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俺の死んだ日 〜猫たちの時間8〜  作者: segakiyui
7.万里子
24/31

2

「くそっ…こうしてられ…っ!!」

 身を翻して木箱から降りようとして、嫌という程ルトに噛まれ飛び上がった。喚こうとしたが声にならず、過敏になっている側頭部にピンクと水色の星を撒き散らしながら痛みが突き抜けていくのにただただ引きつる。

「く…ぁ…っ」

「にゃおん」

 呻く俺に、ルトは冷淡に鳴いた。

「何……だよ……っルト!」

「にゃあ」

 一度は首を締めてやらんと気が済まん、と迫った俺に、ルトは平然とした様子で前足を差し出した。

「おう! 代わりに噛まれてやろうと言うのか! いい根性じゃ!!」

「ぎゃ!」

「っっっ」

 突然ルトがドスの効いた声で鳴き、思わず口をつぐんだ。俺が黙ったのを見届けると、ルトは差し出した前足でちょいちょいと鉄格子の根元を掻いて見せた。

「何? なんだ? ここから脱けろとでも言いたいのか?」

「にゃ」

「あのな、俺は猫じゃないんだ。そんなとこから脱けられるか」

「にゃ…」

 ルトはちらりと軽蔑したような視線を俺に投げた。んなこと言われんでもわかっとるわい。凄みを含ませた一瞥を投げ、再びちょいちょいと同じ所を掘るように引っ掻く。

「ん? ここがどうしたって?」

 そっとその鉄格子を両手で掴んだ。

「抜けるのかな?」

 ぐい、ぐい、と力を入れて引いて見たが、びくともしない。

「引いてもダメなら、押してみろってね…」

 だが、押してもやっぱり全く動かない。暖簾に腕押し糠に釘、なんともかんともどうにもならない。

「だよな………いくらお前が頭が切れると言っても、所詮猫だもんなあ」

「にゃあ…っ」

 俺のことばに気分を害したの、ルトは軽く毛を逆立てた。が、途中で思い直したらしく、再び前足で鉄棒に触った。

「あん? これをどうしろってんだ?」

 訳が分からず尋ね返す。ルトの前足がゆっくり横に動く。1回、2回。

「2回? こっちへ引くのか?」

「にゃ」

 俺は、ぐい、ぐい、と横へそれを引っ張った。どこか遠くでカチリと音がしたようだ。ルトは頷くように首を上下させ、今度はその2つ隣の鉄棒に触れ、同じように横へ5回、前足を動かした。

「こっちへ5回、ね」

 半ばヤケで指示に従う。と、ガチャッとどこかが噛み合うような鈍い音がして、ドアの方でピンと鋭い音が弾けた。

「?」

 きょとんとしている俺を放っておいて、ルトはするりと再び部屋の中へ入って来た。とんとん、足取り軽く木箱を降り、金属製のドアのところまで行くとこちらを振り返り、催促するように鳴いた。

「おい…こんどはそっちか?」

 溜息混じりに唸った俺は、死んでも俺をスカウトしにくるサーカス団はないだろうというバランスで、ようよう木箱の山から降りた。笑い出しかけている膝を押し出して、ドアへ向かう。ルトはノブの下に立って見上げ、早く開けてくれとねだるように数回鳴いた。

「駄目だって。鍵がかかってる……え?」

 言いながらノブを回し、ぎょっとした。ノブは軽々と回り、ドアが苦もなく開いたのだ。

「にゃあん」

「とすると…さっきのが、ここのドアのカラクリか?」

「にゃ」

 まあねと言いたげに鳴居たルトは、もう興味がなくなったという様子でドアの隙間からすり抜けた。

「この調子じゃ、万里子の居る場所も知っているみたいだな」

 ルトは例の、鳴き声を出さずに口だけ開ける『鳴き方』をして見せ、薄暗い廊下を先に立って歩き始めた。俺の居た場所と似た部屋が数部屋あったが、どれも空っぽだ。灰色に薄汚れたコンクリートの階段があり、上の方から話し声が聞こえてくる。どうやら、倉庫の一階へ通じる階段らしい。男の声が詰問調子で問いかけるのに、時折、少女の声が混じる。

「どうやら、この上に万里子がいるらしいな」

 走り出す鼓動を必死に抑えながら、背後を振り返った。

(しかし、一体、ここはどういう所なんだ?)

 あんな仕掛け付きの倉庫なぞ、聞いたことがない。何に使われているのだろう。

 まあとにかく、現在のところの課題は、万里子を何とか助け出して2人で抜け出すことだ。

「ルト」

 そっと、足元に蹲っている猫に声をかけた。ふいっと耳を寝かせて、ルトが俺を見上げる。

「お前が居るってことは周一郎も知っているってことだよな。あいつに伝えてくれ、できるだけ早く助けが欲しいって」

「…」

 一瞬、ルトは、世にも奇妙な表情をして見せた。鼻にしわを寄せ、金目を細め、片耳だけ立てて、もう片方の耳をぐるりと回し、小さく口を開けて、桃色の舌で口の周りをペロリと舐める。

 それは、人間で言えば、にやり、それも悪戯をしたばかりのような、へへへっと言う笑い方に似ていた。が、俺はそこまでは注意しなかったし、くるっとルトが背中を向けて元の部屋へ戻っていくのを見送る間もなく、じりじりと足音を立てないように階段を上がりつつあった。


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