盗聴の果てに
『これは?』
小人が嬉しそうに、
『これはお嬢様のですね。きっとそばにいらっしゃるんじゃないですか?』
それで探してみる令の目に、確かにバイオリンを弾く女性の姿があった、が、にわかに信じられないでいる。
『本当に彩佳さんか?』
小人はまじまじと見てから、
『確かにお嬢様です』
『お嬢様って、あの薫って言う姉だってお嬢様だろ?』
『いいえ、我らのお嬢様は彩佳お嬢様しかおりません!』
『そうなのか、で、どうしようか?』
『それはご自分でお決めなされ!』
と、良いながら小人はとことこと歩いて行き、彩佳に、
『お嬢様、お久しぶりでございます』
こうして小人は自分と、令の存在を知らしめた。
『あなたは! それで令君はどこに?』
『あちらでお待ちになっています。が、なにしろ海を泳いだせいで服が水浸しです。決して近づいてはなりません』
彩佳は長いスカートの裾をたくし上げて駆け出した。
「探しましたよ! 姉の手から逃げ出したのね?」
少し息を切らせ、うっすら汗をかいているのか額の辺りが光って見える。
「しかし、僕と一緒だと君まで巻き添えになっちゃいますよ?」
彩佳が答える前に、車から降りてきた人物が、
「細かな話は後にしなさい。時間が無いのですよ!」
そう言いだしたのはいつの間にか来ていた薫だ。
「え??? どうして?」
「彩佳さん、早く車に乗りなさい。それと、そこの駄犬は令君が始末するのよ! これは命令です。逃がしてはいけません」
令が振り返れば、そこに顔中を血糊で真っ赤になっている先ほどの野良犬がいた。
「大きくなっている?」
それには薫が、
「その化け物どもは人を食っては巨大化していくのです。だから、一匹たりとも生かしてはおけないのですよ。早く始末しなさい!」
令は結局の所、狼化した化け物の野良犬とやり合う填めになってしまった。
そこに小人が、
『これも運命、しっかり働きなさいな!』
『僕はまだ中学生なんだけどな。中学生から働くのかやぁ!??』
『愚痴を言ってる間はないっすよ!』
飛びかかってくる化け物化した狼の一匹を回避すると、それだけで狼たちは令の能力を察したらしく、間合いを取り仲間同士で確認し合いだした。
『うん? 何だ、こいつらは? 相談し合っているみたいだぞ?』
『みたいじゃなくって、仲間同士で作戦を立てているんですよ。陰陽に気をつけなさい』
『陰陽ね!?』
一匹が突っ込んでくれば、令はそれに対処し魔力で出した刃で応戦した。
それの隙を突いて別の駄犬が突っ込んでくる。
令の反射神経の限界まで連続した駄犬の反復攻撃が繰り返される。
『うぅ、これはきつい!』
で、令は範囲魔法を発動する。
「延焼波!」
令の周りに燃焼する輪が拡大し遠ざかっていく。
それを動物の勘なのか逃げ遅れた数匹を残して他の大多数は燃焼波の外側で回避した。
『う? こいつら出来るぞ!?』
『駄犬だと言って侮ったらやられますね』
『仕方ない。空斬波で切り刻んでやる』
令は真剣に刀に斬撃魔法を付与し、空を切るように振り切りながら、その威力を野良犬目掛け飛ばし斬りしていく。
これにはさすがの野良犬といえども知識がない分、やられてしまった。
駄犬の群れで生き残ったものがいないと確認した令は、かなりの運動量と、霊力の消耗で息が上がってしまい、その場にしゃがみ込んでしまった。
『これで終わりか?』
それだと良かったのだが、大本の化け物が姿を現した。
「よくも手下を殺してくれたな。お返しにミンチにして食ろうてやろう!」
令は、その『ミンチ』と言った事が何かのヒントになると、頭をフル回転させた。
『旦那、何を考えているんです?』
『いや、あいつもしや人間の知識があるんじゃ無いかと思ってな』
『確かに! それなら尚のこと気をつけねばなりませぬな』
『了解!』
令はその知識を逆利用しようと頭の中で計算しだしていた。
「おすわり!」
それにはボス野犬は、
「馬鹿にするな!」
そう言った隙に棒切れを拾い上げ、
「ほら! 拾ってこい!」
と言って、その棒切れを投げつけた。
反射的にその棒に意識を取られた野犬のボス、
「しまった!」
と叫んだのだが、時遅く、
令の放った空斬波をお見舞いした。
「ギャン!!!」
と、一言発しただけでボスの首がそっくり落ちていった。
その後は、強制的に車に乗せられてのだが、疲れ切った令は意識が遠のいていった。
気が付いた時にはベッドの上だったのだが、そこには誰もいなかった。
ほっと一息ついた令は、空腹を意識し、
『ここはどこだ?』
と、小人に尋ねる。
『あっしはね、旦那。旦那の付き人じゃないんですよ!』
『コアラのマーチを一箱やるから』
『そうですね、ここはお嬢様のお屋敷でやんすよ。ちなみに、この屋敷からでて、右に行けば一番早くコンビニとかにいけやすよ!』
『と言うことは薫ってのも一緒にいるのか?』
『薫お嬢様も一緒ですね。しかし、良いのですか? そんな呼び捨てにしたりして』
『だって聞いていないだろ?』
『そんな! 隠しマイクがあるのに決まっているでしょ!』
『ぎょえぇぇぇ!!!』
『これを本当の後の祭りってやんすね』
令があたふたしていると館内放送で、
「令君、呼び出しです。直ちに出頭するように。でないと夕食が食べられなくなります」
夕食のために覚悟を決めた令は、
『どこに行けば良いんだ?』
と、ぼやけば、
「部屋を出て右に行けばラウンジがあります。そこの係員にお尋ねください」
令にはショックなことが二つのあった。
一つには係員に聞かなければ分からない程、この館が広いのかと言う事と、部屋が盗聴されている事が真実だったことだ。
令は頭を抱え、絶望的になった。
そこに、
「頭を抱えても現実は変わりませんよ。早くきなさい!」
令ははっとし、
『盗聴では無く、盗撮だった!』
令は言われるままに行動し、漸く夕食にありつけた。
目の前にはおいしそうな料理が並んでいる。
『うまそうだ!』
今日一日の重労働を考え、より一層の空腹感に支配されていた、ら、視線を感じ、顔を上げてみればそこには彩佳がいた。
この時、直観だが彩佳と判別できた。
その先には薫が総理の隣に座っていた。
「お父様、どうして令君が一番端の席なんです?」
確かに良く見れば、令の真正面に彩佳で、その隣が薫になっている。総理の右側には奥さんらしい人が座っていた。
「それはなしばらくの間だ。と言うより、今日だけだ。明日からは令某は、隊に配属される。だから、寝起きはその隊で管理されることとなる。だから、今日だけ、恩情をかけたと言うわけだ」
この話、令の意見など度外視されていた。
そこから隊の話に入った。
「君も知っての通り化け物どもが闊歩しだし、市民に危険が及んでいる。わしとしては君が化け物によって殉職してくれると嬉しいのだが、そうもいかないようだ」
「はぁ……」
と、令はうなだれるしか無い。
「君だって一般市民が化け物に殺されれば腹が立つだろう? やる気にもなるよな!」
それには令がはっきりと、
「いいえ、全くなりません。僕はまだ中学生で職業軍人ではありません」
「そうだったな。君は中学くらいは卒業しなければならないが、午後は任務に就いてもらうが、良いよな! いや、これは命令と思ってもらう。日本人でいたいならだが」
その言葉でなんとなくだが令に違和感が生じていた。
『日本人でいたいなら?』
とは、どう言う意味なのか。
『そもそも、あの化け物どもはどこから湧いて出てきているのか?』
実際にこの事件は謎だらけだ。
『もしかして、あの子のせい?』
そう思える節もある。
なにせ彼女と会ってから変な亜空間に入れられたり、化け物と戦う填めになったのだから、彼女が何かしらの関係があると考えるのも道理に思える。
が、しかし、この力のおかげで生き残っているのは確かだ。
それで令はしばらく様子を見ようと決心した。