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第2話 憂いを抱えた者



「………っ!! 」


 暗闇の中で目を覚まし、粉っぽさを感じる暗闇を見渡すと、微かな光と瓦礫の破片が辺りに広がっている事に気が付いた。


(まさか…建物を倒壊させるなんて… )


 処刑人(エクスキューソナー)がここまでするとは想像できなかったため、それに頭が追い付いていない自分に悔しさを感じてしまうが、辺りに漂う死にかけの生命の気配を感じ、すぐさま頭を切りかえて植物と化した体を動かす。


 でこぼこの地面を植物の足で走り、命の気配を感じる方へ進んでいると、微かに幼い女の子と若い男の声が聞こえた。


「しっかりしろ(みなみ)! おい南!! 」


「お母さん! お母さん!! 」


 その2人の声がする方に全力で走り、瓦礫を植物の右手で押しのけると、そこには両足が岩で潰れ、涙を流している女性を抱き抱える若い黒髪の男と、幼い子供が両足を瓦礫に潰されている少し歳をとった女性に必死に声をかけていた。


「っ!! 」


 その光景に拳に力が入り、言葉を失ってしまうが、消えゆく命の気配を感じ、すぐに幻想体の力を使って2人の女性の足を潰している岩を持ち上げ、その足を私の力、『The Empress(女帝)』の『生命』で治癒を施す。


「っ! やめろこの化け物がっ!! 」


 けれど男性は治癒している事を知らないため、私にそこら辺に落ちている瓦礫を投げてくる。

 そのせいで胸の中に痛みが走るが、それに幻想体の舌を噛んで耐え、すぐさま女性達の足を治癒し、瓦礫で塞がっている場所を植物の力でこじ開け、瓦礫が崩れないように植物の蔓で外へ続く道を作る。


「そんな不毛なことより、彼女さんの方を見たら? 」


 そう強めに言うと男性はハッとしたように後ろを振り向き、目を白黒させ、自分の潰れたはずの足をペタペタと触る女性に近付いた。


「おい、大丈夫か!? 」


「う、うん 」


「あ、ありがとうございます? 」


「お母さん!! 」


 泣いている子供をあやす母親からありがとうと言われ、少しだけ感動を覚えてしまうが、奴が来ればここにいる人達は死ぬ可能性があるため、植物で作った道を植物と化した指で示す。


「建物が完全に壊れる前に速く逃げて!! 」


 そう声を荒らげると、岩の下敷きになっていた母親と女性は戸惑いながらも頷き、若い女性は男性の手を引いて、歳をとった女性は子供の手を引いて光が差す植物の道に歩みを進め、その人達は助かったと少し安心しようとした瞬間、外から見える光に影ができた。

 その影の形は歪な鎌を2本構える、この世の物とは思えない形をしていた。


「っ!! 」


 すぐさま女性達を呼び止めようとした瞬間、光速で動く鎌は4人の体をバラバラにし、子供と母親と女性と男性の体は地面で混じりあった。


「あーあー、また死んじまったな 」


「うわぁぁぁ!!! 」


 右手に金色の錫杖(しゃくじょう)を生み出し、激情に身を任せた錫杖の一撃を赤い肉の化け物に打ち込むが、それは2本の鎌に簡単に止められてしまった。


「っううう!!! 」


 こいつを殺そうと幻想体を酷使するが、肉の化け物はやれやれと言いたげにため息を吐き、頭から三本目の刀を生み出した。

 次の瞬間、その刀は目で追えない速度で動き、私の右腕を右肩から切り落とした。


「っ!? 」


 後ろの瓦礫を両断した斬撃に恐怖を覚え、咄嗟に後ろに飛ぶが、それを阻止するように2本の鎌が私に迫る。

 すぐさま銀色の盾を左手に生み出してそれを防ぐが、その勢いまでは殺せず、後ろの瓦礫に打ち付けられてしまった。


「がはっ!! 」


 痛みは無くても臓物が揺れる不快感はあるため、口から血を吐き出していると、肉の化け物は肉の鎌で辺りの瓦礫を光速で切り刻み、私にゆっくりと歩いてくる。


「そいや殺す前に聞いとくが、2()2()()を持ってるのはお前か? 」


「っ!? 」


 何故こいつが()()の存在を知っているのかと動揺してしまった。

 すると肉の化け物は口だけでニタリと笑って見せた。


「お前の幻想体と22番を寄越しな。そうすりゃお前だけは見逃してやってもいい 」


 その言葉を聞くと眼球に力が入り、幻想体の歯が軋むほどの力が顎に入る。


「お前は…救えなかった人達の未練を裏切り、のうのうと生きろというのか 」


「あぁ、どうせみんな俺らが殺すんだ。今日生きて明日死のうが変わりねぇだろ 」


 そうヘラヘラと話す肉の化け物に言葉を失い、怒りだけに身を任せて瓦礫から体を起こすと、化け物は不機嫌そうに首を傾けた。


「…まだ続けるのか? 」


「当たり前だ!!『言華の剱(リンシュクル)』!!『悪を挫く華(マリーゴールド)』! 」


 切り落とされた右腕に植物の蔓を集めてそれを剣の形にし、その剣にマリーゴールドを咲かせて化け物に盾を向けながら接近する。


「ふん 」


 肉の化け物は光速でしなる鎌を私に向かわせてくるが、攻撃点は私だと冷静に分析し、左腕だけを守りながら化け物に接近する。

 

 鎌は私の植物の体を削るが、痛みは無いためそれを無視して化け物に突っ込み、右手に生み出した剣を男の()らしき場所の頭を突くが、それは2本の鎌で絡め取られた。

 が、その瞬間にマリーゴールドの花言葉の力を解放させる。


(悪を挫け!! )


 そう心の中で叫ぶと、花は黄金色に輝き、剣はその鎌をすり抜けて敵の口から上を吹き飛ばした。


(よし、これで)


「残念、そこじゃねぇ 」


「っ!? 」


 顔が潰れた敵は口だけでそう呟くと、鎌と刀が私に接近し、それから身を守るように盾を前に構えると、盾に凄まじい衝撃が走った。


「っう!! 」


 歯を軋ませ、足を歪ませて踏ん張るが、敵の方が力が強く、じわじわと押し潰されていると、敵は赤い肉を蠢かせ、新たに赤い斧を生み出した。


 その斧に明確な殺意を感じ、すぐさま後ろに飛ぼうとするが、上から鎌と刀で押さえつけられているせいで後ろに飛べず、その赤い斧は振り下ろされた。

 次の瞬間に盾は凄まじい衝撃と共に砕け、私の左腕と頭を両断した。


(核が!! )


 左腕を切断されたせいで幻想体が崩壊し始めているのを感じていると、肉の化け物は右足を大きく振りかぶっており、その蹴りが私の左横腹を抉った。


「がぼっ!! 」


 血を口から吹き出しながら横に吹き飛び、受け身も取れずに辺りに広がる瓦礫山の中に突っ込むと、私の体は瓦礫の山を貫通し、外の地面に転がってしまった。


「っう!! 」


 回る世界を必死に止めようと両手と両足に力を入れた瞬間に幻想体は完全に崩壊し、そのせいで踏ん張りが効かずに地面を更に転がり、瓦礫の破片に背中を打ってやっとその勢いは止まってくれた。


「っう! ゲホッ!! 」


 生身の体に痛みが走り、少しパニックになってしまうが、私がさっきまで居た建物の瓦礫は大きな音を立てて崩れ始めた。


(まだ…時間はある! )


 痛む体に鞭を打ち、仲間が来るまでここから少しでも距離を離して時間を稼がなければと考えていると、何か柔らかい感触を踏んでしまった。


(…? )


 それが何かと疑問に思い、そっと足元に視線を移すと、そこにはあの時助けた赤目の男性がおり、その男は瓦礫に左半身を潰されていた。


「うっ! 」


 惨たらしい死体を前に吐き気が体を襲い、口に逆流した食べ物を吐き出さないように必死に耐えていると、その男は私に気が付いた様に右目を私に向けた。


「あっ…たす…けて…曙希…を… 」


 男は震える細い右手で瓦礫を指さし、戻ってきた食べ物を飲み込んでから指さされた瓦礫に目を移すと、その瓦礫の下からは、この男性と一緒にいた女性の右腕だけが飛び出していた。


「っう!! 」


 助けてあげたいが、幻覚体が壊れた今は瓦礫を持ち上げること出来ないし、瓦礫から体を引っ張り出したとしても治癒を施すことは出来ない。

 いや、完璧に岩の下敷きになっている曙希と呼ばれる女性を助ける事はもう無理な話だ。


「っ…ごめんね。何も…出来ないの… 」


 己の無力さと悔しさを感じながら拳を握りしめていると、後ろの瓦礫が吹き飛び、あの肉の化け物が瓦礫の中から姿を現した。

 それを見て私は咄嗟に瓦礫の後ろに隠れてしまった。


「どこに行きやがった? 」


 男はまだ瓦礫の後ろにいる私に気が付いてないのか、辺りを見渡しているが、巨大な瓦礫を切り刻みながら私を探す化け物を前に、時期に見つかってしまうのは誰がどう見ても分かることだった。


(どうする!? )


 咄嗟に腰にぶら下げたHG(ハンドガン)に目をやるが、これで『幻想変異』ができても私はこの力と幻想が一致しないため力を使えない。

 けれどこのままじっとしていれば幻想体を2つとも奴らに奪われてしまう。


(何かいい方法は!? )


 必死に頭を回すが化け物は無常にも私が隠れている瓦礫に近付いてくる。

 そんな絶望の一瞬を何時間と荒い心臓の鼓動と共に感じていると、赤い目から静かに涙を流す男性と目が合った。


(あっ… )


 それを見た瞬間に私の中で答えは決まった。


(私は…君のようになりたいよ )


 すぐさま腰のポーチから閃光弾を取り出し、そのピンを抜いて瓦礫の後ろから化け物に向かって投げ付けて右肩と右手で自分の耳を塞ぎ、左半身が瓦礫の下敷きになっている男の右耳を左手で塞ぐ。

 耳を塞いだと同時に閃光弾は明るい外を鋭い閃光で染め上げ、耳が痛くなるような音を辺りに響かせた。


「ぬぅぅう!? 」


 化け物が怯んだ隙に自分の長い髪を地面に付けながら塞いだ男性の右耳に顔を近付け、全ての願いをこの言葉に掛ける。


「聞いて…今から君に特別な力をあげる。でも、これを受け取ったらすぐにあいつから距離を離して 」


 そう一方的に言い終えると、赤い右目から涙を流している男性の右手に私の『The Empress《女帝》』の幻想がこもったナイフを握りしめさせ、腰からHG(ハンドガン)を取り出してその銃口を男性に向ける。

 すると男性は怯えるように右半身をビクつかせた。


「怖がらないで、この力は貴方の味方。だから…信じてあげて 」


 一言で男性を無理やり説得しようもするが、男性は怯える顔をこちらに向けて来た。

 けれど時間がもう無いためナイフを握りしめさせた右拳を左手で更に強く握りしめさせ、銃のトリガーに右手の人差し指を引っ掛ける。


「後は…お願いね。『幻想変異』 」


 そう言葉を綴り、男性の右のこめかみに弾丸を打ち込むと、男性は右目の瞳孔を開かせ、穴が空いたこめかみから血を垂れ流し始めた。


(お願い! )


 そう心の中で叫ぶと同時に首を太い肉の左手で掴まれてしまった。


「ふぐっ!!? 」


「よくもやってくれたなてめぇ… 」


 肉の化け物は不自然そうな野太い声を肉の仮面の下から発っすると、私を掴む左手に力が入り、首の骨がミシリと軋んだ。


 このまま首が折れれば私は死ぬ。

 そう直感した瞬間、化け物の肉の左腕は何の予備動作もなく根元から消し飛び、私は地面に転がってしまった。


「っう!! 」


「ゲホッ! ゲホッ!!ヒュー 」


 息を大きく吸い、息を少し落ち着かせながら後ろに引いた化け物の体を見ると、化け物の左腕は根元から消し飛んでおり、その仮面は私の隣を睨んでいた。


 その方に恐る恐る顔を向けてみると、そこには右半身を黒い色鉛筆の色で染めたような男性がおり、男性はその黒く染った右半身をバタバタと蠢かすと、潰れた左半身を無理やり瓦礫の下から引き抜き、赤い肉がひしゃげ露出している左半身をその黒で包み込んだ。


「フーッ…フー!!… 」


 化け物と化している男性の変化はそれだけでは収まらず、その黒く染め上がった頭は2つに分かれ、右腕はリボルバーの形に変わり、左腕は巨大なナイフに変わっていく。

 極めつけには背中にはサメの尾ヒレの様な物と黒いカラスの様な羽が生まれて、黒い全身からは黒い目が無数に開いた。


(この姿なら!! )


 こんなに人間離れした幻想体ならば奴から逃げられるほどの力があると確信した瞬間、その闇は収縮して行き、その化け物は人型の形に成り代わった。


(…えっ? )


 その姿は化け物とは言えず、長い白髪と黒いドレスを揺らす中性的な男性の姿はまるで、幼く細い人形のようだった。


(まさか! 幻想が足りなかった!? )


 幻想が足りなかったのだと分かり、このままでは私のみならず、勝手に巻き込んだ男性まで殺してしまうと後悔しているが、男性はその場をぼんやりとたっているだけで一向に逃げる気配はない。


「何をしてるの! 早く逃げて!! 」


 そう声を荒らげるが、男性は私の声が届いていないのか人の形をした両手をぼんやりと眺めていた。

 すると肉の化け物は体を揺らしながら笑い始めた。


「ははっ!なんだ、一般人を『幻想変異』させて逃がすつもりだったのか? だが残念だったな、そいつには幻想が足りていない!! 」


 勝ちを確信した様に声を荒らげる肉の化け物を前に悔しさで両拳に力が入り、ただ何も言えずに黙り込んでいると、不意に肉の化け物は体の揺れを止め、肉の鎌の刃先を幻想体に変わった男性へと向けた。


「死ね 」


 肉の鎌がうねり、男性へとその刃が到達した瞬間、その刃は消し飛んだ。


「…えっ? 」


「なん」


「あはっ、あははははっ!あはははははははははははっ!!!!! 」


 男性は大声で発音しているような笑い声を顔を空に向けながら続けると、不意に黙り込み、私の方に顔を向けてきた。

 その顔にはどこまでも狂気に満ちた笑みをニタリと浮かべており、その黒と茶色の目は眉間にシワを寄せた三日月型になっていた。


「なんっ…君は… 」


「ヒヒヒっ 」


 何処までも嬉しそうな笑みを浮かべる男性に言葉を失っていると、男性はまた不意に笑みを止め、無表情な顔を肉の化け物に向けた。

 すると突然、右腕を空へと振り上げた。


 次の瞬間、肉の化け物の右半身は後ろに広がる瓦礫の山と共に消し飛び、消し飛んだ肉の断面からは大量の血液が吹き出した。


「っう! てめぇ!! 」


「はははっ!! 」


 けれど核が壊れていないのか、肉の化け物は右半身をすぐさま赤い肉で形作ったが、その隙を突くように男性は右足をドレスの隙間から上に上げ、それを力強く踏み込むと、辺りの地面は崩壊するようにヒビを広げた。


「っう!? 」


 足元が崩れ、体制を崩した肉の化け物に男性はまた右手を大きく振りあげようとするが、化け物は再生させた鎌と刀を地面に突き刺し、それで体を引っ張って無理やりその右腕の軌道上から逸れた。

 すると化け物が居た場所はまたも瓦礫と共に消し飛び、瓦礫山のの一部分が削れたせいで瓦礫の山は連鎖崩壊していく。


 こちらに転がってくる瓦礫も男性が手を振るう度に消し飛んでいくが、その見えない攻撃を化け物は避け続ける。

 しかし埒が明かないと考えたのか、肉の化け物は柄が金色をした諸刃の剣を両手に生み出すと、見えない攻撃を避けながらその剣で首の肉に傷を付けた。


Lnversion(反転)!! 」


 肉の化け物はそんな英語を叫ぶと、赤い筋肉は黒く染って行き、新たな4本の腕が腰から横に生え、大きさが異なる目を黒く染まった肉の仮面の上に蠢かせた。


「こ゛のずがたを見ぜだのば、でめぇが初めでだ!? 」


 女性と男性が混じりあった様な声をあげる化け物は、6本の黒い腕を地面に殴り付けると、地面はヒビを広げるように砕けた。

 そのせいで体制が崩れたドレスを着た男性に、化け物は地面を削りながら突っ込んだ。


「逃げ」


 幻想をLnversion(反転)させたのであれば、いくら異質な力があろうと、初めて幻想変異した者が勝てるはずはない。

 そう考え、逃げてという言葉を男性に送ろうとした瞬間、男に接近していた筈の化け物の黒い体に無数の風穴が空き、その体は地面を削りながら倒れ込み、男性の足元に化け物の体は倒れた。


「何が…おこっ… 」


 体を穴だらけにした化け物は何が起こったか分からないように困惑していた。

 それは私もだ。

 幻想体に変わっていないから動体視力は落ちているものの、全く何が起こったのか分からなかった。

 けれど困惑している私を置いて男性は右足を大きく上げると、化け物の頭をその足で踏み砕いた。


「っ゛ぷ!! 」


 核が壊れたのか男の幻想体はヒビが入った様に崩壊し始め、その中から諸刃の剣を握ったガタイのいい男が姿を現した。

 恐らくそれが、奴の本体。


(っう! 殺さないと!! )


 そう自分に言い聞かせ、腰からもう一本のHG(ハンドガン)を取り出そうとしたが、それよりも速く男性は手の平を振り上げ、生身の体の男を消し飛ばし、その場には男の下半身と諸刃の剣だけが残った。


「あはははっ!! あははははっ!! あははははははははははははっ!!!! 」


 化け物を殺した事を喜ぶように男性は空気を揺らすような笑い声を発すると、不意にその笑い声を止め、ふらつく足で1つの瓦礫に近寄っていった。


(何を… )


 何をするか分からない男性に正直言って恐怖を覚えていると、男性はその瓦礫を崩壊させ、髪と血と骨と肉片を広げた死体に向かって手を振りあげ、その手を振り下ろした。

 すると見えない何かはその死体と地面の1部を消し飛ばした。


 その意味がわからない行動をする男性をただ何もできずにじっと見つめていると、男性は両目から涙を零し、空気を震わす叫び声を上げた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!! 」


 その悲痛で悲しみを含んだ叫び声にただただ戸惑っていると、不意に男性は体を倒し、その体を黒い闇が包み込んだ。

 するとその姿は黒い髪をした素体に戻り、閉じた目からは透明な涙を流していた。


 そんな男性を前にただ何もできずに呆然としていると、後ろから足音が近付いてきた。


「っ!? 」


 咄嗟に後を振り向くと、そこには黒いヘルメットと灰色のメッシュブルゾンを着た私の仲間が近づいてきて居た。


「色々と聞きたいことあるが、早い所ずらかるぞ。警察が来る 」


「あっ…うん 」


 こちらに黒い手袋をした仲間の手を掴み、その手の力に引っ張られながら体を起こすと、仲間は私の頭に手を置いて、地面に落ちている諸刃の剣を回収し始めた。

 そんな後始末をしてくれる仲間に感謝しながらも、唾を飲んで自分の意見を仲間にしっかりとぶつける。


「ごめんけど、あの子を連れていってくれない? 」


「…何故だ? 」


「無理やり『幻想変異』させたから、変に騒がれるより保護した方がいい 」


「…もし俺たちに賛同しなければどうする? 」


「その時は…あの人の力を借りて、記憶を改竄して貰う 」


 仲間の声の圧に押されないように頑張って声を出すと、仲間は私に無言で頷き、地面に倒れた男性を軽々と俵を運ぶように持ちあげた。


「…行くぞ 」


「…うん 」


 名も知らない男性を持ち上げた仲間に着いて行くが、その途中に仲間を騙した罪悪感が胸を抉る。


 本当は…無関係な人を巻き込むのは反対だ。

 けれどあの男性は…仲間の中で誰も使えなかった()()()()()を不完全ながらも使った。


 だから知りたい。


 あの男性は何を思い、何を感じてあいつの力を使ったのか。


 そんな事を思いながら沢山の人が死んだ瓦礫の山を後にし、私達が住まう『反逆者(レブル)』のアジトへ入れる指定の位置に向かって足を進めた。


 


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