生き残りを賭けた戦い
令が根性を見せるときが来ました?
「ここは?」
「あなたが生き残るためには、この世界で試練を受け、見事に適合者とならねばなりません! 負ければ即死です」
「へ? 試練って、僕はひ弱で情けない男ですよ? 即死って、そんなの嫌です」
「それは嫌と言うほど知ってます。本当に情けない人ですよね。女の腐ったの以下のナメクジのようなうじうじとした、見るだけで鳥肌が立つほど最低の男ですよね」
これはかなりきつい言葉だ、が、それすらも凌駕する令には、そよ風くらいにしか感じず、
「お褒めにあずかり光栄です。それではこの試練はお取り下げに?」
「なるわけ無いでしょ! その性根をたたき直すための試練なんですからね。無理難題でも受けてもらいます。返事は聞きませんからね! 覚悟なさい!!!」
令は頭を叩かれそうで両手で抱え込んだ。
それを見て、彼女がため息をつきながら、「良いですか」と、幾分優しい響きのある声で、「この道を進むと、次から次へと好敵手が現れます」
そこで再度ビックリする令は、
「僕がひ弱だって知ってますよね? そんなのに勝てるわけがないじゃないですか。卑怯の選手権なら勝てそうですが!?」
「話は最後まで聞きなさい。その好敵手と言っても、あなたより紙一重で弱いのです。でも、口は達者なのです。その口車に乗らず、あなたは勝たなければなりません。最終の所で私が待っていますから、必ず達成するように、良いですね。私の元に必ず帰ってくるんですよ!」
そう言ったかと思えば、言葉の響きだけを残し、彼女の姿が消えていた。
令の足は震えていた。それも当然だ。今の今まで人と争ったことはない。通りを歩いていても肩すらぶつかったことはない。
『逃げよう!』
令の頭に真っ先に思い浮かんだ言葉がそれだ。が、
『どっちに逃げれば良いんだ?』
前も後ろも見当がつかない。
そもそも、ここにいても安全なのかも分からない。
そこで令は、『こうなったら!』と、戦車に乗った気分で進むことにした。向きはどっちでも良かった。逆走なのかも知れないが、それならそれで良いとまで思った。
すると、少し行けば対戦相手らしい男が立っている。
「遅かったな。どうせ俺が怖くてビビって泣いていたんだろう! そんなお前に止めを刺してやる!!!」
令はその言葉を聞いただけで倒れそうになる。
男はそんな令に向かって殴りかかったが、偶然にも倒れかかったために、男の拳が空を切った。
バランスを失った男が激高し、
「この間抜けやろうが!」
と、もう一度殴りかかる。
も、先ほどの偶然で男の拳が描く軌道が見えた気がした令は、ギリギリまでまって体を反らすことで回避してみた。
『あれ? 割と簡単じゃないか?』
余裕を持った令とは正反対に、男は自分のしくじりを悟り作戦を変えてきた。
男は間合いをじわりと詰めれば、フェイントをかけ一歩前に踏み出したかと思えば、その位置から回し蹴りを繰り出した。
令はフェイントに引っかかり最初に動いたために、次の動作では後手に回り男の回し蹴りを受け止める姿勢になった、が、片腕で蹴りを受けてみたところ、
『あれ? こんなに弱々しい?』
と、思わず嬉しくなる程だ。
男には令が、『ニタ』と笑った気がしたのだろう、
「こっこの野郎! 今、笑ったな、ぶっ殺してやるからな! 絶対にぶっ殺してやる!」
そう言っては息巻くのだが、なかなか次の行動に出てこない。
そんな男に困惑していると、足下に小人が、コアラのマートの箱を抱え込んだ小人がちょっこりと現れた。
『よう、旦那! お困りのようだな! 条件によっては助けてやらんこともないぞ』
『助けてくれるのか! それならあの男を倒してくれ! お礼なら箱で十個だ』
『十個は魅力的だが、俺には倒せないな。しかし、お前に倒せるような助言は言えるぞ』
『おぉ、それなら箱二個でどうだ?』
『二箱!? 旦那って弱虫のくせにせこいんですね。これでよくも……なもんだ』
令にはよくも、の後が聞き取れなかったが、それでも、
『とにかく教えてくれ!』
『あいよ! あいつの拳は見切ったよな?』
『見切るって、あぁ、拳の軌道は分かる、と思う』
『なら良し、じゃ、カウンターパンチでもお見舞いしましょうか!?』
『いや、争うのは、どうも……』
『そんなんじゃこの試練を通過できませんぞ!』
『じゃ、僕にも戦い方を教えてくれ』
『良いんですがね。お高いですよ』
『分かった、箱一個で』
『本当にせこい男ですね。まぁ、仕方ないか。じゃ、男と並行に立ってみてください。その時、そうだな、体重比率を左に八、右に二にしてください。そうしたら、回避するのには左に逃げますから、左足を軸に回転ドアのように九十度まわってください。その際、左回転で避けますから、右左どっちの腕を動かしますか? また、足裁きは?』
令には難しすぎて理解不能だったが適当に答えてみる、と、
『まず、左腕で左回転でドアを動かすだろ、その時、右足を左後ろに持っていけば良いんだな?』
『その通りです。で、対戦相手は、旦那の顔目掛け殴りかかったとしましょう。あの顔つきからして旦那に腹を立てているようですからね。ボコボコにするつもりですよ』
『おいおい、脅かすなよ。ただでさえ気弱なんだから』
『へいへい、で、殴りかかられたらどうします? 避けずにいます?』
『いや、そこは単に避けるから』
『そこですよ。単に避けたのでは先手が取れません。だから、体重移動なしでの回転ドアなんですよ。顔の位置をずらすだけで、相手の狙いがはずれますから、次の一手を旦那が打てるんです。ではやってみましょう。旦那は避けたら、相手の男の顎を手で起こしてあげてください』
令は手の動きを見せ、
『こうか?』
小人は大きく頷きながら、
『そうです』
こうして令は男の前に両足を広げ立ってみる、その際、体重の比率を心にとめて。
すると男の方も気味悪く笑いながら、
「今なら土下座をすれば許してやらんこともないぞ!」
ビックとした令に、小人が、
『そんなのは嘘ですからね。この戦いは回避不可能!』
その言葉で、『ハッ』とした令に、男は容赦なく殴りかかる。
令の方はギリギリで立て直せたのか、左腕に力を入れた瞬間、左足を軸に体が回転し右足が左足の後ろに回った。
と、同時に令の立ち位置が変わったために、男の拳は再び空を切り、令の手の平で顎を上げさせられた。
「うっぐぐぐ!」
と、男は後ろ向きに倒されてしまった。
何が起きたのか分からない男だったが、
「このお返しは必ずするからな!」
と言ってその場から姿を消していった。
令は、終わったとばかりにその場にしゃがみ込み、
「終わった~~、勝ったぞ! 万歳!!!」
『旦那、まだまだ、これからなんですぜ!』
『はちゃ??? 終わってないの?』
『終わってませんね。次の対戦相手が待ってますぜ!』
恐る恐る進めばそこには武器を持った怖いお兄さんが立っていた。
「逃げずに来たことだけは褒めてやろう。武器を好きなやつを選べ」
逃げれるなら逃げてますよ、と、どれほど叫びたかったか分からないが、武器を選ぶしかないと、令は地べたに投げ出されている獲物を見たのだが、
『よう、どれが良いんだ?』
と、全く分からない。
小人も頭を抱えたくなる程だが、何とか堪え、
『旦那なら、そこの八角棒が良いでしょう。それで突きを繰り出すのです。相手が間合いに入ってきたら棒の真ん中辺りで攻撃を受け止めるか、払うかしてください』
八角棒を手に取った令だが、手にずっしりくる重さで驚いている、と、
『旦那、すぐにきますぜ!』
と、小人が気合を入れてくれた。
『おう!』
対戦相手のお兄さんは長刀を持っていた。
その構えからして令よりすっと強そうだ。
「いくぞ!」
小人は、『体裁きを忘れないで!』と、先ほどでの経験を思い起こさせた。
お兄さんは令を睨みつけたまま、動かない。令の隙を誘っているようだ。
それに気が付いた小人は、
『気をつけてくださいよ。呼吸を乱さないように、そして奴の呼吸を読み取って。人は息を吸っている時には攻撃してきません。吐くか止めた時攻撃してきます』
令は難しいことを言うなと困惑しても、先の経験からお兄さんからは目を離さない。
それに痺れを切らしたお兄さんが、いきなりフェイントをかけてきた。が、令はその手に乗らず、足裁きだけを動かすだけだ。
二三度のフェイントの後、上段から振り下ろした刃が横胴目掛け一歩踏み込んでくる。
長刀と言っても令の八角棒の方が間合いは遠いのだが、このお兄さん、かなり使い手らしく令に精神的圧迫を仕掛けていた。
フェイントには動じなかった令だが追い詰められたせいか、上段からの振り下ろしには反応してしまった。そのために横胴への対応が遅れた。
八角棒を頭上に構えたため、胴ががら空きとなった所を狙われたのだ。
お兄さんの長刀が令の腹部を切り裂く、その瞬間に偶然なのか令が飛び退いた。
『危なかった!』
間髪の所だった。
「うぬ、まぐれだろうがよくぞ我が秘剣をかわしおった!」
しかし、これは単なる面胴の連続技だ。
それをいかにも達人業のように見せ掛けるとは、さすがのお兄さんだ。
その勢いのままお兄さんは上段攻撃の連続を仕掛けてきた。その早さは凄いのだが、令の八角棒だと凌ぎやすいようだ。
「うぬ!!!」
お兄さん苛立ちながら突きを仕掛けてきた、が、その息が上がりだしている。
「ぐっごぉ! ぐっごぉぉぉ!」
と、掛け声まで上げだし、僅かずつ足裁きも乱れていた。
突きを八角棒でかわすのは少し難しい。
上段をかわすのは棒を頭上に構えれば凌げるのだが、突きは一点突破されるのだから、その一点を棒で払わなければならない。まるでバットで硬球を打つようなものだ。まぁ、玉と言っても後ろに尾鰭がついている玉なのだが。
そうやって凌いでいるとお兄さんの足下がぐらついた。
令はその隙を逃すまいと、一歩踏み込むお兄さんの頭目掛け八角棒を振り下ろした。
が、それはお兄さんの罠だった。
罠を仕掛けたお兄さんは、令が上段を撃ってくるのが分かっているから、対処も決まっていた。そう、返し技だ。
上段から来る令に対し、お兄さんは半歩踏み込んだ横返し胴だ。
これには踏み込んでいる令に逃げ場はない。
『あぁ、やられる!?』
と、思った瞬間、持っていた八角棒の長さを変え、上段を撃ちつつ、お兄さんの胴を八角棒で受けきったのだ。
「うぬ?? 何やった?」
凌がれたお兄さんの方が驚きが大きかった。
その隙に令は小人に問い掛けた。
『いるか? いたら返事をしてくれ』
『なんですかね?』
『この人に勝つ方法って無いの?』
『お嬢様がなんと言ったのか、もうお忘れですか? 旦那の方が強いんですよ、紙一重ですがね』
『しかし、負けそうなんだよ!?』
『それは攻撃しなければ勝てないでしょうね』
『あれ? 僕って攻撃してなかったっけ?』
『してませんね』
それで奮起し攻撃に転じた令だが、まるっきりの出鱈目だ、が、それが功を奏したのかお兄さんの方で対処しきれなくなった。攻撃にリズムも型もないから反射神経で受けていたため、次第に後手後手に回り、次の一手で詰みとなった、その時、
「まった、まった! 少し休憩しよう」
と、お兄さんが右手を突きだしそう叫んだ。
『おい?! これはどうしようか?』
と、当惑した令が小人に聞く。
『お嬢様がなんと言ったのか、もうお忘れですか? 言葉にってやつです』
『あぁ、そうだったか、じゃ!』
そう言って令はお兄さんを打ち負かした。
が、どういうわけか、令が勝つとそのお兄さんの姿が掻き消えた。
『あれ? これはどう言うことだ?』
小人は素知らぬ顔で、
『さぁ、難しいことは分かりかねますね。さぁ、次ですよ! 頑張って』
令は休む間もなく次の対戦相手の姿を目にした。
と、その時、何を勘違いしたのか令が突進した。
「たぁぁあああ!!!」
と、八角棒を振り回していく。
小人も驚き、
『旦那! ダメですってばあぁぁ!!』
と、叫んだが間に合わなかった。
対戦相手にたどり着く前に、その女性だったのだが、
「延焼波!」
これは魔法だった。
最初の対戦相手が素手で、次が武器を持ち、今度は魔法ときた。
彼女が放った魔法が襲ってくるのが見えた令は、前転でもするようにジャンプしたのだが、そんな器用な体操業が出来るはずもなく、惨めにスライディングしたみたいになってゴロゴロと転げ回った。
しかし、それが良かったのか、服に燃え広がった火が、転がっている間に消え失せた。
「あれ?」
と、焼け焦げた服を確認している令だ。
その仕草が自分を馬鹿にしたと感じたのか、彼女が怒り出し、
「始末してやる!!! サンダービルド」
彼女が唱えると、変な球体が出来上がり、それが帯電しているようで落雷を発生しながら令目掛け突き進んでくる。
当然ながら令は逃げ回る。走って走って走り回り、
『これって、どうしたら良いの?』
そう、この球体、令を追いかけ消滅しないのだ。
『旦那、自分だって魔法が使えるんですよ。魔法でちゃっちゃってやっちゃいなさいよ』
『あぁ!!!』
と、なにやら気が付いたみたいな令が、持っていた八角棒を球体に投げつけた。
八角棒が突き刺さった球体は電流が漏電しだし、令に向かって放電出来なくなった。
令は今度は自分のターンとばかりに、
「うん? ……、あれ? あれれ?」
『これってどうやるんだ? 出ないぞ?』
『思い描くんですよ。詳細な内容を思い描き相手を攻撃させるんです』
『おぉ、そうか、ありがとな!』
しかし、彼女が、そんな隙など待ってくれるはずもなく、
「サンドハング!」
彼女の叫びと同時に令がいた場所が大きく裂け目を造った。
「ぎゃ!??」
大地の裂け目に入り込みそうになった令だが、
「エアレーション!」
令が唱えると大地の割れ目から空気爆発のような噴出しだし彼を空中に放り投げた。
『あれ? やり過ぎた?』
それでも二三メートル上がっただけだったが、令に取ったら大事件だ。
で、令は、
「バブルスター」
と、大きな、そして数限りないほどの泡に包まれた。
そんな遊びも彼女のもう一度はなった、
「サンダービルド」
で、泡が弾けてしまった。
しかし、それが狙いだったのか、令は地面に落ちていた八角棒を手に取り、彼女目掛け走り出した。
そして後一歩のとことまで来た時、彼女が叫びだした。
「か弱い女性を撃つの? それもそんな怖い武器で?!」
令は当然のように逡巡した。
「あぁ???」
しかし、小人が、
『お嬢様のためです。お打ちなさい!』
令がその言葉に従うと、試練が終了したみたいで、元の世界に戻っていた。
『あれ?』
令が心なしか顔を上げてみると、そこに少女がバイオリンを奏でていた。
暗闇の中、街路灯の僅かな光に照らされて、それでも少女は輝いていた。少なくとも令の目にはそう映っていたのだ。
それは何というのか、光による明暗ではない。演奏による脚光でもない。少女が年頃というのだろう。未だ令の目は、その分野で開けてはいないのだが、少女があまりにも好気を発散するものだから、彼の目にもその影が映り込んでいるのだ。
『なんて綺麗なんだろう!』
こう令は感嘆を洩らすしかなかった。
そして動けない。
ただ見ているだけ、聞いているだけで、動けないのだ。
演奏が終わり令が戻ったことに気が付いた少女は、
「お帰りなさい。無事で何よりだったわ」
令はこんな場合何時ものように頭を掻き、
「助言が効きまして、何とか出来ました」
「それじゃ、明日はここに来てね」
と、少女は再び紙切れを令の手に渡し、暗い夜道を歩いて行ってしまった。
「あ、あの……」
と言った時には少女の姿はなく、かわりに
『コアラのマーチ!!』
と、小人が催促しだした。