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第8話 安住の地はどこに

「つうと、陸自に生き残りがいるなら、小松以外の近辺に生存者のコミュニティがあるかもしれないのか」

「うん、だからネットのつぶやきを探してるんだけど、小松以外はあんましあてにならないわ」

「まあ、ネットの情報だけで探すのはきついな」


 良平にラブの運転を任せつつ、助手席に座る私はスマホ片手に検索をするも、出てくるのは遥かに離れた東北や離島の避難所ばかりヒットする他は、助けを求める情報ばかりだ。中身を見ても自宅や職場に立て込もっているだけで、とてもこの子達を抱えて行ける状況ではない。私はおもむろに大手動画投稿サイトを開き、生き残っている人々の状況を確認してみると、こんな状況でありながらアクセス数を伸ばしている奇妙な配信動画が目についてしまう。


『ヤッホー、全国の皆さん、こんな状況でも元気してますか?みんなの引きこもりアイドル、ゆうみんでーす。今、私はいつものアパートに立てこもってまーす。え?普段と変わらない?いやいや、立て籠るために玄関は補強したよー。お水はゴミ袋を二重にして貯めてるし、ご飯は普段からお菓子を沢山用意してるから暫く大丈夫だよー。でも困ったことにね、今隣の部屋が騒がしいです~、怖いです、なんか壁揺れてます~。いつも放送が五月蝿いからって壁どんする隣の叔父さんが感染したみたいです~。あ、なんか壁パラパラしてまーす、ゆうみん引きこもりだから出れないです~。助けてくださ~い』

『どうも皆さん、タカキンチャンネルです。僕は今、我が家に立てこもってまーす。え、よく無事だった?実はね、こんなこともあろうかと、あらかじめ自宅をゾンビ対策用に強化してたんだよ。屋根には太陽光パネル、緊急時の発電機も完備。武器は以前作ったポテトキャノンや火炎放射器なんかを用意してるから大丈夫~。水は前の動画で自分で掘った地下水を汲み上げてるからお風呂も入れるよ~。みんなの前に出るなら常に清潔にしとかないとね。え、食料は?大丈夫、前の放送で大好きなうめえ棒コンソメ味を10年分確保してるから飢えましぇーん。僕あったま良い~、生きてる限り皆さんのために配信を続けて励ましていきたいと思いまーす。だけど、僕一人は寂しいから皆さんも励まして~。コメントお待ちしてまーす』

『俺の回りゾンビだらけ~、チェケラッチョ、世はまさに世紀末、寝たきりの婆ちゃんまで起き上がったぜ、チェケラッチョ、俺モヒカン、だからヒャッハーするぜ、チェケラッチョ、だけど手元にあるのはフライパンのみ~、チェケラッチョ、俺先端恐怖症だから包丁持てねえ~、盾しかねえ~、チェケラッチョ~、だけど俺はゾンビ怖くねえ~、このフライパン取っ手が取れないから強力だぜ~、チェケラッチョ~、そうさ、俺は孤独なラッパー、だけど最強だぜ~、チェケラッチョ~、いくぜゾンビども~、チェケラッチョ~、ラッパーの神に愛された俺が、倒しに行くぜ、チェケラッチョ~』


 駄目だ、動画投稿サイトにも録なのがない。つうか、うめえ棒10年分って馬鹿か!?思わず吹いちゃったじゃない!!コンソメ味だけじゃなく明太子味も用意しろよ!!馬鹿か!!お前ら呑気に自宅に引きこもってチェケラッチョして配信するくらいなら早く避難しろ!!


「だめ、はっきり言ってこの付近にはいないかも」

「そうか」

「馬鹿なら腐るほどいるみたいだけど」

「......馬鹿は死んでも治らないらしいからな」


 良平は意味を理解してなかったけど軽く返事してくれた。こっちは真面目に避難してるんだ。少なくともこんな奴等には頼りたくない。もうこの国には録な奴がいないの?


「大分日が経ってるし、まともな連中は既に避難したかもしれないな」

「ママー......」

「大丈夫よ、私達がついてるから」


 私の膝には先程助けた少女が乗っており、私達の会話を聞き不安げに声をあげる。この子の名前は小百合、まだ五歳になったばかりで彼女の母親を含め親族は皆、感染者騒動で亡くなったと一緒にいた剛志君という男の子が言っていた。


「その子、どうするつもりだ?」

「......連れてくしかないでしょ、何を言うの?」

「このまま行くと道の駅に着くからトイレくらいは行かせたらどうだ?」

「......お願い」


 良平の提案を受け、私達は山間部を抜けた先にある道の駅に向かう。そこは大きな施設ではなかったものの、天然温泉かけ流しと書かれた看板が目立つ足湯スペースがあった。駐車場には停車している車もなく閑散としており、少しなら安らげそうだった。


「感染者はいないようだな」

「うん、ついでに物資も探さない?」

「駄目だ、見てみろ、店内は既に荒らされてる。先客がいたんだろう、トイレだけにしよう」


 彼の言うとおり、道すがら寄り道した避難民が根こそぎ持って行ったのだろう。建物のドアは開け放たれ、お土産のお菓子に至るまで店内の食料品は全て無くなっているようだった。私達は付近を警戒しつつ、車を停車させると手早く子供達を降ろしてトイレに向かわせる。待っている間、私はふとトイレのそばにある足湯が気になり、手を入れてみる。


「あ、まだ温泉が流れてる」

「どうした、早く行くぞ?」

「待って、お湯があるなら」

「いきなり何を言うんだ!?」


 お湯があるなら今のうちに......私は車に戻ろうとした子供達を連れ戻し、足湯に向かわせる。


「この子達を洗いましょう!!」

「何を馬鹿な......」

「熱を出してる子以外は洗わないと病気になるわ」

「......わかった、いいだろう。すぐ済ませろよ」


 子供達は皆、立てこもってからお風呂に入っていない。足湯とはいえかけ流しの天然温泉だ、身体にはいいはずだ。


「村田3曹、良いんですか?」

「お前は震災を知らなかったよな?あのとき、避難所の被災者を最も悩ませたのは風呂に入れないことだ。健康な大人ならまだしも、身体の弱い子供や老人にとって長い期間、衛生環境が悪く、風呂に入れないことはかなりの苦痛だぞ」


 良平が話の分かる相手で助かった。この子達は正直言って臭い。一週間の避難所生活もさることながら、二日間も死臭ただよう狭い倉庫に立て籠ってたなら尚更だ。あと一日でも遅かったらみんな病気になってたに違いない。


「年頃の子もいるから見ちゃだめ」

「見ねーよ」


 良平達は私達に気遣い、視線を避けてくれている。救助した7人の子のうち、熱を出してラブに寝かせている女の子以外は下は五歳の小百合から上は十一歳であり、男女比が同じ混成だが時間がない。


「剛志君、男の子をお願い」

「うん」


 私は男の子の分を剛志君に任せ、皆の服を脱がせて足湯に浸からせる。因みに彼は子供達の中で最年長であり、私達が救助するまで纏め役をしてただけに、私の言うこともよく聞いてくれる。


「俺と秋山はこの先の道を確認してくる、入江と矢尻は建物の中から日用品とかを探してきてくれ」

「了解」

「了解っす」


 良平が偵察に行き、もう一人の隊員がラブを目隠し用に移動してくれた。私は彼らに感謝しつつ、水筒に付いている飯盒や空のペットボトルを使い、お湯をかけながら手洗い用の石鹸で子供達を洗っていく。


「うー、熱い!?」

「すぐに慣れるわよ、夜は寒くなるからね」

「むー」


 今の季節が秋で良かったけど夜は冷えてきてる。あの体育館も夜はかなり冷え込んだんだろう。今は暖めて身を浄めてあげないと。


「あーあ、食い物は全部無くなってやがる」

「水も無いですね、金まで抜き取られてます」

「金なんて今は尻拭くしか価値がねえっすよ」


 子供達が着替え始めたところで、道の駅の建物から探索に行っていた矢尻君と入江君が姿を現す。


「タオルもお土産用のがたくさん残ってましたから使って下さい」

「ありがとう」


 矢尻君はお土産用の袋を引き裂き、車ごしに次々と真新しいタオルを投げてくれる。


「服は持ってきたものに着替えちゃって、古い服はもう着れないから置いていくよ」


 私は汚れてしまった服やタオルをそのへんに放り投げ、新しい服に着替えさせる。


「湯上がりにアイスはいかがかな~」

「わーい」

「ありがとー」


 着替えが終わり、ラブの陰から出てきた子供達に、入江君が建物の中から持ってきたソフトクリームを配る。久しぶりの甘味を前にして子供達は皆、笑顔を見せる。

 矢尻君は大雑把で粗暴だけど、面倒見がよく、入江君は優しくて気立てが効く子だ。


「おいしー!!」

「うまいだろー、入江先輩が残ってた材料で作ったんだからな」

「へえー、器用ねえ」

「俺、実家が喫茶店やってて学生時代はよく手伝わされたんです。ほんとだったら、来月にその店を継ぐ予定だったんですけど」


 驚いた、入江君にそんな特技があったなんて。私は思わず彼に視線を向けて疑問を口にする。


「なんで自衛隊に?」

「親父と喧嘩したんですよ、こんなチェーン店でもねえ湿気た店、今時はやんねえよって。だけど、先月親父が急に亡くなって、お袋一人じゃやれねえっつうから退職する手続きをしてたんです」

「そう...お母さんは?」

「実家は青森なんで今は先に北海道の親戚宅に避難してます。今もたまにメールが入るんですけど、俺、心配かけたくないから避難所に向けて移動中としか言ってないんですよ」

「入江先輩はまだ良いっすよ、俺の両親は今回の騒動で死んじまったし。はい、どうぞ」

「ありがとー」


 矢尻君はそう言いながら私の傍にいた小百合にソフトクリームを渡す。


「ごめんね、色々気を使わせて」

「良いですよ、村田3曹が連れてくって判断したんですし」

「村田3曹がいなけりゃ、俺、死んでましたから。死んだ両親の分まで生きねえと」

「そうそう、あの人は色々知っててほんと頼りになる人だよ」


 明るく振る舞ってるように見えて二人もまた心に傷を負ってたのか。そういえば、私のいた部隊ではなかったけど感染者騒動の際に、家族が心配なのか連絡が取れなくなった隊員も少なくなかったみたいだし。少なくともこの部隊は良平がいたから何とかまわってるに違いない。

 子供達が一通りの着替えを済ませ、アイスを頬張っていると他の部下とともに道路の様子を見に行っていた良平が戻ってきた。


「食べたら行くぞ、ここに長居は無用だ」

「あー、俺も洗いたかったな~」

「馬鹿なこと言うな。聞こえるだろ、奴らが近くにいるぞ」


 矢尻君の言葉に対し、良平は静かにさせて山合いに耳をすませる。

 山びこのように反響していたものの、かすかに呻き声と車の音がする。


「まずいな、この先は奴らがいやがる。恐らく誰かが追われてるのかもな」

「じゃあ、助けないと」

「いや、今の俺達には無理だ。子供がいるんだからな」


 良平はそう言いながら、再び私達に乗車するよう指示する。


「この道は止めよう。もうひとつの道を使うぞ」

「......そうね」


 後ろ髪が引かれるけど、今は彼の判断が正しい。私達は名残惜しみながらも、道の駅をあとにしてすぐさま車を走らせる。


「子供達がすっきりしたところで、今夜の寝床を捜すか。あと、道すがら箱で拾ったけど食うか?」


 良平はそう言いながら、うめえ棒明太子味を私達に渡す。


「ボリボリ、コンソメ味の方が良かったな」 

「ボリボリ、その話題はやめて、私は明太子派だから。ラジオつけていい?」

「ボリボリ、良いが、昨日から何も拾わないぞ」

「ボリボリ、地元のFM局ならあるいわ」

「ボリボリ、ママー、もう一個~」


 ネットを見ても、うめえ棒好きのヒッキーなチェケラッチョ連中しかいないならラジオの方が希望があるかもしれない。私はラジオの周波数を細かく合わせてみると、微弱ながら一つの放送をキャッチする。


『ガー、ガガガ......この放送をお聞きの方、こちらはFMみちくさです、私達は現在放送室のある「みちくさモール」を避難所として利用しております。ここには水と食料、医薬品もあります。この放送をお聞きの方で避難のあてが無い方はこちらに来てください』


 私はすぐさまスマホで「みちくさモール」を検索する。


「やった、避難所があった!!「みちくさモール」ならこの近くよ!!」

「確かに妙案だが、いつの放送だろうな」

「行くだけ行ってみましょう、少なくとも医薬品は欲しいし」

「ボリボリ、美味しい(小百合)」

「そうだな、行ってみるか!!」


 良平はそう言いながら、私のナビに従いハンドルをきる。

 子供達を抱えていた手前、私達はこの微かな望みにかけることを決意し、避難所として放送された「みちくさモール」へと向かうことにした。

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