逃避行
逡巡する令だが、二度三度と迷っているときに、
『おい、どうしたら良いんだ?』
『それは旦那の好きにしたら良いんでないかい?』
『好きにって、海だぞ。泳げるのか?』
『それは大丈夫でしょう。なんたって能力者なんだし』
その時令は自分が何時能力者になったのかと、疑問に感じたのだが、時は待ってはくれず、追っ手がすぐそこまで来ていた。
「南無三!」
と、令は海に飛び込んだ。
丁度運が良く満ち潮だった潮流に乗って、城南島に向かうことが出来た。
『おい、化け物魚はいないだろうな?』
『旦那、いるに決まってますよ』
『じゃ、どうしたら良いんだ? どうやって戦う?』
『相手が魚じゃ、それに小さければ戦いようがないでしょ。思い切っての範囲攻撃しか思い浮かびません!』
そう言ってる間にボラの大群が迫ってきた。相手は魚だ。それも化け物化した魚ときたら、泳ぎで勝てるはずもなく、あっという間に囲まれてしまった。
ボラと言っても全長およそ三十センチの小さめの魚だ。この魚、海面を泳ぐのが得意でよくエラ洗いをすることで有名だ。それもあってメダカみたいに海面の餌を食べるのが好みらしい。
そんなところに令は海面を泳いでいる。
当然のように餌に食らいつくボラの大群である。
そして次の瞬間、何かに噛みつかれた。
「ぎゃ!??? 何かが噛みついたぞ! おぉ? ぎゃ!?」
それで海に潜ったのだが、潮で目が痛いのと我慢して見開いた目が見たものは、ピラニア化したボラの大群だ。
そうこう迷っている間もないと、令は咆哮弾を撃つと、魚に変化が現れた。
咆哮弾の直撃を受けた魚は木っ端微塵に吹き飛んだのは想定内だが、その余波を受けた魚たちが失神したのだ。
『これだ!』
と、何かを感じ取った令は、魔法力で海水面を強打した。
その衝撃で超音波並みの衝撃波が生じ、ボラの大群を一瞬で身動きが取れなくした。
『旦那、やりましたね!』
『おう、この隙に逃げるぞ』
それを海ほたるから歓喜しながら眺めていた薫は手を叩いて喜んだ。
「凄いわ! 凄いわ! 魚が気絶するなんて始めて知ったわ」
まるでサメに追われる人間が必死の抵抗を試みることを楽しんでいる様子だ。
この時とばかりに必死になって泳ぐ令は、海岸にどんどん近づいてゆく。
ボラ以外の化け物魚がいないものと安心していた令に、襲いかかるサメのような大きな口をした魚、それはハゼだ。
体に噛みつかれた令は、
『今度はなんだ?』
と訝った。
小人が令の肩に乗り、
『サメ化したハゼですね。可愛いものですよ』
『どこが可愛いんだ? 大口を開けて噛みついてくるぞ!』
『さっさと処理してくださいよ』
『そんな女子がするむだ毛処理みたいに言うなよ。こいつなんだか海底にへばりついてるみたいで、さっきみたいな衝撃なんて効果無い気がするぞ?』
『やってみなはれ!』
『本当にお前って無責任極まりないのな』
『とか言っても俺様に頼りっぱなしでやんすよ!』
そう言ってても令は再び海面を強打してみた。
が、衝撃波海中には拡散し海底にいるハゼサメには効き目が無かった。
そのハゼサメは令の隙を見ては噛みつこうと襲ってくる。
も、元来、ハゼは怠け者だった。それか海底が好きで、海面にいる令まで出張するには遠すぎたのかも知れない。
ハゼサメは行っては戻り、で、さして脅威にはならなかった。
それで急いで上陸するのだった。
『なんとか逃げ切ったな?』
『さすが旦那でやんすね』
もっとも上陸して最初の道路に出れば、自分が水浸しで異常者とみられても仕方のない令はどこかで服を乾かす算段を探していた。
この時、異常者が肩身が狭い思いをするものかと痛感し同情を覚えた。
ある小さな公園の噴水場で体の塩を洗い流したり、服を洗ったりと、せっせと作業をしていると、いつの間にか時間が経過したらしく、誰かが呼んだお巡りさんが声をかけてきた。
「君、身分証明者とか所持しているか?」
その警察官は銃を令に向け腰を落として構えている。
二人のお巡りさんに挟まれた感じの令は、自分の情報があちらに流れることを警戒し、逃げ出すチャンスをうかがっていた。
「えぇと、あ!!! 狼!!」
お巡りさんは馬鹿を見るような目で、
「そんな嘘には騙されないぞ!」
が、そこには犬が化け物化した狼が自分の腹を満たそうと数頭の群れを作っていた。
その狼、お巡りさんの隙を突き一瞬でのど元に噛みついた。
もう一人のお巡りさんは大慌てで引き金を引くも狙いが逸れてしまった。その瞬間、しまったという顔をした警察官は周囲の状況を理解し、諦めの境地に入った。
何しろ数え切れない狼の群れが唸り声をあげているのだ。
『これは助からないな』
と、そう思ったのだろう。
その警察官に複数の狼が襲いかかったのはそのすぐ後だった。
二人の警察官達が狼の胃袋に収まっていく間に、令は大急ぎで逃げ出していた。
『危ない危ない!』
水道水で洗ったとは言え、まだ水浸しの服だ。
靴も水浸しで、やはり端から見たら不審者丸出しだ。
そこに地域の不良少年達が令に難癖を付けだしてきた。
令は、大空を飛んでいるカラスが気になって仕方がなかった。
「おい、そこの不良少年。お前、どこから逃げ出してきたんだ?」
これは不良少年が令にかけた言葉のようだ。
それで令は、
「お前達って拳銃が欲しいだろう? その先の公園でお巡りさん達がこの暑さで泳ぎに行っちゃってさ、拳銃が放置してあったぞ!」
「そんな馬鹿な!?? 嘘だったらぶち殺すぞ!」
「嘘だったらな!」
こうして令に案内され付いていく地域の不良少年たちは、服装がバラバラに散らばっている光景を見て、これは異常事態だと悟ったのだろう。
「これはどう言うことだ?」
散在する血飛沫に水溜まりのような残留血液が異様さを物語っている。
しかし、令は、
「ほら、あそこに拳銃があるだろ? 僕は本当のことを言ったんだぞ」
それで正気に戻った少年達は、我先にと拳銃に飛びついていった。
その後、公園を後にした令だが、遠くから少年達の悲鳴が聞こえてきていた。
『あれだけ食えば、しばらくは大人しくなるんじゃ無いかな』
『しかし、旦那も親切ですね。わざわざ餌を運んでやるなんて』
『ほんの僅かだろうが、善良な市民が食べられるのを遅らせることは出来たかな』
『そんなことを言ってると善良な市民なんていなくなりますよ』
『かもな!』
そこから移動しようとしてのだが、どこからかバイオリンの音色が聞こえてきた。




