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俺の死んだ日 〜猫たちの時間8〜  作者: segakiyui
5.舞台裏
19/31

5

「まだ出るんじゃないよ」

 まっすぐ前を向いたままのあきが呟き、面倒臭そうに札を片付ける。それほど待つまでもなく、椎我が戻って来た気配、

「いましたか?」

 のうのうとあきが訪ねるのに悔しそうに椎我は唸った。

「金は払ったからな!」

 言い捨てて、階段を駆け下りて行く音が続く。

「……もういいと思うけど」

 あきが覗き込み、薄く笑った。

「ごめん」

 万里子の声に目を細める。

「いいよ。ぼく、ああ言う男って嫌いでね。この間から胡散臭いのを引き連れてて、鬱陶しかったんだ」

「助かったわ」

「それで、どうする? 踊ってくかい?」

「うん!」

「え、お、おい!」

 俺はうろたえて口を挟んだ。自慢じゃないが、踊れるのはフォークダンスぐらいだし、第一そんな遊べるほどの金もない。

「いいよ」

 察したらしいあきがさらりと言った。

「商売じゃなかったのか」

「人によるのさ、おじさん」

「入ろ! ねえ、木田さん!」

 万里子の誘いに考え込む。確かに椎我も一度探したところを、もう一度探そうとは思わないだろう。ほとぼりが冷めるまで、この辺りに身を潜めておくのも得策かもしれない。

「わかった」

「うふっ」

 さっきまでのしょげた様子は何処へやら、万里子は嬉々として俺の腕を引っ張った。

 回転ドアを押して入ると、音楽が耳元で爆発する。昔懐かしいディスコナンバー風だ。

「へえ、今でもこんなのがかかるのか」

「踊ろ! 木田さん! ねえ!」

「踊れないって」

「踊れるのでいいよ」

「フォークダンスとか、ラジオ体操ぐらいだって…」

「ねえ、踊ろうよ、垣さん」

 すぐ近くのボックスから、同じような誘いの声が響いて振り向いた。万里子と同い年か1つ2つは歳上の整った顔立ちの少年が、俺と同じく席に沈み込んでいる男の手を引っ張っている。妙に人目を引く少年、天性のぱっと華やかなものが目立つ。

「あら…友樹修一だわ」

「何だ?」

「知らないの? 名子役なんだから」

 万里子は意外そうに言いながら、そちらを見つめて説明してくれた。

「あの人が、よくコンビを組んでいる垣かおるでしょ、その横が伊勢監督で、へーえ、珍しい、佐野マネージャーが来てるわ」

「佐野?」

「そう。友樹修一のマネージャーだけど、凄い切れ者なんだって」

「へえ…」

 佐野という名前にはよっぽど切れ者が多いらしい。感心しながらそちらを眺めた俺の目と、垣と言う男の目が合った。相手も友樹の誘いに困惑したような、お人好しそうな笑みを浮かべていたが、俺が自分と同じ状況なのを知ると、苦笑気味に会釈してよこした。俺も会釈を返す。お互いに大変だね…同病相憐れむと言う奴だ。

「ねえ、垣さん!」

 甘えた声でねだっていた友樹は、ふと垣の視線に気づいてこちらを見た。

(あれ?)

 どこかで見たことがあるなと一瞬思ったが、流れていた曲がスローバラードになり、友樹がちぇっと小さく舌打ちして席に着くのと同時に、その思いは消えていた。

「チークになっちゃったじゃないか。垣さんがぐずぐずしているから…」

「木田さん!」

 友樹と逆にはしゃいだ声を上げたのは万里子の方で、

「チークなら、ただ立っていてくれるだけでいいから! ね!」

 無理矢理、俺をホールへ引っ張り出してしまった。

 静かな曲の流れる中、俺の腕の中にぴったりと身を寄せ、俯き加減に音楽に揺れていた万里子は、やがて低い声で囁いた。

「おじさまだったのよ…」

「え?」

 ほとんど音楽に溶け入ってしまいそうな微かな呟きで、思わず問い返した。

「おじさまだった……やっぱり、椎我さんと鴨田のおじさまが……おとうさんを……お兄ちゃんを…」

「春日井くん…」

「っ」

 少し万里子の肩が震えたようだった。必死に涙を飲み下したような声が返ってくる。

「…許せないもん」

「……」

「許せないもん。椎我さんも……おじさまも……」

 万里子は体を固くした。

「許せないもん……私も許せないもん」

「春日井くん」

「あたしが……あたしさえしっかりしていたら……お兄ちゃん、死なずに済んだんだもん」

 ひっく、と小さなしゃくり上げる声がした。

「誰よりも好きなお兄ちゃんを死なせたのはあたしなんだもん」

 ほろ苦い想いが湧き上がって来た。スローバラード、音符一つ一つがことことと音を立てて辺りに降り積もってゆく。万里子の涙の苦さを含んで。

「あつしは、いい奴だったよ」

 唐突に口にしてしまった。

「君のやったこと全てを許せるほど、いい奴だったよ」

 ふっと万里子は顔を上げた。濡れた頬に微かな笑みを浮かべる。

「うん…」

「本当だから」

「うん……」

「嘘じゃないから」

「うん」

 俺の必死の説得に、万里子は俯いてくすくす笑い、囁いた。

「お兄ちゃんの次に、木田さん、好き……」


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