表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

星月夜の魔女

作者: 冴木花霞

読みに来てくださってありがとうございます。


 ぼくが外の世界を旅していたとき、一人の女性に出会った。

 魔女かと思った。



 そのときのぼくは疲れ果て、身体は重く、病気にでも掛かってしまったのかと思っていたが、なんとか足を引きずって進んでいた。

 そんなときに、ふと女性を見つけた。


 その女性は、黒いドレスを身にまとい、黒いボロボロの傘を持って、塀の上に座っていた。

 ボロボロに見えた傘は、一部レースで出来ていたようだ。空は晴れていたから、日傘だったのかな?



「何、してるんですか?」



 そう、ぼくが聞いたら、彼女はそっと首をかたむけて



「待っているんです」



 誰を、とは聞かなかった。


 このあたりは戦いがあった国だ。旦那さんか、恋人ってのがよくある話。


 そう決めつけていた。質問攻めにするのは野暮ってものなんだ。



「早く帰ってくるといいですね」



 何も、深く考えずにそう返すと、彼女はまたそっと首をかしげた。



「ええ。わたくしはいつまでも待っています。ところで、ここで出会ったのもきっと縁。お茶でも飲んでいかれませんか?」



 とてもありがたい言葉だったので、甘えることにした。立ち上がり、先を行く彼女の背を追う。


 日傘をくるくると回しながら、るるる~ららら~♪と唄う彼女は、最初に見た時より、とても幼く見えた。


 あぁ、楽しそうで良いなぁ……。



 くるくる回る傘は、風にあおられることなく、軽い足取りとともに歩いて行く。


 そうして行き着いたところは、とても人が住めるとは思えない廃墟だった。



「……本当に、この家ですか?」



 まずい。この女性は本当に悪い魔女だったのでは!?


 殺される? 食べられる!?


 そう思ったのも束の間。彼女が扉がありそうな所に手を伸ばした瞬間。廃墟だったはずの家は、古いけれどきれいな家に変わっていた。



 あれ? 魔女は魔女でも良い魔女?



 なにもはめられていなかった窓には硝子が入っていて、レースのカーテンも見える。扉はもちろん、玄関らしき所の外側には灯りも付き、暖かさがある。



「さあ、どうぞ」



 入ってもいいのか、入らない方がいいのか、迷う。

 旅人として、出されたお茶は簡単には信用できない。


 だけどこのときのぼくは、他人と話すということに飢えていたし、なにより休みたかった。ここまで付いてきたし、もとはといえば、ぼくが最初に話しかけた。ここで……。



「ここで入らなくても、構いませんよ。お茶もお菓子も、貴方がお持ちのものを食べても良いですよ。わたくしも誰かと話したかったのです」



 頭の中を読まれたのかと思った。ぱっと顔を上げると、悲しそうに笑う彼女がいる。泣きそうな瞳に、罪悪感がじりじりと浮かぶ。



「……お話だけでも、よろしいですか?」

「もちろんですわ」



 そう断って、ぼくは室内に入った。


 彼女は平時一人なのかもしれない。

 小さなテーブルに椅子は一つ。カップも一つ。スプーンなどのカラトリーは見えないけれど、食器棚と呼べそうなものがないので、そう結論を出した。


 奥へと入っていった彼女が戻ってきたとき、日傘を手首に掛け、お茶セットとお菓子をのせたトレイを持ってきた。



「そちらに座ってください。こちらは気が変わったらどうぞ」



 そして彼女は一つしかない椅子をぼくにすすめ、自分は日傘をひらいてそこに座ろうとする。



 え!? 座れないでしょ!?



 そう思ったけれど、ドレスをふわりと広げ、優雅に座った。



「ふふふ。わたくしは魔女ですから、このくらい平気ですわ」



 あっさりと魔女を名乗られてしまった。

 良いか悪いかは分からないけれど、本物だったようだ。


 ぼくもゆっくり座り、カバンからお茶を薄めた水っぽいものを取り出す。美味しいかそうでないかは聞かないで欲しい。だけど、これは故郷から持ってきたので、信じるに値するお茶なんだ。

 何か聞かれたときにと、無意識に言い訳のように心に言葉を並べていると、彼女は世間話から始めた。


 ゆったりと聞こえる声は心地よく、相づちを打っていたのに、ぼくも自分のことを話し始めた。



 故郷で流行病があったこと。

 治療薬がなく、国の人が大勢亡くなったこと。

 国の健康な若者が、薬を求めて旅に出たこと。

 ぼくもその一人であること。

 だけど、もう五年も前であること。

 国に帰りたい。けれど薬は見つかっていない。ぼくとしては、どうすれば正解なのか分からない。



「ここ数日は身体が重く、風邪でも引いているのか寒い気がするんです。出来るなら死ぬ前に国に帰りたいですが、このまま帰っても迷惑をかける気がして……」



 ゆっくり頷いてくれてた彼女は、ぼくの背に手を当て、さすってくれていた。とても気持ちが良く、なにも言われていないけれど、『大丈夫』と言われているような気に満たされていた。



 五分、十分くらいだろうか。記憶が途切れてしまい、ハッとした。



「すみません!! ぼく……もしかして寝て……」



 目の前の彼女は塀の上に座っていた時のように、首をかたむけた。



「お疲れだったのでしょう。ところであなたの国は、東の大陸の左にある国でしょうか? 少し前に似たような病のことを聞きました」



 びしっと背を伸ばし、彼女の顔を見つめる。

 たしかにぼくの国は東の大陸の、と言われるクマの国だ。そしてぼくの故郷は左耳だ。



「そんな遠くから……本当にお疲れさまでした」



 そんな労りの言葉より、もっと話して欲しい。失礼なのは分かっているけれど、取りつくことも出来ない。


 彼女がその話を聞いたのは、今から一年ほど前だそうだ。その時はいた彼女の師匠が、分かる範囲で薬を作り、その旅人に持たせてくれたそうだ。薬が効いたのか、ダメだったのかは分からない。

 そして今は師匠も居ないそうなので、薬を作ることは出来ない。


 結果は分からないが、この話を持ち帰ることは出来るのでは? と言われた。



 希望が見えた。一度帰っても良いかもしれないと思い始めた。



「あなたも大変お疲れでしょう? もしよろしければ、こちらをどうぞ。回復薬です」



 この家に居るだけで、とても元気になっている気がするのに、こんなに良くしていただいていいのだろうか。



「何から何まで良くしていただいて、本当にありがとうございます! ぼく、もう行きます!」

「もう少し休んでいかれては?」

「いいえ、もうすっかり。身体は軽くなりましたし、今のうちに行きます。お世話になりました!」



 善は急げ。国の風習で深く頭を下げた。北の大陸であるこの地では、馴染みのないものだろうけれど、感謝と礼を込めて。


 足取りは軽い。ついさっきとは大違いだ。

 走り出したい気持ちを押さえて、しっかりと前を向いて進んだ。



 ◆◇◆◇


「ご挨拶しなくてよろしかったのですか?」



 東の大陸からの若い旅人が、わたくしたちの家から去っていった。

 わたくしは立ち上がり、家から出ないようにして、彼女を見送った。


 綺麗な女の人でした。他人に襲われないように男性のふりをしていたのか、元からそういう方なのかは見えなかったけれど。



「年月が過ぎて薬が合わなくなったのであろう。回復薬を飲んでくれて助かったのぅ」

「おかえりなさい。師匠」

「あぁ。先程戻った」

「知らない女性にとりつくのは良くないと思いますが?」

「……守っとっただけじゃ」



 ……その言い方。おそらく彼女をお守りしつつ、ここまで連れてきたことでしょう。


 部屋に戻り、師匠に飲み物を用意しましょう。わたくしたちの感覚で一・二年を最近というのは悪い癖なのですが、最近の師匠のお気に入りは、黒猫のぬいぐるみです。師匠が入ると本物の猫のようになるので不思議です。


 師匠はこの世界を見るために、と言って色々な国、大陸をさまよう旅人のようなことをしています。わたくしはずっとこの地にいるので、師匠が何かに入っているのかは知りません。気まぐれに人や国を助けているようです。


 ……今はミルクを飲むネコさんですけど。



「いかがでしたか? 東の耳の国」

「変に略すな…………半分じゃった」

「……そうですか」



 ……半分。おそらく半分の方は亡くなり、残りはなんとか、といったところでしょうか。とはいえ、略すなということを師匠に言われたくはないですね。わたくしも師匠に似たんでしょうけれど。



 この世界が壊れ始めた兆しは見えておりましたけれど、住んでいるのはほとんどが人間です。わたくしたちのような魔女も、ほんの一握りですがいます。ですが、あまり関与出来ません。


 ほんの少しだけ、今回のようなお手伝いは出来ますが、それだけです。

 魔女といえど、無力なのです。



「さて、私はもうゆくぞ」

「あら、今回は早いのですね」



 いつもならば二日ほどゆっくりされていらっしゃいますけれど。今日は二時間も経っていないのでは?



「パクリュでもトスリコでも、カセがきな臭いという情報を得た。様子を見てくる」

「……ネコさんで行かれるのですか?」

「あぁ。あの大陸は霊体では怪しすぎるからのぅ」



 西のカセ大陸は、四大陸の中で最も技術が進んでいる国です。この北のミネルも、わたくしの故郷の南のパクリュも、魔術に特化されているだけで、科学の技術はちっとも進んでおりません。



「なにか分かったら手紙を飛ばす。そなたはそれまでここで待つように」

「かしこまりました」



 カセ大陸の魔法普及率は二十パーセントにも満たないと聞きます。おそらく、師匠の正体は見つからないことでしょう。


 そうして、師匠はふわりと消えました。

 わたくしももう一度外に出て、人を待つことにしましょう。



 困っている人を助けることは、わたくしの魔女としての生き甲斐と言えましょう。


 わたくしが困っていたとき、助けてくださった師匠のように。

 見返りを求めず、なんてことない顔をして、人を助けたい。


 そのためならいつまでだって待っていられます。


 困っている人を見つけるために。

 助けを求めている人が、わたくしを見つけられるように。


 わたくしはずっとあの高台の塀の上に座っています。


 理を外れることは出来ないけれど。

 わたくしにできる範囲のことを致します。


 日傘をさして、お待ちしています。


初めての一頁ものでした。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ