表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第4話 まだ戻れたはずだった



(やっと着いた )


 長い廊下を進み続け、ようやく訓練部屋を外から覗ける部屋に着くと、訓練部屋の中が見える特別なガラスの向こう側には春翔くんとソライルが何かを話していた。


 外に居るから何を話しているかは分からなかったけど、ため息を吐いた親良が指先で音を鳴らすと、半透明なモニターが私達の前に現れ、訓練部屋の中の音声が私の耳に入って来た。


「つーわけで、『幻想 変異』をする時の致命傷の部位に『核』が生まれるんだ。だから『幻想 変異』をする時は極力敵に見られないようにしろ 」


「分かったけど…『核』が壊されたらどうなるの? 」


「『幻想体』がぶっ壊れるな。まぁ、壊れても半日程度で復活するから大丈夫だが、生身に戻ってしまうから『核』は壊されないようにしろ 」


「そうなんだ 」


 相変わらず話をスルスルと飲み込んでいく春翔くんはソライルに顔を向けると、ソライルは無精髭を右手で触り始め、何か考え事をし始めた。


「えーっと、痛みを感じなくなる、核が壊されない限り幻想体は壊れない、核の出現場所、全部話したよな? 」


「うん 」


「んじゃ次は軽めの実践だ。まぁ自殺になれてねぇだろうから、まずは俺か」


「『幻想 変異』 」


 ソライルの言葉を待たずに春翔くんは右手に持った銃をこめかみに押し当てると、なんの躊躇いもなく引き金を引き、弾丸を発砲音と共に頭に撃ち込んだ。

 すると当然、春翔くんは左向きに倒れ、頭が硬い地面にぶつかる生々しい音が響いたけど、すぐに右こめかみにできた穴を中心に黒いスジが浮かび上がり、それが春翔くんの体に広がっていく。


 黒いスジは瞬く間に春翔くんの全身を包み込むと、左手に刃物、右手にリボルバーが形成され、背中にはカラスの羽とサメの背ビレが生み出され、1つの頭は2つに別れた直後、その黒い全身から人の目が一斉に開いた。


「…凄いな 」


「…期待以上だ 」


 おぞましい幻想体の姿を見た蓮と親良はそう声を漏らしたけど、この次の姿を知っている私は冷静に苦しむような春翔くんを眺めていると、ふいにその闇は凝縮し、その闇は長い白髪の中性的な男性の姿へと成り代わった。


「人型…なのか? 」


「いや、どちらかと言えば特殊よりだろうね 」


 2人は冷静に春翔くんの姿を分析していると、春翔くんはゆっくりと地面から体を起こし、自分の両手を眺め始めた。


「意識はしっかりしてるか? 」


「うん…なんというか…逆に晴れやか 」


「そりゃよかったな。『幻想器』との相性も良さそうだ 」


 私達の仲間の中で、誰も使えなかった22番の幻想器と相性がいいと言われた春翔くんは、過去にどんな体験をし、その過去がどの様にトラウマとなったのだろうかと少し心配していると、ソライルは左腕の袖を上げ、そこに右ポケットから取り出したジッポの油をかけた。


「『幻想 変異』 」


 ソライルはそう言葉を綴ると、押し当てたジッポの火打ち石に腕の肉を巻き込ませて回転させ、散った火花が油に引火した。

 すると油のかかった左腕に簡単に炎は燃え広がり、瞬く間に炎が全身に広がると、赤い炎が触手の様に蠢き始め、ソライルの体は炎の触手を持つ異形型の幻想体に成り代わった。


「ははっ、気持ちわりぃだろ? 」


「うん 」


「おまっ!? そこは嘘でもいいから否定しろよ!! 」


 素直に頷いた春翔くんに、ソライルは面をくらった様に炎の左腕で顔を隠すと、大きなため息を吐いて春翔くんの綺麗な幻想体を眺め始めた。


「まぁあれだ。幻想体はマジで選べねぇものだから、他の奴らにあんまりそういう事は言うな 」


「…? 僕は頷いただけだよ? 」


「はははっ、確かにそうだな! 」


 春翔くんの屁理屈まがいの言葉にソライルは顔を押さえて高笑いすると、ふいにその笑い声を止めた。

 すると辺りには、炎が空気を舐める音だけが漂い始めた。


「さて、能力の自覚はあるか? 」


「…うん、なんとなく 」


「なら全力で俺を殺しに来い。こっちも全力で殺しに行ってやる 」


 その言葉と共にソライルは炎の触手を蠢かせ、口ではそう言っても手加減するつもりなのか、2本だけの触手を春翔くんへ光速で伸ばすが、その触手が春翔くんに到達することはなく、なんの予備動作をなく消し飛び、その見えない何かはソライルの右腕も消し飛ばしていた。


「………っ!? 」


 遅れて身の危険を感じたソライルはすぐさま左腕を庇うように横に飛んだけど、春翔くんが右足を力強く踏み込むと、訓練部屋の中の地面に一斉にヒビが走り、ソライルの体勢が大きく崩れた。


「うぉっ!? 」


 すると目に見えないほどの何かが春翔くんの周りから射出され、その目で追えない何かがソライルの炎の体を穴だらけにし、左腕を肘から消し飛ばした。


「あっ…やべ」


 そんな腑抜けた声をソライルが口にした瞬間、ソライルの炎の体にヒビが走り、幻想体が崩れ元のソライルの姿に戻ってしまった。


「ストップ! ストップ!! 俺が死ぬ!!! 」


「…そう 」


 幻想体が壊れたソライルは手を振り下ろそうとする春翔くんに必死に訴えると、春翔くんはそっと上げた手を下ろし、少し疲れたようにため息を吐いた。


「いやー、手も足も出ねぇとは思わなかったぞ。お前強いな 」


「そうなんだ 」


 何処か虚しそうな顔をする春翔くんは自分の両手をぼんやりと見つめていると、ふと何かを疑問に思うようにソライルに顔を向けた。


「ねぇ、僕って今どんな姿をしてるの? 」


「んっ? 黒いドレス着て可愛らしい顔をしてんぞ? 」


「そう…なんだ 」


 褒められたのにも関わらず、春翔くんは何処か残念そうに呟き、苦しみに耐える様に手の平をギュッと握りしめた。

 そんな姿を見て、強い力に特別な幻想体をあ使えるのに、どうしてそんなに辛そうな顔をしているのかとまだ会って間もないのに心配になって来てしまう。


「あーあー、聞こえてるかい? 」


 そんな心配を他所に、親良は新たに出したモニターを顔に近付け、訓練部屋の中にいる春翔くん達にそう呼びかけた。


「うん、何? 」


「君の実力を測らせて貰ったのだがね、君は私達の中で2番目に強いと言っていい程だ 」


「…そう 」


「だからこれからも、いや、これから君は『反逆者(レブル)』の一員だ。よろしく頼むよ 」


「うん…こっちこそよろしく 」


 急な話に驚くことも喜ぶことも無い春翔くんは、ぼんやりと辺りを見渡すと、ふと疑問に思うように天井を見上げた。


「そういえば『反逆者(レブル)』って何をするの? 」


「それは明日話そう。君は君が思っている以上に疲弊しているからね、今日はゆっくり休みたまえ 」


「………うん 」


 春翔くんはその話だけは納得いかなそうに幻想体の顔を歪めたけど、また何かが引っかかった様に天井を見上げた。


「そういえば元に戻るにはどうしたらいいの? 」


「ふむ、元の姿に戻りたいと強く願いたまえ、そうすれば簡単に戻れるものさ 」


「分かった 」


 相変わらず話を飲み込むのが早い春翔くんはすぐに目を閉じると、その幻想体に纏っているドレスが闇となって体を包み込み、その闇は元の春翔くんの姿に変わったけど、元の姿に戻った春翔くんは自分の右のこめかみを指先で触り始めた。


「…本当に治るんだね 」


「いや、治らねぇと死ぬだろうが 」


「………死ねばよかったのに 」


 ソライルの言葉に春翔くんは小さくそう呟いたけど、ソライルは砕けた地面から立ち上がり、春翔くんに近付いて大きな右手を小さな頭の上に乗せた。


「まぁなんだ、あんまり思っててもそういうのは口にすんな 」


「…分かった? 」


 首を傾げながらも頷く春翔くんにソライルはにっこりと笑みを返すと、でこぼこになった訓練部屋を後にする様に、春翔くんの腕を引きながら出ていってしまった。


「さて…2人に聞きたいことがある 」


 春翔くんが出ていってからそう言った親良に顔を向け、その聞きたいことやらを頭に入れる準備をすると、親良は一呼吸置いてこう質問して来た。


「春翔君の力を見て、どう思った? 」


「えっと、親良が言った通り、私達の中で2番目に強いかもしれないけど…人を助ける部類の力ではないと思う 」


「それには俺も同感だ。後、範囲が広すぎるから、連携とかにも向いてねぇな 」


「ふむ、やはりそう考えるのが普通か 」


 顎に手を当てて何かを考える親良の横顔をじっと眺めていると、親良は私の目線に気が付いた様に私に顔を向け、何処か気を使うような笑みを浮かべてくれた。


「まぁ、あんな子を見つけて来てくれた天羽に感謝だね。取り敢えず今日は休みたまえ、疲れているだろう? 」


「…ありがとう親良。それじゃあお風呂に入ってくる 」


「ふむ、ゆっくり浸かるんだよ 」


「うん 」


 気を使ってくれた親良に笑みを返し、2人を置いてお風呂場に向かうためにこの部屋から出ていく。

 窓もない廊下を歩いているせいで時間の感覚がよく分からないけど、自分の右手に付けた腕時計を見ると、その短針は6を越えていた。


(…もうこんな時間なんだ )


 早くお風呂に入らなければソライルや蓮が入る時間が短くなってしまうと焦り、慌てて小走りで自分の部屋に行き、着替えの下着とタオルを服を取ってお風呂場に走る。


 ご丁寧にのれんが掛けられている風呂場の中に入り、せっかく買って貰った服が伸びないようにそっと服を脱ぐと、意外にも汗がかいており、服からは少し嫌な匂いがした。


「…洗濯しなきゃ 」


 履いているジーンズもそっと脱ぎ、それらを畳んでから脱いだ白いブラジャーとパンツを置いてタオルで前を隠し、ポケットの中に入れていた私の『幻想器』を握りしめて、私用(わたしよう)の洗濯機に足を運ぶ。

 畳んだ服をそっと洗濯機の中に入れて、すすぎボタンを押して、洗濯機が回り始めた事をしっかりと確認してからお風呂に向かう。


 曇りガラスが貼られた扉を開けると、生暖かく湿っぽい空気が肌を叩き、銭湯の様な匂いがするお風呂場の中に足を運び入れる。


「…はぁ 」


 湿気で息苦しい空気の中でため息を吐き、シャワーの前に置いてあるプラスチックの椅子に座り、少し熱いシャワーのお湯を頭から被る。


 とても心地がいい。

 けれどそれとは正反対に心は酷く冷たく、心の形を無理やり変えられている様に胸が苦しい。


「……… 」


 ゆっくりと折りたたみナイフ型の『幻想器』から刃を立て、それをお湯が伝う自分の傷だらけの左腕に押し当て、ゆっくりと刃を横にスライドさせる。


「っう 」


 頭の裏を刺激するような痛みが体を襲い、口元が歪んでしまうが、その痛みに耐えながらまた刃を手首に当て、もう一度、痛みが増すようにゆっくりと刃をスライドさせる。


「っう…痛い、な 」


 痛い。


 私は痛みが好きな訳じゃない。


 誰も好きでこうしている訳じゃない。

 けれどただ、力を持っているにも関わらず、誰も救えなかった私には…相応しい痛みだ。


 そんな事を考えていると、涙が出てきた。

 辛い訳じゃない。

 けど、胸が締め付けられる様な感覚が涙を溢れさせる。


「なんで私は…君みたいになれないんだろう 」


 涙を流しながらもう居ない君に言葉を投げると、後ろから扉がゆっくり開く音が聞こえた。

 誰かに今泣いてるを見られたら絶対に何か聞かれてしまうと焦り、慌ててシャワーのお湯で涙を洗い流し、後ろに顔を向ける。

 するとそこには…タオルで前を隠す春翔…くんが!?


「ちょちょちょ! なんで居るの!? 」


「うん? ただ天羽さんが入るのが見えたから 」


「尚更なんで!? 」


「…? 僕女の子だし 」


「…えっ? 」


「ほら 」


 春翔くんは前を隠すタオルの下側をペロリと捲り、私に股を見せ付けてきたけど、そこには男性にはあるハズの物は何も無かった。


「えっ…君女の子だったの? 」


「うん…よく勘違いされる 」


「あっ、そ、そうなんだ。ごめんね、変に驚いちゃって 」


「それは別にいいけど…左腕どうしたの? 」


「っ!? 」


 急にそう聞いてきた春翔くんの言葉に驚き、反射的に水を赤く染める左腕を春翔くんからは見えない様に隠してしまった。


「えっと…これは」


「自分でしたの? 」


「えっ…う、うん 」


 このままだと絶対に変な人だと思われてしまうのに、何故かバカ正直に答えてしまい、時を戻せるなら戻したいとまで思ってしまっていると、春翔くんは何故か前を隠しているタオルを落とした。


「僕達…似てるね 」


「っう!? 」


 タオルで隠されていた春翔くんの胸部を見た瞬間、顔から一気に血の気が引いてしまった。


 春翔くんの胸部には無数の刺された跡のようなものが無数に広がっており、その跡は赤く膨れ、痛々しい傷跡が胸部を覆い尽くしていた。


「ちょっ!! どうしたのそれ!? 」


「自分で刺したの 」


「っ!! 」


 そんな私の傷が小さく見えるほどの傷跡に絶句してしまい、シャワーが響く音だけがお風呂場に響き渡る。


 言葉が出せず、ただ春翔くんの痛々しい傷跡を憐れむように見つめて続けていると、春翔くんは急に私に体を近付け、ギュッと私を抱き締めてきた。


「えちょっ! なにして」


「辛かったんだね 」


 ただそれだけの言葉だった。

 それだけの言葉だったのに…それが心に突き刺さり、得体の知れない光が胸の中に差し込まれた様な気がしてならない。


「嫌いなんだね、自分が 」


「…やめて 」


「苦しいんだね 」


「お願い… 」


「痛いんだよね 」


「やめて!! 」


 心に差し込まれていく光を振り払う様に声を張り上げ、抱きついてくる春翔くんを細い肩を掴んで引き剥がし、赤い2つの目を潤んだ視界で睨み付ける。


「私に寄り添わないで!! 私に…そんな価値は無いの!! 」


 得体の知れない優しさに耐えきれず、自分の本音を怒鳴るように叫んでしまった。


「だからお願い…なにも言わないで 」


 けれど叫んだ途端に少し冷静になってしまい、次に何をいえばいいか分からずにその場から逃げようとするが、また体に抱きつかれ、逃げれなくなってしまった。


「いや…絶対に寄り添う 」


「…なんで? まだ会って間もない人に…なんで君はそんなに構うの? 」


「…分かんない。でも、絶対に離したくない…だから離れないで、逃げないで、僕の声を…聞いて 」


 そんな涙ぐむ様な声にこっちまで両目から涙が溢れてしまい、静かにそれに頷いてしまった。


「独りぼっちだったんだね 」


「…うん 」


「悔しかったんだね 」


「…うん 」


「自分が嫌いだったんだね 」


「…うん 」


 春翔くんがいう言葉は、全て言葉足らずだった。

 でも、それでも何故か、心に空いていた穴が1つ1つ丁寧に埋められていく様な気分で…それがとても心地が良くて…それがとても怖い。

 けれど…安心できてしまう。


「どうして君は…私の心の中を知ってる風なの? 」


「…? さっき言ったじゃん…僕達、似てるねって 」


 その言葉足らずの言葉に、少し納得がいってしまった。

 自分を痛め付けた無数の傷跡。

 私の苦しみを分かっている様な言葉。

 そして…この苦しみからの救い方を知っていること。


 この子にはきっと、人生を変えるほどの幸福をくれた人が居たんだろうな。

 そう考えると何故か心底安心してしまい、自分からもギュッと春翔くんを抱き締めてしまう。


「ごめん…ね、しばらく…泣いてもいい? 」


「うん… 」


 その一言で涙が洪水の様に溢れ、ただ会って間もないのに女の子の腕の中で、永遠と泣き続けてしまった。



◆◆◆



「えっと…ごめんね。私女の子らしい服をあんまり持ってないの 」


「うんん、大丈夫。僕も女の子らしい服を着ないから 」


 着替えが無く、私が貸した青いジーンズと夏用の灰色のニットを着た春翔くんはゆっくりと地面から立ち上がった。

 立ち上がった春翔くんの服はサイズがあっていないようによれていて、普通の人よりも細い私よりも痩せている春翔くんの食生活が少し心配になってしまう。


「ねぇ、普段お肉とか食べてるの? 」


「うんん、お肉食べると吐いちゃうから食べない 」


「そ、そうなんだ 」


 真顔で吐くと言った春翔くんを見て、世の中にお肉が嫌いな人って居るんだと少し驚いていると、食べ物の話をしたからか、私のお腹が空腹を訴える様に音を鳴らしてしまった。


「えっと…ご飯食べに行こっか! 春翔くんもお腹空いてるでしょ!? 」


「…うん 」


 小さく頷いた春翔くんの手を引き、自分の部屋から出て食堂に向けて足を進めていると、ふと疑問に思う事があった。


「ねぇ春翔くん 」


「なに? 」


「私達って…まだ会って間もないよね? 」


「うん 」


「いや…うん、そうだよね 」


 散々春翔くんの腕の中で泣いてしまったけど、普通なら女性から急に抱き着かれれば拒絶するし、優しい言葉をかけられても警戒するというか…見知らぬ人にそんな事を言われても心に響かないのが普通なはずだ。

 けれど何故か春翔くんの言葉は心に響き、散々泣いてしまった。

 それが何故なのかが全く分からない。


「えっと…春翔くんはさ、普段見知らぬ人に声をかけたりするの? 」


「しないよ 」


「えっ…じゃあなんで私にあんな事…してくれたの? 」


「………鏡を見てるみたいだったから 」


「鏡? 」


 私の問いに春翔くんは頷きを返したけど、どうやらそれが答えだったらしく、会話はそこで終わってしまった。


(…鏡? 似ているって事…なのかな? )


 いくら悩んでも出てこない答えを探し続けるけど、そんな事を永遠と考えているうちに、みんなの声がする食堂へと着いてしまった。

 みんなが1つのテーブルに座っている食堂の中を覗き込むと、みんなは一足先にご飯を食べており、オムライスのケチャップを口周りにベッタリと付けた親良と目線があってしまった。


「おや、天羽が遅刻とは珍しいじゃないか 」


「うん、ちょっとね。というか口元を拭いたら? 」


「あぁ、これは失敬 」


 畳まれた白いナフキンで口周りを一生懸命拭く親良は、小さな身長も相まってまるで子供のようだけど、それを口にしてしまって1ヶ月くらい口を聞いて貰えなかった事を思い出し、慌てて出かかった言葉を飲み込むと、オムライスを食べている貞香は私に声をかけて来た。


「というか、新人は大丈夫なの? ここ広いから迷子にでもなってるんじゃない? 」


「あっ、春翔くんなら」


「呼んだ? 」


 私の後ろからひょっこりと顔を出した春翔くんに貞香はバツが悪そうな顔をしたけど、なんだかんだ言って春翔くんを心配している貞香は、いつも通りの優しい貞香だった。


 そんな貞香を見て安心していると、今度はその隣にいるソライルが私に声をかけて来た。


「おぉ、じゃあ迷子になってたのを捕まえたのか? 」


「いや…それは」


「一緒にお風呂入ってたの 」


「「ブーっ!? 」」


 春翔くんの言葉に合わせて、ほぼ同時にソライルと貞香は吹き出してしまった。


「おまっ! もうそんな関係なのかお前ら!? 」


「天羽!? あんたそんなに男に飢えてるわけ!? 」


「いや誤解だよ? 春翔くんは」


 『まぁ勘違いしてたらその結果に至るよね』と思いながら、2人の誤解を訂正しようとすると、春翔くんは私の隣を横切ってソライルと貞香の間に割って入り、貞香の右手を、ソライルの左手を掴み、掴んだ左手を胸に、右手を股に押し付けた。


「僕女の子だよ 」


「なっ、なっ! 何してんのよこの痴女!! 」


(えぇ… )


 女性に対しての最大限の罵倒をした貞香に少し困惑していると、貞香に首を傾ける春翔くんの胸からソライルは手を離し、真剣な顔つきで春翔くんを見つめ始めた。


「なぁ春翔 」


「なに? 」


「もう少し恥じらいながらやってくれ、そしたら相当そそるから 」


「この変態!! 」


「うぼぁ!!! 」


 急に自分の性癖を暴露したソライルの横腹に貞香の左手の手刀がクリーンヒットすると、ソライルは横腹を抑えて悶え始めた。


「あんたも気安く胸を触らせるんじゃないわよ! もう少し恥じらいを覚えなさい!! 」


「…? 分かった 」


 あまり納得が言っていない様な顔をする春翔くんを見て、この子は相当世間知らずなのか天然なのかと考えていると、並んだ食器が一瞬浮いたレベルで机が叩きつけられた。


「てめぇら黙って食えねぇのか? 」


「スミマセンデシタ 」


「ふんっ、こいつらが悪いのよ 」


「ごめんなさい? 」


 かなり機嫌が悪そうな蓮の言葉に、ソライルはカタコトで、貞香は言い訳を、春翔くんはよく分かってなさそうに返事を返した。

 すると蓮はため息を吐き、怒鳴った事を反省するように顔を右手でクシャクシャにすると、スプーンを置いて空いている席を左手で指さした。


「ほら、天羽も春翔もとっとと食え 」


「うん、ありがとう蓮 」


「あぁ 」


 料理を作ってくれた蓮にお礼をし、ぼーっと立っている春翔くんに手招きをし、2人分の椅子を引いてオムライスが並べられている席を引いて座ると、私の隣にちょこんと春翔くんは座った。


「僕…食べていいの? 」


「うん、蓮が作ったご飯はみんな美味しいよ 」


「そう…なんだ 」


 その美味しいという単語に何故か春翔くんは悲しそうな顔をしたけど、すぐに手を合わせて静かに『頂きます』と呟くと、真っ先にフォークでサラダを食べ始めた。


 野菜をむしゃむしゃと食べる横目に見ながら私も手を合わせ、スプーンを使ってオムライスを口に運ぶと、スパイシーなチキンライスと卵の優しい味が口の中に広がってとても美味しい。

 そんな幸せな味を噛み締めていると、ふと心の中に影が生まれたような気分になり、こう考えてしまった。


(この味も…死んだら味わえなくなるんだな )


 私達は名前も知らない、面識もない人達の為に寿命を削って戦っている。

 これに意味があるのだろうか。

 私が死んだら誰が私を覚えていてくれるのだろうか。

 私が居なくなったら…

 私の寿命が尽きたら…

 私の思いを…誰が受け継いで…


「ねぇ…これ食べて 」


「んっ!? 」


 そんな暗い想いを遮るように伸ばされたスプーンを反射的に咥えてしまい、口の中に入ったものを噛んでみると、塩コショウで丁寧に下味が付けられた鶏肉の味が口の中に広がった。


「あっ、お肉食べれないんだったね 」


「うん 」


 ついさっき聞いた事を思い出し、春翔くんのオムライスに目を向けてみると、そこにはぐちゃぐちゃのオムライスがあり、その中から丁寧に鶏肉が掘り出されていた。

 それを1つ1つフォークを突き刺して食べていると、後ろから殺気の様なものを感じ、慌てて後ろを振り返ると、鬼の形相という言葉が相応しい顔をした蓮の顔があった。


「何してんだ? 」


「…? お肉食べれないから食べてもらってる 」


「お前…肉が食えないのか? 」


「うん、絶対に吐いちゃうから 」


「…そうか 」


 殺気立った蓮の圧を気にしてないように春翔くんはそう言うと、蓮は殺気立ったまま食卓から出ていってしまった。


「…怒らせちゃった? 」


「うーん…最近蓮は少し怒りっぽいだけだから、あんまり気にしなくていいよ 」


「そうなんだ 」


 気にしなくていいと言った瞬間に春翔くんの顔から申し訳なさは消え、またサラダをむしゃむしゃと食べ始めた。

 そんな姿を見て、この子の友達はかなり苦労してたんじゃないかと身勝手ながら思っていると、後ろから蓮の足音が私達の方に近付き、蓮は春翔くんの隣にスクランブルエッグが盛り付けられたお皿を置いた。


「これでも食ってろ 」


「ありがとう? 」


 そう言えば蓮は元医者で、栄養学にも精通しているから、お肉を食べれない春翔くんを気にしてたんだなと分かり、穴だらけの胸の中に温かさを感じていると、春翔くんはふと何かを思った様な顔をして私に顔を近付けて来た。


「ねぇ…今日の夜、一緒に寝てもらってもいい? 」


「うん、良いよ 」


「ありがとう 」


(………んっ? )


 反射的に良いよと言ってしまったけど、よくよく考えればそれはとても恥ずかしい事だった。

 私はもう成人してるし、というかお互いの事をよく知らない仲だし、ダメ出しにさっき腕の中で散々泣いてしまったっし。


 一緒に寝て冷静で居られる様な条件は何1つ揃っていない状況に焦ってしまうけど、もう自分で言ってしまった事だからと心に区切りを付け、今は美味しいご飯が冷めないうちに食べてしまおうと、食事を口に運ぶスピードを早くした。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ