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第6話 僅かな希望


「う、う~ん、ママ~」

「大丈夫よ、ママはここに居るからね」


 私の胸元に抱きつき、胸を触って甘える一人の少女。私達が見つけた子供達の中で最年少であった彼女は目の前で母親が殺された経緯がある。

 この子だけでなく、ここで私の周りで眠る子供達は皆、壊滅した避難所から私達が救出したのだが、多くが心に傷を持ち、生きる希望を見失っていた。この子達を見たとき、私は意を決して母親になることを決めた。

 以来この子達は片時も私のそばを離れようとせず実の母親のように接してくれている。子供を産んだことのない私にとってどこかこしょばゆい感じもするが、良平の協力もあって今ではそれなりに幸せな毎日を送っている。

 この子達と出会ったのは私が良平と出会ったばかりの頃に遡る。


「おはよう」

「おはようさん、よく眠れたかい?」


 一晩この建物に潜んでいたが、幸いにも感染者に発見されることもなく久しぶりにゆっくり眠れた。

 たった三日であったが、生きている人とこうして会話できたのには幾分か安心を感じる。


「何やってるの?」

「燃料を抜き取ってるんだよ」


 良平は部下達と共に消防署にあった非常用発電機の燃料タンクのバルブを開け、持ってきた携行缶に軽油を入れていた。


「ここの発電機が軽油でよかったよ」

「災害の時には消防車の燃料に使うつもりだったかしら?」

「かもな」


 燃料を補給している間、感染者に警戒しつつも私達は消防署で手に入れた道具や保存食をトラックに積み込むことにする。  


「昨夜は寝れたの?」

「それなりにな」


 疲れの残る良平の部下に変わって私は運転席でハンドルを握っている。彼の部下達は全て10代から20代前半の若者であり、正直に告白するなら皆私よりも歳下で幼さを残している。

 彼の話だと部隊が壊滅する寸前に司令の判断で彼らを逃がしてくれたとのことだ。上司が全て戦死してしまい、なし崩し的に彼が指揮官として行動することになったものの、多くの死を目の当たりにしている手前彼なりに辛さもあるだろう。

 しかし、私の隣で座る彼はその辛さを一切口にすることなく、たわいもない会話をしてきた。


「初めのうちは20人くらいで正門を守ってたんだけど感染者が押し寄せてキリがなくなったから岸壁まで後退したんだ。その時にはもう半分位に減ってたかな」

「私のとこは何とか侵攻を防いでたんだけど背後からいきなり感染者に襲われて大混乱だったわ」

「お互い良く生き残ってたよなあ」

「ホントね」


 今の私達は人通りの多いとこを避け、山道を通っている。この付近は元々人口が少なかったためか、乗り捨てられた車もなく緑の多い景色は心なしか安心感を与えてくれている。


「この先に小学校があるみたいだから上手くいけば生存者と合流できるかもしれないな」


 消防署で手に入れた地図を片手に良平はこれからのプランについて語り始める。

 彼は感染者が集中しているであろう沿岸の都市部から極力離れ、山合の地方都市を廻って生き残っている人々の捜索と避難所にいるであろう部隊と合流することを目標としていた。

 正直言って生き残っている部隊なんて存在していないと思うけど、生きることを決意したのなら何らかの行動を起こさなければならない。私も彼もここまで生きていくまでに多くのものを犠牲にしてきた。今ここで生きることを諦めれば死んだ仲間達に申し訳が立たないのは同意見だ。


「そこの角を右に曲がれば目的地だ」

「生きている人がいればいいけど」


 そう願う私達であったが小学校の前に到着した瞬間、信じたくもない光景を目にしてしまう。 


「......手遅れだったみたいだな」

「うん」


 目的の小学校は既に感染者の手によって荒らされており、私達のトラックの音に反応してかあちこちの物陰から感染者が這い上がってきた。 


「気づかれたな」

「見た感じ動きも鈍いから高齢者が多いかもしれないわね」

「もともと過疎化が進行してたみたいだしな」


 幸いにも都市部で見た感染者と違い、連中の動きは鈍い。 これなら今の私達でも相手にできるかもしれない。


「逃げるか」

「待って、生存者が隠れてるかもしれないわ」

「...いいだろう、ちょっくら殲滅してみるか」


 私の意見に賛同してくれた良平は64式小銃を片手にトラックから降りて部下に戦闘用意をさせる。

 私もまた、弾切れになった89式小銃の代わりに9ミリ機関拳銃を片手に車外に出る。


「地獄に帰りな」

「くせえんだよ!!」


 最早経験豊富な私達は冷静に感染者どもの頭を撃ち抜いていき、次々と死体の山を築いていく。

 校庭に出られるような元気な感染者が真っ先に始末されていき、目ぼしい感染者の姿がいなくなると私達は脇目も振らずに体育館へと向かう。


「く、ここも手遅れだったか」


 良平の言うとおり、避難所が設置されたであろう室内には多くの感染者で溢れかえっており、生存者の存在は絶望的に思えてならない。


「村田3曹、ここは逃げましょう!!」

「ああ、円陣を組みながら下がるぞ!!」


 矢尻くんの言うとおり、ここに私達がいる必要はない。

 良平もそう考えていたようで付近の感染者を撃ち殺しながらジリジリと後退を指事する。

 しかし、銃声の合間に私の耳に助けを求める声が聞こえてしまう。


「助けてー」


 小さな女の子のようにも聞こえたその声。

 かすかだがそれは体育館の奥にある倉庫から聞こえてきた。


「まだ生きている人がいる!!」

「ば、馬鹿、何を!?」


 私はそう叫ぶと共に、円陣から抜け出し感染者を始末しながら声のする方へと向かう。


「確かだろうな?」


 いつの間にか良平達も私のそばに近寄っており、彼の部下は壁となって迫り来る感染者から守ってくれている。

 私は声がしたと思われる倉庫の扉を叩き、声をかけると微かだがさっきの女の子の声が聞こえてきた。


「もう大丈夫だからここを開けて!!」


 正確に言うとまだ感染者が襲ってきている有様だが、良平達の奮戦甲斐もあってその数は徐々に減ってきている。 最後の感染者が倒され、銃声が成り止むと同時にガチャりと金属音がするとともに鋼鉄製の扉が開けられる。


「ママー!!」

「へ!?」

「ママ!?」


 扉が開けられると同時に5歳くらいの女の子が私の体に抱きついてきた。 


「ママ、ママー、寂しかったよー」

「あのね、私はママじゃないのよ」

「違うもん、ママはここでいい子に隠れてたらすぐに会えるって言ってくれたもん」

「だから私は......」

「ママ......」


 訳が分からず呆然としていると倉庫の奥から一人の男の子が出てきた。


「僕達、大人の人に言われてここに隠れてたんだ」


 男の子はそう言いながら、これまでの経緯を話してくれた。

 三日前、感染が拡大する中でこの集落は孤立してしまい、高齢者が多いことから自力での避難を断念した地元警察は自衛隊が救助に来るまでここに立てこもることを決めた。

 しかし、二日前の深夜に自衛隊の制圧作戦の失敗によって拡大した感染者共がこの避難所にも押し寄せてしまい、戦える大人達による必死の防戦も虚しくコミュニティは壊滅。

 少女の母親の指示によって子供達は生き残りをかけてこの体育倉庫に逃げ込んだものの、娘の体を抱きかかえていた彼女の腕に感染者が噛み付いてしまったのだ。


「その子を僕達に託したあと、おばさんは倉庫の扉を閉めて鍵をかけるよう指示したんだ」


 彼女自身の願いとはいえ、少女の母親を見捨てた罪悪感からか男の子は俯きながら涙を流す。

 ここには7人の子供達が隠れており、少女を含め皆両親をここで失っていた。

 彼が言うには扉を閉める瞬間、少女の目に映ったのは複数の感染者によって噛み付かれる母親の姿であり、それ以来ずっと心を閉ざしていたのだが私達の銃声を聞きつけた途端に扉を叩いて助けを求めてきたという。


「どうします?」


 入江君の言葉に対し、良平は困った顔をしつつも口を開く。


「どうしたもこうしたもないだろう。このまま連れて行くぞ」

「子供じゃあ奴らから逃げるのは難しいですよ」

「俺達が守ってやれば問題ないだろ」


 彼は部下達に指示を飛ばし、トラックを体育館の出入り口に横付けするよう指示をする。

 入江君達が外に出る中、私と良平は二人っきりで今後の方針について話し合う。


「何が何でも拠点を作らないとな」

「どこかあてはあるの?」

「この近くにショッピングモールがあるみたいだ」

「映画みたく立てこもる気?」

「王道だがそれしかないだろ」


 子供達を乗せ、私達は良平が目星をつけたショッピングモールへと車を走らせている。

 二日も立てこもった影響からか皆、衰弱が激しく熱を出している子もいたので早く安静にできる場所が必要なのはわかる。しかし、私達に残された武器弾薬だって限り有るものだし、さっきみたくもう一度感染者の集団に襲われたら無事で済む保証はない。

 自衛隊のトラックだけあって私達の乗る荷台は一般的なバスと違い揺れが激しく、乗り物酔いをしている子もいる。

 止まって休ませてあげたいけどそうすれば感染者に襲われるリスクは一気に高まってしまう。


「ん、どうした?」


 突然トラックが停止してしまい、良平は無線機で運転席にいる入江君に声をかけると彼の口から奇妙な報告が入ってきた。


『前方に陸さんの車両があります』

「ちょっと待て、降りて確かめてみる」

「私も行く」


 子供達の相手を矢尻君達に任せ、私と良平はトラックから降りて前方に向かうと見覚えのある車両が目に入る。


「なんでこんなとこにラブが」

「ラブ?」

「ライトアーマーの略で正しくは軽装甲機動車よ」


 それは周囲に血糊が残っており、中を覗くと運転していたであろう隊員の姿はなかった。

 恐らく避難誘導中に感染者に襲われて仲間になったのであろう。 エンジンをかけてみると幸いにも燃料は満タンのようで、運転するのに問題はない。


「狭いけどあっちよりは乗り心地がいいから熱を出してる子や乗り物酔いした子をここに移しましょ」

「そうだな」


 良平が子供達を呼びに行っているあいだ、後部座席を開けてみると思わぬものを見つけてしまう。


「......ラッキー」


 私の目の前には今日まで欲しくてたまらなかった5.56ミリ小銃弾の箱が積み込まれており、その上には5.56ミリ機関銃MINIMIがあった。


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