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第29話 贈り物

「君と○○が終わる日に」の自衛隊の扱いが虚しいです。指揮官達にも一定の倫理はありますし、簡単に外部と連絡が取れなくなるなんて話は少し無理があります。(東日本大震災しかり、自衛隊の災害対処能力は決して低くない)

「ガアアアア!!」

「うおおお!!」


 奇声を発しながら警察署のバリケードを乗り越えてくる無数の感染者。俺達は奪った装甲車を中心に必死で銃撃を繰り広げている。


「明莉ちゃん、狭いけど中で隠れてて」

「うん」


 感染者との戦いの中、竹井さんは明莉ちゃんを装甲車の中に降ろしてハッチを閉める。


「くそ、キリがねえ!!」

 

 入江はそう吐き捨てながら新たな集団に銃口を向ける。

 機関銃の威力は絶大だが、一丁しかないから全てをカバー出きるわけではない。


「しつこい!!」


 隣にいる美鈴もまた、下着姿でありながら車体の上に伏せて感染者に狙いをすませ、一体一体確実に仕留めていく。


「来るな!!」


 山中さんはそう言いながら、装甲車の車体に張り付こうとした一体の感染者の頭を蹴り飛ばす。


「火力が足りない」

「ああ、また来やがる」


 撃退したと思ったら、すぐにまた新たな波のように感染者が群がる。まさにゲームの如く繰り返しだ。


「こちらが倒す度にまた新たな群れが気付いて近付いてくる。人類の7割以上が感染してる今となっては無作為に戦うのは労力の無駄でしかない」


 松坂はそう言いながら、新たな弾倉を装填する。


「感染者どもは、個々に動く奴から時には2、30体単位のグループで行動する輩もいる。時には何かの機会にそれが10以上集まり巨大グループになることもあるけど、意思の疎通はできないはずなのに、不思議と纏まって移動するから厄介よ」

「それが新日本国がいつまで経っても奴等を殲滅できない理由か」

「そう、まるでウィルスの媒介者としての使命を意識しているかの如く。日本だけでなく世界中が感染者を前にして無力なのもそういった理由よ」

「飛沫感染はどうなんだ?」

「今のところ、私達の中で感染者の唾液程度の量で呼吸器官からの感染は無かった。ただ、血液が直接触れればアウトな点を考えるとエイズと似てるわ」


 そう答えるとともに、松坂はよじ登ろうとして来た感染者を撃ち殺す。


「噂では感染力が低い故にウイルス自体が生き残る手段として感染者を操ってるとも」

「ウイルスが意思を持つのか?信じられんな」


 何かの本で読んだことがあるが、栄養を必要とせず単体では増えないのに、細胞に侵入したら増えることのできるウイルス自体が、未だに存在をどう認めるか学者の間でも定義がつかないと書かれていた記憶がある。


「ならばお互いがいがみ合ってる場合じゃなかろうに」


 成り行きとはいえ、さっきまで殺しあった相手が傍らにいるのは落ち着かない。しかし、今は協力しなければこの危機は乗り越えられない。


「この波を止めるには別の方向に注意を向けるしかない」

「別の方向?どうやってだ?」

「私達はこの場合、爆音を鳴らすドローンを飛ばして誘導しているうちに逃げたんだけど」

「んじゃあ、今すぐやってくれよ」

「ここに来るまでに品切れになった。無理矢理追いかけていたから」

「ならば、代わりになるものが必要になるな」


 無人機が無いなら誰かが身代わりになるしかない。ここが警察署ならばもしかして。


「竹井さん、白バイはありますか!!」

「あ、はい、車庫に何台かは」

「なら、動かしましょう!!案内して下さい!!」

「この状況でですか!?バッテリーだって上がってるかもしれないのに」

「ドローンの予備バッテリーがあるから使えるはず」


 松坂はそう答えるとともに車内に戻り、ドローンのバッテリーパックの入った鞄を取り出す。


「使えるのか?」

「こう見えて元白バイ隊員よ」

「なら、ついてこい!!」

「良平!?」

「私も行きます!!」


 俺はこの場を美鈴と入江に任せ、竹井さんと松坂を引き連れ白バイのある車庫に向かう。感染者は美鈴達に引き寄せられてはいたが、敷地内には既にかなりの数が侵入しており俺達の動きに吸い寄せられるかのごとく、次から次へと寄ってくる。


「くそ、しつこい...二人は先に行け!!」

「村田さん!?」


 二人を先に行かせるため俺は追いすがろうとする感染者に振り返り、銃口を向けようとすると後から追いかけてきた山中さんの姿が目に写る。


「ふん!!」

 

 防火衣を身に纏う山中さんが右手に持っていた防火斧で一体の感染者の頭を弾き飛ばす。モールでの長いステイ生活の間に日々鍛えた身体のお陰か、そのあと襲い掛かってきた集団にも果敢に立ち向かい吹き飛ばしていく。最早数体程度の感染者が纏まって襲い掛かったところで彼の敵では無かった。


「皆さん、ここは僕が引き付けますから早く!!」

「いや、山中さん!!」


 竹井さんが立ち止まって山中さんの方へ駆け寄ろうとするも、彼は彼女の身体を突き放してしまう。


「つう...」

「きしゃああ」

「ふん!!」


 山中さんは竹井さんに襲い掛かろうとした感染者の首を叩き落とし、彼女に振り返るとともに口を開く。


「大丈夫です、僕は簡単に死にません」

「でも!?」

「早く行ってください、何時までもつか分かりません」


 血濡れたヘルメットのフェイスガードごしに見せた山中さんの表情は優しく笑みを見せている。

 

「あとで迎えに行きます。そしたらこないだの返事を下さい、約束ですよ」

「でも!?」

「竹井さん、今はそんな場合じゃありません!!」


 俺は無理やり竹井さんの身体を起こし、その手を引っ張って走り出す。


「山中さん...」

「頼みます!!」


 俺達は山中さんを一人残し、車庫に入る。先にいた松坂は既に工具を片手に中を物色していたものの、表情は芳しく無かった。


「動かせるのはあるか!?」

「えと、これはタイヤの空気が無い、これは整備中、これは...」


 何ヵ月も放置されたためか白バイは全体的に保存状態が良くなくホコリやクモの巣がかかっていた。松坂は一台一台調べていくと最後の一台を前にしてようやく使えると判断したのか、工具を広げはじめる。


「!?まさか先輩のが!!」


 竹井さんがまともに動きそうなのを前にし、言葉を詰まらせ涙を浮かべる。


「竹井さん、どうしました?」

「竹井...ナンバー04...そう、彼のだったわね」


 松坂は何かを察したのかそのままバイクにしゃがみこみバッテリーを繋ぎはじめる。


「そうだったよね、斉藤はもうこの世には...」

「はい...私を守るために」

「あんた、新米の頃からあいつのこと好きだったもんね。誰よりも正義感の強い奴だったから最後はアンタを守ったのは分かるよ。こんなことならアタシもあん時逃げずに残れば良かったかな」


 竹井さんが松坂と再会した時に出た斉藤という人物は白バイ隊員だったのか。これまでのやり取りを察するに彼女はここで恋人と死に別れたのだろう。


「アタシの男は最低のクズ野郎だった。実はね、斉藤とアンタはお似合いだって羨ましかった時もあったんだよ」

「松坂巡査...」

「巡査か...久しぶりに聞いたけど、今はあの時が懐かしいかな。ははは、なんでこうなったんだろ」

「いけそうか?」

「うん、いける。この白バイ、斉藤の性格に似たのかなあ...ホコリを被って放置されていたのに、私達が来たらなんか息を吹き返そうとしてる感じがするんだよね...」

「何を言ってるんだ?」

「あいつって誰よりも熱くて頑固で、正義感が強くて...同じ白バイ隊員として分かるんだよ、こいつが斉藤の意志を受け継いでるってね」


 そう締めくくった松坂は白バイに跨がるとともに、キーを回して何度か起動を試みると程なくして鈍い音とともにエンジンが回りはじめマフラーから煙が吹き出す。


「やっぱり、流石は斉藤の相棒...まだやれるんだね」

「よし、交代だ。あとは俺が...」

「ねえ、今からでも罪滅ぼしって出来ないかな?」

「え?松坂巡査、何を?」

「へへへ、あいつのバイクに乗るからにはカッコいいとこ見せないとね!!」


 松坂はそう良いながら一気にエンジンを吹かしてスロットルを上げる。


「あんとき、逃げてごめんね。また会えて良かったよ、じゃあね!!」

「おい!?」

「松坂巡査!!」


 俺達が制止する暇もなく、松坂はバイクを一気に走られて車庫の扉を突き破る。彼女はバイクをスピンさせながら目の前に群がる感染者どもを弾き飛ばし、拳銃で数体の感染者の頭を撃ち抜く。


「さあさあ、化け物ども、こっちに来るんだよ!!」


 その言葉を合図にけたたましく響くサイレンの音。

 久しく聞いていなかったその音をウーウーと響かせ、白バイは一気に加速し、警察署のバリケードを乗り越えて群がる感染者を踏み潰しながら道路に飛び出す。


「おらおら、来やがれ!!」

「松坂巡査!?」

「あの馬鹿!!」


 感染者どもは松坂の狙い通り、激しい音を鳴らす白バイに誘き寄せられるかのごとく駆け出していき、彼女は一斉に群がる感染者を前にして両手に拳銃を握りしめて引き金を引く。


「うりゃ、うりゃ」


 感染者の一発、一発確実に頭を撃ち抜き仕留めていく。


「は、は、はー、しょぼいねえ!!」


 至近距離に近付いてくる感染者を前にしても松坂は怖じ気付くことなく、確実に頭を銃弾を当てていき死体の山を築く。余りにも目立つその姿を前にして、装甲車の周囲に群がっていた感染者は一斉に彼女の方へ視線を向ける。


「あらあら、いい女がこっちにいるよー、お相手してあげるわ!!」


 松坂はそう言いながらバイクを一気に吹かして挑発する。


「「「ぐわあああ!!」」」


 感染者どもは挑発する松坂の姿を前にして奇声を上げるとともに一気に走り出していく。


「バイバイ竹井!!また会いましょう!!」

「松坂巡査!!」


 竹井さんが止める間もなく、感染者を一気に引き受けた松坂は盛大にバイクを吹かすとともに感染者を引き付けながら走り去っていき見えなくなってしまった。


「あいつ、最後になんで協力しやがったんだ...」

「あの人、本当は面倒見が良くて私の恋愛相談にも乗ってくれるいい先輩でした。一時期はあの人のようにもなりたかったのですが、内心では警察官という職務に憤りを感じることもあったみたいで、あの時も色々と現場に口を挟んできた先生方に嫌気が差しただけで、本心から道を誤ったつもりではないと思うんです」

「やれやれ、案外また会えるかもな。ただ、次は敵として会いたくは無いが」


 新日本国のことが気になる手前、これは逃げられたとも言えるかもしれないがお陰で感染者の姿が見えなくなり、辺りに静寂が戻る。


「山中さん!?」

「待て」


 周囲を見渡すと、多数の感染者の亡骸の中心に血にまみれた防火衣を着て佇む山中さんの姿があり、遠くからではその表情を伺うことができない。

 俺は駆け寄ろうとする竹井さんの肩を掴み、拳銃を握りしめて静かに近寄る。


「山中さん、無事ですか?」


 俺の呼び掛けに対し、彼は何も答えることなくゆっくりと近づいてくる。まさか感染したのか...


「くそ!!」

「いや、そんな...」


 身を震わせる竹井さんを尻目に覚悟を決めた俺は銃口を向けようとするも、山中さんはその手前で立ち止まり血濡れたフェイスガードを上げる。


「驚かせてすみません、血糊で前が見えなくなってたので」

「ははは、こんなときに冗談がきついですよ」

「山中さん!!」

「防火衣を着ていて良かったです。感染者でもこいつはそう簡単に咬み切れませんから」


 竹井さんが喜びとともに前に駆け寄ると山中さんは再び笑顔を見せて口を開く。


「無事で良かったです。お怪我はありませんか?」

「山中さんのお陰で助かりましたが、松坂巡査が先輩のバイクで...」

「そうですか、彼女が...最後はまた警察官として私達を守ってくれたんですね」

「あのバイク、先輩のでした」


 竹井さんはそう答えるとともに、突然身を震わせて涙を流しはじめる。


「う、うう...先輩が私達を守ってくれました」

「そうですか...斉藤さんが...死んでも守ってくれるなんて彼らしいですね」

「私のために先輩や署長達、遂には松坂巡査まで...みんないなくなっちゃいました。私一人生き残って幸せになれますか...」

「...斉藤さんの分まで僕が幸せにしますよ」


 山中さんはそう答えるとともにヘルメットを脱ぎ捨て竹井さんに顔を近付ける。


「竹井さん、貴方のことが大好きです。僕で良ければ側に置いてください」

「でも、私は皆さんに不幸を撒いて...」

「僕もあの時、斉藤さんに救われた身で貴方と同類です。斉藤さんや松坂巡査、みんなの記憶を受け継いだ以上、僕は死にませんし貴方を幸せにしてみせます。だから!!」

「...はい、こんな私でも良いなんて嬉しいです...」


 遂に竹井さんは山中さんの想いを受け入れ、お互いに口付けを交わす。やれやれ、こんなときに何を見せてくれるんだ。


「二人とも戻りましょうか。もう日が暮れますし」


 残念だが、もう時間切れだ。日はすっかり傾いてきた上、俺達には犠牲が出て精神的にも限界が来ている。


「良平、無事で良かった」


 無数の薬莢が転がる中、残っていた武器をかき集めて戻ってきた俺達を美鈴が優しく出迎える。

 日が落ちていたこともあり、疲労の溜まっていた俺達は奪い取った装甲車に乗り込み、一夜を明かすことにした。


「こんなか弱い小さな子に大人は酷いことをするよね」


 美鈴はそう言いながら、隣で静かに眠る明莉ちゃんの顔を撫でる。向かいに座る俺は両手を組んだ状態で考え込んでいた。

 

「ワクチンか、どこぞの映画みたく俺達に作り出すことができると思うか?」

「まさかね、新日本国が作り出せていない代物を私達が作れるとは思えないよ」

「どこか研究機関の話は聞いてないか?」

「国立感染症研究所ならあるいは...だけど、ここにある資料と明莉ちゃんを連れていた研究員の話を信じるなら新日本国に接収されてるみたいね」

「そうか...」

「だけど、可能性は無いわけでは無い。現に明莉ちゃんという希望を託されたからには何としても生き延びて未来を切り開いていかないと」

「やれやれ、女は強いな」

「そりゃ、子供を生めるからね」

「子供か...」


 横須賀にいたとき、俺は誤って親子を殺めてしまった。そんな俺がこうして子供達を保護することになるとは何の因果だろうか。ふと車内の片隅に視線を移すとお互い寄り添って眠る山中さんと竹井さんの姿が見える。

 竹井さんはようやく過去のしがらみから抜け出し、山中さんとともに歩む決心をした。今も見張りのために銃座にいる入江や避難所にいる矢尻にも将来を共に歩もうとする恋人もいるし、子供達もいずれは大人になってそれぞれの家庭を持つことにもなるだろう。

 そう考えると俺達は手段を選んではいられなくなる。


「美鈴、帰ったらすぐ脱出を進めようか」

「...そうね、もう時間が無いのは明らかだしね」


 片山くん達の犠牲を無駄にすまいと俺は脱出に向けて決意を新たにした。

 ゾンビドラマや映画に海上自衛隊が出るのもありでは?

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― 新着の感想 ―
[一言] 警察署編も一段落という感じですね。山中さんが生き延びて安心しました。主人公空気みたいな感じでいちゃついてるのには笑いましたが(笑) 松坂もこれは生きて再登場しそうな感じですね。ベタながら一行…
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