昼から高い酒とナンパ男
はあ……
やってしまった……
クタナツ初等学校に勤務して十年と少しか。色んなことがあったなぁ。なのに……こうやって学校を出て行くなんて初めて……
校長先生には明日しっかり謝っておかないと。
はあ……
こんな歳になってまで、あんなバカ男のことが忘れられないなんて。バカは私か……
飲みに行こう……学校サボって昼から酒……
別にいいよね。飲まなきゃやってられないし。どこにしようかな……
「おじさーん。飲みたーい。」
学校から離れた静かな店。開くのは夕方からだけど別にいいよね。
「準備中だ!」
「私が準備するからー。」
「勝手に飲め!」
マスターは汚いひげのおじさん。でも店は落ち着いててきれい。お酒の品揃えもいいし。はぁ美味しい。
でも、普通の教師の身からすると高いんだよなぁ……
「ねぇーおじさーん。最近仕入れたお酒はどれー?」
「飲むなよ? お前破産するぞ?」
「えー? 何てお酒ぇー?」
「スペチアーレだ!」
知ってる。酒造りの腕だけで貴族になった男。『酒狂貴族』ダン・ド・スペチアーレ男爵。たった一杯の酒が金貨一枚、十万イェンもする。飲んでみたいなぁ……
私の月給は金貨二枚とちょっとしかないのに……
「ねぇーえーおじさぁーん?」
「ツケはダメだぞ?」
「飲ーみーたーいー!」
「もう酔ってんのか?」
「まーだー! 五杯しか飲んでないもーん!」
「これでも飲んどけ!」
ごくごく。ぷはー美味しい……水!?
「ちょっとー! 酔いが醒めたらどうしてくれるのよー!」
「そろそろ開店だ。隅で飲んでろ。」
「もおー!」
いいもんいいもん。今夜はとことん飲むんだから!
あー美味しい。やっぱ私にはお酒しかないよねー。よーし、今夜は朝まで飲もう。で、その勢いで校長に謝ろう!
「うーい、げふーい! おじさーんおかわり!」
「その辺にしとけ。これで終わりだ。もう帰れ!」
「まーだー飲むのー!」
夜はこれからだってのに。おじさんのバカー!
「可愛らしいお嬢さん、一緒に飲まないか?」
あ、イケメンだー。
「奢ってくれるんならいーよー!」
「当然だよ。今宵の出会いに乾杯。」
「かんぱーい!」
今宵の出会いだって? ここで飲んでるとよく声をかけられるんだよね。ナンパ野郎ばっかりに。
「君はクタナツの子?」
お嬢さんとか子とか、私の歳も知らないで。
「クタナツ生まれクタナツ育ちだよー。」
「そうなんだ。僕は領都の生まれでね。今日は商売が上手くいったんだ。だから君のような可愛らしい子と祝杯をあげたい気分なのさ。」
「ふーんかんぱーい!」
イケメンだね。なんの商売してるんだか。
「好きに飲んでいいよ。何が飲みたい?」
「おじさーん! スペチアーレ飲みたーい! この人の奢りー!」
「一杯金貨一枚だぞ?」
「いいんだ。僕にもいただけるかな?」
「ほれ、ディノ・スペチアーレの十二年だ。」
えへへー! やったー! 初めてのスペチアーレだー!
「やだ……美味しい……こんなの初めて……」
「それはよかった。どうかな? 場所を変えてゆっくり飲まないか?」
「えぇー? どこにぃー?」
「僕の宿、辺境の四番亭さ。スイートに泊まってるんだ。」
ふーん。スペチアーレを簡単に飲めて、クタナツ一の高級宿のスイートに泊まってる領都出身のイケメン。怪しすぎる。酔ってべろんべろんの私から見ても怪しすぎる。まいっか。ここで朝まで飲むのもスイートで朝まで飲むのも同じだし。
「じゃあもう二杯飲んでからね?」
「いいとも。マスター、スペチアーレをもう二杯頼むよ!」
「ほらよ。兄ちゃんに忠告だ。この女はこう見えても教師だ。気いつけとけ。」
「あー! おじさんひどーい! そんな現実を思い出させるなんてー! 酔いが醒めたらどうしてくれるのー!?」
「へー? 先生なんだ。それはさぞかし大変なお仕事だよね。生徒は生意気だし給料は安いし。よし! 今日はとことんいこう! ガンガン飲もう! あ、これプレゼントね!」
「いえーいブレスレットにかんぱーい!」
あぁ……スペチアーレが美味しい……こんなに美味しいお酒があるなんて……スペチアーレ男爵に乾杯……
へー、ここが辺境の四番亭のスイートかぁ。初めて来たけど豪華なんだなぁ。あいつと会う時はいつも安い連れ込み宿だったもんなぁ……あいつ、貴族だったくせに……
「さあ、飲みなおしだ。君の瞳に、乾杯!」
「あ、私そっちを飲むね。こっちはいらない。」
私に寄ってくるのはこんな男ばっかり……