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大樹の下での再会

やっと少女との再会を果たした令だったが、

『あぁ、この人だ!』

 と確信した令だが、その目は少女に釘付けとなっていた。


 少女の周りの空気が動いている。それは大木樹からの柔らかいダウンバーストなのだろう。彼女の髪が軽やかに揺れている。


 令の視線が少女の一挙手一投足を見逃すまいと追い続ける。


 それは弓をもつ右手だったり、弦を微妙に振動させる左手だったり、体重移動の際に僅かばかり動く両足だったり、そして何より少女の瞳に見とれていた。


 その時がどれくらい続いたのか、令には分からなかった。ほんの数分だったのかも知れないし、一時間も二時間も経ったのかも知れない、が、彼にはかけがえのない情景として記憶に刻まれていった。


 演奏が終わった時、令は自分だけが聞いていたのではない事に気が付いた。周りから数多くの拍手が湧き起こったからだ。


 令は、その中の一人として、すぐさま身を屈めた。周りの聴衆が小人ばかりだった所為だ。彼が立ったままの姿勢では、目立ちすぎると思ったのだろう。


 演奏が終わった後の少女の動作一つ一つまで具に目に焼き付けている。

(こうなると少し危ない人のようにも思えるのだが、まだ、追っかけに成り立ての令なのだから致し方ないのかも知れない)


 と、そこで令が何を思ったのか、

『僕は追っかけじゃないし、ここははっきりと来た理由を説明しないと』

 こんな決意を持ったは良いが、足は動かない。声も出てこない。ひたすら目を伏せて、チラチラと彼女を眺めているばかりだった。


 そこに先ほどの小人が、もっとも、小人の区別など、この時の令に付けられるはずもないのだが、持っていたコアラのマートの箱で、それだと分かった。

「お前よ! ここに何しに来たんだよ? お嬢様とお話しするためじゃなかったのか?」


 確かに正論だったが、令は口をパクパクするだけでしゃべれない。


「うん? お前、話せなくなったのか? 全くだらしがないな。じゃ、俺様がちょっくら話してきてやるよ。そんかわり、マーチの箱、二個だからな!」


 そんなことを一方的に言うと、その小人が走って行った。


 そして少女に何事かを告げると、戻ってきた。

「お嬢様がお聞きになるそうだ。ありがたく行きやがれ!」

 と、小人が令のケツを蹴り上げた。

 この小さな体でどうやって蹴ったのかは分からないが、とにかく蹴り出した。


 前に蹴り出され、つまずきそうになりながら勢いで少女の前まで来た時、全てが一変した。

 そこには大樹があり、軽やかなイオンと共にフィトンチッドに包まれていたはず。そして何よりの証拠として小人たちがわんさかいた、なのに、ここには誰もいない。


『どうして?』


 そう令が困惑していると、少女の方から、

「これで三度目、いえ、四度目よね!?」


 そのトーンが少し上がり気味だったから、令は自分に聞いているのだと判断し、

「やっぱり、神田川沿いの時も君だったんだね」


 少女はあからさまに戸惑いを顕わにし、持っていた弓にバイオリンを胸元で交差させ、

「さぁ、どうでしたかね?」

 と、耳にかかった髪を掻き上げ、勢いよく払ってから、

「そんなことより、お話しって何でしょうか? もう夜も更けて参りました。私は家に帰らなければなりません」


 その時、改めて少女の装いを見直した令だ。


 襟元は上段まで飾りのボタンで留められ、そこにはブローチが、遠目からでも分かるほどの宝石で賑やかな光を放っている。

 そのブラウスの上には、この季節のためなのか真っ白な毛皮のベストを着ていた。

 そしてスカートなのだが、手縫いと思えるほどの見たことのない柄なのだ。しかし、今風の軽やかなものではない事は確かだった。


 あまりにもしげしげと観察してしまったために、少女にばれてしまい。


「その視線に身の危険を感じるのですが?」


 その言葉で現実に戻った令は、何時ものように頭を掻きながら、

「いやごめんごめんなさい。君があまりにも可愛いもので、ついつい」

 と、どこかで聞いた台詞を臆面も無く言い切った。


「あなたって誰にでもそんな浮ついた言葉が言えるのね。見損なったわ」


「え?」

 と、つい言葉が出てしまった。そして、

「それをどうして?」

 が、次の疑問だ。

 しかし、本心からは、

「いやいや、それは誤解だから。誰にもなんて言ってないし!」


「あなたの基本行動って、その場をかいくぐれれば良いってスタンスなのね」


「本当に、それって誤解だから」

 そういう令だが、顔中から噴き出す汗が真実を物語っている。


「さっき、『それをどうして?』 って聞きましたわよね? それはつまり肯定したってことでしょ? 男ならはっきり認めなさい」


 華奢な彼女に、どうしてこれほどの気概があるのか謎なのだが、兎にも角にも令は困窮していた。


「ごめんなさい」

 と、令の最終兵器を取り出した。


「ほら、また、そうやって安い方に逃げていく!」


 撃沈した。


 最終兵器を出してまでこの始末だ。


『こうなったら!!!』


 と、覚悟を決め、


「ほっほ、ほんじゃ、さようなら~~」

 と、駆け出そうとした時、だ。


 彼女の方から、

「時間は明日までだけど、それでも良いの?」


 動き出した体が一瞬で硬直した。


 そして振り向き、

「え?? あれってマジ?」


「マジ!」


「おおマジ??」


「しつこいですよ!?」


「嘘だと言って!?」

 と、その場に崩れ落ちる令だ。それから、

「嘘だと言って」

 と言いながらパンダのタイヤ遊びみたいにして見せる。


「そうやって現実逃避しても事実は変わらないわよ」


「しかし、どうして僕が? どうしてこんな理不尽な目に合わなければならないの?」


「私には答える義務はないわね。では、明日で終わりだけど、お達者で!」


 令は、半歩足を動かした彼女の前に滑り込んだ。


 それは彼女にしたら意外で、その上に非常識な行動だった。


 それは彼女のスカートの丈があと僅かでも短かったら、彼女の密やかで艶めかしいところに視線が届くところだった。


「あなた、なにしているの?」


 そう言って彼女は一瞬で後ろに飛び退いた。


「あ、いや、そんなことより、お願いします。どうすれば良いのか教えてください」

 と、令はその場で土下座をしてみせる。


「まだ、私のスカートの中を見ようとするの?」


 彼女の声は本当に恐怖を感じたように震え、霞んでいた。


 それに気が付いた令は、慌てて立ち上がり、それでも頭を下げ頼み込む。


 それを見て彼女も、

「仕方ありませんね。周りを見てください」


 頭を上げると、令の目に飛び込んできた情景が、先ほどまでの、何時もの現実世界、始めにいた遊歩道だったのが、激変していた。

 ここは大木樹の世界だった。

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