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「え……と」
俺は居心地悪くソファの中で身じろぎした。
「…」
沈黙が返る。
さっきからずっとこの調子で、前に座った少女は身を固くして両手を膝の上に置き、俯いたまま一言も話さない。時々肩が震えているのは、俺を怖がってでもいるのだろうか。
一応、俺はこの界隈では、お由宇のような美人が時々日常生活品らしい紙袋を抱えて何時間か過ごしていく、あまり真っ当ではない遊び人と言うことになっている。たまに部屋から出たときに出くわす野郎どもの嫉妬に満ちた視線ゃ、エレベーターで一緒になった娘達の好奇心と怯えの混じった、あるいは気のせいか少々期待も混じった感じの眼などで、どんな風に思われているのかはよくわかっているつもりだ。
「…その」
「…」
反応なし。
相変わらず娘は無言のまま、そして俺はどう話を切り出したものかと困り切って前髪をかき回し、それが日差しに金色に透けるのに眉をしかめた。
ふと気がついて尋ねてみる。
「学校は?」
「…創立記念日なんです」
「あ…そう」
ようやくの返答にほっとする間も無く、再びの沈黙。
一般的に遊び人と呼ばれている男は、こういう時にどんな風に振る舞うもんなんだろう。おもむろに立ち上がって口説きにかかるのか、それともこういった年齢の女の子に興味がありそうな話題をバラっと並べて見せるのか。
とにかく、俺にはそのどちらもできそうにはなかった。第一ここまで守備範囲に入っていない。もっとうんと小さいか、少なくとも大人の付き合いを理解する程度だ。
弱り切って部屋の中を見回した俺は、沈黙したままでも何とかなる方法を思いついた。
コーヒーを淹れよう。うまくいけば、きっかけが掴める。
気詰まりな時間を一刻も早くなくしたくて、急いで立ち上がった俺に、娘はびくんと身を竦めた。
しまった逆効果か。
恐る恐る声をかけてみる。
「あの…コーヒー…でも飲み、マスカ」
「…はい?」
娘がきょとんとした顔を上げた。不思議そうに見上げてくる瞳は部屋に差し込む光に甘い茶色に溶けている。まんまるっこい目だ。ふんわりした唇はリップでもつけているのか淡い紅、可愛い、それもかなり可愛い部類に入るのではないか。
ふと、どこかで見た顔だぞ、と言う気になりながら、背中を向けた。
そう、どこかで見た顔だ。けれど、一体どこで……?
考え込んだ俺が忘れていたことが1つあった。台所と居間の境にはほんの少しだが段差があるのだ。無造作に滑らせながら上げた足が、トン、と跳ね返る。嫌な予感がしたときは遅かった。
「どわ!!」
「きゃ!」
びたん、と音がしたほど俺は派手に前に叩きつけらた。たぶん、いや絶対、俺の顔が世に言うハンサムとやらでないのは、きっとこう言う外因が度々降りかかってくるからに違いない。ああそうだ、絶対そうだ。
「う……」
床の上でそんなことを考えながら果てている俺の耳に、たたたっと軽い足音がした。屈み込む気配に目を開けると、真ん前にピンクのスカートの裾がひらひらしていた。なんとなく目を上げかけ…、
「そ、側にいないでくれ!」
「え? …あ!」
悲鳴じみた訴えに察してくれたらしく、娘は慌てて俺の側から飛びのいてくれた。そして俺は常の鈍臭さは何処へやら、体の動きもわからなかったんじゃないかと思うぐらいの早業で、跳ね起き飛び起き、飛びすさって台所の床に正座した。
「…ふっ」
「んっ」
距離をとって向かい合ったお互いの姿にくすっと少女が笑う。俺も照れ隠し半分、にやっと笑い返す。次の瞬間、少女は俺が超特大の箸ででもあったかのように笑い出した。朗らかな笑い声に、俺も半ば自棄で笑った。ドジを嗤われるのは慣れている、たまにも自分でも笑って置かなくては採算が取れないだろうとヤケクソ理論を考え出す。




