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第3話 背負いし罪

二日前 横須賀警備隊 司令部


「皆が噂しているとおり、東部方面隊の奮戦もむなしく、秩父を中心に展開していた防衛部隊は昨日をもって崩壊した」


 副長が用意したスライドには予想し得る感染者の進行ルートが記され、崩壊した秩父を中心に複数に枝分かれしているのが分かる。


「既に埼玉県内に展開していた東部方面隊も壊滅、ここから西北のエリアはすでに感染者に占拠され、奪回する見込みは無くなった。現在のところ各駐屯地も連絡は付かず、唯一小松基地だけは防衛体制が確立されており、生き残った国民の空輸を続ける方針を示している」


 これでは、いよいよ最後の段階となってしまった。西部方面隊は既に福岡防衛戦で壊滅し、中部方面隊もほぼ機能を失いつつある中で首都圏の戦力まで集結させた東部方面隊が破れたとなると、最早首都を守る部隊は俺達しかいない。その規模は艦艇乗組員等を除けば1000人にも満たない。重火器を持つ陸自が壊滅したというのに、基地警備用の軽火器しかない俺達がいつまで持つのだろうか。


「これまでの感染者の進行速度から見て一両日中に鎌倉付近まで到着する試算となった。これに伴い、政府は首都機能を離島に移管することを決定した」


 東部方面隊にかけていただけに、考えたくもなかったが首都放棄に至るとは......

 まさか先月まで海外のニュースで騒がれていたパンデミックがすぐそばまで近付いてくるとは思わなかったな。


「移管が決定された首都には既に特殊作戦群と警視庁、皇宮警察により要人を救出ポイントである皇居に誘導している。羽田については暴徒により機能が麻痺していると情報が入ったため、SF(自衛艦隊司令部)は「いずも」(ヘリ護衛艦)を含む護衛艦隊を東京湾に進出させ、救出ポイントにいる要人の救出に向かうこととなった。なお、これらの艦隊については乗員家族も乗艦することも許可された」


 その瞬間、会議室に集まる一同の中から動揺が走る。


「私達の家族はどうなるんですか!?」

「他の市民は!?」

「そ、それは......」


 次々と質問が飛び交うも、副長も言葉が浮かばず口を開けないでいたが、今度は警備隊司令が席を立ち上がり、説明を始める。 


「君達の家族についてはこちらが管轄する大小全ての船舶を動員して避難させる。ただし、市民には知らせないで欲しい」

「!?」

「そんな!!」


 国民を見捨てるという判断に、一同言葉を失うも、司令は焦らず次の言葉を付け加える。


「既に神奈川県警と話をつけてある。市民についてはできうる限り脱出させるため、すぐに新港に有りとあらゆる船舶を集めて避難させる予定だ。我々は彼らの支援として要人救出を分担させてもらうだけだ」

「そんなこと、国民が納得するんですか?」

「全ての責任は私が取る。それと、脱出船には私の席は用意しなくていい」

「司令!?」

「なあに、この首と命を懸けるだけでいいさ。どうせ家族のいない天涯孤独な爺の命、最後に華々しく散らせてくれ。各人については最悪の事態に備え実弾の携行を許可する、使用についても各指揮官の判断に任せる」


 司令の言葉を前にして、会議に集まる一同は決意を固める。


「分かりました、ただし私もお供させてください、どうせバツイチ子なしの寂しい中年なので」

「おいおい、俺はお前のことを好きじゃないぞ」

「司令お一人では寂しいでしょうが。知ってますよ、実は寂しがり屋だってこと」

「やれやれ、年甲斐もなく男気見せやがって」

「ぷぷぷ」

「ははは」


 副長までが同調したことに、一同の中から笑いがこみ上げる。

 日頃は温厚で情に厚い性格なだけに司令の決意あるその言葉には強い説得力あった。


「これより作戦名を「ノアの方舟」と称し、横須賀警備隊を中心として最優先はSF機能を「いずも」に移管、艦隊の出港を最優先とする」


 それからの行動はまさに矢の如くだった。船越地区のSF機能移転に有りとあらゆる車両が行き交い、並行して隊員家族の避難誘導まで限られた人数で対処しなければならない。当然ながら「いずも」一隻で収まるわけでなく、掃海母艦「うらが」にも機能を一部移管させ、補給艦「ときわ」には有りとあらゆる物資が詰め込まれていく。隊員だけでは足りず、遂にはその家族まで動員して物資を詰め込む羽目になった。

 そんな中にあって、艦隊が出港し始めているのに気付いたのか、新港で乗りきれなかった市民が遂に正門まで押し掛けてきた。


「何度も言うように新港で次の船を待ってください。ここに皆さんを乗せる船はありません!!」

「うるせえ!!お前ら国民を見捨てて逃げ出すつもりだろう!!」

「うわあ!?」


 押し問答が続き、苛立ちがピークに達したのか一人の市民が矢尻の顔を殴る。


「みんな、こいつらは税金で生かされてるくせに逃げる連中だ!!」

「許さない!!」

「やっぱり税金泥棒の自衛隊は有事でも役に立たないわね!!」

「や、やめて......」

「その銃をよこせ!!」

「待て!!」


 遂には市民の一部が集団で矢尻を押し倒し、持っていた小銃を奪おうとしたため、俺は咄嗟に警棒でその暴徒の背中を叩いてしまった。


「つう...お、お前、国民に暴力をふるったな......」

「隊員から銃を奪おうとする輩が良識ある国民を自称する気か?」

「てめえ...俺達は生き残りたい、ただそれだけを望んでいるんだぞ」

「だからって自分だけ生き残ればいいというのか?」

「うるせえ!!生存権の行使だおらあ!!」


パン!!


「あ、あ、あ......」

「お、お前...何やってるんだ!!」


 それは痺れを切らせたのか、それとも暴徒から俺達を救おうとした一心なのか一人の女性隊員が騒いでいた男に向かって銃弾を放ってしまった。俺は咄嗟に撃たれた男のもとへ駆け寄るも、彼はひとしきりうめき声をあげながら、最後に「この人殺しが...」と言い残して息絶えた。


「ひ、人殺し!!」

「なんて奴らだ!!」

「きゃあああああああ!!」


 そこからは最早地獄絵図だった、市民は一斉にパニックに陥り、ある者は幼い子供を置き去りに群衆に飲まれ、ある者は転倒したまま多くの人に踏みつけられ、血まみれになる。俺達は必死に群衆をなだめようとしたが手遅れであった。


「ぐぎゃあああ!!」


 遂には感染者までも姿を現し、市民が入り交じる中、俺達は必死で戦うこととなった。


現在...


「俺、あんとき村田3曹に助けてもらえなければ死んでましたよ」


 食料調達のために立ち寄った商店にて矢尻はポツリと口を開く。


「どうしたんだ突然?」

「市民に襲われた時、俺、あの人に反論出来なかったんです。だって事実だったんだから」

「仕方ないさ、あの状況で全ての人を救うなんてヒーローみたいな芸当は物理的に不可能だったからな」

「でもそのせいで村田3曹に罪を負わせちゃいましたし」

「...償いの言葉は生き残ってから考えよう。今はまだ逃げてる最中だしな」


 俺はそう答えながらトラックの荷台にミネラルウォーターの入ったダンボールを積み込む。


「こんな田舎の商店でも倉庫の奥にまだ食料が残ってて良かったな」

「そりゃ、ここは俺の地元っすから大概のことはお見通しっすよ」

「ご両親については悪かったな、見つけられなくて」

「大丈夫っす、うちの両親はしぶといから。なんせこんなヤンチャ息子を生んでるんすから」


 ここが矢尻の地元で本当に助かった。どこの商店に行っても食料は荒らされていて調達できなかったしな。彼の両親も見つけてやりたかたところだが、家は誰もいない上に荒らされてもいなかったから恐らく近くの避難所にいるのかもしれない。


「最後のメールだとみんなで隣町の公民館に避難してるみたいですけど、さっきから連絡しても全然繋がらないのがちょっと」

「とりあえずそこに案内してくれ、ここの食料も必要としてるだろうしな」


 俺達は矢尻の言う避難所の場所を地図で確認し、トラックで向かうことを決める。田舎町のためか、ここに来て以降感染者の姿も見なくなり、このまま進んで行けば生存者に合流することもできるかもしれない。


「村田3曹、あれ......」

「そんな...」


 運転する入江の指さす先にはフェンスの一部が破壊され、建物内のあちこちから感染者が顔をのぞかせる公民館の姿があった。


「矢尻......」

「先に進んでください、両親はもう」

「だが、まだ生きているかも」

「あそこの車...俺の親父の車なんです、ナンバープレートも合ってます」

「う...」


 矢尻の父親の車は上半分が横転したトラックに押しつぶされており、その周辺にはおびただしい血が流れていた。 


「恐らく避難したつもりが事故に巻き込まれたんでしょう。俺があの時、村田3曹を巻き込んじまったバチが当たったのかもしれません」

「馬鹿野郎、自分を責めるな!!」

「だけど、俺、両親が避難するまで追い詰められてたのに横須賀で」

「お前は任務を果たそうとしただけだ、今はご両親の分まで生きろ」

「......はい」


 こんなことってあって良いのかよ......

 矢尻はただ任務に忠実だっただけなのに


「お前は絶対に俺が死なせねえ、だから今は生き残っている国民を探し続けるぞ!!それが俺達に残された贖罪だ」


 まだ死んでたまるか、あの時、見捨ててしまった連中のためにも俺は最後まで諦めないからな......

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