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やたら切ない夢を見た。
雨の中で震えていた仔猫を拾って来て毛布で暖め、ミルクをやり、一晩中抱いて眠っていたのに、朝には俺の腕の中で死んでしまっていた、そんな夢だった。
夢の中で俺は喚いていた。
もうこんな想いは嫌だ。もう二度と猫なんか拾わない。猫どころか、犬も豚も蛙もナマズも拾うもんか。こんな風に何も出来ないまま逝かせてしまうぐらいなら、二度と関わったりしないぞ。どうせ俺は何もしてやれねえんだ。何もしてやれねえのに、もう、手なんか出さない。
目覚めてみれば、白々とした朝の光が眩いほどで、万里子の死さえ忘れてしまえと言っているような気がした。
「………」
のろのろと体を起こすと、枕元に朝刊が置いてあった。第一面に薬品のスパイ事件の解決糸口見つかる、という内容がでかでかと書かれてある。隅の方にはこの間の倉庫の一幕が載っていた。『春日井万里子さん(16)殺人現行犯、椎我義彦(25)』の文字が心に突き刺さってくる。現実を見ろと言う、お由宇なりの配慮だとは思ったが、さすがに胸が苦しかった。
服を着替え、部屋を出ると、朝食の匂いが優しく鼻をくすぐった。
「おはよう」
「おはよ…」
「顔を洗って来て。朝御飯にしましょ」
「うん」
へれへれと洗面所に入って行く。鏡を見る。
そこにはいつもの俺の顔があった。
倉庫での捕物があって3日後、俺は高級マンションに住む得体の知れない木田史郎から、行方不明だった滝志郎に戻っていた。
ある意味では、木田史郎は万里子と心中したことになるかも知れない。そう思って、痛みを訴える胸を慰める。
顔を洗って洗面所を出、サラダとトースト、スクランブルエッグの食卓に着く。
「これ…」
「うん」
机の上に置いた新聞を、軽く頷いてお由宇は取り上げた。
「感想は?」
「ちょっとやりきれない……万里子が死んだって言うのに、スパイ事件の方はまだケリがついてない」
「マイクロフィルムが見つからないのが問題よね。はい」
「ん」
コーヒーを受け取る。香りを味わっていると、万里子を思い出した。よく笑って大胆で、かと思うと気弱で、それでも精一杯『女の子』だった娘。夢の中で叫んだことばが耳の奥に響く、もう、二度と関わるもんか……。
「朝倉家に帰るんでしょ」
「ああ」
答えながら溜め息をついた。
どうして俺って奴は、こう面倒ごとばっかりに好かれちまうんだろうな。どうしてひょいと手を出しちまうんだろう。前世でそんなに俺は悪い事をしたんだろうか。何も難しい事じゃない、ちょっと知らないふりをすればいい。俺の手には余る、と『理性的な』判断を下せばいい。だが、俺の中の理性という奴は、他の人間の理性より遥かにお祭り好きな、やじ馬根性の持ち主なのだ。
カリッとお由宇がトーストの耳を齧り、黙々とサラダとスクランブルエッグを片付ける俺を見つめた。
「なんだ?」
「ううん…ただ、もう一波乱あってもいいと思ってね」
「もう一波乱って……一件落着したはずだろ?!」
「テレビドラマだって、最近はどんでん返しの連続よ?」
「1時間でカタが着く事件の場合だろ」
「2時間ドラマの場合」
「…」
歯と歯の間でパリッとレタスが音を立てた。