反乱分子の討滅と裏剣のシロク
僭主ネクティアーノの館から侍女マーヤに案内されてたどり着いたのは、通りを三つほど隔てた館の一つだった。聞けば、対面する館に反乱分子が集まるという。
「ここでお待ちを」
まるで客人をもてなす侍女そのものの動作で、一瞬本当に反乱分子の始末をするのか疑わしくなった。頭を下げて退出するマーヤの姿を見送れば、ロズヴェータ達は反乱分子が集まると推定される館を見張る。
見つめる先にある方は、巡回の兵士が常に3人一組で動き回り、正面の門には鉄の格子、堀には水が満ち、塀は人の背丈を越える程で仲は見通せない。さらには巡回の兵士とは別に正門を守るように、武装した兵士が4人は待機しているという堅固な様子を見せていた。
「まさか昼間から、この砦のような館を攻めろってことなのかね?」
心底うんざりしたようなヴィヴィの言葉に、そこかしこで同意の声が上がる。
ロズヴェータ達が想定したのは、往来での襲撃。少なくても真昼間から館を襲撃するというのは、想定していなかった。夜陰に紛れて襲撃し、そのまま離脱を図るのが最も被害が少ないと考えていたロズヴェータに対して、その手の経験豊富な分隊長達も反対意見は持たなかったのだが、この状況は予想外だった。
「夜になるまで待ちたいものだが」
「ダメな場合は?」
ロズヴェータの呟きに、分隊長ルルが問いかける。表情がほとんど動かない三日月帝国出身の元傭兵は、小柄な身長から上目遣いにロズヴェータを見る。
「結論は変わらない。一度だけ、反乱分子の撃滅には参加する。ただし、昼間にやるならそれなりの手段が必要だな」
じっと、館を見つめるロズヴェータ。
その脳裏によぎるのは、獅子の紋と王冠王国の辺境伯領において砦を攻めた時の記憶だった。
「……ガッチェ、火の用意はできるか?」
「勿論」
「やるぞ」
「御意!」
辺りは密集した住宅街。水堀と塀で仕切られているとはいえ、延焼の可能性もある。しかし、ロズヴェータに迷いはなかった。
正門を見張っていれば、やはり人の出入りは何組かある。
武装した人間が多数出入りしている様子を見ると、かなりの人数がいることが予想された。
「……失礼いたします」
侍女マーヤが再び訪れたのは、正午も回る頃。曇天の空に、風は南南西。海から吹く風が、湿った季節風を運んでいる。
「今、眼前の館の中には反乱分子しかいないようです。よろしくお願いいたします」
頭を下げるマーヤに無言の頷きを返して、ロズヴェータ達は、3組に分かれて外に出る。屋敷の屋根に上る狙撃組、館に火をかける工作班、そして館を襲撃する襲撃組。
工作班は、火攻めの終了後、襲撃組に合流予定だった。
「分かっていると思うが、襲撃が終わった後、速やかにシャロンを離脱する」
「アウローラ殿は?」
ガッチェの問いかけに、ロズヴェータが苦く笑う。
「このあと、誘うさ。ダメなら、仕方ない」
腰に下げた矢筒から矢を引き抜き、ロズヴェータは狙いをつける。ひっきりなしに、伝令を通じた状況の報告が入るが、それを受け取るのは副官ユーグの役割だった。
「ロズヴェータ様、各々準備完了しました」
「よし、始めよう」
引き絞った弓から、矢が放たれる。ロズヴェータの射撃を嚆矢として、狙撃組の射撃が開始される。突然の襲撃に悲鳴を上げる館を守っていた兵士。
その中を、襲撃組が得物を引っ提げて正門から乗り込む。
先頭を切るのは、分隊長バリュード。バケツ型のヘルムを被っているため、外からは表情が伺えないが、漏れ聞こえてくる鼻歌で、上機嫌なのが分かる。
「襲撃、襲撃だ!」
館から次々出てくる兵士を数えて、バリュードのヘルムに隠された口元が悪魔の様に吊り上がった。
「ハッハッハー、さっさと出てこないと、怖い悪魔が食べちゃうぞー!」
大声で叫ぶと、手近にいた兵士に斬りかかる。
その隣で、ヴィヴィが嫌そうに顔を歪めて唾を吐く。
「さぁ、さっさと終わらせるぜ」
手にした棍棒を、突き出された敵の槍に合わせて兵士の腕を掴む。
獰猛に笑うと、拳で顔面を叩き潰す。崩れ落ちる兵士を追撃の棍棒が襲う。
「野郎ども! 皆殺しだ!」
彼女の威勢の良い掛け声とともに、頭上で棍棒を一回転ぐるりと回すと、彼女の分隊が我先にと怯む敵兵に襲い掛かる。
集団の中心にあって、ロズヴェータはその様子を油断なく観察していた。
──ここまでは、予定通り。しかし、中の兵力が分からない以上、無理は禁物。何か異変があればすぐさま逃げる必要がある。
ジリジリと焼かれるように、ロズヴェータの内心は不安と疑心に苛まれる。ここにいる兵士を殲滅したとして、本当にこのまま脱出出来るのか。もっと穿って、これは僭主ネクティアーノの壮大な罠なのではないか?
だが、ネクティアーノに此方を罠にはめる動機がない。いくら考えても、本気でエルフィナスに寝返ってリオングラウスの兵力を削りに来ているくらいしか思い浮かばない。
アウローラの父親とはいえ、それで信用するに値するかと言われれば、それは別問題だと考える。
少なくとも、ロズヴェータは僭主ネクティアーノに信用させるだけの何かを感じることは出来なかった。
何事もないのが最も望ましい。このまま押し切れるなら、それに越したことはない。そう思いつつも、常に退路を気にしなければならなかった。
そんなロズヴェータの内心は別として、前衛を務めるバリュードとヴィヴィは、敵の部隊を押し込んでいた。庭園から敵を駆逐すると建物の入口を塞ぐように分隊員を配置し中から敵が出て来れないようにする。
「頭上!」
配置を終えたかに思えたバリュードとヴィヴィの分隊の頭上方向から、狭間と呼ばれる矢を射るための窓が開く。
騎士隊の前衛からでは、死角になる位置取りに、騎士隊の中央にいたロズヴェータが吠える。
「盾!」
叫ばれる声に対して反射的に掲げられる盾に突き立つ鏃。間に合わなかったいくつかが、分隊員に降り注ぎ被害が出る。
舌打ちして、倒れる分隊員に目をやれば、うめき声を上げている姿。立ち上がれない状態を確認してロズヴェータは、更に指示を出す。
「怪我人を下げろ! 後方に運べ!」
動いたのは、後衛を担うルルの分隊員。木製の盾を頭上に掲げ、革の鎧の肩部分を掴かんで地面を引き摺りながら、負傷者を矢の範囲から遠ざける。
当然、そうはさせじと敵の館の狭間から再び矢の雨が降る。再びの斉射に、重なる被害。
「矢を黙らせてくれ! これじゃ、包囲が維持できない!」
ヴィヴィの悲鳴に似た要望に、ロズヴェータが即座に命令を下す。
「盾を追加だ! 前衛を守れ!」
「盾隊! 前に! 前衛に渡した後、後退しろ!」
分隊長ルルの声に、元傭兵団の兵士が大盾と呼ばれる盾を前衛に渡す。その後、そそくさと背を向けて矢の届かない位置まで、逃げ戻る。
「ロズヴェータ様、分隊ただいま到着いたしました!」
筆頭分隊長ガッチェの分隊が到着。
「成果は!?」
「西側及び南側からの着火に成功! 我の損耗なし」
ガッチェからの報告に頷くロズヴェータは、さらなる指示を出す。
「材料は、どの程度残っている?」
「後、2回分程度は……」
即座に眼前の建物に放火の指示して、指示を前衛まで行き渡らせる。
「ネリネ! 再度火攻めをさせる。分隊長に伝令、敵の攻撃が激しくなるため、注意せよ、だ。急げ!」
頷くネリネは、すぐさま走り出す。降り注ぐ矢の雨の中、彼女はヴィヴィとバリュード2人の分隊長に直接ロズヴェータの伝言を伝えた。
ロズヴェータの視界に西側と南側からの火の手と黒煙が見える。同時に建物の焦げる臭いも漂って来る。当然ながら敵側からも見えているはずだった。
明らかに敵の攻撃の勢いが弱まる。
飛んでくる矢の数、切り合う敵兵士もどこか及び腰になっている。耳をすませば、敵の方から、消火に関する指示も聞こえてきた。
「ロズヴェータ様、再度火攻め完了しました!」
ガッチェの声がロズヴェータに届く。
「よくやった!」
それだけを言って、眼前の戦場を視界に収める。ガッチェの分隊は、ロズヴェータの周りを固めるようだった。
ロズヴェータが指示をしなくとも、自ら判断して最善と思われる行動ができるのが、ガッチェの強みだ。
このまま、押し込めるか?
ロズヴェータの脳裏に浮かぶ甘い予測。しかし現実はそれを許すほど甘くなかった。
「隊長、後方より別働隊! 数、三十!」
分隊長ルルの伝令に、ロズヴェータが後ろを振り向く。それと同時に後衛を任せていたルルの分隊が交戦に入るところだった。
「勢いが強い!?」
挟み撃ち、そして後方から攻める敵の勢いが思いのほか強い。交戦したルルの分隊が、徐々に押し込まれて、ロズヴェータの近くまで迫ってきている。
咄嗟に美貌の副官ユーグが、ロズヴェータの前に出て細身の長剣を抜き放つ。迫る敵の勢いがユーグの予想以上であったため、身を挺してロズヴェータを守ろうとしていた。
「ロズ、最悪、ここで食い止めるので、指揮に専念してください」
美貌のユーグの冷えた視線。向かって来る敵を、人間以下の何かとしてしか認識していない冷酷な視線が、敵を見据える。
分隊長ルルも自ら拳で戦っている。敵の攻撃をかいくぐり、懐の中で敵を殴り倒すと、次なる敵に向かっていく。しかし、単純にルルの分隊と敵の別動隊では数が違う。
僅かな針一本分の重さで天秤が傾くかのような一瞬の均衡。
ロズヴェータには、そう感じられた。
「……撤退する。負傷者を回収、後方の敵を突破する。ガッチェ分隊はルルの分隊に加勢、突っ込むぞ!」
押しきれないとロズヴェータが判断する。
辺境伯領で敵の砦を攻めた時に比較すると随分あっけなく、ロズヴェータは撤退を決断した。
「よろしいのですか?」
心配するユーグの視線を、ロズヴェータは受け止める。
「あぁ、十分義理は果たしたさ」
ロズヴェータの内心を占めるのは、やはりどこかこの戦い自体に当事者意識が持てないが故の、不安だった。あの僭主ネクティアーノの会談から感じる不穏な気配。
結局、ネクティアーノの勢力に助成する戦力は、この戦場に現れなかった。
つまり、この敵を駆逐したとしても僭主ネクティアーノは、この街の治安を維持する能力を失うということだ。そうなれば、必然的に三頭獣の力をあてにされる。
都市国家シャロンの主戦力として組み込まれることになる。
それに強固に館に守る敵を倒すには、準備が不十分だった。ほとんど城攻めのような装備が必要だと感じていたのもある。このまま耐え続けても、被害ばかりが大きくなるのではないか。
勝ち目の見えない戦いに、ロズヴェータは見切りをつけると早々に撤退する決断をする。
「アウローラには、叱られるな」
愚痴を一つこぼすと、次なる指示を待っていたガッチェの視線に気づいて気を取り直す。
「ガッチェ! ユーグとともに後方の敵を蹴散らせ! できるな?」
「御命令とあらば!」
「タイミングは任せる! ユーグ!」
無言で頷くユーグと、ガッチェが短槍を腰だめに構えて前進する。
「ネリネ! 前衛のバリュードとヴィヴィに伝令。撤退する。無理はするな、殿を任せる。以上だ!」
「はい! 復唱します!」
──撤退する。無理はするな。殿を任せる。
ロズヴェータの命令を復唱すると、ネリネが走り出す。
前方に視線を転じて、後方の喚声に気が付き、ロズヴェータが視線を転じた視線の先。両手に、長剣と短剣を装備した長身の男が、美貌の副官ユーグと筆頭分隊長ガッチェの包囲を抜けて、ロズヴェータに向かって走ってきていた。
「貴様が賊の首魁だな! この裏剣のシロクが、その首もらった!!」
ロズヴェータが咄嗟に抜いた長剣に、シロクの長剣がぶつかり合う。衝撃は予想以上。下手に踏みとどまれば体勢を崩されると判断して、後ろに飛ぶことでその衝撃を逃がす。
無事に着地して、両手で長剣を握れば、目を血走らせた狂相の男が立っていた。
◇◆◇
アウローラは、僭主ネクティアーノの館の隣に併設されている翼竜の女王の商館を尋ねると、商館長に面会を申し込む。
「まずは、こちらへ」
案内されたのは、商館長が使用する商談用の客室。
ハンカチで汗をぬぐいながら、時折アウローラの様子を伺う様子は、まるで上司に叱られる小役人のようだった。
アウローラは、傭兵の雇用を打診するも、彼は慌てたように僭主ネクティアーノの指示を確認しようとする。それをアウローラは遮った。
「商館長、ジェノビアは金貨の前に体面を気にされるのでしょうか?」
よく言えば個人主義的な気風の強いジェノビアは、国全体と言うよりは、個人の技能に誇りをもって仕事を受ける傾向がある。
「しかし、我らが商売を許されているのも僭主のお気持ちによるところが大きく」
煮え切れない商館長の言葉に、アウローラは懐から金貨の入った革袋をテーブルの上に勢いよく置く。
「私の要望を聞き届けられないと、それはそれでお父様の不評を買うのでは?」
にっこりと微笑む彼女は、目の前で脂汗を流す商館長を見つめた。
親譲りのアイスブルーの瞳が、冷徹に勝算を計算しているようだった。
「……致し方ありませんな」
首を縦に振ると商館長は、手元のベルを鳴らす。
顔を出した商館の人間に、傭兵を取りまとめる男を呼ぶように指示すると、ため息を吐く。
「以前よりますます行動力に磨きがかかりましたな」
「率直に、お転婆と言ったらどうです?」
「いえいえ、商売もお上手だ。我ら海の商売人は、才能をこそ愛しますのでな」
「あらあら、お生憎と貴族を止めるつもりはありませんので」
「貴女様が男であったなら、本国で娘の婿に、と必死にもなるのでしょうが……おっと失礼でしたな」
「光栄ね」
傭兵をとりまとめるヨシュアと言う男が到着するまで短いながらも、心温まる言葉を交わしあったアウローラと商館長は、傭兵長のヨシュアが到着するとすぐに契約の話に移行する。
「人数は4人、町から出るまでの護衛をお願いしたいわ」
「……」
アウローラの依頼内容に、傭兵長ヨシュアは、無言のまま視線を商館長に向ける。
「お嬢様のお好きなように差配して差し上げろ。無論、金額が不足するようなら困るが」
「そういうことでしたら、金額も不足はありません。他にも何かご要望は?」
「腕の立つ人を、それのみよ」
にやりと、傭兵長ヨシュアは笑う。
「相も変わらず、思いっきりが良いですね」
「どうも」
「で、どうなのかね? ジェノビアの商館に求められる物としては妥当かね?」
商館長の質問に傭兵長ヨシュアは、獰猛に笑う。
「ええ、このうえなく。お求めになったジェノビアの名に恥じない奴らを派遣しますよ」
「ありがとう、準備はすぐにでも?」
「ええ、お嬢様のお望みのままに」
傭兵を4人程即席で雇用すると、すぐさま三頭獣がいる場所へ向かった。
◇◆◇
裏剣のシロクと名乗った男の長剣が、目の前を通り過ぎる。
横なぎの一撃。
これに、反応して踏み込んでも、受け止めてもいけない。
続いて短剣が踏み込んだそこに、腕を切り落としに奔る。
細く、短く息を吐き出して、すぐさま飛び退く。
1対1で向き合って、3度目の攻撃をなんとかしのぎ切ったロズヴェータは、左肩に走る痛みから意識を無理矢理引きはがし、眼前の敵を睨んだ。
左肩からとめどなく流れる血の量からして、かなり深くまで斬られたようだった。幸いにもまだ剣を握る感覚はある。流れ出る血が服を濡らし、険を握る手袋にまで入ってくる。
背中に流れる汗も、痛みで冷たく感じた。
今すぐ、背を向けて逃げ出したい気持ちと、目の前の敵を必ず殺さねば、生き残れないという現実が心の中でせめぎ合う。
状況は悪い。
包囲されかけた三頭獣が、その包囲を突破するために後方に戦力を集中させた隙をついて、火をかけられた館から、敵は全力で打って出て来た。
普通なら躊躇するはずのその攻勢に全てを賭けてきたのは、ロズヴェータ率いる三頭獣の攻勢があまりに完璧であったからだった。
逃げ道一つすらないその状況は、逆に敵に必死の反撃を許す結果となった。
敵の遅れて来た援軍の到来に合わせて、全力で打って出るという賭けに、乗らざるを得なくなるほど、敵を追い詰めてしまったのは、言ってしまえばロズヴェータの失敗であった。
一度きりの参戦と決めていただけに、あと腐れなく、始末できるところは始末してしまいたかったロズヴェータの計算が予想以上に上手く行きすぎたのだ。
前衛を構成していたヴィヴィとバリュードの分隊は、敵の必死の反撃に後退もままならず、後衛と合流したガッチェの分隊は、包囲部隊の突破に全力を注いでいる。
美貌の副官ユーグまでも包囲の突破に使ってしまっている現状では、ロズヴェータが自身で自分の身を守るしかなかった。
それでも戻って来ようとしたユーグを止めたのは、他ならぬロズヴェータ自身である。
少なくとも、この状態が長引けば、三頭獣は、かなりの損耗を出すことになる。それだけは避けねばならなかった。
ガチリと、奥歯をかみ合わせる。
不安な気持ちをかみ殺す。
強者との一対一が今まで経験がなかったわけではない。
敵の二刀流の剣捌きは、手に負えない程のものではない。現に、傷を負いながらもその動きは見切れている。深く踏み込むことをしなければ、避けることはできるのだ。
──時間を稼いで、他の力を借りる……。
その弱気な考えを、長剣の握りを強く握ることで打ち消す。
──クソ喰らえだ!
自分だけ安全なところにいて、敵を殺せるはずがない。
敵がじりじりと、間合いを詰めてくる。
気負い過ぎるなと、自分に言い聞かせ得て、ロズヴェータ自身も足を滑らせるように、少しだけ間合いを詰める。
自分よりも、少しだけ技量は上なのだろう。二刀の剣を使い、少なくともなんとか剣技にして見せているのは、それなりの技量を誇っていると考えて良い。
だが、それがどうした。
二刀流が、一刀流に勝るなら、全ての人がそれを目指すはずだ。
だが現実にはそうではない。
敵の攻撃は、必ず長剣と短剣の二対一撃の連撃。長剣を見せに使い、短剣で止めを刺しに来る。長剣は重さがあるがゆえに、それを受け止めれば、短剣の対処までに時間がとられ、隙を突かれる。
分かっていても対処が難しい。
短剣が襲ってくる間にはじき返すか、そもそも敵の間合いの内側で長剣を躱して、短剣よりも長剣を早く振るう必要がある。
軽い短剣よりも、両手で持っている長剣を早く振るう。
それもまた難しい。何より間合いの近くということは、振るい易い短剣の間合いと言うことだ。
剣で相手に届く距離を間合いと呼ぶが、それが相手は二つあるのだ。
相手に気づかれないように、短く浅く息を吸う。
呼吸の有無は、仕掛けのタイミングを図る指標だった。これを相手に悟らせるわけには行かない。
だからこそ苦しくとも、呼吸を悟らせない工夫が必要だった。
間合いまであと一歩、半。
お互いの間合いが触れ合った時が、相手の仕掛けてくるタイミングだ。
間合いが二つある相手は、先に仕掛けて、もう一つの間合いに誘い込むことができるのだから、仕掛けない理由はない。
中段、剣先を相手の喉元にしっかりと狙いを定める様に構える。
時間がない。
──クソ、クソクソ!
考える度、頭が熱くなる。全てを投げ捨てて、前に出たくなる。
息が詰まるような緊張感から、今すぐに解放されたくなる。
これが強者から感じるプレッシャーだとするなら、ロズヴェータはそれに思考までも支配されかけていると言っていい。
だからこそ、冷静勝つ算段を付ける必要があった。あるいは、相手の予想しない方法での活路。
相手の攻撃パターンは三通り、振り上げた長剣を振り下ろす、左右の横なぎ。
最初は、振り上げた長剣を振り下ろす形にやられた。肩の傷はその時に負ったものだ。
思わず受け止めた長剣の重さに驚愕した瞬間、間髪入れずに短剣の突きが、喉を狙って放たれる。思わず体勢を崩しながら、避けたが、完全には避けきれず肩をかすめたのだ。
間合いまで後、半歩。
賭けに出るしかない。
重い長剣を振るなら、当然振り下ろすのが有利。左右からの横なぎは、ロズヴェータが躱しており、裏剣のシロクからしてみれば唯一傷を与えたのは、振り下ろしの一撃からの短剣の突き刺し。
それが来ると、ロズヴェータは可能性に賭けた。
それが来るなら、対応は一つに決まる。
弾き返してやる。だが、当然重さに負ける可能性があるが、そこは賭けだ。
自分は押し切れると、信じるしかない。
そして、敵の短剣よりも早く長剣を振るえると信じるしかない。
間合いが、接した瞬間ロズヴェータは前に思いっきり踏み込んだ。
シロクは長剣を振り上げ、直後驚愕の表情。
「──ロズヴェータ様っ!」
視界の横から映り込む黒い点。
直後、踏み出した右足に衝撃が走る。
「くっ!?」
熱さと共に、太ももに突き刺さっている矢羽根が視界の隅に移る。
だがもう止まれない。
完全に勢いを殺された中においても、体勢自体は動いている。踏み出した右足をなんとかバランスを取る。崩れ落ちないのが精々と言ったところに、シロクの長剣が降って来る。
長剣を振り上げて受け止めるが、やはり予想以上に重い。
跳ね除ける為に必要な力が、足に受けた矢の影響で入らない。
押し込まれる。
だが、完全に押し込まれるわけでもなく肩の上の中途半端な位置で拮抗。
左上にはじき返す予定が、受け止めるだけに終わる。
ロズヴェータの視界に映るシロクの顔に勝者の笑み。
これで勝負が決まると確信した表情。
それに、その勝ち誇った顔に、ロズヴェータは目の前が怒りで灼熱に染まる。
──なにを、勝ち誇ってやがるんだ! 勝負はまだ終わってねえんだぞ!!
喉を狙って突き入れられる短剣の切っ先に、ロズヴェータは右腕をくれてやる。
「──ウォォオオオオアアアァ!!」
右腕に突き刺さるシロクの短剣。
咆哮で痛みと恐怖をねじ伏せる。
力の入らない右足に無理矢理、活を入れ踏ん張るとそれを支点にして左足を前に出す。
同時に、中途半端に振り上げていた長剣を、相手の首目掛けて力任せに振り下ろす。
刃を通すことだけを考え、残った左手だけで返す刀の一撃を加える。
ロズヴェータの肩に、シロクの長剣が落ちてくる。
だが、そんなことに構いはしなかった。
一撃だ。
一撃で、斬り殺すのだ。
怒りで赤く染まる視界の先に、驚愕に歪むシロクの表情。信じられないものを見たかのような驚愕に引き攣る口元から、血が噴き出す。
喉を狙った一撃は、相手の首筋を断ち切れず、中途半端に喉に喰いこむ形で止まる。
ヒュー、と言う喉から吐き出された息が、音の形をとる前に血飛沫と共に抜け出る。
突き刺された右腕を、長剣に添えて力を籠める。
逃れようと短剣に力を籠めるシロクの瞳に、怯えの色。
だがそれもすぐに瞳から意志の力がなくなると同時に、シロクは崩れ落ちた。地面に血だまりが広がるのを見下ろして、長剣を首元から力任せに抜き取る。シロクの身体を踏みつけ、思いっきり引っこ抜けば、まだこんなにあったのかと言う血飛沫が盛大に噴出した。
そこで初めてロズヴェータは、荒い息を吐き出した。
──勝った。生きている。
血走った視線で周囲を見渡せば、包囲に穴が開いている。
「撤退を……くっ!?」
足を無意識に踏み出そうとした瞬間、崩れ落ち、無様に転倒する。
「ロズヴェータ様!」
悲鳴を上げて駆け寄って来た美貌の副官ユーグに支えられ、ロズヴェータは撤退のために、足を動かした。
ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)
称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営
特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)
同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇
三頭獣隊長:騎士隊として社会的信用上昇
銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇
毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。
火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。
薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。
異種族友邦:異種族の友好度上昇
悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。
山歩き:山地において行動が鈍らない。
辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇
陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続0回)
兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。
駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。
変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。
信頼:武官(+25)、文官(+31)、王家(+17)、辺境伯家(+50)
信頼度判定:
王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。無断で不法侵入はいかがなものかと思うが、まぁ大事に至らなくてよかった。
文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入れてあげても……良いよ? けれど、招待状の貸しは大きいわよ。
武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。待ち伏せが得意とは知らなかった。 最近何かしたのか?
辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では? 元気があって大変よろしい! 領主としてもしっかりやっているしね。
副題:ロズヴェータちゃん、相手を追い詰めすぎて、必死の反撃を喰らう。




