ほのぼの学校
バイオリンの少女との再会する場面です。
学校では、その日一日の授業が終わり、
『いざ! 図書館へ!』
と、息巻いて廊下に出ようとした時、
身慣れた女子が仁王立ちしている。
「あの? 何でしょう?」
と、気弱な令が申し訳なさそうに聞いてみる。
「何でしょう? じゃないわよ! うちらの班は今週、掃除当番なの!」
「はあ! そうですか、ご苦労様です。それでは僕は用事がありますから、これで」
逃げ出そうとする令の襟首を掴みながら、
「これで、じゃないわよ!」
そう言って顔をかなり近づけならが、こう宣う。
「ご苦労様じゃないわよ! 令君、あなた昨日サボったわよね! いいえ、答えなくても良いの。サボったのは分かっているんだから、で、ここからが本題。昨日の分として、今日、これから、掃除をして行きなさい。良いわね! 命令よ」
令は非常にまずい事が起こったと頭を抱えたくなった、が、ここは何とか凌ごうと、
「顔がいやに近いんですが!?」
火に油を注いでしまった。
彼女、榊原というのだけれど、近づけた顔をさらに近づけ、
「今、なんて言ったの? あたしって、さぁ。ちょっと耳が遠くて聞き逃しちゃったのよね。で、だから、さぁ、もう一度言ってくれる? あ、でも、言っておくけど、あたしってさぁ、一度切れるとなかなか治らないんだよね。それにさぁ、自覚はないんだけど、すぐに切れやすいんだって、あたしの友達の吉野がそう言うのよね。で、そこんところを踏まえた上でもう一度言ってくれない!?」
令は万事休すと言った感じとなり、
「いやだなぁ、聞こえなかった? 僕は今日の春代ちゃんっていつも以上に可愛いなって言ったんだけど、これ言うのって少し恥ずかしいから、何度も言わせないで欲しいな」
ニタッと笑った榊原春代は襟首を掴んでいる手を放し、
「そう? いつも以上に可愛いの?」
「そうだとも、とくにリボンなんて可愛すぎる」
「ちょっと待って、それってリボンが可愛いの? それともあたしが可愛いの?」
「もちろん春代ちゃんが可愛いに決まってるじゃない! リボンはそのおまけって感じ」
「そう、リボンは箸休めなのね。それなら良いわ。あたしはてっきり軟膏春代、さんてってからかったのかと思った分けよ」
「それだったらサロンパスを張るよさんの方が面白いかも」
「ちょっと図に乗りすぎよ! 手伝ってあげないわよ」
そこでどうして榊原がここにいるのかを勝手に推察した令だが、彼女がどんどん級友を教室から追い出している姿をみていると、つい、
「本当に榊原って行動力があるよな」
と、感想のような言葉が口から出ていった。
男子のケツを箒で追い立てながら、
「そうでもないよ! それに今年は進学がかかった三年じゃん。なかなか思ったことが出来ないってのが、本音でしょ」
令たちは高校受験の真っ最中だ。
「なら、榊原も帰って良いぞ。教室の掃除だけだったら、僕一人で……」
榊原、顔を幾らか赤くしながら、
「ばっかね。一人で掃除したら四十分はかかるのよ。それに令君って用事があるんでしょ。だったら早く片付けないといけないんでしょ!」
「あぁ、ありがとう」
「これは貸しと言う事にしといてやるから、反故になんかしたら承知しないからな」
その後は会話もなくてきぱきと掃除を済ませていく二人、机椅子を動かしたり、黒板を拭き取ったり、二人でやった分、早く終わって精神的に楽だったようだ。
「これでよし、と、じゃ、担任に報告行くよ」
きょとんとしている令だが、ここは大人しく従い、とぼとぼとついていくと、
「もしかして、あたしが玲君に気があるとかって思ったんなら、それ勘違いだからね」
いきなりそう言われて驚く令だが、先ほどからの学習で、
「そうですよね。では、僕は用事がありますので、これにて失礼」
そう言って逃げるように学校を後にし、急ぎ足で図書館へ向かった。
が、カウンターにいない。
「え? 嘘!」
このショックは大きかったようで、再び考える人になってしまった。昨日と同じ長椅子に腰を下ろし、地べたに視線を向ける、と、小人が一人、現れた。
その小人、令を指差し、
「何時も何時も聞こえてくると思うなよ!」
と、小生意気なことを言いだした。
普通なら、『ひねり潰すぞ!』と威圧的に振る舞いそうだが、今日学んだ通りに、
「そうですよね。何時もは無理ですよね」
と、低姿勢で小人の様子を伺う、が、小人の顔が小さく、日本人的な造りではないため表情が読めない。
「それならよろしい」
と言った小人にはまだ用事があるらしく、
「それでお前、コアラのマーチって言う高級食材を知っているか?」
それで察した令が、「ちょっと待ってて」と走り出し、数分後に戻ってきた。
「これのことから?」
と、コアラのマーチの箱を開け、中身を取り出す。
「そう、それだ。おれは催促したわけじゃないんだぞ!」
と、生意気な言い方をするものだから令も、
「誰もやるなんて言ってないぞ?!」
と、一個を口の中に放り込む。
「うま!!!」
と、大袈裟な感嘆符をつけ、
「しかし、あの子のことを教えてくれたら、上げるんだけどな」
小人はびびったようで、
「お、お嬢様は、それはそれは清らかなお人で」
令は思わず、
「あぁぁ、やっぱり知っているんだ!」
と言いながらコアラのマーチを一個手渡した。
小人はそれを受け取り、嬉しそうにひとかじりしながら、
「うま!!!」
と、令と同じように感嘆符を付けた。
「ね! うまいよな。で、そのお嬢様にはどうやったら会えるんだ?」
「お嬢様に会いたいだ?」
と、ぎょろりと睨みつける。
もう食べ終わった小人に、もう一個手渡しながら、
「ほら、昨日会ったお礼も言ってなかったし」
と、有り体な話に持っていく。
小人は小人でコアラのマーチを受け取り、それに齧り付きながら、
「そう言った事情なら、仕方ないよな。お嬢様は、今日はもうお帰りになったから、明日、そうだな、明日なら会えるんじゃないか」
そこまで言うのだが、その後を言わない。
それで令はもう一つを取り出すも、小人は頭を振るう。
「そうじゃねぇ! 箱ごとよこすだ!」
「しかし、それだと食べ過ぎになるだろ?」
「見くびっちゃなんねぇ。俺様にも考えがあるのさ!」
渋々令が箱を手渡せば、
「ありがとよ!」と、小人はそのまま消えそうになり、「明日、図書館前で待ってな」そう言ってどこぞに消えてしまった。
元々、小人だけあって草むらにでも入り込んだのか、よく分からないのだが、その時の令は疑問にも感じていなかった。
で、次の日は何とか榊原の魔の手をかいくぐり学校を後にする事が出来た。
少しでも早くと、運動不足な上に運動音痴な令がだ、その時は真面目に走った。
図書館前まで来てみたが、あの時の女性は見当たらない、し、カウンター席には、一昨日いたおばさんが座っている。
それで、一愚痴が見える長椅子に腰掛け待つことにした。
しかし、いくら待ってもそれらしい人がこないから、ついには図書館に入ったり出たりしだした。端から見たら不審者っぽかったかも知れない。
が、ついに夜に入ってしまった。
『小人に担がれたか!?』
と、令は悔しさを滲ませ、考える事しばし、で、作戦を立てた。
令は急いでコアラのマーチを一箱買ってきて、小人が出てきた長椅子辺りにコアラのマーチを一個置いてみた。
それを少し離れた場所から見張っていると、どれくらい経ったのか、後ろから、
「昨日の坊やじゃないか! それで小人が釣れたのか?」
振り返れば肩に小人が乗っていた。
令は今までの疲れもあって、
「小人も釣れなければ、お嬢様も来ないぞ!」
「それはご愁傷様で、しかしな、あれぽっちのコアラのマーチじゃ無理ってもんだぞ。なんと言ったってお嬢様とお会いするんだからな。普通だったら、お前みたいな身分の低い奴なんて会える事なんて無いんだからな」
「でも、食べたよな、これ!」と言ってコアラを見せ「だったら何とか会わせろよ!」
この時の令はかなり強気だ。
小人は考えるふりをしながら、
「どうしようかな? マーチはもう食っちゃって無いし、な! う~~ん、どうしようかな、もし、ここにマーチがあったら教えなくはないんだが」
そんなことを言って小人は令の顔色を覗き込む。
小人と違って、令の表情には有り有りと動揺の色が色濃く映っている。それで、
「う~~ん、お嬢様も色々とお忙しいから、今日は無理かな? いや、そこをお願いすれば何とかなるかも知れないが、しかしなぁ!!」
ついに令も降参し、
「分かったよ。これをやれば良いんだろ!」
「あれ? 俺、何か強要なんてしましたっけ? してないですよね?」
「分かった分かったって、強要はしていません。これは僕の好意の品です」
「そうでやんすか! それはごちになります」
「おっと、その前に教えろよ!」
「教えるも何も、ちょっとこれを受け取りましてね」
と、小人はコアラのマーチを箱ごと受け取り、
「少し考えれば分かることではないですか?」
「考える?」
「坊ちゃんはお嬢様にお会いしたんでしょ。それもメロディーまで聞かせてもらって、だったら、それと同じようにすれば良いんですよ」
「同じ?」と首を捻りながら、「同じとは?」
「思いを同じにするんですよ。お嬢様を思い描いてお会いになりたいと願うのです」
そんな都合の良いことを言ったかと思えば、小人はそのまま見えなくなった。
令は慌てて、
『あぁ、待って待って!』
そう叫んでみても後の祭りとそこには何も無い。
『あちゃ、またやらかしたか!?』
と、思ってみるが、ダメで元々とばかりに試みることにし、
『お嬢様って、どんな姿だっけ? 顔は見たことない気もするが? どうだっけ?』
などと困惑していると、ついつい遊歩道を歩きたくなり、道の先を足が勝手に進み出した。
明かりが歩道を照らしていたり、街路樹だったり自然に生えた雑草だったりに色を添えている。
その生き生きしている絵のような風景が楽しくなってきた令は、ハミングし出した。極々自然に、口ずさむ自分ですら知らない間に、だ。
ハミングしながら右手で調子を取っていると、どこからかバイオリンの音が流れてきた。その音はハミングのメロディーに合わせたものだ。
『どこだろう?』
と、令が辺りを見渡すと、その音も断ち切れてしまった。
『あぁ!? もしかして僕が歌うのを止めたから?』
そう思った彼は真っ赤になりながらももう一度ハミングし直した。
(それはお世辞にも良いとは言えない部類だ。はっきり言えばかなりの音痴なのは間違いない)
それでも令は一生懸命に音を探している、と、再びバイオリンに音が流れてきた。
が、今度はハミングを止めずにひたすら念じていると、目の前に明るい大木樹が一本二本と周りの景色がすっかり変わって見え始めた。
大木樹の周りには背丈の低い木々が、その必要に応じてそれぞれの姿をしている。
ほっそりとしてたり、ずんぐりむっくりだったり、ねじれていたり、まるで踊りを踊っているかのような樹形だったりと、とにかく賑やかと言うのがふさわしい。
それと共にだが、雑草なのだろうが、それも華やかさを添えている。薄のような月夜に映えるものもあれば、背丈が低く影に隠れそうな桔梗の様なものも咲いている。
その全てがこの空間を讃えているのだ。
令は誘われるようにその中に入り大木樹に近づいていった。
するとそこに、木の下で少女がバイオリンを弾いている。