魔女の魔法
ああ、ぐずぐずしてたらもうパーティー前日になってしまった。この一ヶ月、全然お酒が飲めなかったんだよね……放課後と週末に秘密のお仕事もしたし。おかげでレインフォレイトさんが払ってくれた靴の修理費はどうにか賄えた。後は治療院の代金を稼がないと……
明日かぁ。服装はどうにもならないけど、髪型ぐらい変えてみようかな……誰に切ってもらおう。
「先生さよーなら!」
「先生また明日!」
「じゃーねせんせー!」
「はいさようなら。また明日ね。」
今日も一日頑張ったなぁ。みんな素直でいい子たちだよなぁ。
「ウネフォレト先生。いきなりですけど明日のことでうちの母上が来て欲しいそうです。都合はどうですか?」
「マ、マーティン君のお母上……せ、聖女様が、ですか?」
マーティン君の家は下級貴族。聖女様の旦那様、マーティン君の父親が平民上がりの騎士だからだ。あの聖女様が実は下級貴族ってすっごく違和感があるけど私が気にすることでもないよね。
「ちょうど馬車が来てますから乗ってったらどうですか? 僕は乗りませんけど。あ、鞄だけお願いします!」
そう言って走っていってしまった。あの子は馬車が嫌いなんだったね。でも子供を一人で歩かせる親なんかいないから、走るあの子の横に馬車を走らせているらしい。変な親子。
「お迎えにあがりました。どうぞお乗りくださいませ」
「は、はひ、し、失礼します……」
なんなのこのメイドさん……私よりかなり魔力が高いんだけど……怖いよぉ……
着いた。とても聖女様のおうちとは思えない質素な家……そりゃあ平民宅のうちよりは広いけど。
「お疲れ様でございました。奥様がお待ちです」
「ひっ、はいぃ! あ、これマーティン君の鞄ですっ!」
「わざわざありがとうございます。先生に鞄を持たせるとは、坊ちゃんには説教が必要ですね」
「い、いえ、そんな……」
どうでもいいから早くしてよ! メイドさんの魔力も怖いけど! 家の外からでも感じる聖女様の魔力が怖いんだから!
「こちらです」
初めて来たけど、内装も普通。むしろ下級貴族にしても質素すぎる。騎士の稼ぎじゃあ当たり前かな。よく聖女様はあの人と結婚したよね。
「まあウネフォレト先生。お呼びだてして申し訳ありませんわ。」
「い、いえ、お、お招きにあずかり、光栄、でしゅう!」
落ち着け……私は何も悪いことはしていない。聖女様は怖い噂も多いけど、平民には優しいって話も多い。慈愛の聖女って言われるぐらいなんだから。貴族には皆殺しの魔女とも言われてるけど……
「実はね? うちのアラン経由で相談があったの。あの時の騎士さん、レインフォレイト君だったかしら。ウネフォレト先生にどうにかドレスを用意したいってね?」
マーティン君の父親、アランさんが……
直属ではないにしてもレインフォレイトさんの上司なのかな?
「そ、それはお手数を……」
「私のお古のドレスもあるんだけど、ちょっと流行遅れなの。だからエリザベスのならどうかと思って。まずは試着してみない?」
分かってますよ。聖女様のドレスだといくらお古でもサイズが合わないにも程がありますもんね……胸周りは余りまくるし、腰周りはすかすかで……ぐすん。
エリザベスちゃんか……マーティン君の五歳上のお姉さん……今の歳は十四歳かな……
担任をしたことはないけれど、クタナツ初等学校の卒業生なんだからもちろん知ってる。
サイズ的には、合いそう……悲しくなってきた……なのにドレスを着れることを喜んでいる自分もいるんだよね。はぁ……
「甘えさせていただきます。」
「よかった。マリー、先生をご案内して。」
「はい奥様。では先生、こちらです」
数着ほど試着してみた。サイズ的には問題ない。サイズ的には……
「先生にはこちらの若草色のドレスがお似合いのようですね」
「そうですね。ではこちらをお借りしたいと思います。」
子供っぽい私には派手な赤は似合わないもんね。デザインだって……
でも、このドレスかわいいな。嬉しくなってきちゃった。やっぱり私って子供っぽいんだな……
「聖女様、この度は多大なるご温情をありがとうございます。このドレスはきれいに洗ってお返しいたしますので。」
「それには及びませんわ。先生はドレスをお持ちでないのでしょう? そのままお持ちくださいな。返さなくていいですから。もちろんそれと引き換えにカースの成績を上げろなんて言いませんし。」
カース・ド・マーティン君。もう少し頑張れば一位になれるんだけどなぁ。私達教師は保護者から様々な物を貰う。時には現金だって。まあ私は現金なんか貰ったことないけど。贈るのも、貰うのも双方の自由。それによって成績に手心を加えるのも教師の自由。ただ、このクタナツでそんなことをする教師は一人もいない。実力主義のクタナツでそのようなことをしても意味がないからだ。それより誰か私にお酒を贈ってくれる保護者はいないかなぁ……
「ありがとうございます。聖女様の山より高いお志に感謝いたします。」
「あ、そうそう。明日のパーティーだけど一度我が家にいらしてね。髪のセットや化粧もあるし。それから一緒に行きましょう。」
「うぐ、わ、分かりました……ありがとうございます……」
勘弁してよぉぉぉーー! 聖女様と一緒に行ったら目立ってしまうじゃなぁぁぁーーい!
「その心配はご無用かと」
な、何よこのメイドさん!? 心が読めるとでも言うの!? でもそうだよね……聖女様と一緒だったら誰も私のことなんか見向きもしないし。よし、前向きに行こう!
はぁ、明日かぁ……