表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の死んだ日 〜猫たちの時間8〜  作者: segakiyui
4.模造品

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/31

4

◆◆「木田さん」

「何だ?」

「あの朝倉周一郎っていう人、木田さんの『恋人』なの?」

「ぶ!」

 思わず吹いた。いつかの悪夢が蘇る。

「よせ! 俺はその気はない!」

「だって今、流行ってるし」

「違うっ!!」

 流行り廃りでそんなことを決められてたまるか。

 ムキになる俺を、万里子はきらきらと潤んだ瞳で見つめていた。面白そうな様子になおも反論しようとした俺は、万里子の肩越し、角を曲がってきた軽トラックに目を惹かれた。どうしてそれが目についたのかはすぐにわかった。トラックは車線も何もかも全く無視して、次第にスピードを上げ、こちらに突っ込んできていたのだ。

「木田さん?」

「危ない! 春日井くん!」

 俺はとっさに万里子の手を引っ張った。振り返りかける万里子の頭を押さえて歩道を走る。周囲の人間が恐慌を起こして蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。視界の端で、トラックがゆっくり進路を変えるのが映る。間違いなく、俺達を狙っている。だが、狙われているのは誰だ? 俺か? 万里子か? 

 走る足元が危うくなる。何度も言うようだが、俺はハードボイルド向けではないのだ。逃げるぐらいしか能はない。が、そのたった一つの才能さえも、俺の足が裏切った。何かを踏んでずるっと足が滑った、そう思った時には、俺の体はちゃんと後ろへ倒れ込んでいた。

「べ!」「きゃあっ!」

 腕を掴んでいた万里子が巻き添えを食らってひっくり返る。ぱっとピンクのスカートの裾が広がる向こうに、突っ込んできていた軽トラックが何を血迷ったか、電柱に激突するのが見えた。

 ぐわっしゃ、どーん!

 俺達が急にこけたんで、運転が狂ったらしい。息を荒げていた俺はほっとして後ろに寝そべった。と、その数軒向こうの軒先で、マンガの立ち読みをしていた男がはっとしたようにこちらを向き、ひっくり返っている俺達を見るのが目に飛び込んできた。

「木…田……っ! 椎我さんっ!」

 声を震わせながら這い寄ってきた万里子が、俺の見ているものに気づき、小さく叫び声を上げる。

「なにっ?」

 跳ね起きようとする耳に、後ろの騒ぎが届く。

「運転手はどうしたっ」

「いないぞ!」

「乗ってなかったようにも見えたぜ」

「そんな……幽霊?!」

「おい! 警察が来たぞ!」

 響く声に、椎我が我に返って身を翻し、走り出す。

「んなろっ、この、人を狙っといてマンガなぞ読んでやが……って……?」

 跳ね起きて後を追おうとし、ぐっと服の裾を握られて止められた。恐る恐る万里子を振り返る。髪を乱し、座り込んで真っ青になっている万里子がジャンパーの裾をしっかり握っている。

「春日井くん?」

「や……置いてかないで…」

 がたがたと体を震わせながら、万里子が呟いた。

「あ、ああ…うん?…」

 俺の視線の意味を察して万里子は真っ赤になり、もう一方の手の甲で目の当たりを擦った。

「た…立てな…いんだもん…」

「え?」

 訳が分からず赤面した顔を見つめていたが、ふいとあることに気づいて、こっちも思わず赤くなった。

「あ…ああ…そうか…ごめん、気づかなかった」

「もう…やだ…」

 ジャンパーの裾から手を離し、両手で顔を覆う万里子に、俺はサングラスを外して渡した。慌てたように万里子がサングラスをかけるのに、さて、どうしようかと考える。

 このまま立っても……やっぱり……『跡』が残るだろうな……うん。

 と、その時、ジャンジャンジャンジャン、と派手な音がして、角を再びすごい勢いで曲がって来た車があった。

「火事はどこだ! え! 火事は?!」

「へ?」「え?」

 呆気にとられる俺達に構わず、慌ただしくホースを引っ張り出した消防士が、

「よし、放水、始め!!」

「わ! ばか! よせ! こら!」

 俺の抗議も無視してどうっと水が降り注ぎ、万里子が悲鳴を上げてしがみついて来た。

「うぐわあああ!」

 その水の中を何とか突っ切り、相手に掴みかからんばかりに喚く。

「どこに火事がある、どこに!」

「おや、火事は?」

 訝しげに放水を止めた相手が首を傾げる。

「知るか! 事故ならあったがな!」

「いやー、それなら通報間違いだろう、悪かった、悪かった」

 のうのうと笑う相手の顔に、どこか見覚えがあるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ