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第5話 一夜を共に

「ん......寝てたかな?」


 いつの間にか眠っていたようで辺りを見渡すとすでに日は沈んでおり、眼下には感染者のうめき声の他、明かりのない真っ暗な光景が広がっていた。


「おい、起きろ、そろそろ交代の時間だぞ」

「あ、ごめん、こんな時間なんだ」

「そういうこった。 早くしねえとあいつらに見つかるぞ」


 美鈴にそう囁く俺であったが、一足遅かったようだ。


「あー!!」

「こんなとこでイチャイチャしちゃダメっすよ」


 振り返ると目の前には交代にやってきた入沢と矢尻の姿があり、二人は俺達を見てニヤニヤといやらしい視線を送っている。


「仲が良いのは分かりますけど時と場所を選んでくださいよ」

「二人共いい歳っすから」

「......馬鹿」


 二人の言葉に対し、美鈴は顔を一気に赤くしてモジモジしてしまう。 

 幾つかの地獄を乗り越えた俺と彼女は今や公然の相思相愛の仲となっており、こいつらは時折俺達の仲をからかう事がある。 俺はともかく美鈴の方はからかわれることに慣れていないためか、歳甲斐に似合わずに恥ずかしがってしまうために、こいつらから絶好のからかい対象となっている。


「いいから見張りに付けこのやろう!!」

「ヒューヒュー」

「お暑いね、お二人さん」

「うっせえ!!」

「ちょ、パワハラっすよ!!」


 俺は矢尻の肩に腕をまわし、ぐりぐりと小突くも奴は笑い声を絶やさずからかい続ける。


「良平、もういいから」

「ち、ちゃんと見張ってろよ!!」

「ラブラブしないから大丈夫っすよ」


 矢尻達にからかわれながらも俺は美鈴の手を引いて建物の中へと戻る。


「悪かったな」

「いいよ、いつものことだから」


 俺達はたわいもない会話をしつつも3階にある子供達のいる部屋へと足を運ぶ。

 ここは元々迷子センターを兼ねたキッズステーションとして使われていた場所だ。絨毯の敷かれた室内には幾つかの遊び道具が存在し、今は子供達の寝室兼憩いの場として機能していた。


「じゃあ子供達もいるからもう寝るね」

「ああ、お休み」

「お休みなさい」


 俺達はそう挨拶を交わしたあとお互いの唇を合わせる。救助した子供達の母親になることを宣言した彼女は毎晩ここで一緒に寝起きをするようになっている。俺としては一緒に暮らしたい気もするがそこは彼女の意を組んで無理を言わないようにしている。

 ここの防衛を担当している手前、安全のために俺達は1階には誰も寝泊まりさせず、2階には男性、3階には女性や子供が寝起きする体制をとっており、秩序を維持するためにも俺達は分担して各階で目を光らせるようにしている。

 本来、このショッピングモールの1階には洋品店が出店しており、地下に食料品売り場が存在しているが、食料は保存の利くものに関してだけは全て3階に運び込んでおり、いつ1階のバリケードが破られたりしても2階より上は封鎖できるような体制を作り上げている。

 美鈴と別れた俺は電源がなく動かなくなったエスカレーターを下り、2階のエントランスに向かうと小さな充電式ライトの下でお湯を沸かしつつ、読書に更ける男性の姿が目に入る。彼は俺が近付いて来たことに気付くと本を閉じて視線を向けつつ口を開く。


「あ、ご苦労様です。 寒かったでしょ?」


 2階に降りた俺を出迎えたのはこのモールの警備主任であった安浦さんであった。

 彼は前述に出てきた避難所創設の立役者だ。創設の切っ掛けは彼が感染者騒動のなか、自宅で介護していた年老いた母親を遠くに運ぶのは無理と判断し、警備員として勤務していたここに立てこもることを決めたことに始まる。

 俺達が来る前から彼はバリケードを強化する傍らで制圧作戦失敗に伴い逃げてきた避難民を受け入れていき、そのあとに合流した俺は彼と協力して感染者に対する警戒を実施している。見た目は50代後半のやせ細ってメガネをかけた弱々しい初老の男性であったが、実は元自衛官という肩書きもあって有事においては冷静な判断力を発揮する優秀なリーダーでもある。


「飲んでください」

「ありがとうございます」


 彼は屋上で見張りについた俺を気遣い、温めたお湯で作ったインスタントコーヒーを渡してくれた。


「あなた達が来てくれたおかげでみんな安心して眠れておりますよ」

「いえいえ、安浦さんの人望もあってのことですよ」


 事実、現在この避難所においてはゾンビ映画で見られるような目立った内輪揉めは発生していない。

 これには避難民が安浦さんを頼って集まっただけでなく、ある一定のルールが作られていることが影響している。

 食事に関しては子供達を除いて基本的に一日2食、朝と晩しか食べないようにして昼は食事が出ない代わりに暖かいスープを飲むようにし、見張りや見回りといった一定の仕事に就く者には3時のおやつと称したお菓子が提供されるようになっている。

 また、週末には働く大人に限って飲み会が実施され一人2缶程度を限度にアルコールが飲めるようになっており、適度な息抜きとなっていた。

 更にここには義務教育を受けるべき年代の子供が20人程おり、平日には教師や学習塾の経験者を中心とした学校も開き、出来るだけ元の生活と変わらない日常を送れるようにしている。


「あの子達を含め、俺達を受け入れてくれてありがとうございます」

「まあまあ、お礼はもう言わない約束でしょう。私としても子供達がいるおかげで生きる希望が湧き出る気がしますよ」


 自衛官としての経歴は俺より遥かに長く、現役時代の階級も高いものの、安浦さんは決して偉ぶることなく仲間として俺と対等に接し、決して無理強いもせずこうして思いやってくれるかけがえの無い存在だ。


「今夜はまた冷えますね」

「暖房が無い分、子供達の風邪が気になるとこですね」

「そういえば、今日電器店の倉庫から電気カーペットが出てきましたから、ソーラーパネルで充電したバッテリーを使って子供達の部屋を暖めましょうか」


 今後の冬対策を討議するなか、俺はふとここに来た時のことを思い出していく。


3か月前......

 

 美鈴を拾った俺達は感染者から逃れつつ市街地を走っていた。 途中で避難所になりそうな自衛隊駐屯地や警察署、公民館などの前を通ってみたが、生憎とどこも感染者だらけで一休みできる状態ではなかった。


「そろそろ燃料が切れそうです」

「しゃーない、あの建物に逃げ込むか」


 日も暮れ始め、燃料の都合からこのまま走り続けることが困難と判断した俺達は消防署の中で隠れることにする。


「消防士さん達はいないみたいね」

「大方どこかに出動して帰って来れなくなったんだろうな」


 かつて消防車が所狭しと並べられていたであろう車庫には一台も車がなく、建物内部も閑散としていた。半島からの難民船に紛れて感染者が北九州に到達した瞬間、犠牲を覚悟で関門大橋を爆破して感染者を九州でシャットアウトしろという政府の命令に自治体が反発した結果、橋を通じて多くの感染者がなだれ込み、日本の命運を決定づけてしまった。

 感染者の特徴として目が白濁し、大きな口を開けて涎を垂らしながら訳の分からぬうめき声を上げて走り回る他に、満足に泳げないという特徴がある。これは九州で生き残った一般市民の中に池を泳いで逃げたおかげで助かったと証言する者がいたことで分かったことだ。

 政府はこれに着目し、感染者には狂犬病と同じく水を恐る傾向があると判断し、全国の消防署に警察や自衛隊と協力して感染者に対する防衛作戦を展開せよという命令を出した。

 しかし、それは程なくして大きな間違いであったことに気づかされる。


 出動した消防隊員が持つ消火ホースや放水銃は感染者の足止めに大きく貢献したものの、感染者を殺すには至らず、消火水槽や消防車のタンク内にある水が枯渇した瞬間に武器を持たぬ彼等は真っ先に餌食となった。

 警察や自衛隊と違い、犯罪者や敵を殺傷する訓練を受けていない彼等は元々は守るべき対象であった感染者に対する戸惑いもあったかもしれない。ここにいた消防士達も恐らく感染者の餌食になってしまったのであろう。


「防火服やボンベが無くなってますね」 

「役に立たないものまで持っていくなんてな」


 感染者対策であったにも関わらず、律儀にも彼等は防火服を着て放水していた。

 俺から言わせてもらうと逃げるのに邪魔な装備は極力身につけないほうがいい。はっきり言って作業服かジャージ姿で参加してくれた方が幾分かマシだった。現に自衛隊で用意した放水班の方が逃げ足が早かったしな。


「使えるものだけ拝借するか」


 手当たり次第に倉庫をこじ開け、保存食から防火斧やバール、ハンマーといった武器類を集めていき、一箇所に集積する。


「お、これいいじゃん」


 矢尻が見つけたのは署員がロッカーの中に隠していたであろう一冊のエロ本だった。


「消防士はモテるって聞いてたけど案外良い趣味をお持ちで」

「ふざけたことやってないで早く机をどかせろ!!」

「ぎゃん!?」


 エロ本にはしゃぐ矢尻のケツを美鈴は陸警靴を履いたまま蹴り飛ばす。

 先端に埋め込まれた鉄板の威力もあって矢尻は軽く飛び跳ねながらも涙目になって口を開く。


「姉さん怖いっす」

「セクハラはダメ」

「パワハラもダメっすよ!!」

「ははは、心強い人が来てくれたな」


 二人の会話を楽しみつつも、俺は体育倉庫から拝借したマットを床の上に敷く。


「見張りは3交代、3時間ごとにするからお前達は先に休んでろ」

「了解」


 俺の指示に従い、戸締まりから戻ってきた入江達と一緒に矢尻はマットの上に寝転がり、即座に寝息を立ててしまう。


「ふふ、疲れてたみたいね」

「ああ、丸二日ぶっ通しで戦ってたからな」


 俺はそう言いながら机の上を軽く片付けたあと、その上に持っていた64式小銃を置いて整備をはじめる。こいつで既に何体の感染者を始末したか覚えていないが、100は超えているかもしれない。

 ある程度戦い方が分かっていた関係で横須賀に感染者が現れた当初から俺達は頭部を破壊することに集中していた。

 しかし、陸上自衛隊と比べて圧倒的に射撃回数が少ない俺達が走り廻っている奴らの小さな頭に狙いを定めるのは難しく、中には一体も仕留めることなく餌食となっている隊員もいた。

 9ミリ拳銃で上手く仕留めていた奴もいたが、最後は頭が狂った挙句に突撃して喰い散らかされてしまった。


「やっぱり有力者はみんな逃げてしまったの?」

「ああ、でっかい艦に真っ先に乗り込んで出港していったよ。まだ多くの市民が残っていたってのにな」

「でもあなたは残ったんでしょ?」

「ただの殿さ。もともと俺の所属していた部隊はクセのある奴が多くてトカゲの尻尾切りみたいな扱いだったな」

「こっちも変わらないわ。前衛は私のような曲者ぞろいの隊員で編成された部隊が配備されてたわ。まあ、そのおかげで生き残れたんだけどね」


 美鈴はそう言いながら上着を脱ぎ、濃紺のシャツ一枚になってズボンのポケットから煙草を取り出す。 


「火、ちょうだい」

「おう」


 俺は以前乗艦していた艦でもらったジッポを取り出して火を灯す。


「ありがと」

「どういたしまして」


 満月が夜空を照らし、夜にしては少し明るい事務所の中で俺達は静かに煙草をふかす。


「部隊が壊滅して隠れた先が煙草屋だったのよ」

「そりゃ傑作だ、いつでも最後の瞬間が楽しめるな」


 2階の窓越しに見張る俺達の視線の先には獲物を求めてうろつく一人の感染者の姿があった。

 元サラリーマンであろうか、鞄を片手に不規則な動きをするそれはまるでどこかの酔っぱらいのようにも見えなくはない。


「私の父親もあんな感じだったっけな」

「家族は?」

「実家は九州だから多分...」

「そうか、まあ生き残れたことに感謝しようぜ」

「そう言うあなたは?」

「感染が広まる前に亡くなったよ」

「そうなんだ」


 お互いの現状を口にしたためか、俺は不意に虚しさを感じてしまう。

 所属部隊が壊滅し、持ち前の悪運で何とか生き残ってきたわけだがそれだけに多くの死を目の当たりにしてきた。独身であった俺と違い、死んでいった仲間の中には家族や恋人のいる連中だっていた。中には結婚式を来週に控えた状態で連れ出された奴もおり、最後は一緒に避難してきたはずの婚約者が感染者に襲われる光景を前にして錯乱した挙句に感染者となった彼女に喰い殺されてしまった。

 俺みたいな奴が生き残って何の意味があったのか考えてしまうな。


「どこに行くつもり?」

「今のところ小松基地に行くつもりさ、最後の情報ではあそこは避難所としてまだ機能してるみたいだからさ」

「大分……遠いね、ダメだったら?」

「北に向かうさ」


 幸いにも今の俺達は身軽で武器弾薬、食糧も切り詰めれば6人で1週間はもつ見込みはある。


「そういえば、あなたって独身なの?」

「ん、何を突然?」

「だって口ぶりからするに家庭を持ってる人に見えないもの」

「あ~はいはい、花の独身貴族ですよ~」

「ふふ、やっぱり」


 何を考えてるんだこいつは?こんな状況下で恋バナ何て洒落にならないことを言いやがるな。


「そっちこそどうなんだ?」

「私?えと先月別れたばっかりよ」

「やれやれ、人のこと言えんだろうが」


 俺は整備を終えて元の状態に組み立て終わった64式小銃を肩に吊るす。丸二日使い続けたためか煤まみれであった銃もようやく綺麗になり、心なしか気分がいい。元機関科員であった俺は道具に関してはこだわりがあり、良い道具をしっかり整備することによって素晴らしい仕事ができるという考えを持っている。


「そんな古い銃でよく生き残れたわね」

「そっちこそ銃は整備しなくていいのか?」

「私のは弾切れよ。おたくが持ってきた7.62ミリを装填するわけにはいかないし」


 美鈴はそう答えるとともに短くなった煙草を床の上に捨てて足で踏みつける。平時なら常識知らずな下品な行為に怒るところだが、お互い命をかけてきた手前、いたいち目くじらを立てたところで生き残れないしな。


「さてと、私も寝かせてもらうわ」

「おいおい、俺一人で見張りにつけってか?」

「生理で気分が悪いのよ」


 彼女はそう答えるとともに持ってきた毛布に身をくるませてソファーの上で寝息を立てる。

 やれやれ、助けた時にはちょっと可愛げがあると思ってたけど案外自分勝手な奴だったな。まあ、ここで心が折れるような輩だったら足手まといになるだけだから良しとしますか。


「村田さん、どうしました?」

「あ、いえ...ふと美鈴と出会った頃を思い出しましてね」

「ああ、あの娘はよく働いてくれる上、親を失った子供たちのとっては良き母親ですよ」

「ええ、恐らく平和な時であればこうして出会うこともなかったでしょうに」

「相変わらず仲がよろしいようで」


 安浦さんはそう言うと笑みを見せながらコーヒーをすすり始める。


「いずれこの地獄から抜け出せたら一緒になろうと考えてるんですが」

「うんうん、良い判断だと思いますよ。私の亡くなった妻も私が一向に告白しないもんだから告白した途端に殴られましたよ。「いつまで待たすんだこの野郎!!」ってね」

「はは、そりゃ災難でしたね」

「でも私を一生懸命支えてくれた良い妻でした。去年病気で亡くなりましたが最後は笑顔で私に対しありがとうって言ってくれましたよ」


 哀愁漂う安浦さんの会話は心地よさを感じてしまう。現役の頃は補給の世界にいたそうだが、温和な性格と物腰の低さで部下からの評判は高かったようだ。しかし、定年退職後は幾つかの企業の誘いをすべて断って奥さんの病気の介抱のためにこの仕事に就いたそうだ。


「あの娘の提案で明日開かれることになったクリスマスパーティー、実は子供達だけでなく私も楽しみにしてるんですよ」

「へえ~じゃあ何か催しも考えてるんですか?」

「ええ、そのためにさっきアクセサリーショップの中からこいつを見つけてきたんですよ」


 安浦さんはそう言いながら傍に置いてあったダンボールの箱を開けて中からサンタクロースの衣装を取り出す。


「まさにクリスマスにピッタリな服装ですね」

「でしょ~」

「じゃあ俺も何か考えますかね」


 就寝までのわずかな時間であったが、俺達はクリスマスの催しについて意見を出し合うことになる。

 アルコールの話については東日本大震災において、ある避難所のエピソードを元にしました。なお、誤解を招かないように言うと災害派遣に行かれた自衛官については被災地では一切のアルコールを口にしておりません。

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