男女の関係? それとも令の貞操の危機?
亜空間からでた令を待っていたのは姉の方で彩佳はいなかった。
「お姉さんですよね?」
と、令は恐る恐る聞いてみた。
その時、どう言う魂胆か分からないが、姉は彩佳と同じ服装をしてきていた。双子だけあってそっくりなのだが、確実に雰囲気が違っている。
「そう? よく見破ったわね」
その言い方で本能的に下心があると危機を察した令だが、打つ手が無い。ただ闇雲に後ずさりするだけだった。
「それで何かご用ですか?」
「あら? 用が無かったら会いに来ちゃダメですか?」
「いえ、と言うより、もう帰りたいのですが?!」
「そうね」
と、言いながらもなにか艶めかしさを漂わせている。
「彩佳ならまだお父様の尋問を受けているわ、よ!」
「はぁ? 尋問ですか?」
「あら? 気にならないみたいね。と言うと、そこまでの関係では無いと?」
「か、関係って何ですか?」
「男女の関係に決まっているでしょ。まだなんでしょ!」
「なにがですか?」
「だから彩佳を女にしちゃったとか!」
「してませんって!」
「じゃ、キスとかはしちゃったのかしら?」
「きっキスなんてするわけが無いでしょ」
と言う令は真っ赤になって頭から湯気が出ている。
「そう、初なのね。でも、手ぐらいは握っているんでしょ」
「それもしてませんって。もう良いですか?」
「あらら、そんなにあの子って魅力が無いのかしらね? そう話しちゃっても良い?」
「何がですか? もう、僕は帰りますからね」
出口付近に立っていた姉の横を素通りしようとした令だったが、ドアノブに手をかけた時、彼女の抵抗に遭い体と体が交差してしまった。
二三もみ合っているとバランスを崩し二人とももんどりうって倒れてしまった。
そこにドアが開き、彩佳が顔を出した。
「きゃ!!!????? きゃ? きゃ?」
次第に落ち着いてきたのか彩佳がまじまじと見詰めだし、
「そこで何をしているのです?」
離れようともがく令を力でねじ伏せ、
「これが何をしているのか分からないのですか? マジに?」
そう言っては顔を令に近づける。
「馬鹿、なにくっついてくるんだよ?」
姉は体を半分だけ起こし、
「馬鹿? 今、私のことを馬鹿と言いましたよね?」
「え? 嘘? それ聞き間違いだから?!」
「私のここをこんな風に触っておきながら?」
と、姉は令の手を取って自分の乳房の上にこすり付ける。
「違いますって、それは無理矢理に!」
「そう、彩佳、みてこの人、無理矢理に私の胸に触っているんですよ。なんて破廉恥な」
そうこうしている間に令は這いだしてでもその場から逃げ出していった。
後に残った姉妹の方で、
「なんて意気地の無い男なんでしょ。ねぇ、彩佳さん!??」
「お姉ちゃん、今の話って本当なの? 無理矢理触ってきたって?」
幾分気色が悪くなった姉ではあるが、姉の立場上、
「そうよ。私が触らせるはずが無いでしょ。あのスケベが触ってきたの。これはお父様に報告しないといけないわね。さてさて、どうなりますかしら!」
翌日の教室で、朝から机にしがみついている令に、榊原が飛んできて、
「この! 鬱陶しいったらありはしない」
と、教科書を丸め令の頭をこづいた。
「痛いな。そっとしてくれよ。僕は人生の岐路に立っているんだから」
「フン、どうせ共働きのご両親が、朝起きたら朝食も用意せずに出掛けてったってくらいでしょ。ほら、おかずだけだけどこれでも食べなさいよ」
朝食を抜いてきていたのは事実だから、令は即行で食べ出した。
それを見て、クラスメイトが、
「餌付けもほどほどにな!」
と、からかわれている。
それを遠目から眺めていた吉野は良い思いがしてこない。
だから、後から冷めた言い方で、
「春代ちゃん、その役目って明日から私がやるね!」
と、場合に寄ったら宣戦布告に関わる発言をした。
「いやいや、吉野ちゃんまで迷惑かけるわけにはいかないって、の!」
そのごたごたの間にでも食べ終わった令が、
「ごちそうさまでした! それ、なんだったらお昼にでも食べれるから、頼むよ」
などと、分けが分からないことを言ったのだが、吉野は元気よく、
「それじゃ、今日からお昼は一緒だね」
と、相成ったそうだ。
問題は放課後に起こった。
令のお迎えが来たのであった。
それも強制となれば、令にも察しが付く。
『昨日の落とし前でも付けろと言われるんだろうな』
と、とさついばに連れて行かれる子豚ちゃんのような令だ。
迎えの車に乗れば、厳つい男達がすでに二人も乗っていた。
で、走り出した車の中で、
「覚悟は出来ているよな?」
と、一人目の男、
「言い訳が出来るうちによくよく考えておくことだ。総理は極論までお考えらしいからな。下手な言い訳だけはするなよ。短い人生がさらに短くなる」
体が震えそうになる令だ、が、様子を探ろうと、
「それなんですが、お姉さんの件でしょうか?」
「お姉さん?」
と、一人目が驚いたように聞けば、
「薫様のことだろう。君はまだお名前も聞いていなかったのかい?」
「へい、そうです、が……」
「それであんな事をしでかすとは、護衛官の俺たちまで恥をかかされたんだぞ!」
「と言いますと? 僕は何をしたことになっているんです?」
「お前、自分がしたことも分からないと言うのか?」
「だって、僕は試練を受けた後でくたくたになっていたんですから」
それを聞いて男達はちょっとは納得したようで、こう言った。
「お前は、薫お嬢様を○○したことになっているんだぞ!」
「あの、○とは?」
「馬鹿野郎。俺にそんな言葉を使わせるな!」
「そんな人に言えないことをしたって事になっているんですか?」
男達は深く頷き、
「そう言うことだ。返答に寄ったら生きては帰れんだろうな」
そんな事を聞かされてついに総理官邸に再び連行された。
昨日の部屋の、その奥にまで連れて行かれた令は、足が震えだしてきた。
『どうしようか?』
それに小人が、
「能力を使っての逃避はだけはやめておけよ。ここには能力者が腐るほどいるんだからな。生きて帰りたかったら、無実を証明するしか無いだろうな」
それを聞いて絶望感に浸った令に、真っ先に刑の執行官らしい男が近寄ってくる。
「遺言は無用に願います」
その重苦しさに負け令は自殺まで考え出していた。
そうだった、令は気弱で後ずさりするような人間だった。
男は令の後ろに回り、首つり用ロープを首に巻き付けた。
そこに重いドアが開く音がして、総理に二人の娘が入ってきた。
総理は椅子に深々と座ると令を睨みつけ、
「どうしてここに呼ばれたのか分かっているな?」
令は彩佳の視線を求めたのだが、彼女の目は泣きはらしたように甘みを帯び、床に視線を落としたままでいる。
そこに小人が、
『ここが戦場と思って死ぬ気で戦いなさいな。どっちみちそれしか生き残れる道は無いんだし、死んで元々って度胸を決めなさい!』
なんだかありがたくは無い助言だが、それでも温かく感じた令は、負けじと、
「分かりません! 僕が何をしたと言おうんです!」
総理は立ち上がるほど怒りだし、
「お前な! おい、そいつを締め上げろ」
「話は終わってないでしょ。非難するんなら非難する側が、何をされたのかを証明するのが正当な手続きでしょう。実際、何をしたと言うんですか?」
それには総理が、
「おい、そいつに教えてやれ!」
令の後ろに回っていた男が、それでも、
「しかし、お嬢様が……」
「構わん、話せ!」
「お前は、事もあろうにお嬢様の貞操を奪ったのだ! どうだ、これでも白を切るつもりか?」
「この館にはビデオカメラが至るところにあるんでしょう? それで確認したんですか? 僕は試練を受けた後、すぐにこの官邸を後にしたんですよ? そんな時間などありませんよ!」
男は不謹慎にもせせら笑いながら、
「なに、答えは簡単さ。お前は経験が無いからすぐに出しちまったってことさ。薫お嬢様の話だと数秒で終わったらしいじゃないか!」
「数秒って、そんなことより未経験の僕には無理な芸当です。どうしたら良いのかも分からないんだから出来るはずが無いでしょ」
それを聞いて彩佳の目が輝きだし、
「少し待ってください、お父様」
総理は少し苛立ちながら、
「彩佳は少し黙っていなさい」
「いえ、重要なことです。私だって現場を見たんですから」
「しかし、それは終わった後らしいじゃないか。服も着ていたらしいが?」
「そこです。もしお姉ちゃんが抵抗してたんならどうしてすぐに服を着たんでしょうか」
そこに姉の薫が、
「裸を見られるのが恥ずかしかったに決まっているでしょ! どうして何時までも敗北感に浸っていなければならないのよ?」
「それは嘘です。ブラウスのボタンも取れていなかったし、服も破れてはいなかったわ。それにストッキングだって」と言いかけた彩佳は一呼吸置き、「そうでしょ? 服に関して何か証拠と言えるものって……」と、ここまでで言葉に詰まってしまった。
「分かったわよ!」
変な展開になったと言わんばかりの総理が、
「薫、そうすると何も無かったんだな?」
「いいえ!」
そこには彩佳がすぐに反応し、
「お姉ちゃん、まだ、そんな嘘を!?」
「でも、体を触られたのは確かよ! そうでしょ? 令君?」
「それは本当か? どこを触られたんだ?」
と今度も目の色を変える総理だ。
姉の薫は身振りで示せば、
「なんだと? それは本当か?」
と、総理は彩佳に問い掛ける。
「本当でしょ?」
と、薫は彩佳に止めを刺そうと先制攻撃を繰り出す。
彩佳は返す言葉もなく黙って俯くしかできない。
それで令は黙っていられずに、
「待ってください。それは不可抗力です。お姉さんの方から、こう……」
と、令も身振りで示めそうとしたのだが、
総理が一喝し、
「そのような事はどうでも良い! 問題なのは事実だけだ! 薫! 本当に触られたのか? 事実だけを言えば良い。お前は触られてしまった、と、言うんだな?」
「はい、お父様、そこの殿方に触れられてしまいました!」
それは演技なのだろう、
確かに薫は精神的なショックを受けているような素振りをしている。
まるで本物の淑女が暴漢に出会ったかのような、
人生の悲劇を表現しているのだ。
その、娘の痛々しい姿を見る父親の心境としてはすでに答えがでているのだが、敢えて、念のために、こう聞き出す。
「それでお前はどうしたいのか? こいつを宇宙の先にでも放り出そうか? それとも、産まれてきたことを後悔させるほどの人生を送らせようか?」
「いえ、お父様。こうなった以上、私の進む道はこれしかありません。すでに私に関しての噂話は千里にも届いていることでしょう。ならば!」
こう薫は区切ってから、彩佳の表情を読み取り、
「この方と添い遂げるしか私の名誉は挽回できないのです!」
「よくぞ言い切った。さすが我が娘。早速日取りを決めねばなるまい」
「お父様、お母様には何と?」
「こっちに向かっているぞ?」
「お手回しがよろしいようで」
「この手のことは時間との勝負だからな。上書きするには追い越すほどの迅速さが必要じゃ。何はともあれ目出度い事だ」
と大喜びしだした総理なのだが、そこで浮かない顔の彩佳が気になったらしく、
「彩佳? どうかしたのか? お前の姉の祝い事なのだぞ!」
彩佳は掠れるような声で、
「でも、令君の気持ちはどうなるんですか? 本人が嫌だと言っているなら?」
総理はこともなげに、
「そんなことは許されることでは無い。令君とやらの気持ちなど無きに等しいのだ。それにご両親からはすでに承諾を得ている。もはや、これ以上の手順などないだろう!」
「しかし、姉はまだ十五です。結婚するには早すぎます」
「誰が結婚すると言った?」
そう言って総理は優しい笑顔を作り、
「薫と、そこのなんと言ったかな?」
姉の薫は、一度咳払いしてから、
「令君ですよ。お父様!」
「令君とやらと、良いか、彩佳、婚約すると言うことだ。結婚はまだまだ先の話だから、急に我が家から出て行くと言うことはない。まぁ、結婚してからも出て行くことは無いんだから、同じ事なんだが。そう言うわけで彩佳も安心すると良い」
どこをどうやっても話が巻き戻らないと悟った彩佳は、致し方なくその場をお後にした。
が、引き下がれないのは令の方だった。
「しかし、触ったぐらいで婚約とかって勝手すぎませんか?」
そこに令の両親が入ってきた。
「令君、おめでとう!」
これは父親の方で、母親は総理に挨拶などしていた。
こうして令の運命が決した日であった。