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第3話 愚かな決断



「…んっ? 」


 暗い視界の中に微かな動きを感じ、なんだろうと思いながらゆっくりと目を開けると、そこにはとても長い黒髪をした人形のような女の子が僕の顔を心配そうに覗き込んでいるのが見えた。


「あっ…ごめん、起こしちゃった? 」


「あっ…いえ…大丈夫です? 」


 何処か見た事がある女性の突然の謝罪に、なんと言っていいか分からず、何故か疑問形で言葉を返してしまった。


 首を心配そうに傾げる女性の綺麗な顔から目を離し、体をゆっくりと起こして辺りをぐるりと見渡してみると、白い殺風景な一室に自分は居て、壁にくっ付いているふかふかのベットに寝ていると理解できた。

 けれどこんな部屋を見た事が無いため、少し心音が早くなってしまう。


「あの…ここは何処ですか? 」


「ここは…うんん、それより君はどこまで覚えてる? 」


「どこ…まで? 」


 突然の質問にまたも疑問形で返してしまうと、頭の奥に鈍い痛みが走り、その痛みを抑えるために頭を両手で抑えていると、頭の中の映像に赤い肉の化け物が映し出された。


「っ!? 」


「大丈夫? ゆっくりでいいから…今日のことを思い出してみて 」


 女性の細い指で背中を優しく摩られ、それに気持ち良さを感じながら頭の中のボヤける映像を眺め続けていると、またも頭が痛み、映像が切り替わった。

 その映像に映ったのは…七星と七星のおじいちゃんの生首だった。


「ひっ!? 」


 その光景の恐ろしさに体が跳ね、鼓動が速まり、息を荒くなってしまうけど、その苦痛よりもある事が強く疑問に思ってしまう。


「あの…曙希は? 僕と一緒にいた、ポニーテールの女の子はどこに居ますか? 」


「っ!! 」


 僕の質問に女性は顔を曇らせ、何も喋らない。

 女性の何かを隠す様な顔に嫌な予感がし、何も聞けずに黙り込んでいると、またも頭に鈍い痛みが走り、ある映像が映し出された。

 とても綺麗で儚い曙希の笑顔と、それを押し潰した巨大な瓦礫。

 そして僕に伸ばされた綺麗な腕。

 その根元に曙希の体は無い。


「うっ!! 」


 何かを拒絶する様に胃が縮み、口の中に生暖かい何かが込み上げ、それを抑えようと口を両手で塞ぐが耐えきれず、口から生暖かい物が溢れてしまう。


「ちょっ!! 大丈夫!? 」


 苦い様な酸っぱいような味が口いっぱいに広がり、喉と胃に絞られる様な痛みを感じていると、両手が震え始め、記憶が揺さぶられる。


「なんで…僕だけ…いつもうっ!! 」


 またも胃が絞られ、もう吐くものなんて無いはずなのに胃から苦いものが込み上げ、またも白いベットを汚してしまう。


「はぁ…はぁ… 」


 けれど吐き気と苦痛は治まらず、頭は殴られるように揺れ続け、息が荒いせいか頭と視界がボヤけていく。


「僕は…僕は… 」


 苦しみを紛らわすためにゲロまみれの両手の爪を頬に突き立てると、鋭い痛みが頭に走り、爪の隙間に皮膚が入り込んでいく。


「ちょっ、何して!? 」


 引っ掻いた場所が痛い。

 爪の中に異物が入り気持ちが悪い。

 けれどその痛みと違和感が僕には相応しい。


 僕は助かる人間じゃない。

 僕は生きる人間じゃない。

 死んでしまえ。

 消えてしまえ。

 僕なんて…僕なんて…


「しっかりして!! 」


 両手を華奢な指で抑えられた。

 邪魔しないで。

 僕は(こいつ)を殺さなきゃいけないんだ。

 だから僕の手を掴む手を振りほどき、ゲロまみれの両手で今度は首に爪を突き立てようとしたが、それよりも速く柔らかい何かに顔を押し付けられた。


「自分を傷付けてもどうしようもないの。だからお願い…そんな事やめて 」


 何故かそんな優しい言葉を送ってくれる女性に思考が止まってしまう。

 僕達は初対面なはずだし、お互いの事をよく知らない。

 なのにどうしてこの人は…曙希と同じ事を言ってくれるんだろう。


 それが嬉しくて…それが悲しくて…女性の背中の服をゲロまみれの両手で強く握りしめ、柔らかい胸の中で嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

 けれど後悔と憂鬱と怒りは治まらず、暗くて狭い場所で荒い息を続けていると、現実に意識を繋ぎ止める糸が切れ、意識は暗闇に落ちていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ 」


 ベットで寝る名前を知らない男の顔についた爪痕を軽く濡らしたハンカチで拭いてあげる。


 男の子が気絶してから急いで医療の知識がある『(れん)』に見せたけど、ただの過呼吸による失神だと言われた。

 

 蓮は男の子を身体を拭いて病衣に着替えさせたから、後は自傷行為をしないように縛り付けると言ったけど、それは逆にパニックになるんじゃないかと慌てて提案すると、んじゃ起きるまで見てろと言われてしまった。

 だから街の防衛にも行かずに、色々と謎な男の子の寝顔を見続けて3時間、一向に男の子は起きる気配がない。


(この子にとってあの子は…そんなに大切な人だったんだね )


 曙希という女の子の事は全く知らないけど、男の子のあの後悔に満ちた顔を見るに、男の子にとっては相当大切な人だったんだろうと理解できる。

 だからこそ、その子も救えなかった自分の無力さが憎い。


 話に聞いた限りでは、『処刑人(エクスキューソナー)』の襲撃で少なくとも100人は死んだらしい。

 あの場に居た無力な人達を守れるのは私だけだった。

 なのに…なのに…


(どうして誰も救えなかったの? )


 悔しさで手に力が入る。

 爪が皮膚に突き刺さり、痛みが頭の中に走る。

 けれど…私にはきっと…その痛みが()()()()


 こんな私に相応しい痛みをもっと感じようと、右手に爪を突き立て続けていると、ふと、男の子の2つの赤い目と目が合ってしまった。


「あっ…起きたんだね 」


 慌てて右手の力を緩め、目が覚めた男の子に声をかけると、男の子はゆっくりと細い体を起こし、何か信じられないものを見るように自分の両手を眺め始めた。


「なんで…生きてるの? 僕は岩に潰されて… 」


「それは…うんん、それより合わせたい人が居るの。立てる? 」


 あの事を説明するにはまだ心の整理がついていないだろうと思い、取り敢えずそう声をかけると、男の子は小さく頷きながら細い足を布団から出し、ゆっくりとベットから立ち上がろうとしたけど、ガクリと足から力が抜け、倒れそうになってしまった。


「うわっ!? 」


「っと。大丈夫? 」


「う…うん 」


 そんな男の子の体を両手で支えるけど、男の子の体は異様と言っていいほど軽く、少し鍛えている私が力を入れれば簡単に折れそうな腕をしていた。


(普段…何食べてるんだろ? )


 そんな事を思いながら男の子の右腕を肩に回し、病人に連れ添う様にしながら扉のドアに近付いてドアノブを右手で倒し、ロックが外れたドアを足で勢いよく開けると、ドアの向こうに誰か居たのか、小さな悲鳴がドアの向こうから帰って来た。


「ふにゃあ!? 」


「あっ、ごめん『貞香(さだか)』 」


「ゴメンじゃないわよ! なに!? 狙ったわけ!? 」


「いや、そんな訳ないじゃん 」


 犬のように突っかかって来る金髪の青い目をした貞香に謝るけど、貞香はふわふわのツインテールを揺らしながらそっぽを向いた。

 そんな貞香になんと謝っていいか分からずに困っていると、貞香は急に顔を私の隣に向け、不機嫌そうな目で男の子を睨み始めた。


「何よ、なんか言いたい事があるわけ? 」


「…誰? 」


 そりゃあ見た事もない場所で急に絡まれたらそう疑問に思うよなと考え、どう貞香の事を説明しようかと思っていると、貞香は青い目を不機嫌そうに細めた。


「ふんっ、記憶を消されるかもしれない奴に自己紹介なんてするもんですか 」


「ちょっ、貞香!! 」


「えっ? 」


 突然そんなことを言えば誰でも困惑するだろうと思い、すぐさま男の子の顔を見ると、その顔は当然困惑しており、何かに怯えているようにも見えた。


「えっ? 記憶? 」


「貞香! 誤解させる様な言い方はやめて 」


「はっ、その子が望まなければ記憶を消されるだけ。それに誤解も何もないでしょう? 」


 不安を煽る様な貞香の言葉に当然男の子の顔は青くなっていき、その赤い目には涙が溜まっていく。

 けれどあながちその言い分も間違いでは無いため、なんと弁明すればいいか分からないでいると、その金髪の髪を覆うような巨大な男の手が貞香の頭の上に乗った。


「おいおい、あんまり新人を怖がらせてんじゃねぇよ 」


 突如音も気配もなく現れた手に驚きながらその手が伸びる方に顔を向けると、そこには無精髭を顎に生やした黒髪の『ソライル』が貞香に緑色の目を向けていた。


 急に現れたソライルの姿に、かなり『幻想 変異』を酷使したんだなと悲しみを覚えていると、貞香はソライルの大きな手を払い除け、綺麗な青い目を不機嫌そうにソライルに向けた。


「何よあんた! 私をなんだと思ってるわけ!? 」


「んー、全然懐かねぇ犬 」


「なっ!! 」


 少し悩んで出したソライルの答えに貞香は怒り、ソライルのお腹に右拳を打ち込んだけど、相当鍛えてるソライルの腹筋が硬すぎたのか、逆に貞香は手首を痛そうに抑えた。


「いっつ… 」


「ちょ、大丈夫か? 」


「うっ、うるさいわねぇ! 誰のせいだと思ってんの!! 」


 手首を抑えて痛がる貞香にソライルは心配そうに言葉を投げたけど、それがまた気に触ったのか、貞香は今度は利き腕の左手でソライルの鳩尾に拳を打ち込んだ。


「おぐふっ!? 」


「ふんっ 」


 お腹を抑えて痛がるソライルに貞香は背を向けると、そのまま広い廊下を歩いていってしまった。


「…大丈夫? 」


「お、おう 」


 前のめりになりながらお腹を摩るソライルはゆっくりと体を伸ばすと、緑色の目を私の隣に向けた。

 それにつられて私も隣を見ると、そこには静かに涙を流す男の子の姿があった。


「うわちょ!? 大丈夫!? 」


「僕の記憶…消されるの? 」


「いやそんな事はしないから!! ねっ!ソライル! 」


「お、おう! そんな事しねぇからさっさと泣きやめって!! 」


 急に泣き始めた男の子をどうしていいか分からず、2人で軽くパニックになっていると、カラカラと車輪を回すような音が近付いて来ている事に気が付いた。


「何をしているのかと思えば…そんなところで道草を食っていたのか 」


 聞き覚えのある声に急いでそちらに顔を向けると、そこには車椅子を自分の手で回すメガネを掛けた小さな女性、『親良(しんら)』がこちらにやって来ていた。


「あっ、親良! ちょうどいい所に! 」


「むっ、なんで泣いているんだ? もしや貞香が何か余計な事を言ったのかい? 」


「う、うん、そんなところ 」


「まぁ知らないところで目が覚めて知らない人間達に囲まれていれば誰でも不安になるだろう。という訳で自己紹介だ。私は親良、よろしくね 」


「よっ、よろしくお願いします? 」


 伸ばされた親良の小さな手を男の子は涙を拭って細い手で優しく握った。

 すると親良は顔を歪め、何処か遠くを見るような赤い目で男の子の事を見つめ続けた。


「あの…どうかしました? 」


「んっ? すまないね、少々考え事をしていたよ。それで君の名前は? 」


「あっ…春翔です 」


「そうかそうか、それでは春翔君。色々と気になる事があると思うが取り敢えず着いてきてくれたまえ 」


「は、はい 」


 親良は車椅子の右側にブレーキを掛けて左の車輪だけを回して方向転換し、薄い青色の髪を軽く揺らしながら廊下を進み始めるが、隣にいるソライルが親良の後ろに付き、車椅子の後ろ側に手を置いた。


「俺が押してやる。何処まで行けばいい? 」


「むっ、悪いね。それでは私の部屋まで押してくれ 」


「あいよ 」


 せっせと廊下を進んで行く2人に着いていく様に、春翔くんの小さな足幅に合わせて、代わり映えのない廊下を永遠と歩いていると、少し遠くにいる2人は他のドアとは違う、いかにも近代的なドアに入っていった。

 けれど焦る必要も無いため、ゆっくりと春翔くんと一緒に歩いて親良達が入っていったドアに近付くと、そのドアは勝手に開き、長いテーブルが置かれた親良の部屋が目に飛び込んできた。


「やぁ、さっきぶりだね。適当な椅子に座ってくれたまえ 」


「あっ…はい 」


 春翔くんは戸惑いながらも私から体を離し、ゆっくりと部屋の中に入ると、親良から見て、右斜め前の椅子に座った。


天羽(あまは)も入りたまえ、これは私達全員に関わりがある話だからね 」


「…はい 」


 その言葉に押されるように部屋の中に入ると、扉のすぐ横に貞香とソライルが立っている事に気が付き、その反対側に医務室から滅多に出てこないはずの茶色の髪の毛をした蓮までもが立っていた。


「すまないね、こんな取り囲む様な感じにしてしまって。取り敢えずこれでも飲んで落ち着いてくれたまえ 」


 親良はテーブルの上に置いてあるポットからカップに湯気が出る紅茶を注ぎ、上半身を無理に伸ばしながら春翔くんの前に紅茶を差し出したが、春翔くんはそれに手を出さず、ガチガチに体を固めていた。


「毒なんて入っていないよ。自家製の紅茶だからね 」


「毒!? 」


 あまりの緊張で1部分しか話が耳に入って居ないのか春翔くんは肩を跳ねさせると、親良は心外そうに眉を歪めた。


「むっ、今のはジョークなつもりだったんだかね。逆に緊張させてしまったかい? 」


「い、いえ…大丈夫…です 」


 そう口では言うものの、春翔くんはやはり緊張している様に肩を震わせ続けている。

 そんな春翔くんに親良はやれやれとため息を吐くと、ピリッと辺りの空気が乾いた。


「さて…申し訳ないが君の緊張が解けるのを待つほど私達は暇じゃない。早速本題に入ろう 」


「ほん…だい? 」


「そうだ。まず初めに聞くが、君は何故この世で災害が起こると思う? 」


「えっ? プレートがズレたり…海の水が蒸発したり? 」


「違う、世界が人間を愛していないからだ 」


 早速真実を切り出した親良の言葉に、春翔くんは困惑している様に目を白黒させている。

 それも当然だ。

 一般人にこんな事言っても、理解されるはずがない。


「すみません…僕、宗教とかに詳しくなくて 」


「いいや、これは作り話とは違う真実だ 」


 押し付ける様に言葉を綴る親良に春翔くんはやはり困った顔をした。


「世界が…いや、この星が人類の存命を許していない。そう言った方が正しいかな? 」


 そんな説明だと更に春翔くんは困惑しないだろうかと遠目で心配していたけど、何故か春翔くんは納得したように頷いた。


「えっと…仮にそうだとしたら、貴方達はなんなんですか? 」


「私達かい? 私達はその星の意思に逆らう者、『反逆者(レブル)』という集団さ。ちなみに君は肉の化け物に出会っただろう? あれは『処刑人(エクスキューソナー)』という世界の意思に従って人類を滅ぼそうとする集団の1人だ 」


 その言葉で春翔くんは嫌な事を思い出したのか、息を荒くし始め、胃から何かが込み上げたように頬を膨らませたが、それを自力で飲み込み、テーブルの上に置かれた紅茶を一気に飲み干した。


「はぁ…はぁ…それじゃあ貴方達は…人類の味方? 」


「あぁそうとも。世界の意志に抗い、世界の意志を殺そうとする者だ 」


「………じゃあどうやったら貴方達の仲間に入れるの? 」


(えっ? )


 異様に話の飲み込みが早い春翔くんの態度に内心混乱してしまうが、親良も私と同じように混乱しているのか整った眉を歪めた。


「それは些か早計では無いかな? 私はまだ敵と真実しか話していないのだが 」


「じゃあ知ってる事を全部教えて 」


 食い気味に話す春翔くんに親良はまたも眉を歪めたけど、その顔はすぐに笑みに変わり、春翔くんを見る2つの赤い目は好奇心を物語っていた。


「ふむ、それじゃあ次は『幻想体』に着いて話そうか 」


「『幻想体』? 」


「そうだね、まずこれに見覚えはあるだろう? 」


 そう言って親良は車椅子のポケットから黒い銃を取り出し、それを机の上に置いた。

 すると春翔くんは何かに気が付いた様に私の方に顔を向けて来た。


「よく覚えているね。今君が思った通り、これは君を撃った銃だ 」


「あれ…じゃあなんで僕は生きてるの? 」


「それを説明しよう。まず、この銃は『幻想器』と言う特別な武器なんだ。『幻想器』にはそれぞれ力が入っていて、その力の種類は23種類 」


「なんか…タロットみたい 」


「その通り。この『幻想器』にはそれぞれタロットの力が入っているんだ 」


「えっと…『The Fool(愚者)』とか『The World(世界)』とか? 」


「よく知っているね 」


 話をスルスルと飲み込んでいく春翔くんに違和感を感じてしまうのは必然と言えば必然だった。

 上手く言えないけど、まるでこの時を待っていたような。

 けれどそんな事を思う私を置いて、2人はどんどん話を進めていく。


「とまぁ、タロットの力が入った『幻想器』なんだが、これである事をすると君が見た化け物の姿、『幻想体』に姿を変わる事ができる 」


「ある事? 」


「勿体ぶらずに言うと自殺さ 」


 その言葉に春翔くんは驚くと思ったけど、春翔くんはまたも何処か納得したように相槌をし、また私の方に顔を向けて来た。


「だから手首を裂いたんだね 」


「えっ…あっ、うん 」


 腕が無い状況の事を明確に覚えている春翔くんの頭に、失礼かもだけだ正気なのかと疑ってしまうけど、そんな事を考えてるうちに春翔くんは私から親良に目を移した。


「まぁその行為の事を私達は『幻想 変異』とよんでいる。ちなみに注意しなければ行けない事なんだけど、自殺をする前に必ず『幻想 変異』と言いたまえ。そうしないと『幻想体』に変われずに死んでしまうからね 」


「…分かった 」


 春翔くんは納得した様に頷くと、机の上に置かれた銃をなんの躊躇いもなく手に持ち、その銃口を自分の眉間に向けた。


「幻想」


「待った! 待った!! 君は飲み込みは早いがもう少し人の話を聞きたまえ! 」


 急に『幻想 変異』をしようとした春翔くんを慌てて親良は止めると、何が悪いのか分かっていない様な顔を春翔くんはその顔に浮かべた。


「君はあれかい? 占いとか予言とかを簡単に信じるタイプなのかい? 」


「いや…全く 」


「なら君はおかしいよ。普通、『自殺をしたら変身できます』と言われてそれをすぐに試そうとはしないだろう? 」


「…言われてみれば 」


 おかしいという言葉に反応する様に、春翔くんは銃口を自分に向けたまま銃をテーブルの上に置くと、親良はやれやれとため息を吐いた。


「まぁそれが『処刑人(エクスキューソナー)』達と戦う術さ。これで一通りの説明は終わったが…何か気になる事はあるかね? 」


「…なんで『幻想体』に変わるだけで僕は生き返ってるの? 体の半分潰れてたし 」


「それは『幻想 変異』のおかげさ。『幻想 変異』をするとどんなに死にかけだろうとどんな致命傷を負っていようと、その傷が塞がっていなければ再生する 」


「ふーん、じゃあ」


「ちょっと待ちなさいよ!! 」


 ポンポンと質問をしていく春翔くんの言葉を遮る様な貞香の大声に驚き、体が跳ねてしまう。

 その驚きが治まってから貞香の方を向くと、貞香は心底不機嫌そうな顔をしながら春翔くんの側に近付くと、テーブルを勢いよく叩いた。

 すると当然、春翔くんの肩も勢いよく跳ね上がった。


「あんたねぇ、さっきから黙って聞いてれば仲間になるつもりで居るけど、あんたが足でまといにならないっていう保証は何処にあんのよ!! 」


「…どういうこと? 」


「あんた頭が悪いわけ!? 簡単に言って上げるとね! 」


(簡単に言うんだ )


「あんたの『幻想』が足りてなかったらどうするつもりって事よ!! 」


「…『幻想』? 」


 その春翔くんに取っては聞き慣れない単語に、やっぱり春翔くんは首を軽く傾げると、親良はやれやれとため息を吐き、春翔くんに丁寧に説明をしてあげた。


「『幻想』というのは『幻想体』を構成する上でとても大事なものなんだ。『幻想器』の力は大まかに決まってはいるが、『幻想』によってその姿形を変える。例えば自分の人生に銃が大きく関わっていれば、『幻想体』は銃に関係する姿になるという事だ 」


「それは『願望』じゃないの? 」


「少々違うね。『幻想』とは【『願望』、『後悔』、『トラウマ』】の3つが合わさったものさ。簡単に言えば過去に辛い体験をしていれば『幻想』は濃くなり、『幻想体』は禍々しく、強くなる 」


「それじゃあ…僕はこの中で1番強いんだね 」


 確かに1度春翔くんの『幻想体』を見た私からすれば、春翔くんの『幻想』は貞香といい勝負をしそうな気もしてしまう。

 けれどそれを知らない貞香は青い目を細め、また机を叩き付けると、嬉しそうに微笑む春翔くんを怒鳴りつけた。


「あんたねぇ、自惚れてるんじゃないわよ!! 」


「…? 自惚れてなんかないよ? 」


「じゃあどうして自分が1番苦しんだなんて言えるのよ!! 」


「…貞香、他者と苦しみを比べるような真似は間違っている。君は少し冷静になるべきだ 」


「っ!! 」


 声を冷たくする親良の言葉に貞香は少し黙り込み、荒い息を少し落ち着かせると、遠くにいる私でも聞こえるほど強く歯ぎしりをし、私の隣を通ってこの部屋から出ていってしまった。

 そしてしばらく無音が続くと、親良はメガネを掛け直して申し訳なさそうな顔を春翔くんに向けた。


「すまないね、貞香は些か感情的になる事が多いんだ 」


「僕…何か気に触ること言ったの? 」


「…まぁ人によっては気に触っただろうね 」


「そう…なんだ 」


 少し納得がいかないように首を傾げる春翔くんの言葉に、親良はまたやれやれとため息を吐くと、春翔くんは少し気になる事がある様に親良に顔を向けた。


「聞きそびれたけど…『幻想 変異』にデメリットはあるの? 」


「ふむ、もちろんあるさ。『幻想 変異』は繰り返し使うと現実に魂を繋ぎ止めておく糸が切れていくんだ。簡単に言えば寿命が減るという意味だね…それでも君は、私達の仲間になるつもりかい? 」


 なんの惜しげも無くとんでもない事を言った親良の言葉に、春翔くんは驚くとかと思ったけど、春翔くんはその話に場違いな笑みを浮かべ、なんの躊躇いもなく親良に向かって頷いた。


「うん、なるよ 」


「むっ? 戦力が増えることはありがたい事だが、君は自分の人生に執着はないのかい? 」


「うん、だって…僕が死んで誰かを助けられるなら、それでいい 」


 そんな自棄を含んだ様な笑みに親良も私も言葉を失い、しばらく無言が続くと、私の隣にいるソライルが急に大きな声で笑い始めた。


「お前は面白いな! そんな事をハッキリと言える精神は羨ましいよ 」


「…そうなの? 」


「あぁ! なあ親良! こいつに『幻想 変異』のいろはを教えてやるが問題ないだろ? 」


「あぁ、是非ともお願いしたいね。訓練部屋を開けておくから好きに使ってくれ 」


「そんじゃ春翔、行くぞ!! 」


「えちょっ」


 話に置いていかれている春翔くんの細い手と銃をソライルは大きな手で掴むと、地面を引きずる様に春翔くんを引っ張り、この部屋から出ていってしまった。


 取り敢えず春翔くんがこの場に居なくなったから、親良に気になる事を質問するために、紅茶を飲んでくつろぐ親良に声をかける。


「ねぇ親良。ずいぶん色んなことを話したけど、あの子が敵に回る心配はないの? 」


 親良は特別な『幻想器』を持っていて、常に『幻想 変異』をしているからその力で触れた者の過去を読み取れるけど、あぁも丁寧に説明をした親良が少し心配になってしまう。


「心配しなくてもいい。春翔君は絶対に敵に回る様な事はしないし、いい戦力になってくれると保証しよう 」


 確信を持って断言する親良の姿に、親良にここまで言わせるとは、あの子はどんな過去を持っているのかと気になってしまう。


「あの子は…どんな過去を持っていたの? 」


「…あまり詳しく言いたくはないが、あの子を一言で表すなら『この世の悪が生み出した歪んだ正義』と言った所かな? 」


 そんなぼかした答えを返してくる親良のせいで更にあの子の過去が気になってしまうけど、そんな考えを他所に親良は手を叩き、辺りに音を響かせた。


「蓮、すまないが訓練部屋まで運んでくれ 」


「…分かった 」


 親良の言葉にずっと黙っていた蓮は壁から体を離すと、ゆっくりと足を進めて親良の後ろに移動し、車椅子をゆっくりと押し始めた。


「天羽、君もおいで。あの子の強さをこの目に焼き付けようじゃないか 」


「あっ…はい 」


 私の隣を通り過ぎる2人の後ろについて行き、ソライルと春翔くんが向かったであろう訓練部屋に向かって3人で足を進めた。




 

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