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第5話 苦しみを理解した夜



「……… 」


「……… 」


(…気まずい )


 私のベットと日記帳が置かれた机だけの殺風景な部屋に春翔ちゃんがやって来たのは良いけど、お互いに話す話題がないからか、沈黙の時間がずっと続いている。


 私が座っているベットの隣で細い足をパタパタとさせる春翔ちゃんにコソッと目線を向けると、すぐにその視線は気取られ、赤い2つの目と視線があってしまった。


「…なに? 」


「んっ!? えっと、どうして私と一緒に寝たいの? 」


 頭の中で急いで話題を探して出た疑問を春翔ちゃんに聞いてみると、春翔ちゃんはじっと私の方を見ながらその質問に答えてくれた。


「1人で寝れる自信が無いから 」


「…どうして? 」


 相変わらずの春翔ちゃんの何処か的外れな答えに首を傾げ、もう一度質問を返すと、春翔ちゃんは私から目線を逸らしてベットにゴロンと横になった。


「僕ね、毎日薬飲んで寝てるの。でもその薬が無いし………今日は1人で寝たくないから… 」


「…そうなんだ 」


 自分で聞いておいてあれだけど、帰って来た答えに少し哀れみを感じてしまう。


 あの胸の刺傷を見るに、春翔ちゃんの精神状態はあまりよく無いことは分かるし、薬を飲んで寝ているのも何故か納得できてしまうけど、それならどうして私と寝たがるのだろうかとまた同じ事を考えを持ってしまう。

 けれどまた同じ質問をしてしまうのも気が引けてしまったため、その疑問は心に留めておこうと思っていると、また春翔ちゃんの目と視線があっている事に気が付いた。


「ねぇ 」


「どうかした? 」


「こんなにのんびりしていいの? 『処刑人(エクスキューソナー)』達が出るかもしれないのに 」


「っ…言いたい事は分かるよ。でもね、私達は人間なの。だからちゃんと食べて寝ないと何もできなくなるよ 」


「………そう 」


 親良からの受け売りの言葉に、春翔ちゃんはまた納得がいかなそうに私から目を逸らした。

 その目を見て、こう思ってしまった。

 私達は…本当によく似てるなと。


 私も初めて『反逆者(レブル)』に入った時、『処刑人(エクスキューソナー)』達への復讐に燃えていた。

 私の恋人を無惨に奪い、私を深い深い絶望の中に沈めた奴らに。

 でも、結局は1人では限界があった。

 私の幻想体は前線で戦える力では無いし、いくら復讐の炎でこの身を焦がそうとも、食べなければ死ぬし、寝なければ倒れてしまう。

 その事を上手く春翔ちゃんにも伝えられたらいいけど、今の春翔ちゃんにこのことを伝えてもきっと聞き流されてしまうだろう。

 善意を聞き流し続けた昔の私の時のように。


「…そろそろ寝ようか。明日は君の初任務だから 」


「…うん 」


 今の春翔ちゃんの心には何を言っても届かないだろうと考え、部屋の電気を消しに行くためにベットから腰を上げ、部屋の電気を消す。


 真っ暗で何も見えないけど、歩き慣れてる自分の部屋だから何も見えなくても歩け、たどり着いたベットに腰を下ろして右手に通したゴムで長い髪を軽く2つに結ぶ。

 そして春翔ちゃんの隣に体を倒すと、今日の疲れが一気に体を襲い、意識が一気に暗闇に吸い込まれてしまった。


 ………今日はどれだけの人を救えた?


 不意にそんな質問が頭の中に響いた。


 ………分からない…でも、沢山の人が死んだ。


 その質問に正直に答える。


 ………どうしてその人達を救えなかったの?


 体の感覚は朧気だけど、全身に悔しさで力が入ったのが明確に分かる。


 ………私が…弱かったから。


 ………なら、もっと強くならない(苦しまない)とね。


 ………そうだね。


 誰かとの会話はそこで終わり、後は静かな闇の中を浮いたり沈んだり流されたりしていると、不意に耳に荒い息が聞こえて来た。


 ………誰のだろう?


 それは夢の中かと思っていたけど、あまりにも鼻息が耳に声が届くものだから目を開いて音がする方を向くと、私の寝ている隣で顔を伏せて唸るように苦しむ春翔ちゃんの姿が見えた。


「ちょっ! 大丈夫!? 」


 慌てて苦しむ春翔ちゃんの体を仰向けにし、肩を激しく揺すると、2つの赤い目が勢いよく開き、暗闇の中でも見える赤い目は誰かを探すように動き始めた。


「………曙希? 」


「うんん、私は天羽だよ 」


「ねぇ…曙希はどこ? 」


「えっ? 」


 曙希という人はきっと春翔ちゃんと一緒に居た人だと思うけど、その人はもう………


「死んだんだよ… 」


 顔をしかめながらも無慈悲な現実を優しく伝えると、春翔ちゃんは涙を両目から溢れさせ、とても細い両手で自分の顔を抑えた。


「ねぇ…どうして僕だけ生きてるの? 」


「……… 」


「なんで曙希は死んで…僕はこうして生きてるの? 」


 その嘆きに、何も言えなかった。


「どうして僕なんかが…ねぇなんで…なんで? なんで? なんで? なんで!!? 」


 嘆き苦しむ春翔ちゃんの姿に何も言えずに居たけど、自分だけが生き残った事を嘆いている春翔ちゃんを見ていると、ただ1つの考えが頭の中で生まれてしまった。


(本当に私達は…よく似てね… )


 そんな事を思いながら咽び泣く春翔ちゃんの顔を抑える両手を退けて、涙で濡れた顔を胸に抱き寄せる。


「大丈夫だから…ゆっくり息をして 」


 胸の中で息を荒くする春翔ちゃんの背中を優しく叩きながら、落ち着けるようにそっと耳元で囁くと、荒い息は段々と落ち着いて行ってくれ、荒かった息は寝息に変わっていってくれた。

 とりあえずパニックが引いたのだと安心し、ほっとため息を吐いていると、不意にずっと疑問に思っていた事の答えが見つかった事に気が付いた。


 私がずっと疑問だったのは、お風呂場で私が欲しがっていた言葉を投げかけ、誰かに抱きしめて欲しいと思っているのを分かっているように抱きしめてくれた春翔ちゃんの行動だった。

 でもその疑問をようやく理解できた。

 この子はきっと…私を見て昔の自分を思い出したんだと思う。


 苦しんで…泣き叫んで…優しい言葉が欲しいと嘆いた自分の事を。

 だから誰も救えなかった罪悪感に苦しんでいる私がこんな言葉が欲しいんだと知っていた。

 私が悪夢に悩まされてる人が誰かに抱きしめられると安心できると知っているように。


「君は本当に…悲しい子だね 」


 この子の過去なんて全く知らない。

 けれどこの子の苦しみは理解できてしまった。

 きっとこの子は私と同じように…大事な人を失い、自分だけが助かったと罪悪感を感じ、それが原因で自分を痛め付け、苦しんで…苦しんで…苦しんだんだ。

 それが分かると私の瞳からも涙が溢れ、ギュッと春翔ちゃんを抱きしめる力を強くしてしまった。

 まるで…我が子を抱くように…


 胸に伝わる他人の心音を聞いていると、また意識は心地が良い暗闇に吸い込まれていき、遠い意識の中で暖かな体温を感じていると、自分の心の中の苦しみが少し和らいだような気がした。



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