その異世界(ゲーム)転移はおかしいだろ
少しタイトルを変えました。
トロッコ問題って知ってる?
究極の選択───。
将来のある若者一人を救うか、複数人居るお年寄りを救うか。
どちらを選ぶかはあなた次第。
気分で選んでもよし、人情で選んでもよし、どっちを選んだっていい。
だって、あれはただのゲーム。どっちを選んだって現実には影響は無いのだから。
そう思って昨日までの私は気軽に選択肢を選んできた。
昨日はこっちを選んでみたから今日はこっちを選んでもいいよね。
目をつぶって適当に選んでみたっていいかもしれない。
さっきは酷い方を選んじゃったから、今度はこっちを選んでみよう。
でも、実際にトロッコ問題に直面したらあったらどうする?
そんな適当な気持ちで選んだりできる? 冷静に判断できる?
本当に、あなたは正しい道を選ぶことができる?
***
夢だ……この展開はこれまで何度だって味わってきた。
さっきまで部屋でゴロゴロしてたはずなのに、あたしは何でこんな場所でトロッコが来るのを待ち構えながら、線路を切り替えるためのこれ、何て言うんだコレ?
コレの前に立っているのだろう。
線路の先には縛り付けられて動けないお爺さんと、パイナップルの二択。
そう、パイナップル。地面から生え茂っている。
「パイナポー」
「な、何のことかNA?お嬢さん。俺はただのパイナップルだYO?」
当然ひ弱なお爺さんを選ぶことなんてできない。
あたしは切り替えるコレを全力でパイナップルの方へ動かした。
「迷いがないNA!」
「こんな、か弱そうなお爺さんを犠牲になんてできるわけ無いでしょ? そっちにトロッコ行かせるから自力で止めなさい」
お爺さんはトロッコが怖かったのか今もブルブルと震えている。
可哀想なお爺さん。でも、もう大丈夫。そんなに怯えなくてもトロッコはお爺さんの方へと行くことは無いんだよ。
しかし、おじいさんの震えは止まることを知らないとばかりに増していく。
そして、まるで高周波でも発しているかのように超スピードで震え出し、その振動で縛られていた縄をズタズタに引き裂いていった。
「ワシを止めるなら、施設のアンナちゃんでも連れてくるんじゃなッッッ!」
ムキムキになったお爺さんは100%中の100%とでも言わんばかりのムキムキマッソーで線路を破壊し、埋まっていたパイナップルを掘り起こすと間一髪でその上をトロッコが走り抜けて行った。
アンナちゃんはお爺さんの担当で、よりムキムキなシックスバックの女の子(41歳)らしい。
「助かったZE……」
「チッ……」
それにしても、これまで色んなゲームの世界に転移してきたけど前回に続いて今回も楽しい世界というわけにはいかないわけね。
「ねえ、パイナポー。今回のゲームの世界はこれで終わり?」
「お前に関して言えばここまでDA。あとは俺とキャッシィで何とかしておくからさっさと戻って会社にでも行くんだNA!」
「今テレワーク中だYO!」
別に寝過ごしたいと言っているわけではない。
「お父さんはいいよね。今みたいな世界に生きていなくてさ」
「PAPAって言うNA」
「毎日がなんだか窮屈でさ、今はほんと、何のために生きてんのかわかんない世界だよ。
マスクをこうして取れるのも夢の中でだけ。
もう、職場のみんなの顔もどうなってたのか忘れちゃった……」
「トモカ……お前、辛いのか?」
パイナポーのヘタが垂れ下がっているのを見て、あたしはとんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。
「生きてるということは、それだけで素晴らしい事だ。
私はこうして夢の中でしかお前に会えないけど、母さんはいつだってお前に会うことができるだろ? 踊ることだってできる」
踊りはしないと思う。
「私も、お前達と同じ時間を生きていたかった。踊っていたかった」
あんた生前はくそまじめなサラリーマンだったじゃないか。
「お前には、まだ沢山の時間がある。お前を待つ元の世界に帰りなさい」
「パイナポー……。うん、ごめん」
「うむ。ではまたNA。トモカ」
「キャサリンのこと、お母さんには話してあるから」
あたしはそれだけを言い残し、この変な世界を脱出することにした。
でも、不思議。
今回はパイナポーと話したのは少しだけだったはずなのに、何だか元気が出た気がする。
ありがとう、パイナポー。
酷いこと言ってごめんね、お父さん。
***
その後、あたしはオンラインミーティングを寝坊した。
キャッシー出すの忘れた!