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第9話 宿を求めて

「やれやれ、これじゃあ入れないな」

「うわあ、大繁盛っすね」


 双眼鏡越しに見える先には目的地である「みちくさモール」に群がる数百体の感染者共の姿があった。まだ内部で立てこもっている人がいるようで商品である冷蔵庫やテレビを並べた即席のバリケードは何とか機能しているみたいだったが、屋上では何人かがこちらに向かって手を振っており、その中で警備員と思わしき男性が両手で奇妙な動きをしてこちらに見せる。


「手旗信号みたいっすね」

「ム...セ...ン...チ...ヤ...ン...ネ...ル...ナ...ナ」


 航海科出身である入江の翻訳を受け、俺は美鈴に無線機のチャンネルを7にセットさせると雑音混じりの声が聞こえてきた。


『ガ...ガ...聞こえますかどうぞ?』

「はい、聞こえますどうぞ」

『あなた方は自衛隊さんですよね、どうぞ』

「はい、自衛隊さんですよどうぞ」


 雑音混じりであったが、モール内の人間と連絡を取り合うことに成功する。

 彼等は三日前くらいからここに立てこもった避難民であった。メンバーには警察官もいるのだが大した武器がない上、地下の食品売り場が暴徒化した武装避難民によって占拠されており、このままでは飢え死にする恐れがあると言っている。


「どうする?」

「こっちは子供連れだから厳しいな」


 感染者だけでなく、頭のイカれた連中まで相手にしなくてはならないとは。


「ママ~」


 俺達の不安を感じ取ったのか、小百合が不安げに美鈴にすり寄る。この小さな女の子を引き連れた状態でこの地獄を乗りきれる保証なんてない。 


「あそこには私達の求める食料や医薬品も揃ってる。それにこの子達をこのまま危険な目に晒すわけにはいかない」 

「だな、ここで見過ごしたところでこの先無事でいられる訳でもないしな」


 子供達のために、俺は感染者を掻き分けてモールに入ることを決意する。


「いけえええ!!」


 上部ハッチを開けて銃座についた美鈴の掛け声合わせるが如く、入江の運転するラブはモールを囲む感染者の傍を横切る。奴らが美鈴に目を向けた瞬間、彼女が操るMINIMIが火を噴いて複数の感染者の体を粉砕する。


「こっち来やがれこの野郎!!」


 感染者共は美鈴の誘いにまんまと乗り、そのほとんどが走り去ろうとする車のあとを追いかけ始める。


「よし、ガレージに向かうぞ」


 美鈴達が囮になってくれているのを見計らい、俺は子供達の乗る73式トラックを指示されたガレージの前まで走らせる。


「矢尻、あとを頼む」

「お気を付けて」

「近付いてくやつだけに絞れ、下手に挑発するなよ!!」


 運転を矢尻に託し、俺は二人の部下と共にガレージのシャッターが開くまでの間、感染者の注意を引き付ける。銃声で集めないように、俺達は銃剣やバールを使い、感染者を1体づつ仕留めていく。

 3体ほどの感染者を始末したところでシャッターがゆっくりと持ち上がり、中から防火服を身にまとい、片手に防火斧を持つ消防士が出てきて手招きする。


「早く中へ入ってください!!」

「よし、美鈴、こっちに戻ってこい」

「了解!!」


 トラックがガレージ内に入って程なくして多くの感染者を引き連れた美鈴の車が姿を現す。

 彼女は引きつけつつも追ってくる感染者共に向かって無数の銃弾をお見舞いしており、致命傷に至らずとも彼女の銃弾によって倒れた感染者が後ろから追いすがる他の感染者を転倒させていた。


「着いたわ!!」

「よし、銃を使え、奴等を近付けるな!!」


 美鈴が戻ってきたのに合わせ、俺達は一斉に銃撃を開始し、群がる感染者を弾幕で押さえ付ける。


「早く閉めて下さい!!」


 俺の合図を受け、奥にいた警備員らしき初老の男がスイッチを押したものの、それは途中で動かなくなってしまう。


「クソ、やっぱり変形してたか」


 何度も感染者に殴りつけられた影響からか2m近くも空間を残してしまったために、感染者共がこちらめがけて一斉に走り出す。


「閉店だこらあああ!!」

「やめろ、シャッターに風穴が開くぞ!!」


 尚もMINIMIを撃とうとする美鈴を抑え、俺は何とかシャッターを閉めようとぶら下がる。


「閉まれええええ!!」

「ここは通すかあ!!」


 俺の全体重をかけてぶら下がり、反動を使って揺らしていくと徐々にであったがシャッターが動き始める。その傍では俺を守る形で先程誘導してくれた消防士が防火斧片手に感染者の行く手を阻む。

 

「来るな、来るな!!」

「うおおおお!!」


 シャッターに向かって走る感染者共を二人の部下が弾幕を張って必死で抑えようとする。

 しかし、運の悪いことに片方の64式小銃が弾詰まりを起こしてしまった。


「え?」


 弾幕が尽きた瞬間、彼のもとに一体の感染者が襲いかかる。


「片桐!!」

「ああああああ!?」


 隣にいた秋山の言葉も虚しく、喉元に噛み付かれた片桐は悲鳴をあげ、大量の出血とともに息絶える。

 仲間の死を前にして秋山は激昂し、片桐に噛み付いた感染者に必要以上の銃弾をお見舞いする。


「畜生!!」


 復讐心にとりつかれ、次なる感染者を仕留めようとした瞬間、彼の体に複数の感染者が襲いかかる。


「ぎゃああああ!?」


 絶叫とともに秋山の体は喰い蝕まれ、付近に血だまりを作る。 


「片桐!!秋山あああ!!」

「閉店だって言ってるだろうが!!」


 俺の叫びに答えるかの如く、車外に出た美鈴は無理やり降ろしたMINIMIで秋山を殺した感染者を粉砕する。


「よくも二人を!!」

「死に晒せ!!」


 運転席から降りた入江や矢尻も二人の仇とばかり感染者に銃弾をばら撒く。


「手伝います!!」


 俺の隣に警備員の男性が飛びかかり同様にぶさがる。すると、歪みの部分が過ぎたのか、急にシャッターの動きが軽くなる。


「みんな、早く中に入れ!!」


 俺の言葉を受け、美鈴と矢尻が殿となり入江と消防士の男が亡くなった二人の亡骸を中に引き込む。そして、腰の位置にまでシャッターが閉まり、殿の二人が中に滑り込んだ瞬間、俺は警備員と目を合わせて合図する。


「いきますよ!!」

「はい......せえーの!!」


 俺は警備員と息を合わせてガラガラガラとシャッターを一気に閉鎖することに成功する。

 感染者の手が触れそうになる間一髪のところであったが、ドンドンと大きく叩く音が聞こえるものの、思っていたよりもシャッターの強度は高く破られる気配はなかった。


「はあ、はあ、はあ......」

「くそ、くそお!!」

「なんであいつらが......折角生き残ったのに」


 美鈴を含め三人は息をきらせながらも二人の亡骸に視線を向ける。二人とも見るも無惨な状態でこと切れており、誰が見ても回復の見込みはなかった。


「すまない」


 俺はせめてもの手向けにと拳銃で二人の頭を撃ち抜く。


「村田3曹!!」

「あ、あんた......」

「二人はもう助からない、せめて感染者になる前にあの世に送るしかない」


 俺の行為に対し、これまで信頼して着いてきた二人が始めて反抗する態度を見せ、矢尻が俺に掴みかかろうとしたところで、美鈴が間に入る。


「待って二人とも!!彼の言うとおりよ、どのみち噛まれた時点で二人は死んでたわ」

「く......」

「だけど......」

「二人とも、忘れた訳じゃなくて?一度でも噛まれたら間違いなく感染者になるのよ。死んで感染者になった仲間は撃ちたくないでしょ!!」


 感情から血の気が立った入江と矢尻を美鈴が宥める。その言葉を前にして、二人は頭を冷やしたのか黙って項垂れる。


「死んだ二人の装備を外してやれ、最後まで戦った戦友だ。丁重に頼む」

「......分かりました」

「すみません、俺、分かってた筈なのにカッとなって......」

「なんでだろう、分かってたはずなのに」

「俺も噛まれたらお前達が撃ち殺してくれ」

「......分かった」


 俺は三人に片桐と秋山の弔いを任せ、先程誘導してくれた二人に視線を移す。


「紹介が遅れました、ここの警備主任の安浦です。三年前まで海曹長として横須賀で勤務しておりました。先程は私のせいでお二人を死なせてしまい申し訳ありません」

「いえ、俺がもっと適切に指揮をとればあいつらが犠牲になることがありませんでした」


 安浦さんが自己紹介をしたあと、隣に立つ消防士さんが血濡れになったヘルメットとマスクを外し、顔を露にしてから口を開く。


「消防士の山中です、私達のために来ていただきありがとうございます」

「山中さん、先程は助かりました、ありがとうございます。私は村田良平、階級は3等海曹で海上自衛隊横須賀警備隊の生き残りです」

「生き残りというともしや?」

「はい、そこにいる有坂3等陸曹を含め我々以外の関東圏内の自衛隊部隊は壊滅したか、撤退しました」

「やはりそうでしたか......」

「ですが、我々にはまだ守るべき国民が残っています」


 俺はそう答えると、美鈴とともにトラックの荷台を開け、中にいた子供達を降ろしていく。


「見ての通り、私達はたった三人に、七人の子供達を保護しています。お手数でなければ皆さんのグループに入れてほしいのですが」


 亡くなった二人には悪いが今は悲しんでいる暇はない。傍から見ると異常な神経かもしれないが同じような場面は既に何度も目にしている。ここで下手に悲しんだ奴から死んでいくからな。


「分かりました、こちらへどうぞ」


 俺達は安浦さんに案内される形で関係者通用口と書かれた扉まで行く。 


「私です、もう大丈夫ですよ」


 その言葉を合図にドアが開かれ、中から拳銃を持った婦警さんが姿を現す。


「本当は私の他に何人か志願したのですが、失敗することも考えて私達二人で対応することにしたのです」

「安浦さんは悪くありません、警察官である私が情けないばかりに」

「いえ、私が死んだら誰が避難民をまとめるのですか?あなたには市民を守る使命があるんですぞ」


 失敗したことも踏まえ、安浦さんと山中さんは死を覚悟して俺達のためにシャッターを開けてくれたんだな。 


「巡査の竹井です、安浦さんの誘いを受けて三日前に生き残った市民と共にここに避難しましたが、困ったことにその時一緒にいた一部の市民が暴徒化しまして地下の食品売り場に立てこもってしまいました」 

「連中は武器と人質をとっている手前、下手に手出しができないのです」


 話の内容を整理すると地下に立てこもった暴徒は計五人。奴らはモールの店員一人を人質にした上、武器として猟銃や拳銃を持っているという。


「はじめのうちは大人しかったんですが、今朝になって食品売り場を占拠して指揮権を要求してきました」

「ラジオをはじめとした一切の報道が絶えたことにより、政府が壊滅して救助が来ないのを確信したのかもしれません」


 案内された警備員室には安浦さんや山中さん、竹井さんをはじめとした大人達が集まっていたが、竹井さんの拳銃以外の銃器はなく先ほどまで立ち向かう手段がない中で途方に暮れていたという。


「あなた達にこんなことを言うのは申し訳ありませんが助けて下さい」


 本来なら自衛隊に暴徒を逮捕する権限はない。一応、今回の感染者対策においては陸上自衛隊に対し超法規的解釈で治安維持の名目で出動が下令されてはいるが、銃火器の使用は感染者のみに限定されている。ましてや海上自衛隊においては基地警備の名目で認められている始末だ。しかし、政府機能がまともに働いているか分からない現状で、今まさに危機が発生しているなら答えは一つだ。 


「いいでしょう、俺達をそこに案内して下さい」

「ありがとうございます」


 これで免職は免れないだろう、どんな事態でも法は絶対だからな。だけど国民を守ることを使命としている組織が見捨てる判断をしてはならない。俺は自衛官である前に人としての良心を優先させ、食品売場に向かうことにした。


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