戦闘準備
いよいよ当日。今日は授業が手につかなかったなぁ。聖女様と一緒にパーティーに行くなんて……偉い人に睨まれたりしないよね?
マーティン君のところの馬車は四人乗りの狭いやつ。下級貴族だからと言えばそれまでだけど、やっぱり聖女様には似合わないよなぁ。
あれ? 馬車の行き先が……マーティン君の家じゃないみたいだけど……
「あ、あのーマリーさん? どちらに向かわれてるんですか?」
「奥様のご指示です。到着すれば分かるかと」
「は、はは、そうですよね……」
もー! このメイドさん怖い!
げっ!? こ、ここは……
「いらっしゃーい。待ってたよー。」
仕立て屋ファトナトゥール……腕がいいのは知ってるけど、めちゃくちゃ高いって……
「あ、あの、ここで何を……」
「髪と化粧ねー。私って皮を剥ぐのも髪を切るのも上手いのねー。」
そんなことぐらい知ってるよぉぉぉーー!
「じゃあ切るのねー。魔女様からはクールな大人に仕上げるよう聞いてるのねー。」
あの方を聖女ではなく魔女と呼ぶのは貴族以外では同類……やはりこの店主もそれなりの腕を持つ魔法使い。なのに魔力を感じない。そこが恐ろしい……
『円風斬』
ぎゃあああぁぁぁーー!
風の刃が顔の周りをぐるぐる回ってるよぉぉぉーー! 鋏で切ってよぉぉぉーー!
「はい終わったのねー。うーん、いい出来なのねー。王都で流行りのショートボブなのねー。ミニスカートと同様に強く知的な女の象徴なのねー。」
『水鏡』
こ、これが私!?
いつものおかっぱや適当に結んだお下げとは全然違う……
しょーとぼぶって言うのか……ミニスカートは聞いたことあるけど絶対履かない。私の青春は儚い……
「さー、ドレスを着るのねー!」
大人な髪型に子供っぽいドレス……
『風斬』
ちょっとぉぉぉーー! 何するのよぉぉぉーー! せっかくのドレスが切れてる……
「いい感じなのねー。着てみるといいのねー。」
もぉー!
ほらぁ! こんなに切れて! 脚なんか剥き出しだし! 酷いよぉ……あ! 左肩も! 袖ごとなくなってるし……
「よくお似合いです。まるで男を惑わす森の妖精のようですよ。先生を捨てた男は今ごろ歯軋りして悔しがっていることでしょう」
「知ってるんですか……」
「調べさせていただきました。もっとも、奥様が大層お怒りになっておられましたので、その男も長くないかも知れませんね」
聖女様が? 私のために怒って……?
「えー? なになにー? こーんなかわいい子を捨てた男がいるのねー? バカな奴なのねー。」
「王都の上級貴族、ディオン侯爵家の娘との縁談に目が眩んだそうです。愚かな男です」
本当に調べたんだ……
「ひょおー侯爵家なのねー? それは目の色が変わるのねー。それはそうと次は化粧をするのねー。はい座ってー。」
お化粧……まるで貴族みたい……どうなってしまうんだろう……
「はい終わりなのねー。いやー肌がきれいだからお化粧のノリがいいのねー。やっぱり魔力が高い子は違うのねー。」
これでも教師なんだから魔力には自信がある。つまり、健康にだって自信はある。魔力さえ高ければ病気にかかることは少ないんだから。小さな頃から鍛えてきてよかったなぁ……
「はーい、見てみてねー。」
『水鏡』
えっ!? 本当にこれが私!?
特徴のない子供みたいな顔だったはずなのに……目元がパッチリして、一度だけ見た演劇女優さんみたい……
「これでバッチリねー。パッチリでバッチリなのねー。後はアクセサリー類ねー。特に首元が寂しいのねー。」
「それは必要ありません。このままでよいそうです」
アクセサリー……何も持ってない……
お金は全部お酒に注ぎ込んでるから……
「さて、そろそろお迎えが来る頃ですね」
お迎え? 他の馬車で行くのかな?
「お待たせしました!」
「レ、レインフォレイトさん!?」
うわぁ礼服着てる……すごくかっこいい……
「え? あの、まさか……ウネフォレト先生、ですか?」
ウネフォレトって言われた……この前は名前で呼んでくれたのに……
「そうですぅ!」
どうせ背伸びした子供みたいって思ってるんだ!
「驚きました。いつものあなたは可愛らしい。でも今日は違う。まるで人ならざる存在……そう! 遥か北に住むと伝え聞くエルフのようだ! それほどまでに美しい……」
「慧眼です」
マリーさん何を言ってるんだろう……
「エルフを見たことあるんですか?」
「いや、あ、ありません……それよりもこ、それを……」
嘘ばっかり! で、その箱は何だろう。
「これを、ウネフォレト先生の首にかけたいのです! 許してくれますか?」
え……これ、この輝きって……まさか!?
「こ、これ、金剛石……ですか?」
安いのでも私の月給だと百ヶ月分……
「いいえ。これは偽物です。私に本物を用意することなどできません。しかも、今夜限りの借り物です。この礼服だってそうです。私には何もありません。でも! いつかあなたに本物を贈ってみせます!」
な、なんで私なんかに……
でも伝わってくる……レインフォレイトさんの本気が……ああ、そうなのか。本気なんだ……
「まったく、レインフォレイトさんたら嘘つきですね。」
「いえ! 嘘なんかついてません! いつか絶対に本物の金剛石をあなたに!」
「違いますよ。自分には何もないって、嘘ばっかり。そのネックレスをあなたに貸したのはどなたですか? 礼服は? それだけの物を貸してもらえるなんて、どれだけ信用されてるんですか。信用って最高の財産だと思いますよ。お願いします。それを私の首にかけてもらえますか?」
「は、はいっ!」
私と歳が同じくせにおどおどしてる。女の首にネックレスをかけるぐらいで。ふふ、屈強な騎士なのにかわいいところもあるんだな。