最終話、バイオリンとの死闘
里中少尉が非常招集時に今までに無い緊迫した表情で作戦の説明をした。
「我が小隊は敵左翼前面で待機。一斉攻撃の合図で突撃する。その際、最前面には令、その左右に日下部と横田、そのバックアップに三好が入る」
その説明に、日下部が、
「里中少尉殿はどこに?」
「私は指揮官として最後尾で指示を出す」
その移動時に、日下部は小声で令に話しかけていた。
『だろ? これだったら民間に行った方が良いだろ? これじゃ人生の無駄遣いだぞ』
令もそれには同意する部分が多い。なにしろ今は守るべきものもいるようないないような中途半端だ。だからやる気も殆ど無い。
『ですよね。僕も少し考えてみます』
『おぉ、それが良いぞ。で、どうなったらこの隊を抜けるんだ?』
『状況次第ですかね。何しろ総理からの呪縛をどうにかしないと』
『令君にはそんな厄介なものがあったんだよな。でもよ、待っていても変わらない事ってあるんだぞ。だったらこっちから動けば良いんだよ。揺さぶりってのも大事だぞ』
そんな話をしていると敵前面が見えてきた。
人間軍はかなりの被害を被っているようだ。
しかし、今回はどっから見ても魔族と分かる様相を呈している。
「う! これは酷い!」
と、令は道ばたに転がっている人間の死体を見ていったのだが、他の隊員は敵軍に目が釘付けとなっていた。
「あれと戦うのか? あれって本物の化け物だぞ」
と、日下部が言えば、
「今までの化け物が子犬に思えるよな」
と、横田が震えだしていた。
それでも少尉は中隊と連絡を取っている。
その少尉の表情で突撃が間近に迫っていることを悟った隊員達、各自が遺書めいたものを書き出していた。
が、令だけは戦闘のシミュレーションを組み立てている、と、
「令君も、遺書を書いた方が良いぞ」
と、日下部がお節介に言い出した。
しかし、令は氷のように冷静になり、
「多分、他の部隊は総崩れとなるでしょう。そうなると魔族の部隊は崩れた人間軍を追撃しに入ると思います。ですから、我々はその裏を取り、直接大ボスに打ち掛かりましょう。もしかしたら大ボスを倒せるかも知れないし、悪くても追撃した魔族の部隊を引き戻せるでしょう。そうなれば人間軍も助かると思いますよ」
それに三好が噛みついた。
「でもよ。戻ってきた魔族軍をどうするんだよ? 前には大ボス、後ろからは魔族軍、こんな挟撃に俺等が耐えきれるはずもないし、援軍だって期待できないんだぞ」
「しかし、やらねば人間軍は全滅ですよ?!」
まだ文句を言いたげな三善を制止、里中少尉が決断した。
「それは俺たち小隊がこの前線を突破できたらの話だよな?」
「そう言うことです」
「なら、突破した後、大ボスの注意を引きつつさらなる前方に移動しようではないか。魔族の陣形は鶴翼という馬鹿を絵に描いたようなものだしな」
それを聞いた横田が、
「では、前進に次ぐ先進で大ボスを引っ張りながら横浜方面に行くって作戦ですね」
「そう言うことだ!」
そして正午前に総攻撃の合図が出た。人間軍も魔族と同じく鶴翼での進軍だった。もっとも人間軍は数の点で劣勢だったと言うのもあったが、相手の力量を見誤ったというのが本当のところだろう。
前進していく人間軍は魔族との遭遇で、なぎ払われるような壊滅に見舞われていく。その中にあって令の前衛での働きは凄まじいものがあった。
今までのストレスなのか、精神的な鬱積のせいなのか、群がってくる魔族を、魔法の鞭で次々に放り投げていく。
それは後方の遠くに投げ捨てることを目的にしているから、魔族の数が多くても対処するには楽な作業だ。
「令君、そのまま前進だ。もうじき敵軍の前線を突破できる!」
少尉の言葉通りに、ものの十分もし無いうちに魔族の前線を突破した里中小隊は、そのまま進み、大ボスの所在を探してゆく。
「右か左か、どっちにいると思う?」
これは日下部の問いかけだ。
それに対し里中隊長は、
「みな、銃弾の補給をしておけ!」
と、冷静な判断指示をしていた。
そこに三好が最速に大ボスを見つけ、
「少尉殿、あそこ大ボスではありませんか? 少ないですが集団でいます」
これには想定外だった。
「大ボスが集団でいるのか?! 用心深いな」
里中が言うように、このボスは警戒心が強いのかも知れなかった。
それで、令は、
「隊長、これはボスを一撃しただけで突っ切った方が良いかも知れませんね。下手に時間をかけたら完全にかもまれる危険があります」
三好もそれには大賛成で、
「そうですよ。ここまで来たんですから、横浜の中華街に繰り出しましょう」
判断が正しかったようで、大ボスの周囲にいた魔族も、そして前線にいた魔族軍も、一斉に令たち小隊を追撃しだしていた。
その数が半端ないため、あと少しで追いつかれそうになった時、令が足を止め殿を申し出た。
「僕が時間を稼ぎますから、先にいっててください。後で、中華をごちそうしてくださいね」
すぐさま令は取り囲まれたのだが、それでも残りが小隊を追撃するかもと心配した令は広範囲魔法で敵の注意を引きつけた。
遅くなった大ボスも到着し、ただ一人の令を見据えた。
「小童一人に我が軍が総出となったのか!? 小童、命が欲しくはないのか?」
そう言ってる隙に令は最大火力の範囲攻撃を仕掛けた。
「最果ての地より降り注ぐ剣よ! この魔族軍を討て!」
蒼穹より雨の如く真っ直ぐ直撃してくる剣に多くの魔族が貫かれた。体力が多い魔族は、残った体力でなんとか立つことが出来ているが、貫かれたことで体力を失った魔族は、その場でタルタロスの深淵に落ちていった。
「うぬ!??」
魔族がそんな状況判断をしている、その隙に令は第二弾の攻撃に入った。
「天と地の裂け目に生じる雷鳴よ。その姿を現し敵を討て!」
大地と天空との間におびただしい数のアーク放電が生じ、生き残った魔族に大打撃を与えていった。
「こしゃくな!」
こう唸った大ボスも、瞬時に攻撃へと転じることが出来ずにいる。体が痺れて思うように動かないようだ。
そこで周囲の魔族にとどめとばかりに、
「煉獄の炎、魔族を食らえ!」
周囲一帯に燃え盛る炎が生じ、大ボスを残して魔族を焼き尽くしていた。
生き残った大ボス、
「お前は何やつだ!??? どうしてそんな力を!??」
と、令を睨みつけた大ボスは、
「うん? お前は?」
と、なにやら気が付いたことがあるようだ。
「そう言うことか! しかしな、それがお前を苦しめる事だろうよ!」
そう言って大ボスは攻撃態勢に入った。
「こんな業を知らないだろう! 大地の牢獄、きやつを呑み込め!」
令の周りの土地が隆起しだしたのだが、彼は飛び上がって避けきれば空箱の出来上がりだ。彼はその上に乗り、
「こちらも反撃だ。龍の咆哮弾、奴を丸焼けにしろ!」
大ボスも自在の防御を形成しようと、
「大地の塁壁三重に連なれ!」
土で出来た壁が三つも出来上がれば、さすがの咆哮弾も大ボスにまで届かない。が、まだボスが攻撃に転じないでいる。
その隙をつくつもりで令は罠を張った。
大ボスのその目の前に、
「覆うことをするケルブよ! 奴の前に落とし穴を作れ!」
大ボスはそんなことに気が付かず、我先にと攻撃を仕掛ける。
「大地を駆けるレビヤタンよ! 奴を踏みにじれ! 肉を噛み切り骨を砕け!」
巨大な車輪のような生きたワニが出現すると、いきなり回転しだし令目掛け突進してきた。彼はそれを引き出すように後方に退き、また、後退していくと、大ボスも一歩、また一歩と前に出てきた。と、その瞬間、大ボスは落とし穴に填まった。
「ぎゃ!!! なんだこれは????」
その坑はすぐに蓋を閉め、大ボスを閉じ込めてしまった。それすなわり覆うことをするケルブの仕業であった。
「俺様をここから出せ!!!」
令は勝利を確信したが、まだ大ボスは健在である。
で、彼は里中少尉を呼び、この大ボスの処遇を問い合わせた。
「俺たちもそっちに行くから、それまで待機していろ」
そこで令は戦況を問い合わせたら、かなりの被害が出たらしい。
輸送車でやってきた少尉は、閉じ込められている囲いをみて驚きつつ、
「この中に大ボスが入っているのか? しかし、大手柄だな。早速本部に帰還しよう」
大ボスが入っている囲いを引き摺って走る輸送車は、辺り一面に人間の死体が横たわっているのを見ていった。
「これほどとは思ってなかったな!」
こう里中少尉は青ざめていた、し、他の隊員も明日は我が身と震えだしてもいた。
そうして進んでいると、大ボスが最後の悪あがきをし、自らの命と引き替えに、魔族軍団に復讐を希った。
「魔族軍総帥のルシファー様! 魔族軍親衛隊をお送りくだされ! そして我が命と引き換えに、我が怨敵を討ち滅ぼし給え!」
輸送車の周りに暗雲が垂れ込め、一気に真っ暗となれば、おぞましい気配が充満しだした。
それで察知した令が、
「しまった!!! 少尉殿、この囲いはもう用済みです。切り離して我らも逃げましょう。この気配からすると、到底我らの手に負えません。大至急、総理官邸に急いでください。それが人類の生き残る唯一の道かも知れません」
里中少尉は何のことか分からなかったが、令の言うことだからと、総理官邸に向かってアクセルをベタ踏みした。幸いなことに道路には民間の車両は走っていなかった。だから、ガラガラな道路を飛ばすことが出来た。
官邸に到着した令たちは、急いで彩佳を呼び出した。
が、総理官邸だ。勿論護衛官がわんさかと出てきたのだが、そこは能力者の小隊だけあって、ものの数分で護衛官を始末し終えた。
こうなると立場が逆転した令と総理の吉永だ。
この状況を理解した里中少尉は、総理に向かって、
「もうじき魔族軍親衛隊が降臨してきます。総理! どうします? あなたたちで戦いますか?」
「日本軍はどうしたんだ?」
「壊滅しましたよ。生き残っているのは能力者の一部だけでしょう。それも親衛隊が来たら瞬殺でしょうね。で、どうします?」
吉永総理はじれったそうに体を揺さぶって、
「お前に何か手立てはあると言うのか? あるからそうやっているんだろうな?」
「失敗すれば全員死ぬんですよ。もう、これに賭けるしかないでしょう。だから、総理にもお聞きしているんですよ。総理、どうするんです? 賭けますか? それとも賭けずにこのまま死にますか? そうなったら総理のご家族が全員死ぬんですよ」
「くどい! わしの答えは賭ける! だ! 早くやれ! 時間が足りないでは済まされんぞ!」
こうして少尉の命令で令が動くことになった。
令は薫に彩佳を呼び出してもらい、総理の前で血路を見いだそうとする。
「彩佳さん、そのバイオリンで天軍を呼ぶことができますか?」
彩佳は青ざめている。それは暗闇の存在が日に光に照らされたようにだ。
「いえ、分かりません。知っている事はこの音色をきっかけにして能力が開放される場合があることと、亜空間が開放される事だけです」
「天軍との繋がりは?」
「それは小人たちが言うだけです。私には何のことか分かりません」
それで途方に暮れた顔で薫に向かい、
「薫さん、あなたの知っている事を教えてくれませんか? どうやったら時間を巻き戻せるのか?」
「巻き戻しは無理でしょう。出来るのは……」
そう言って薫は彩佳からバイオリンを取り上げ、
「こうすることで時間は止まるはず!」
と言って、バイオリンを机にぶつけて破壊した。
そう、バイオリンはバリンと音を立て大きく壊れた、はずだった。
なのに、次の瞬間には元に戻っている。
それに気が付いた日下部は魔力をもって、
「銃弾に爆裂魔法を!」
と言って銃口を向け引き金を引いた。
ガッガガガ!
室内ではかなりの音量となった小銃だが、数発の発射でバイオリンは粉砕さえレていった。が、その次の瞬間には再び元通りになっている。
「なんだ!? このバイオリンは? 化け物なのか?」
里中少尉がそう叫ぶと、バイオリンが妖魔化して彩佳に向かって飛び出した。
その妖魔化したバイオリンを片手で止めに入った令だが、バイオリンの力が半端なく強く、令は両手で止めても引き摺られだした。
それで里中は、
「令君、魔法を使え! 魔力でなければ止められないぞ」
「フリージング!」
令が叫んだのだが間に合わず、バイオリンは彩佳に接触し、その瞬間に亜空間に引き込んでしまった。当然、彩佳に触れていた令も同じ亜空間に入り込んだ。
そして令はすぐにバイオリンと戦うべく身構え、
「フリージング!」
と、再び氷の魔法を放った。
今度は魔力が成功しバイオリンは凍り付いた。
令はその隙に自分が得意とする電撃魔法を、
「雷撃に次ぐ雷撃でスパーク!」
バイオリンに電撃が走ったと思えば、その反転した電撃が襲い、そして最終的な電解爆発で粉々にした。
しかし、それでもバイオリンは再び成形し元のバイオリンに戻った。
そこに小人が、
『そんなことしてもその子の生命力が失われていくばかりで、後数回で絶命しますよ』
「じゃ、どうしたら良いんだ? フリージング!」
と令は時間稼ぎにでた。
『一番良いのはそこの共々葬るのが一番なんですがね。それが出来ないなら……』
「なんだ?」
『あんたが身代わりになる』
それを聞いて彩佳が叫んだ。
「そんなの駄目! 絶対に駄目! 良いの、私が死ねが良いんでしょ! だったら、私が死ぬから、令君は薫お姉ちゃんと幸せになって!」
「馬鹿、そうんな簡単に死ぬなんて言うな。で、身代わりになってどうするんだ?」
『身代わりになり、そいつの亜空間で仕留めるんです。まさしく、自分の身の一部を切り離す感じで奴を葬るんですよ!』
令は覚悟を決め、魔力でバイオリンを吸い取る。
「樹木の如き触手を持ってバイオリンに入り込め! そして奴の命を食らうのだ!」
亜空間の中でこの戦闘は起こった。
バイオリンと一体化した令は瞬時に彩佳との繋がりを断ち切り、己とバイオリンだけになり、その上で命を賭けた戦いが始まった。
お互いが一つの命となっての戦いだ。それは小人が言っていた通りに二人で一つの命となっているため、どちらかが死んでも一つの命は半減する。
それが分かっていながらの死闘だ。
だが、その戦いで令はバイオリンについて知ることになる。それはそうだ、令は令だがバイオリンでも有り、バイオリンもバイオリンだが令でもあるのだ。
互いに戦っているのだが、その間に拡散と収拾が繰り返されどっちがどっちなのか、いや、どの部分がどっちなのか、令の部分で合ったものにバイオリンの部分が潜り込み、バイオリンの部分だったところに令の部分が噛み合わされていった。
それで自分たちですらどっちの意識なのか分からなくなった。
こうなると意志の強う方が全てを制する。
亜空間でぼーと突っ立っている令は、彩佳から見れば呆けているように感じられる。彼の中で何が起こっているのか、想像も出来ない。が、しかし、彩佳には令の死闘を、彼女の心が感じ取っていた。
『令君、頑張って!』
その声援が届いたのか、令は精神を集中し、信念を燃やすことでバイオリンの自己意識を我が物とし出していった。
一つ一つバイオリンの意識が令によって取り込まれていく。こうなってはバイオリンも為す術はない。まるで蛇に呑み込まれていく蛇のように次第に一体化していった。
令がバイオリンを食らい尽くした時、漸く意識が肉体に戻った。
「あぁ、勝ったのか!? 僕は勝ったんだ!」
その言葉で泣きながら彩佳は抱きついてきた。
「今まで冷たくしてごめん。全ては僕の勘違いだった!」
「良いの。私には何も出来なかったんだから。令君は悪くないの。悪いのは私だもの」
「その話は後にして、一刻も早く魔族の侵入を止めなければ!」
「そうよね! 行きましょう」
こうして二人は手に手を取り現実世界に戻ってきた。
「里中隊長、すぐに魔族の侵入口である亜空間を閉じます。手伝ってください!」
「おぉ、分かった!」
総理官邸の外に出た令たちは、持っているバイオリンを示し、
「隊長、これを放り上げますから、全員でこのバイオリンを破壊してください。そうすれば亜空間は閉じます」
そう言って令はバイオリンを一二の三で空高く投げた。
令も含めた小隊全員で一斉攻撃すれば、たちまちバイオリンは粉砕し爆発音と共に消し飛んでいった。
「これで魔族との戦争も終わるはず!?」
その後、小隊は乗ってきた輸送車で本部に帰還していった。
人類の危機は去った。
もっとも、そこいら中に開いた亜空間の穴は健在で、化け物化した生物が時折出たり、そこそこの魔族が襲来したりはあったりするのだが、それは防衛軍が何とか凌いでいった。ただ、凌げない問題も無いわけでは無かった。
いつも通りに学校に通う令に、以前と同じような境遇に、いや、以前より厳しい現実になって彼に降り注いでいた。
「令君、今日は私のお弁当を食べる番だよね」
こんなことを言う榊原と、
「そんなものを食べると体を壊すでしょ!」
と言う薫との戦いがいつ果てるともなく続いているのだった。
そんな彼女たちを余所に、彩佳と吉野は仲が良くなっていた。
「彩佳さんって放課後の掃除当番でしょ? 私も手伝うわね」
と、吉野が言えば、
「それなら令君も一緒にお誘いしましょうね」
と、こんな感じで仲睦まじい時が過ぎていった。
ただ、令の選択権は皆無という、悲しい状況なのは変わらなかった。
終わり