いつの間にかのペットな身分
紙切れには日時と場所が書かれていた。
『桜花女子大学付属中学校、校門前に午後四時』
令には、やっぱりと言う気持ちと、凄いなと言う感想を持った。桜花女子と聞けば名門というイメージが付いてくるからだ。
彼女には、特に服装からだが、お堅い雰囲気が漂っていたし、話し方が浮き世離れしている気がした。クラスメイトの榊原と比べたら榊原に同情したくなるほど、女性としての差を感じてしまう。
そんな彼女から、『正門前で待つ』と言われたらいくしかない。と、思うのだが、午後四時ははっきり言ってきつい。
なにしろあの榊原が見逃すだろうかと、不安になってくる。そうなると、何か手を打たなければ乗り越えられないと考え出しても仕方のない話だ。
次の日、案の定、昼休みに入ると即行で榊原が飛んできた。
「おい!」
目を丸くし、『女子の開口一番がこれかよ??』と、驚きと共に、『この差なんだよな』と、無自覚にも令は顔の表情に出してしまった。
「おい! 今、何言った?」
鋭い、と、思った令は慌てて、
「いや、何も言ってないけど?」
「顔に書いてあんだよ! 今、あたしを馬鹿にしただろ!」
「いえいえ、そんな事言ってないし! 何時もお世話になっている榊原さんに不遜なことは言いませんって!」
どうも令には男の矜持というものは無いようだ。
それで納得したような榊原が、
「そんなら良いけど、で、問題は放課後! 今日も良いわよね。居残り掃除よ!」
「それなんですが。今日は重要な用事がありまして、先に済ませておきませんか?」
「先とは?」
「今日の六時限目って体育だろ。その時間にするとか?」
それを聞いて榊原が引き気味に、
「もしかしてあたしにずる休みさせて、いかがわしいことをしようって言うんじゃないでしょうね? でもって、それであたしを強請ろうとでも考えているとか?」
「そんな馬鹿な! それ、自意識過剰だから」
「今、あたしの中で、ブッチンって切れる音がしたんだけど、その怒りを令君にぶつけても許されるよね? だんだんこう、鼻息が荒くなってくるんだけど……」
そう言ってる間にも榊原の呼吸が加速度的に荒くなってくる。
身の危険を感じる令は、昨日習得した業に全てを賭けることにした。
『援軍召喚!』
と、そこに榊原の友人である吉野が隣に現れた。この吉野も、どうやら令に気があるようなのだ。
「春代ちゃん、また令君をいじめているの? それってよくないよ」
「自業自得なのよ! それよりお昼はどうしようか?」
そんな事も簡単に言い出した榊原に、吉野は提案する。
「それなら令君も一緒にどう? それならお話しの続きもできるし」
「できるし、吉野ちゃんもうれしいし?」
「そんなこと無いよーー、春代ちゃんって意地悪なんだから」
令だけが意味が分からずに移動させられた。
彼の中では召喚したはずの吉野に引き摺られている気がしてならない。これが自分の助けになるのかと訝っていると、
「令君って、放課後ってご用事とかがあるんですか? さっき聞いちゃったから」
「そうなんだよ。で、吉野さんに頼めないかな。教室の掃除なんだけど」
「良いけど……?」
と、令には吉野の言い方が尻上がりに聞こえ、その後に何が来るのか気になって、
「けど?」
と、催促してみる。
「令君が良ければだけど、私の掃除当番の時なんだけど……」
と、またしても途中までしか言わない。
それで察しが付いた令は、
「了解了解。その時は僕も手伝うからね! 一緒にやろう」
この『一緒』で嬉しくなった吉野は、
「じゃ、春代ちゃん、今日は二人して頑張ろうね」
榊原は呆れたように、
「はいはい、本当に吉野ちゃんは甘いんだから。ペットはその場で躾けないといけないのよ。だから、あたしがきっちりと躾けてあげてるのに」
「でも鞭ばかりじゃ駄目なのよ。時には飴も与えないと。懐かないというか」
そう言ったのは真顔の吉野だ。
令は二人の女子の会話を聞きながら、顔を引き攣らせながら、
『自分はペットかよ!!』
と、嘆くも苦しい笑顔を作る。
吉野にはそれが聞こえたようで、
「今なんて言ったの? まさか令君って自分のことをペットだって思ってるの?」
「あたいのペットだからな。でも、時々なら吉野ちゃんにも貸し出しちゃう」
「本当!? うれしい。その時は一緒に遊ぼうね」
その言葉を聞いて令の背中に悪寒が走ったことは言うまでもない。