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第1話 コワレタ日常



水がうねる音が鼓膜を揺さぶる。


溺れる・・・


息を止めてるのもう限界だ・・・


「ゴポッ!! 」


大きな泡が口から溢れ、龍のような水の中をシャボン玉の様に飛んでいく。


その時、声が聞こえた・・・


僕の愛するものを奪った・・・**の声が・・・


『ジリリリリリ!!! 』


「んぅぅ・・・ 」


夢を遮る様な音から逃げるように柔らかい布団に包まるが、ベルの音があまりにも騒がしく耳を叩くため、仕方なく右手を布団の中から出して騒がしい音を出す目覚まし時計のスイッチを切る。


「・・・うぅぅ、起きたくないぃ・・・ 」


そう呟くが、1度目が覚めた体は眠ることをなかなか許さず、仕方なく白い天井をぼんやりと眺め、心の整理が着いてから口から息を大きく吸い込み、ベットの上から体を起こす。


「・・・はぁぁぁ 」


長いため息を吐いて布団から立ち上がり、大きな欠伸をしてから自室の扉を開く。


人が1人しか通れない広さの廊下を歩き、ぼやける頭のままリビングの電気を付けて冷蔵庫の隣に置いた鏡に目を向けると、そこには黒い髪を所々寝癖で跳ねさせた細い人物が立っており、その左眼は暗闇のように深く、その右眼は人ではないように赤かった。


その格好はいつでも外に出れるような青いズボンと灰色の地味なシャツだった。


()()()()()・・・か 」


いつも通りの自分にため息を吐き、コーヒーの抽出機にスイッチを入れ、昨日洗っておいたマグカップを置いてコーヒーを入れる。


その間に冷凍庫の中から消費期限が近い『携帯食料』を取り出し、そのクッキー状の冷たい携帯食料を開けて中身のクッキーを口に咥えると、抽出機から抽出完了の音が鳴り響いた。


「おし(ほひ) 」


クッキーを口の中に入れて唾液と混ぜながら噛み砕き、湯気が出るコーヒーを息を当てて冷ましながら飲むと、心地よい苦味といい風味が口の中に広がった。


「ふぅ・・・ 」


コーヒーがまだ残ったマグカップをカウンターの上に置き、もう一本のクッキーを口の中に頬張りながら固定電話の横に置いた紫色の網目柄をしたカードの束を手に取り、地面に座って卓袱台の上にカードの束を置く。


(今日は・・・『ツーオラクル』で良いかな? )


そう思いながら意識を無にし、何も考えずにカードの一番上と下を抜き取り、下から引き抜いたカードを左に、上のカードを右に置き、左側のカードをゆっくりとめくると、そこには逆位置の『The fool(愚者)』が、右のカードをめくると、それは正位置の『The Tower()』だった。


その2つのカードが意味するのは・・・


「『災難に飛び込む』『回避すべき障害』・・・か 」


その二つの矛盾している意味が頭を悩ましてしまい、腕を組んで少しの間考え込んでしまう。


「んー・・・分からん! 」


考えても出ない答えに声を上げ、地面に倒れ込む様に寝そべると、壁に掛けた時計に目が自然と行ってしまい、その時計の短針は8の少し前を指していた。


「あぁあ!! 」


今日8時に友達と約束している事を思い出し、大急ぎで洗面所に駆け込んで歯を30秒で磨いて干してある黒い靴下を洗濯バサミから強引に引き抜き、片足立ちをして靴下を履く。


そして廊下を走り、扉の前に置いてある巨大な黒いリュックを背負い、誰も居ない家の中に顔を向ける。


「いってきまーす 」


後ろを振り返るとリビングの電気を消し忘れている事に気が付いたが、まぁお茶をして帰るだけなので消さなくても良いかと思う事にして扉を開け、リュックに付けた鍵でアパートの鍵を閉めてカンカンと音が鳴る階段を降りる。


そして停めてある自分の自転車の鍵を外し、自転車に股がってからペダルを強く踏んで坂道を登り、友達と待ち合わせをしている駅へ急ぐ。


曲がり角から車が来てないかをカーブミラーを見て確認しながらノーブレーキで坂道を(くだ)るけど、途中車が混んでいたため、スピードを少しだけ落としながら並ぶ車の横を通る。


暑い夏の日差しに頭を焼かれながらもペダルを懸命に踏み、息を荒くしながら永遠と続く様な道を進み続け、やっとの思いで約束の駅の近くに着いた。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ 」


あまり外に出ないからか少し自転車を漕いだだけで息が切れ、身体中からは汗が大量に吹き出している。


けれど約束は破りたくないため、有料駐車場に自転車を止めて鍵を3重に掛けて大急ぎで駅へ向かうと、駅前にある大きな時計は8時10分ほどを示していた。


「やっばー 」


約束に10分遅れた事に焦りながらも、人混みの中に目を通して友達を探していると、後ろから髪を急にもみくちゃにされた。


(なに!? )


驚きながらも後ろを慌てて振り返ると、そこにはいかにもオシャレ好きな女の子が着るような薄橙色のブラウスと青いショートパンツを身にまとった友達、『曙希(あけね)』が結露しているペットボトルを左手に持って立っていた。


「ごめんね、お水買いに行ってたんだ 」


「こっちこそごめん。10分遅れた 」


「いいよいいよ10分くらい。さぁ、今日はどこに行く? 」


黒い長髪をポニーテールで纏めた曙希の優しさに微笑みが口から漏れてしまい、顎に手を当てて少しの間考え込む。


「えっと、朝ごはんは食べた? 」


「うんん、まだ 」


「なら喫茶店行こうよ 」


「もう、またコーヒー? たまにはお肉とか食べないと! 」


「僕はベジタリアンだからね 」


僕の体を心配してくれる曙希に笑みを返すと、曙希は仕方がなそうに微笑み、僕の左手を掴んでくれた。


「それじゃあ行こ! 速く冷房が聞いたお店に入りたいから 」


「うん 」


疲れた僕を引っ張ってくれる曙希と一緒に人混みを進んでいると、僕の方に茶色い目を向けて来た。


「そう言えばその大きなリュック、何が入ってるの? 」


「えっ? そりゃあラジオと折り畳み傘と軽食と懐中電灯と手回し式の充電器と後は」


「多いよ! 」


「・・・そう? 」


大声で多いと指摘されたせいで周りの視線が一気に曙希に集まるが、曙希はそんな事お構い無しに言葉を続けていく。


「もっと軽くしないと暑さにやられるよ? 『春翔(はると)』は体力無いんだから 」


「うっ・・・ 」


確かに僕は体力があまり無いためその言葉は一理あるのだが、やっぱり何かあった時のために色々と持っていないと心配になってしまう。


「うーん、でも色々と持ってないと不安でね 」


「・・・そう 」


僕の言葉に曙希は少し悲しそうに笑うと、僕の顔から目を離し、前を向いて僕の手を引っ張ってくれる。


その後ろ姿はずっと昔から変わらない。


いつも僕の手を引っ張ってくれる。


それが嬉しくて堪らない。


そんな思いをそっと胸の奥に秘めながら一緒に横断歩道を渡ると、駅の近くにあるスーパーの1階に着き、その中のお店が並ぶトンネルの様な場所にあるレトロな喫茶店にベルを鳴らしながら入ると、1人のプリンのような頭をした男性定員が僕達の方に顔を向けて来た。


「らっしゃーせー・・・って曙希達かよ 」


「やっほー七星(ななせ)! 髪くらいちゃんと染めなよ 」


「うるっせぇな、染めたは良いが色々と面倒なんだよこれ 」


そんな仲良く話す2人を店の外から見ていると、七星は僕に笑みを向け、手招きをして来た。


「春翔も入れよ、外32度あるんだぞ? 」


「あっ、だから熱いんだ 」


「お前なぁ、相変わらず天然だな 」


「ふふっ、そうなんだ 」


自分が天然と言うことはよく言われてはいたが、取り敢えずそれは褒め言葉だと解釈しているから七星に微笑み返すと、七星は口元を変に歪めた。


「まぁとっと入れよ、曙希はハニートースト、春翔はアイスコーヒーでいいか? 」


「うん! 」


「それにアボカドサラダお願い 」


「あいよ。じいちゃん!コーヒーとアボカドサラダ作ってくれ! 俺はハニートースト作る 」


「おーう 」


店の奥から聞こえて来た七星のおじいちゃんの声を聞いてまだまだ現役だなと安心していると、曙希が水切り用のタオルの上に置かれたコップに2人分の水を入れてくれていた。


「あっ、ごめんね 」


「いいよ別に。さっ、座って座って 」


「ありがとう 」


席を引いて物置用のカゴを席の下から引っ張り出してくれる曙希に頭を下げ、重いリュックをカゴの中に入れてから木で出来た席に座ると、冷房のひんやりとした風が肌に当たり、汗をかいたら肌を乾かしてくれる。


「はぁ・・・ 」


そんな心地良さを感じながら木目が見える木のカウンターに顔を伏せると、木のとてもいい匂いが鼻の奥をくすぐる。


微妙な時間だからか僕達の他にお客さんは居らず、ただ冷房から出る風の音とキッチンの奥から聞こえる誰かが歩く音に安心していると、横から曙希が声をかけてきた。


「そういえばさ、ちゃんと昨日は寝れた? 」


「うん、()()ちゃんと飲んだからね 」


「そう・・・ 」


何故か悲しい顔をする曙希は僕の頭を撫でてくれると、お母さんの事を思い出してしまい、安心してしまう。


「春翔は頭撫でられるの好きだよね・・・ 」


「うん、お母さんがよく撫でてくれたから 」


「そう・・・なら良かった 」


女の子らしい笑みを浮かべる曙希に笑みを返し、しばらく頭を優しく撫でられていると、お店の奥から七星が帰って来た。


「ほーいお待たせ・・・って、何してんだよ 」


「頭撫でてるの! 」


「撫でられてる 」


「客が来たら変な目で見られんだろうが。客が来たらやめろよー 」


「あっ、ごめんね 」


言われてみれば僕は変な目で見られそうだなと思い、慌てて七星に謝るけど、七星はまた口元を変に歪め、サラダを僕の前に、食パン1個を丸々使ったハニートーストを曙希の前に置いた。


「ありがとう! いっただきまーす! 」


「頂きます 」


手を合わせ、アーモンドとヨーグルトソースが散りばめられたサラダをフォークで掻き混ぜ、角切りにされたアボカドを丁寧に一つ一つ潰してからレタスの芯にフォークを突き刺し、潰したアボカドに絡めて口に運ぶと、不味くもなければ特別美味しい訳でもない野菜の味が口に広がった。


そんなサラダを黙々と食べていると、隣で曙希が大きな食パンの一部分を器用に切り分け、それに生クリームを沢山付けて口に運んでいた。


「んうぅぅ、おいひぃ! 」


「口の中が無くなってから喋れ 」


曙希は美味しそうに声を出したけど七星から怒られたのが応えたのか、すぐにハニートーストを飲み込んで明るい笑顔を七星に向けた。


「やっぱり七星が作るハニートーストは美味しいね! 」


「・・・素材がいいだけだ 」


七星は少し恥ずかしそうに曙希にそう言うと、曙希は少し首を傾げたけど、僕には七星が何を思っているかが分かってしまい、口元が綻んでしまう。


「・・・なんだよ春翔 」


「なんでもないよ、それよりコーヒーは? 」


「まぁ待て、今じいちゃんが豆挽いてるから 」


「あっ、そうなんだ 」


挽きたてのコーヒーは特別香りが良いため、楽しみにしながらサラダを食べていると、七星は退屈そうな欠伸を口から漏らし、カウンターの向こうにある椅子にため息を吐きながら座った。


「そいやお前ら、今日はどこに行くつもりなんだ? 」


「あっ、そう言えばまだ決めてなかったね。春翔はどこか行きたい場所ある? 」


「うーん、特にない・・・かな? 」


「お前なぁ、曙希を無計画で振り回すなよ 」


「いいじゃん別にぃ! そこが春翔の個性なんだから 」


急に話に入ってきた曙希は口をとがらせながら七星にそう言うと、七星は大きなため息を曙希に返した。


どうして七星がため息を吐くんだろうと思いながらぼーっとサラダを食べていると、口の中に大きなパンの塊を頬張った曙希は何かを思い付いた様に急いでパンを噛み始め、それを急いで飲み込んだ。


「そうだ! 服屋に行ってお買い物しよ! 」


「おーそりゃいいな。春翔同じ服ばっか着てっからな 」


「同じのを3つ買ってそれを着回してるだけだよ? 」


「あのなぁ、もうちょっとシャレた服でも着ろって事だ 」


「シャレた服・・・スーツとか? 」


「お前なぁ 」


「ふふっ、分かんないだったら一緒に選ぼ? 」


別に僕は着回しでもいいんだけど、今月のお金は余裕があるから、曙希の言葉にゆっくりと頷く。


「うん、ありがとう 」


「どういたしまして! 」


「あんまり曙希を振り回すなよ 」


そんなヤキモチを焼いてるような七星に笑みを返すと、また七星は口元を嫌そうに歪めたけど、曙希の冷たい視線に七星が気が付くと、七星はまた大きなため息を吐いた。


「おーい! コーヒー挽いたから入れてくれー 」


「おーう! 」


七星はおじいちゃんに呼ばれるとすぐに返事を返すと、僕達の方に顔を1回目を向けてからお店の奥に歩いていってしまった。


七星が居なくなるとやけに辺りが静かに感じ、静かになった空間の中でサラダを黙々と食べていると、ふと、外が気になってしまった。


フォークを口から抜き、ぼーっと並べられたテーブルの向こうにある窓の外を眺めると、1人のガタイがいいフードを被った男の人が目に入った。


その男は不思議な事に、ごった返す人混みの中でもその波に飲まれずに存在しているような、異質な存在だった。


「どうかしたの? 」


「いや・・・あの人なんか変だなって 」


「どの人? 」


「ほらあのガタイがいい人・・・ 」


曙希に説明するように細い右の指先を男の人に指した瞬間、男の人は右手に柄が金色、刀身は銀色の諸刃の剣を背中から取り出した。


「んー、あのコスプレしてる人? 」


「うん・・・ 」


たまにコスプレの人は駅の近くで見るし、別に不思議な事では無いんだけど、あの人は何か・・・変だ。


そんな事を思いながら男の人を凝視し続けていると、男の人は何か言葉を綴った様に口を動かすと、その剣を自分の首に当て、それを横にスライドさせて首の血管を切り裂いた。


「えっ? 」


「きゃぁ!!? 」


「っ!? どうした!!? 」


お店の奥から七星が飛び出して何故か1番に僕の方を睨んだけど、それを無視して外を指差すと、そこには首からゴポゴポと血を垂れ流す男の人の姿があった。


「っ!! 2人とも見るな! 」


そう言われるけど男の人から目を逸らせず、血を大量に垂れ流す男の人とそれに目線を向ける周囲の人達をじっと見ていると、困惑しているのに頭は冷静にある疑問を思い浮かべた。


(なんで・・・倒れない? )


そう疑問に思った瞬間、男の人の斬られた首からは赤い筋肉が溢れ、それを男の人の体を包んでいく。


その異質な光景に言葉を発する事すら忘れていると、その赤い筋肉は蠢き、2本の鎌の形になった。


次の瞬間、人混みを薙ぎ払う様にその鎌が動かされ、人の体を上と下を切り分けるように両断した。


地面をもがく人の上半身。


それらを上から眺める異形の化け物。


そんな光景に息をすることさえ忘れていると、フォークを手元から落としてしまい、金属音が店内に響いた。


すると曙希は我に返った様に僕の手を握り、七星はすぐに店内の方を振り返った。


「じいちゃん! 逃げるぞ!! 」


「おっ?どうし」


「良いから!! 」


「春翔も急いで!! 」


「あっ・・・ 」


その大きな声を聞き、やっと頭が逃げろと命令してくれると、曙希は僕の手を引いて店の外に飛び出し、それに転ばないように慌てて足を進める。


あの異形の化け物が居る場所の反対側に向かって2人で走りながら後ろを振り返ると、後ろからは七星とそれに連れられる白髪のおじいちゃんが走って来ていた。


「ちょ七星! 足が・・・ 」


「うるせぇ! とっとと走れ!! 」


おじいちゃんの手を引く七星の姿を見て少し安心した瞬間、多分、後ろを振り向いている僕だけが直感的に気付いた。


何かが飛んできていることに。


声を荒らげるより速く倒れ込むように曙希に覆い被さると、頭上を何かが通り過ぎた。


「ちょっ!? 大丈・・・夫・・・ 」


曙希は体を起こして僕の方を振り返ると、顔を急速に青くさせた。


「春・・・翔・・・腕が」


「腕? 」


どこかぼやける視界で右腕を見ると、そこにはちゃんと僕の腕があったけど、ふと違和感を感じた左腕を見ると、僕の左腕は二の腕から断ち切られていた。


「あっ・・・ 」


痛い。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


痛みに耐えきれず、地面に倒れてしまう。


「春翔!? 」


「っ・・・ぐっ・・・ 」


痛いのに熱い。


熱いのに痛い。


僕の腕・・・どこ?


熱いものが・・・左腕から沢山出てる。


「あぁどうしたら!? 七星! なに・・・か・・・ 」


「ヒュー・・・ヒュー・・・ 」


息が上手くできない。


血がたくさん見える・・・


見たくない・・・


逃げるように右に顔を向ける。


すると、七星とおじいちゃんの・・・生首が転がってるのが見えた。


「七星! おじいちゃん!! あぁどうしたら!? 」


パニックになる曙希を見ているのが嫌だから、そっと左腕を伸ばそうとしたけど、筋肉に少しでも力を入れる度に痛みが増す。


「っ・・・う・・・ 」


でも少しだけでいいから曙希が落ち着けばと思って左腕を伸ばしたけど、僕の血が垂れる腕の断面図を見たのか、曙希は顔を更に青くさせた。


「動いちゃダメ! 」


そう声を荒らげる曙希の声が聞こえると、体が冷たくなっていることに気が付き、痛みが気にならない程の寒さが体を襲う。


寒い。


熱い寒い寒い熱い。


「あけ・・・ね・・・寒い・・・よ・・・怖い・・・よ・・・ 」


「大丈夫!・・・大丈夫だからね!! 」


曙希から頭を胸に抱き寄せられると、焦っているのか、曙希の鼓動はとても速かった。


けど、どこか安心できた。


そんな温もりを感じていると、段々と眠くなってしまう。


「春翔? 」


遠くの方で聞きなれた声が聞こえた。


けど眠たい。


言葉を返したくない。


そんな暗くて心地がいい闇を間近に感じていると、誰かの足音が曙希の向こうから近付いて来た。


「春翔!! 」


「離れて 」


「えっ? 」


曙希の後ろから知らない声が聞こえた。


でもおかしいな・・・


足音がしなかった。


そんな事を思っていると、そっと冷たい地面に寝せられた。


寒い。


凍える様な寒さを感じながらゆっくりと目だけで声がした方を見てみると、そこには腰まで伸びるように長い黒髪をした綺麗で人形のような女性が立っていた。


その女性は涙を流す曙希の肩から手を離すと、腰のポケットから折りたたまれたナイフを右手で取り出し、鞘の中から出した刃を白い自分の左手首に押し当てた。


「えっ? 」


幻想変異(げんそうへんい)


そんな聞き馴染みの無い言葉が聞こえると、なんの躊躇いもなくナイフを横にスライドさせ、左手首から大量の血液を溢れさせた。


「ちょっ! 何してるんですか!! 」


曙希は慌てるように声を荒らげたけど、女性は痛みを感じていないのか綺麗な黒色の目を僕の方に向けていると、ふいに白い肌を染める赤い血液が緑色に変わった。


次の瞬間、女性の左手首から(あお)い植物の蔓が蠢き、それが女性の体を包みこむと、その蔓は人型に形作られ、その綺麗な顔を隠すような植物の歪な仮面がその顔を覆い尽くした。


現実離れした光景を前に言葉を失う曙希を見ていると、その異形の化け物から植物の蔓が蠢き、それが僕の断ち切られた左腕を包み込んだ。


すると不思議な事に、その植物は陽だまりのようにとても暖かい。


そんな温もりを感じていると、ふと気が付いた。


左腕の・・・感覚があることに。


「えっ? 」


痛みが消えた体をゆっくりと起こし、断ち切られたはずの左腕を見てみると、そこには僕の白く細い手があった。


「なん」


「春翔! 」


突然トカゲの様に生えた自分の左手に困惑していると、曙希は僕に抱き着いてきた。


「良かった・・・ 」


そんな心地がいい曙希の体の温もりを感じていると、左腕を包み込んだ植物はゆっくりと解け、異形と化した女性に戻って行った。


僕の腕を再生させた女性の姿を見てある事に気が付き、ゆっくりと息をして女性に声をかける。


「あの・・・七星と・・・おじいちゃん・・・は? 」


「っ!! 」


僕の言葉に女性は植物と化した右腕を強く握りしめたけど、すぐにその手を解き、僕達の前に膝を着いた。


「失った命は回帰できないの・・・ごめんね・・・ 」


そんな絶望に満ちた現実を突きつけられ、右目からだけ涙が零れた。


涙を流す僕を見た女性はまた強く拳を握りしめたけど、ふと我に返ったようにその拳を解き、左手に銀色の盾を生み出した瞬間、辺りの風が一気に渦巻き、何かが光速でこちらにやって来た。


顔を咄嗟に上にあげた瞬間、僕の後ろにあの赤い肉に包まれた化け物がおり、その肉の鎌は僕を抱きしめる曙希に迫っていた。


それを咄嗟に受けようと右手を伸ばすと、それを遮るように銀色の盾がその鎌を防いだけど、辺りのコンクリートの地面は揺れ、その衝撃で転がっていた七星達の生首が宙に浮かんだ。


「ははっ! やっと現れたな『Rebel(反逆者)』!! 」


「っ゛う゛!! 」


そんな下品な声が耳を叩くと、心の奥で黒い何かが揺らいだが、現実では女性の植物と化した足は段々と潰れて行っている。


「お前が来るまでに385人殺したぞ!? お前らは何をやっても無駄なんだよ!! 」


「うるっ・・・さい! 」


押し潰れていく女性は更に植物の蔓を増やすと、左手の盾で肉の鎌を上に弾き、右手に生み出した先端に球体が付いた杖で男の右脇腹を殴り付けた。


「ぐふっ!! 」


そうすると口以外を肉の仮面で隠した男はスーパーの服屋に突っ込み、ガラスを突き破った。


「私が来たからにはこれ以上殺させないし! 誰も死なせない!! 」


そう怒号をあげる女性に店の中で起き上がった男はニヤリと下品に笑うと赤い肉の鎌を蠢かし、その鎌を巨大な剣の形に変形させた。


ゾワりと背中を寒気から舐められ、咄嗟に曙希の頭の後ろに左手を回して地面に押し倒すと、また頭上を何かが通り過ぎた。


「きゃぁ!! 」


「逃げて!! 」


その大きな声に蹴られるように咄嗟に倒れた曙希の左手を引いて走ると、無理やり何かを擦る様な響き渡り、辺りの空気が震えた。


「さぁ・・・何人死ぬかな? 」


そんな言葉が遠くの方に聞こえると、辺りの柱がズレ始めていることに気が付いた。


建物が倒壊する。


そう直感し、曙希の手を引いて体力のない体で必死に走り、お店が並ぶトンネルを抜けた。


でもおかしいな。


地面には・・・影があるままだ。


「っ!! 」


頭上から何か巨大なものが落ちて来ている事に気が付き、咄嗟に曙希の腕をぐっと引っ張るけど、僕も曙希もその影の中からは抜けられていない。


このままだと2人とも死んでしまうと直感で理解し、どうにか曙希だけでも助けないとと思考を全力で回そうとした瞬間、後ろから強い力で()()()()しまった。


(えっ? )


地面に倒れたけど、その痛みを気にするより速く後ろを振り返ると、そこには・・・曙希の笑顔があった。


どこまでも可愛らしくて・・・どこまでも優しい笑顔が・・・


「あけ」


咄嗟に掴んでいる曙希の手を引こうとした瞬間、その笑顔は轟音と共に押し潰れ、辺りに飛び散る破片が僕の左眼に突き刺さった。


「あぐっ!! 」


痛い。


左目が閉じれない。


見えない左眼に微かに風を感じながらも、見える右眼だけで前を向くと、そこには腕だけをこちらに伸ばす曙希の左手だけが瓦礫の下から顔を出しており、その指先はまるで・・・助かった僕を指さしている様だった。


「あっ・・・あぁ・・・あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!! 」


絶望と後悔と悲哀に満ちた声が・・・辺りの空気を震わせた。


けれどその声は建物の倒壊の音に掻き消されていった。




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