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第8話 見てあげるべきだった



『今日午前10時頃、東京都品川区でアパートが全焼する事故がありました。火は消防隊到着から2時間ほどで消し止められましたが、身元不明の遺体が5人見つかったとの事です。出火の原因は今のところ不明であり、警察が』


「はぁ 」


 左耳に付けたイヤホンを外し、ニュースが流れるスマホの電源を落としてから、結露したグラスの中に入った紅茶をゆっくりと喉に流し込む。

 砂糖を大量に入れたから味は甘く、飲み込んだ後にさっぱりとしたリンゴの香りが鼻に抜ける。


「美味しい…な 」


 味が付いた物を食べれるありがたみを心の奥で感じながら、少しずつ、この味がなるべく続くように紅茶を飲んでいると、私の向かい側の席に深い青色のシャツと白いズボンを着たソライルが座った。


「おっす貞香、待たせたな 」


「別にいいわよ、それより…何それ? 」


「これか? 」


 ソライルは片手に持った薄い茶色の紙袋を木でできたテーブルの上に置くと、その中から白い紙袋で包まれた何かを2つ取り出した。


「ハンバーガーだ。今昼時だろ? 」


「まぁ…そうね 」


「チーズと照り焼き、どっちがいい? 」


「…あんたが先に取りなさいよ 」


「いやお前が先に選べよ 」


 何故かニヤつきながら私にハンバーガーを徐々に近付けてくるソライルに少し腹が立ち、ソライルの右手に握られたハンバーガーを奪い取る。


「ほい、先に手を拭いとけ 」


「…ありがとう 」


「おう、どういたしましてだ 」


 優しそうな笑みを浮かべるソライルを見ると、その笑顔が自分に向けられていると嫌でも意識してしまい、頬が少し熱くなってしまう。


「…大丈夫か? 顔が赤いが 」


「ふん! なんでもないわよ 」


 恥ずかしさを隠すためにソライルの顔から目を離し、お手ふきで手を拭いてから包み紙を広げ、白いチーズが溢れ出ているハンバーガーにかぶりつく。


(…なんでジャンクフードってこんなに美味しいのかしらね )


 まるで美味しさの爆弾と言っていいほど美味しいハンバーガーに更にかぶり付き、口の中に入れられなかったチーズを指先で口に運んでいると、ソライルの笑みが私の顔を見ていることに気が付いた。


「誰もとりゃしねぇからゆっくり食え 」


「っ!! 」


 その言葉で我に返ると、恥ずかしさで頭の中がいっぱいになってしまい、咄嗟に机の下にあるソライルの足を蹴ってしまう。


「あぐっ! おま…スネは反則…だろ 」


「あっ………ふん! 」


 思ったより力強く蹴ってしまったものだから咄嗟に謝ってしまいそうになったけど、何を強がってか顔を逸らしてしまい、ハンバーガーにかぶりつく。

 けれど味はさっきよりも美味しくなかった。


(……… )


 胸の内側に生まれていく後悔が舌の感覚を鈍らせ、申し訳なさを感じながら味が薄いハンバーガーを食べていると、隣からか細い声が聞こえた。


「あっ… 」


 聞き覚えのあるか細い声に反応して隣を向くと、そこにはパッと見ると男の様にも見える顔をした春翔が居た。


「貞香…さん? 」


「…なんであんたがここに居んのよ 」


「引っ越し終わって…街を守りたい天羽さんと一緒に街に降りて…お茶しよって…ここに着た 」


 相変わらずハキハキと喋らない癖に口下手な春翔の話に少し苛立ってしまうが、天羽が居ると言う言葉を聞いて辺りを見渡すと、カフェのレジでスコーンとコーヒーを受け取った天羽と目が合った。


「あっ、貞香! 」


「天羽…今日は休んでていいのに 」


「うんん、私も休んでちゃ居られないからね 」


 人の死を間近で見てそれほど経っていないのに、天羽は空元気に笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる。

 それが私には悲しくもあり、頑張れと背中を押したくなってしまう。


「あっ、座ってもいい? 」


「構わないわよ 」


「ありがとう。春翔ちゃんも座りな 」


「…うん 」


 天羽は優しい声で春翔にそう言うと、春翔は当たり前のように私の隣に座った。


「なんであんたが私の隣に座んのよ 」


「…悪かった? 」


「あんたは…はぁ、別にいいわよ 」


 何故か春翔の行動、一言がいちいち癇に障り、頭に巡る血を早くさせる。

 私はこいつが嫌いなのだろう。

 それも全部、あの一言のせいだ。


『それじゃあ…僕はこの中で1番強いんだね 』


 その一言で私はキレてしまった。

 他人の『幻想』を知らない癖に、自分が1番強いと言うのは、誰よりも私は苦しんだ被害者ですとアピールしてるようなものだ。

 そんなの…ふざけるな。


「どうか…した? 」


「…なんでもないわよ 」


 どうやら私は春翔を睨み付けていたらしく、視界に入れたくないこいつから目を離してハンバーガーにかぶりつく。

 やっぱりさっきよりかは美味しくなかったけど、これは毎日食べたいと思えるほどの味だ。

 まぁ蓮の前でジャンクフードなんて食べたら大目玉を食らう羽目になるけど…


「そいや貞香、あの火事の件はどうだった? 」


 不意に来たソライルの質問に答えるためにハンバーガーを飲み込み、口周りに着いたソースを舐めとってから自分の考えを伝える。


「…ネットで少し調べたけど今のところは分かんないわね。でも私は関係ないと思うわよ 」


「それには俺も同感だ。アイツらがやるにしては規模が小さすぎる 」


「アイツらって…『処刑人(エクスキューソナー)』のこと? 」


「「っ!? 」」


 なんの躊躇いもなく奴らを口にした春翔の言葉に反射的に辺りを見渡すが、辺りの空気になんの変化もない。

 一瞬ホッとしたが、その感情はすぐに怒りに変わり、春翔の頬を右手で挟むように掴む。


「あんた自分が何を口にしたか分かってるの? 」


「…はひが? 」


「ごめん貞香、私が教えるの忘れてた 」


 とぼけた顔をする春翔を正直言ってぶってやろうかと思ってしまうが、視界の端に見える天羽の慌てた顔を見るとその気も失せてしまう。

 けれどこの事は絶対に教えないといけないため、顔を掴まれてるのに呆けた顔をしている春翔に顔を近付け、小声で忠告する。


「私達がこうして街中に居るように、アイツらも街中に居る可能性があるの。だから人が多い場所じゃアイツらの名前を出すな。気が付かれる 」


「…わはった 」


 イマイチこいつは信用できないからなんとも言えないけど、これ以上ゴタゴタ言えば不自然に見られる可能性もあるから何も言えない。

 だから右手を離し、辺に温もった手で冷たい紅茶を持つ。


「…分かったなら言いわ。気をつけるのね 」


「後『幻想器』も軽率に出すなよ。俺らのは大丈夫だが、お前らのは見られたら警察呼ばれちまうぞ 」


「確かに…そうだね 」


 ソライルが小声で何かを話したが、それは私には聞こえず春翔には聞こえたらしく、頷いた春翔に笑みを向けるソライルの顔を見ると、何故か胸がモヤついた。


 意味が分からない胸のモヤつきを消すために紅茶を喉を唸らせながら飲み、スコーンを食べる天羽とコーヒーをストローで飲んでいる春翔から目を離して、またハンバーガーを口の中に詰め込む。


 ハンバーガーを飲み込んでから指に付いたチーズを舐め、涎で湿った指先をお手ふきで拭き取る。

 濃い塩味で乾いた喉を潤すためにグラスを持ち、紅茶を飲みながら外の人が通る街並みに目を移す。


(この光景が…ずっと続けばいいのに )


 外を眺める人を見ていると、そう思ってしまう。

 だってこの光景は…()()()()では見られない光景だから。

 変わらない天井。

 私を見下ろす顔と目。

 たまに聞こえる悪意。

 微かに差し込む日差しと月光。

 それらばかりが動けない私が見る光景だった。

 けれどそれを変えてくれたのは天羽だ。

 私の病を治してくれた。

 だから私は…


「貞香? 何見てるの? 」


「んっ? 」


 天羽の声がした方を向くと、そこには何も乗ってない皿を片付けている天羽の顔が見えた。


「なんでもないわよ。それより食べ終わったのなら早く出ましょ 」


「待って…コーヒー…飲んでる 」


「…はいはい。ゆっくり飲みなさい 」


 急かしても無駄だろうと思い、春翔にそう言い残して人が歩く外を眺めていると、目の上の方で何かがキラリと光った。


(んっ? )


 何が光ったのだろうと疑問に思い、光が見えたビルの上の方に顔を向けた瞬間、金色の何かが見えた。


(なにあ)


 疑問を心の中で口にしようとした瞬間、頭をハンマーで殴られたような衝撃が走り、体が机に叩き付けられた。


(何が…起こっ… )


 目の前が真っ暗になった。

 手足の感覚がしない。

 何も聞こえない。

 感じていた冷房の風も感じない。

 何も匂わない。

 何も感じない…怖い…怖い…怖い…誰………か………

 暗闇に沈…む…





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