊の特性を見極め、それぞれに特性に合った軍に再配置が行われた。歴戦の将軍ディルアンでしか成し得ない編成であった。
将軍の手足となって依頼を出し、その評価を果たしたのは全軍を統率した3人の将軍だった。前軍を率いたクライン・ガードルード子爵を筆頭としたディルアンの子飼いの将軍達。彼らが選定する基準としては、役に立つのか、そうではないのか。
その二つだけであった。
彼らの意見交換をしあって素案を作り、最終的な決裁はディルアンが行う。
その中で、意見の分かれる騎士隊として名前の挙がったロズヴェータ率いる三頭獣は、前衛としても後衛としても非常に優秀と言う評価を獲得していた。
特に後衛軍を率いる将軍からは❝布のように使い勝手が良い❞と評価されていた。
後衛の細々とした仕事を回せば、そつなくこなし、面倒な商人どもとの交渉も切り抜ける程頭が回る。それだけでなく騎士隊同士のいざこざも起こすことがない。
とすれば、後衛軍としては是非とも欲しい騎士隊として認知される。
一方前衛軍のクライン・ガードルード子爵からしても、ロズヴェータ率いる三頭獣の功績は目を見張る。紅剣と協同で前哨戦での救援の状況判断。少数ながらも的確な状況判断ができ、勝利につながるというのは戦場ではよくあることだ。
指揮官の命令が隅々まで届きにくい、混成軍を率いる前衛軍の将軍からすると、使い勝手のよさそうな駒は是非とも手元に置いておきたい騎士隊だと主張する。
一方将軍ディルアンの身を守る直衛とも言える中軍の将軍は、自軍に入っていないためそこまでの評価はしていない。しかしながら、王都の騎士隊の功績時に銀の獅子であった功績は評価に値するとしていた。
三者三様の意見を提出された将軍ディルアンは、眉を顰めると愛用の短槍を担いでふらりと立ち上がった。
「ちょっと、どこへ行かれるので?」
「散歩だよ、散歩!」
「会議中なんですけど!?」
「良いんだよ! 俺が主催だろ!?」
「私達も、暇じゃないんですけど!?」
「そうだ、そうだー!」
「……」
「分かってるよ。いつも完璧な編成表をありがとうよ!」
「いや、そうじゃなくて決裁をくださいよ!」
「決裁だ、決裁ぃ!」
「……」
「だから! 散歩なんだよ!」
「出歩かないでくださいよ!? 立場考えて!」
「頭を使え、馬鹿将軍!」
「だぁー、もう、うるせえなあ!!」
前衛将軍クライン・ガードルード子爵と遠征軍の将軍たるディルアンの間で喧々囂々たるやり取り、途中入る後衛軍の将軍からのヤジを受け、逃げるように指揮官用の大天幕から抜け出たディルアン。
なお、中軍の将軍からは無言の視線だけが突き刺さる。
遠征軍の最高責任者がぶらぶらと出歩く。
まるでどこにでもいる中年の騎士のように、腰に水を飲むための革袋を下げ、道具袋を革のポーチとして身に着けていた。革製の鎧は最低限急所の身を守る程度に少なく、無精髭も生えっぱなしだ。
向かう先は、話題になっている三頭獣の宿営地。
王都で出会った頃から、どのくらい成長しているか。若者の成長を見守るのは、それはそれで面白いものだと思いながら、その足取りはどこかウキウキとしていた。
◇◆◇
夜に沈む山岳大鷹の山城の尖塔の一つで、三日月帝国の西方遠征を指揮する総督にして、西方世界から首切り総督と恐れられるイブラヒムは、地図を見下ろしていた。
二十人掛けの長いテーブルの上には、東方世界よりも足された芸術品が並ぶ。
かつては、居並ぶ諸将がいたはずの長テーブルには、今はもう誰も座ることはない。
美麗な顔に、些かの感動も見せず見下ろすのは、この世界では珍しい世界地図だった。それも相当に精度の良い。
三日月帝国の首切り総督イブラヒムから見たリオングラウス王国側の遠征は、決して待ち望んだものではない。無論、予想の範囲内ではあった。
聖都ジュルル・サルムは、三日月教からすれば第3の聖地。しかしながら十字教からすれば、第1の聖地なのだ。取り返して、彼の戦歴に花を添えることはあっても、不相応なリスクを背負ってまで欲しいのかと言えば、そんなことはない。
それよりも彼を動かしているのは、三日月教世界の覇権にこそ興味があった。
三日月帝国の広さは、西方世界に広がる十字教世界よりもなお大きな広がりを見せている。
西は聖都ジュルル・サルムを落とし、東はかつての偉大なる征服王が踏破した既知なる東方世界と最果ての大地が広がる。そこから流れて来る万物に、三日月帝国は非常に価値があった。
そう、最果ての大地だ。
そこからもたらされる芸術品。いかなる技法でつくられたのか判別すら困難な、芸術品を見て居るとイブラヒムは、血に荒んだ己の感情が癒されていくのを感じる。
一つ、手に入れれば二つ目が欲しくなる。
二つ、手に入れれば三つめが、際限なく広がるその欲望が、最果ての大地の征服に向くのは、それほど時間を要しなかった。
ならばこそ、なぜ西方なのか。
流石にイブラヒムが力ある総督だとしても、それだけで三日月帝国の全ての力を投入できるわけではない。まず、第一人者にならねばならない。
その為のわかりやすい功績。
それが聖都ジュルル・サルムの攻略である。
中欧州にいる地上の代理人の諮問機関である十人会議からも、色よい返事はもらえている。このまま名声を高めて行けば、帝王の地位すら手が届くかもしれない。
だが、欲しいのは帝王の地位ではない。
目的は、あくまで東方の遠征。その為の手段にしかすぎないのだ。そのためには……。
「……まだ、血が必要だな」
ぽつりと呟かれたその言葉。
夜の闇に沈むかのように静かに、部屋に溶け込むように、零れ落ちたその言葉は、今はもう誰にも聞かれることなく消えていった。
ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)
称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営
特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)、遭遇戦
同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇
三頭獣隊長:騎士隊として社会的信用上昇
銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇
毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。
火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。
薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。
異種族友邦:異種族の友好度上昇
悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。
山歩き:山地において行動が鈍らない。
辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇
陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続8回)
兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。
駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。
変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。
遭遇戦:臨機応変な戦いの経験がある。(1回)
信頼:武官(+50)、文官(+44)、王家(+15)、辺境伯家(+38)
信頼度判定:
王家派閥:そう言えば、そんな人材もいたような?
文官:若いのに国のことをよくわかっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入ってくれても良いよ? けれど、招待状の貸しは大きいわよ。
武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。使い勝手が良いな。 今回も期待している。
辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では? 元気があって大変よろしいが、辺境伯領での依頼を少しは受けてもらいたいな。領主としてもしっかりやっているよな?
副題:ロズヴェータちゃん、来襲する総指揮官……あるいは不良中年。