恋愛ウイルス
優奈「どうしたんですか、部長? 今日は活動日じゃないのに、わざわざ化学部の部室にまで呼び出すなんて」
凛子「ふふふ、実はね優奈ちゃん。私が何ヶ月もかけて取り組んできた研究がついに実を結んだの。それを自慢したくってさ。ささ、これを見てくれる?」
優奈「何ですか。この瓶に入った怪しい液体は?」
凛子「さて、優奈ちゃん。突然だけど、恋愛ウイルスって知ってるよね。二人しかいないうちの化学部の一員なんだから、知らないなんて言わせないよ」
優奈「化学部だからというよりも、常識として知ってますよ。十年くらい前に発見されたウイルスで、人間の恋愛感情一般が実はこのウイルスの作用によるものだって言われてるめちゃくちゃ有名なウイルスじゃないですか」
凛子「そうそう。で、この恋愛ウイルスというものが発見されてからというもの、恋愛感情はコントロール可能なものだってことがわかって、社会に大きなインパクトを与えたんだよね。ウイルスということはつまり除菌、殺菌、さらには培養だってできるってわけだから。で、そこに目をつけたのがうちの高校。自称進学校として校則で恋愛禁止っていうのを昔から掲げていたけど、このウイルスが判明してからというもの、毎朝校内の消毒活動をして、恋愛ウイルスの殺菌をしてるってわけ。校内で色恋沙汰を起こさないためにね」
優奈「恋愛ウイルスが徹底的に除菌されてるせいで、校内じゃ恋愛のれの字もないくらいですからね。実際、学校の外だと一丁前に恋愛ものにときめいたりするんですが、学校に来た途端その気も失せちゃいますから、本当に効果はあるっぽいですね。でも正直、こんなことして何のメリットがあるのかわかんねーですけど」
凛子「うちら生徒からすれば不満だらけだけど、保護者にはなかなか評判らしいよ。少子化もあるし、うちの高校も他の学校との差別化を図るのに大変なんだろうね」
優奈「そうなんですねぇ。……というか、なんで今更そんな話を振るんですか?」
凛子「この瓶が目に入らない?」
優奈「この瓶が目に入っているからですよ。さすがに嘘ですよね? いくら天才の部長と言えども、まさか……」
凛子「そのまさかなの。なんと! 私の類稀なる才能を生かして、恋愛ウイルスを個人で培養することに成功したの。ほらほら、ちゃんと見て。一時間前にやっと完成したできたてほやほやのウイルスなんだから。いやー、文化祭のために割り振られた予算を着服した甲斐があったなー」
優奈「やけに今年の文化祭は出し物がしょぼいなぁとは思ってたんですよ。色んな色のスライムを展示するだけってふざけすぎですもん。まさか、こんな個人の道楽のために使われていたとは思わなかったですけど」
凛子「道楽なんかじゃないって。これも立派な科学部の活動の一環なの」
優奈「うーん、部長のことですし本物なんだろうなとは思うんですが、何に使うんですか? 校内にばらまいてバイオテロを起こすとか?」
凛子「それもそれで楽しそうだけどねー。そんなことができるだけの量じゃないんだよ。それにバイオテロを起こしたとしても明日には校内を消毒されて元に戻っちゃうからつまんないし。だから個人に使うくらいかな」
優奈「誰にですか?」
凛子「生徒会長の岩城くんと、サッカー部エースの山口くんってわかる?」
優奈「ああ、わかりますよ。校内の二大イケメンで、昔からの幼馴染だという二人ですよね」
凛子「そうそう。せっかくだからあの二人にこれを使ってみようと思うの」
優奈「えー意外ですね。部長はそういうことにあんまり興味がないってイメージだったんですが、やっぱりイケメン二人から言い寄られたいとか思ったりするんですか?」
凛子「違う違う。私にこのウイルスは使わないの。そういうのあんまり興味ないし」
優奈「どういうことですか?」
凛子「二人を誰もいない教室に呼び出して、そこでこのウイルスに感染させるわけ。私が作ったのは天然物よりずっと強く恋愛感情を感じるように遺伝子組み換えをしたやつだからさ、感染から発症までに一、二時間程度かかっちゃうっていう問題はあるんだけど、一度発症したら誰彼構わず近くにいた人間に恋にしちゃうわけ。で、私は防護マスクをつけて、岩城くんと山口くんがにゃんにゃんする様子を教室の外から楽しむっていう算段なの」
優奈「なんですかその不純な動機は。思いっきり個人の道楽じゃないですか。文化祭の予算を返してくださいよ!」
凛子「大丈夫。二人がにゃんにゃんする動画はちゃんと優奈ちゃんに送ってあげるから」
優奈「私は別にそういうのに興味ないですよ。あれ? というか、このウイルスって別に異性同士じゃなくても効くんですか?」
凛子「そうそう。論文を読んでも、このウイルスによって引き起こされる恋愛感情はヘテロとかホモとか関係なく引き起こされるものだからね。相手が異性であろうが、同性であろうが全く関係ないって研究結果が出てるの」
優奈「男同士でもいけるってことはつまり……女同士でも効くってことですか?」
凛子「ええ、理論上はそうなるかな」
優奈「……」
凛子「……」
優奈「おっとぉ! 手が滑ったぁああ!!」
凛子「させるか!」
優奈「……チッ」
凛子「油断もへったくれもありゃしない」
優奈「いいじゃないですか、部長。男なんかに使わないで、女同士で一緒ににゃんにゃんしましょうよ。あの二人は放っておいても勝手ににゃんにゃんしますよ、きっと」
凛子「ダメダメ。これを作るのにどれだけ時間がかかったと思ってんの。学校に来た途端恋愛とかそういうのに興味がなくなるんですよねーとか言ってたくせに、よくそんなことが言えるね」
優奈「私も部長に負けず劣らず耳年増ですから」
凛子「もう自慢も終わったし、ちゃんと隠しとこっと。全くもう。というか、話が変わっちゃうけどさ、いつもしてる髪留め変えた?」
優奈「気づいてくれたんですか? 嬉しいです。この前姉に買ってもらったやつで、今日初めてつけてきたやつなんです」
凛子「うん、似合ってるよ。可愛いし。それによーく見てみると、髪もいつもよりも艶がある気がする……」
優奈「え? はい。最近、姉が使ってる高級シャンプーを黙って使ってるから、それのおかげなのかもしれないです。というか、珍しいですね。部長ってそういうのにあんまり気がつかないタイプなのに」
凛子「あれ、優奈ちゃんって口元にホクロなんてあったっけ? すごくセクシー」
優奈「あれ? ど、どうしたんですか急に」
凛子「まつげも長いし、瞳の色も綺麗……。鼻先も丸くて、可愛いし。ごめん、もうちょっと近くで見させてくれる?」
優奈「……部長、ひょっとして、ひょっとしてですが……恋愛ウイルスに感染しちゃってませんか……?」
凛子「なんで優奈ちゃんがこんなに可愛いのに今まで全く気がつかなかったんだろう。さっきから胸がドキドキする。ねえ、もっとこっちに来て」
優奈「いや、あの、やぶさかではないですよ。やぶさかではねーんですけど、部長……。私はどっちかというと、自分からグイグイ行きたいタイプでして、逆にそっちから来られるのは想定していないというか、えっと」
凛子「口も鼻も一つずつあるし、目なんて二個もついてる……好き……」
優奈「ぶ、部長! タンマ! タンマです!! せめて私も先にウイルスに感染させてください! 素面でこの圧はきついです! 素面でこの圧はきついです!!」
凛子「……大丈夫。今から濃厚接触できちんと感染させてあげるから」
優奈「いやぁああああああ!」




