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第9話 強襲



「貞…香? 」


 何が起こった?

 窓が割れて…貞香の体が叩き付けられて…血と肉が飛び散って…貞香の頭が弾けて………えっ?


 何が起こったのか全く分からず、机に広がる鮮血と頬を伝る生暖かい血を感じていると、私の隣に居るソライルがすぐさまカーテンを下ろした。


「天羽! 『幻想変異』をしろ!! 全員窓から離れろ! 撃たれるぞ!! 」


「…っ! 」


 店内に響いたソライルの声を聞いて一瞬遅れて状況を飲み込み、すぐさまナイフホルダーからナイフを取り出して首を裂こうとするが、窓の外から何かが店内に飛び入り、それが私の脇腹に命中した。


「あぐっ!? 」


「天羽!? 」


 その内蔵を直接殴られたような激痛のせいで体が跳ね、ナイフを落としてしまった。


(っ゛う゛! しまっ)


 早くしなければ貞香が死んでしまう。

 その一心で机の上に落ちた『幻想器』を取ろうとするが、お腹が抉れているからか力が入らずに机の上に倒れて血を吐き出してしまう。


(はや…く… )


「『幻想 変異』 」


(えっ? )


 そう呟いたのは春翔ちゃんだった。

 けれどこの状況で春翔ちゃんが『幻想 変異』してもどこから狙撃してるか分からない敵には何もできないと思ったが、顔を上げた先にある銃型の『幻想器』の銃口は貞香の左胸を向いていた。


 鈍い銃声が店内に響き渡る。

 すると店内からは悲鳴が上がったが、銃弾で空いた胸からは黒いヒビが広がり、貞香の体を包み込んでいく。


 『幻想 変異』が正常に起動したのなら貞香は助かるとホッとした瞬間、急激に体の熱が外に逃げ、力を込めてないのに手足がガクガクと震え始めた。

 お腹に感じていた痛みもだんだんと鈍っていき、目の上に暗闇が溜まっていく。


(あれ…これ私…死)


「『幻想 変異』!! 」


 遠くの方でソライルの声がすると、首に微かな痛みが生まれ、温かいものが喉に広がっていく。

 すると沈んでいく意識は何かに引っ張られ、意識は暗闇から一気に浮上した。


「っ!? 」


「天羽! 盾!! 」


 ソライルの大声に咄嗟に反応し、植物となった右手を窓に伸ばしてガラスを植物で覆った瞬間、何発もツルに弾丸らしき物がぶつかったが、それは店内に入ってくる事はなかった。


「っ!? 」


 それに一安心していると、机に叩き付けられた貞香は顔を起こし、とても大人びた女性の顔を私達に向けた。


「えっ…何が… 」


「おぉ…無事で…何よりグフッ! 」


「ソライル!? 」


 長く白い髪を揺らす貞香の悲鳴で、慌てて隣に顔を移すと、そこには赤黒い血を吐くソライルの姿があり、その体の右肩と右脇腹に血を滲ませていた。


「悪ぃ…何発かゲホッ! ヒュー当たっちまった 」


 不自然な呼吸をするソライルの体に慌てて蔓を結び付け、『幻想体』の力を使って治癒していると、後ろからシャッターを切る音が聞こえた。


「っ!? 」


 後ろを振り向く。

 すると私の後ろには大量のスマホのカメラと、恐怖と好奇心が入り交じったような人の表情が見えた。


「何してるんですか! 早く逃げて下さい!! 」


 そう叫ぶけど誰も逃げようとはせず、人はずっとスマホのカメラ越しに私達を見つめ続ける。


(なんで!? )


 どうしてこの状況で足があるのに逃げないのかと、困惑と怒りが胸の中に生まれ、気持ちが悪い。

 けれどその気持ち悪さは周りの窓ガラスが割れる音に掻き消された。


(なに!? )


 窓ガラスを割ったであろう何かを目で捉えようと席を立った瞬間、私の視界には英語が書かれた丸い球体が入って来た。


(手榴っ)


 咄嗟に全身の植物を唸らせ、私達の周りを球体状に覆った刹那、爆発音と無数の破片が蔓にぶつかった。

 手榴弾の爆風が納まったのを確認し、視界を確保するためにすぐさま私達を囲った植物を解除すると、辺りの明るい雰囲気のカフェが黒一色に染まっており、火薬と肉が焼ける異臭が鼻に突き刺さった。


「うっ…うぅ 」


「っ!? 」


 微かに聞こえた人の唸り声がする方へ行こうとするが、私の右手の蔓を後ろから大きな手で掴まれた。


「天羽! 外に出るのが先だ! 」


「でも人が! 」


「お前が死んだらこれ以上人が死ぬぞ!! 」


「っ! 」


 ソライルの私を説得するような言葉で思いとどまってしまい、こちらに伸ばされているように見える手を無視して裏側の窓から路地裏に飛び出す。


(ごめんなさい… )


 心の中で謝罪をしながらも辺りを見渡し、路地裏に人の目が無いことを確認していると、割れた窓ガラスからソライルが飛び降り、その後ろから春翔ちゃんをお姫様抱っこしている白髪の貞香が飛び降りて来た。


「ほら、降りなさい 」


「んっ…ありがとう 」


 貞香の腕の中から降りる春翔ちゃんを見て、とりあえず全員が無事だと言う事に安心してしまうが、口から漏れた血を袖で拭うソライルの真剣な顔を見て、私も気を引き締め直す。


「とりあえず逃げるぞ、敵の数も居場所も分かんねぇとなるとこっちが圧倒的に不利だ。貞香と天羽は春翔を守れ、俺が先行する 」


 突然の襲撃にも関わらず、すぐに方針を決めて行動するソライルはポケットからジッポを取り出すと、左腕にライターオイルをかけて路地裏を駆け足で進み始めた。

 それに春翔ちゃんと不完全にしか力を使えない貞香を守れる範囲に入れながらソライルに着いていく。


 人が1人しか通れないほど狭い路地裏を私が最後尾で走り、迷路のような路地裏を春翔ちゃんのスピードに合わせて進むが、何か奇妙な違和感を感じてしまう。


 その違和感とは詰めの甘さだ。


 私達を殺す気で『処刑人(エクスキューソナー)』が襲ってきたのなら、私達の中でもっとも強い貞香の頭を撃ち抜き、次に傷を治癒できる私を撃って来たまでは良いけど、何故その次の攻撃が手榴弾だったのだろう?

 私達を完璧に殺すなら『幻想 変異』して店内を襲えば良かったはずだ。

 なのにどうして…

 いや、これは今考えることじゃない。

 今はみんなを守っ………えっ?


 ふと気が付くと、春翔ちゃんの小さな姿がなかった。


「待って! 春翔ちゃんが居ない! 」


「はっ!? 」


「えっ? 」


 私の声に全員の足が止まり、不自然に消えた春翔ちゃんを探すために狭い路地裏を見渡していると、後ろから足音が聞こえた。


「「「っ!? 」」」


 咄嗟に振り返り、ゆっくりと路地裏の影から出てくる存在を捉えようと目を凝らす。

 するとそこから出て来たのは春翔ちゃん…を左腕で押さえ付けている黒髪の男だった。


「全員動くな。動いたらこいつを殺すぞ 」


 男の右手には金色の鉤爪のような物が握られており、その爪の先は春翔ちゃんの首に潜り込んで赤い血を溢れさせていた。


「っ! あなたは」


「誰が喋っていいと言った? 」


 『処刑人(エクスキューソナー)』らしき男は不機嫌そうに声を漏らすと、鉤爪を春翔ちゃんの右頬に持って行き、なんの躊躇いもなく頬を深く切り裂いた。


「っう!! 」


「これ以上傷付けられたくなきゃ全員の『幻想器』をこっちに投げろ 」


「……… 」


 白い肌を血で赤く染めていく春翔ちゃんの姿に頭の中が怒りでどうにかなりそうだけど、仲間を救うためにはそうしなければならないと冷静に植物を蠢かせ、私のナイフ型の『幻想器』をそっと地面に投げ捨てる。

 すると後ろから銀色のジッポが投げられ、コンクリートの地面を滑って敵の足元に転がった。

 

「そのままゆっくり下がれ 」


 男の言う通りにゆっくりと後ろに下がり始めると、貞香もソライルも後ろに下がり始めた。

 その間に思考を回す。


 今の状況はかなり不味い。


 鉤爪を持った男が『幻想 変異』をしてないと仮定すると、音もなく春翔ちゃんを路地裏に引きずり込んだ者、銃らしき物で狙撃してきた者、2つの手榴弾を店に投げ込んだ者、確認できるだけでも敵が5人居る事になる。

 しかもソライルは『幻想 変異』して居らず、貞香は適正のない『幻想器』で変異したから力を扱えない。


(でも私だけの力じゃ… )


 そもそも私の『幻想体』は戦闘向きではない。

 この体は『言華の剱(リンシュクル)』でなんとか場繋ぎしているだけで、本当は救助やサポート面で活躍する力だ。

 だからこそ、この敵に囲まれた状況で全員が生還するのは不可能に等しい。


(どうしたら… )


 焦りか不安か、この偽りの体に汗が滲んでいるような感覚を感じていると、前から鉄が擦れる奇妙な音が聞こえた。

 その音に反応して思考の海から現実に目を戻すと、音が鳴ったであろう場所には細過ぎる指が黒い銃を握っており、その銃口は春翔ちゃんの右脇腹に向いていた。


(っ?…何して!? )


 春翔ちゃんが何をしようとしているかを一瞬遅れて理解した瞬間、薄暗い路地裏に銃声が響き渡り、鉤爪を持った男はお腹から血を流す春翔ちゃんと共に地面に倒れた。


「あぐっ! てめっ…自分ごと… 」


「り、『言華の剱(リンシュクル)』!! 」


 春翔ちゃんの自己犠牲で生み出されたチャンスを逃さぬよう、少し遅れて植物の剱を生み出し、それを赤いお腹を抑える男の顔面に全力で投げ付ける。

 剱は空気を裂きながら飛び、男の顔に一直線に向かっていったが、剱が顔を貫く刹那、その剱は路地裏の影から振り下ろされた何かに叩き落とされ、剱はコンクリートの地面に突き刺さった。


「ふいー、ギリ間に合ったぜ…大丈夫か? 」


「大丈夫に…見えんのかよ… 」


「すまんすまん、全然大丈夫にゃ見えねぇな 」


(新手!? )


 路地裏の影から聞こえた若い声に身構えていると、昼の日光に照らされて顕になったのは白いパーカーと青いズボンを身に纏う20代…いやもっと若い顔をした男だった。

 その異様な若さに一瞬戸惑いが生まれたけど、男の手に握られていた物を見た瞬間、戸惑いは掻き消されていった。


(なんで… )


 私の剱を簡単に叩き落としたのを見るに、男が持っているのは間違いなく『幻想器』だ。

 『幻想器』の形はそれぞれだけど、基本的には海外の物体の形をかたどっている。

 けれど男が握っている物は日本人ならば絶対に耳にした事がある武器…刀だったから。


 日光を反射する銀色の刀身に困惑していると、地面に蹲っていた春翔ちゃんは右手の銃を刀を持った男に向けたが、その右手は手首から容易く切り落とされた。


「っう!! 」


 すぐさま生身の敵を殺すために、蔓を動かして剱を作り始める。

 その隙に春翔ちゃんは左手を落ちた銃に伸ばそうとしたが、その左手は刀によって貫かれ、地面に磔にされた。

 けれど春翔ちゃんは痛みで悶える様子もなければ、悲鳴を上げることもなかった。


「おいおい手が落ちたんだぞ? 悲鳴くらい上げろよ 」


「…悲鳴をあげたら…お前らは死ぬの? 」


「ひゅー、おっかね 」


 右手に剱が生み出された瞬間にアスファルトの地面を踏み砕き、刀を持った男を殺そうと剱を振るうが、男達はなんの予備動作もなくその場から消えてしまい、剱はパイプや壁を削り落とした。


(どこ!? )


「あなたはリーダーなのですから、あまり前に出ては困ります 」


「おーわりぃ、助かったぜ 」


「いでででで!!! 傷抑えてる!! 抑えてる!!! 」


(いつの間に!? )


 上から聞こえた叫び声に反応して顔を上げると、そこには白い服に赤い衣を被る大人びた女性が私達を見下ろしていた。

 その左手には金色の杖が握られており、透明な何かが男達を宙ずりにしていたが、女性は何かを思うようにため息を吐きながら金色の目を閉じた。


「今日は戦う日はないのでしょう? ならば早く撤退しましょう 」


「まぁその前にちょっと宣戦布告させてくれや。かっこつかねぇから下ろしてくれよ 」


 このまま戦闘になれば位置不利もあるからどうすればと思っていたが、短い黒髪を風で揺らす女の言葉に一瞬思考が止まってしまう。

 私の思考が止まっている間に、刀を持った男は宙ずりの状態から屋根の上に着地すると、屋根から落ちるギリギリの所に立って私達を見下ろした。


「初めましてだなー『反逆者(レブル)』諸君。俺は(わたる)。『処刑人(エクスキューソナー)』のリーダーを務めてる 」


(こいつが!? )


 あの快楽殺人者共をまとめるにはあまりにも幼い見た目に正直困惑してしまったが、それは一瞬の出来事で、すぐに困惑は殺意へと変わっていった。


「お前が… 」


「んまぁ聞こえてたか知らねぇが、さっき言った通り今日は戦うつもりはねぇよ。まぁ、あわよくばとは思ったがな 」


 航と自称した男はケラケラと笑いながら私達を見下ろしていると、不意にその気持ち悪い笑みを顔から消し、気持ち悪い真顔を浮かべた。


「んで本題だが、明日から俺らは『全人類の滅亡』を実現させるためにお前らを殺していく。だからまぁ、残りの生をゆっくり過ごしな 」


 正直に言うと、『ふざけるな! いますぐ戦え! 』と怒鳴り散らしたかったが、この状況で戦えば仲間が死ぬ可能性も…最悪全滅してしまうかもしれないと、今すぐ動いてしまいそうな体に言い聞かせる。


「ほんじゃ言いたい事は言い終えたし、あばよー 」


 航は幼い笑みを浮かべると、その後ろの空間に紫色のヒビが走った。

 すると男は後ろに倒れるようにヒビの中に入っていき、無音だけがこの路地裏に取り残された。


「…逃げ…た? 」


 嵐のように去っていった『処刑人(エクスキューソナー)』達に唖然としていたけど、地面に微かに熱の篭った液体を感じた。

 反射的に下を向くと、そこには大量の血を垂れ流す春翔ちゃんの体があった。


「っ!! 大丈夫!? 」


 咄嗟に植物の蔓を細い体に巻き付け、全力で治癒を行うが、傷を再生させた春翔ちゃんは浅い息をするだけで目を覚まさない。

 恐らく…血が足りてない。


「ソライル! 蓮に連絡して! 」


「今してる! とりあえず何か体に巻き付けて足を高い位置に上げろ!! 」


「私も手伝う! 」


 その場で誰でもできる応急処置を貞香と行うが、春翔ちゃんの体温はゆっくりと冷めていく。


(お願い…お願い!! )


 そう切に願うが、無常にも春翔ちゃんの体温は冷めていく。

 そして医療技術を持った蓮が車でここに到着したのは、それから20分後の事だった。




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