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第28話 望まぬ再会

ストーリー考察に時間がかかりました。

 私達を待ち構えるかの如く、エンジン音を響かせながら正面に居座る装甲車。今、その上の銃座にいる兵士が私達に向けて銃口を向けている。


「お、捕虜にしたのか!!」


 銃座にいる兵士はそう言いながら舌舐めずりをする。


「下着姿はそそるねえ」


 視線を向けられた今の私は武器を一切身に付けておらず、迷彩服を脱ぎ下着姿になっている。その後ろでは体格の近い私の迷彩服に身を包み、防護マスクで顔を隠して奴等に扮する入江君の姿があった。


「おい、隊長はどうした?」


 男の言葉に対し、防護マスクを装着して声が通らないフリをした入江君が頭を左右に振り、親指で正面玄関を指差す。


「聞こえねえよ!!まあ良い、こっちに連れて来いよ!!」


 私は兵士の指示に従うフリをし、装甲車によじ登る。


「女がいたのはラッキーだ」

「......」

「くくく、良い乳だ、可愛がってやるからよう」


 男は下品にも私の胸をさわり舌を出す。


「今の隊長になってから女を好きに犯せなくなったからなあ。おっと久々に抱けると思って立っちまったぜ。おい、隊長が帰ってこないうちに楽しまねえか?」

「......」


 入江君は返答に困り、ブンブンと頭を横に振る

 

「なんだ、今更あの女が怖いのか?つうか、マスクを脱げよ」

「!?」


 この下衆が...今すぐそのおっ立ってるブツを蹴りあげてやりたい。だけどあともう少し...


「おい、お前だけ楽しむつもりかよ」


 装甲車の上部ハッチが開き、他の仲間も姿を表す。中にいるのは二人、大丈夫だな。


「あ?なんだその目は?」


 私の視線に気付いたのか、兵士はナイフを取り出してその切っ先を向ける。


「逆らうと痛い目に...」

「...いやぁ!?や、止めて!!」


 自分でやっておきながら芝居臭い演技だ。私はか弱い乙女を演じ、両手で胸を隠すようにしてしゃがみこむ。

 

「おい、なんだ...」


 兵士がナイフを置いて、様子を見るために身を屈めたその隙を私は見逃さなかった。


「ぎゃ!?」

「この腐れ○ン○マが!!」


 私は平手で兵士の顎を突き上げると同時に、片方の手でそのイチモツを掴みあげる。


「ぎゃあああああ!!」

「てめえ!!」


 私の行為を前にし、他の兵士が身を乗り出そうとした瞬間、今度は入江君が車内にあるものを投げ込む。


「毒ガスだ!!」

「何だって!?」


 入江くんが追加で叫んだその言葉に車内にいた兵士達はパニックになり、慌てて外に出る。


「ひいい!?」

「わああ!!」


 本物の陸上自衛官なら防護マスクをするなり、冷静な行動ができる筈だが、まともな教育を受けていない素人の二人は私にやられている仲間を放置して我先にと逃げ出す。他の仲間と合流しようとしたのか、私達がいた警察署の中に向かって行ったがその判断はよろしくない。


パン、パン!!


「あ!?」

「ぐは!?」


 逃げ込もうとした矢先、二人は待ち構えていた良平によって仕留められる。


「害虫を誘きだすには煙が一番だな」


 良平はそう良いながら地面に転がる殺虫剤の空き缶を蹴り飛ばす。


「ぎゃあああああ!?」

「...そいつはどうするんだ?」

「まって、今から去勢するから」


 私はそう言いながら、イチモツを握りしめていた手を離す。


「はあ、はあ、はあ...て、てめえ!!」


 膝をついて我に返った兵士は、痛め付けられたイチモツを庇いつつ置いていたナイフに手を伸ばそうとする。


「な!?」


 私は兵士がナイフを取り上げる前に、履いていた戦闘靴の先端で兵士の顎を思いっきり蹴りあげ、装甲車の上から叩き落とす。


「がは!?」

「どっかーん!!」


 兵士の身体が地面に落ちるのと同時に、間髪入れずに私は奴のイチモツ目掛けて片足を軸に飛び降りる。

 

「ぎゃあああああ!!」


 着地した瞬間、右足を通じて感じる柔らかいものが弾けとんだような感触。奴の口から出た悲鳴から察するに、上手く去勢はできたようだ。


「私って農業高校出だから家畜の去勢は得意なのよ」

「あばばばばば!?」

「...うるせえ!!」


 響き渡る悲鳴に耐えかね、良平が奴の頭に止めの一発をお見舞いする。


「美鈴、お前えげつないな」

「惚れ直した?」

「...チビりそうになったわ」


 心なしか、装甲車の上にいた入江君が股間をおさえている。男の股間って意識を共有してるのかしら?

 兵士を仕留めた私は良平から借りた上着を身に纏い、すぐさま装甲車の中に入り車内を確認する。


「大丈夫、運転できるわ」

「よし、殺虫剤臭くはなったが、装甲車は確保できたな」

「早く逃げましょう」


 あれだけ大騒ぎしたんだ、早くここから逃げないと感染者がやってくる。


「竹井さん、今すぐ来てください。脱出します!!」

『正面玄関ですね、分かりました』

「銃座は任せろ」


 良平はそう言いながら、ハッチから身を乗り出して銃座につく。

 あとは竹井さん達と合流するだけだ。仲間を失った手前、もう新日本国の連中とは関わりたくないな。


「おい、美鈴、またあの女だ...」

「え?」


 良平の言葉を受け、ハッチから顔を出した私の目に写ったのは、ふらつきながらも正面玄関から出てくる一人の兵士の姿であった。

 虚ろな表情で息をきらせるその姿に比例して、服は血塗れで所々擦り切れ、震える手で拳銃を握りしめてこちらに銃口を向けている。

 まさか、あの感染者の群れを返り討ちにして来たっていうの!?


「この女!!」

「待て!!」


 即座に撃とうとした入江君を良平が制する。それも当然で、ふらついた身体でこの距離から撃っても当てられない。寧ろ、自動小銃を持つこちらの方が命中率は遥かに高い。


「松坂、よく生きてたな?お前の部下はみんな死んだぞ」

「......」


 松坂と呼ばれた女は良平の言葉に答えることなく、銃口を少し下げて口を開く。


「こんなことをして無事で済むと思うな...」

「あん?降伏するなら今のうちだぞ」

「へえ、女には優しいんだ」


 そこそこ美人には見えるけど、避難所の食糧が限られている手前、捕虜は欲しくない。人体実験を繰り返す非道な連中なんだからさっさと殺して欲しい。

 同じ気持ちなのか、良平は機関銃の照準を彼女に向ける。


「ふー、ふー...」

「あばよ...」


 彼が引き金を引こうとしたその瞬間、思わぬ乱入者によって遮られてしまう。


「その声、まさか松坂巡査!?」


 その声に反応して私達が視線を移すと、竹井さんが山中さんと明莉ちゃんを連れて松坂の近くに立っていた。


「その声、あんた竹井なの!?」


 死に体だった彼女は振り返って竹井さんの姿を目にした瞬間、膝をくずして涙を流す。


「うう、まさかドジなアンタが生きていたなんて...」

「松坂巡査、あなたが何故新日本国に?確か交際していた彼氏と先に逃げていたんじゃ?」

「...あいつには捨てられたわ。避難先で食糧と引き換えに私を売り渡してね。それからは地獄だった...うう、うえ、あああ」


 拳銃を落とし、松坂は一人泣きながら言葉を続ける。


「売られた後は悲惨だった...見知らぬ男に代わる代わる犯され、時には食糧目当てに他の避難所に盗みに入り、更には仲間と思ってた連中に感染者の真っ只中に見捨てられ...」


 驚いた、松坂がまさか元警察官で竹井さんの同僚だったなんて。


「命からがら、小松基地にたどり着いて飛行機で離島に避難できると説明を受けたのに、出発直前になって今度は新日本国に包囲されてしまい、脱出できなくなった。ヤバくなった私は直ぐに彼らの軍門に下るしか選択肢はなかった」


 竹井さんに再会して気が抜けたのか、松坂はこれまで見せていた姿とはうって代わり、か弱い乙女の如く言葉を続ける。


「新日本国の一員になったと思ったら、戦えぬ女は娼婦になるしかない有り様よ。そんなのはもう嫌、性の捌け口になるくらいなら兵士になるしかない。だけど、自衛隊出身でない私は結局、使い捨てにされるような配置に回され、犯罪者崩れと一緒に再び感染者のいる外に放り出される始末よ」


 松坂も所詮は新日本国の末端で、もがき苦しむ生活を強いられていたわけか。同情を誘ってはいるけど、こっちも仲間を殺された手前、許すつもりにはなれない。


「竹井、あんたが生きてて良かった...私を助けて、もうこんな生活は嫌だ!!」

「......」


 突然出た松坂の願いに対し、竹井さんは明莉ちゃんを山中さんに預け、彼女に近付いていく。


「竹井さん、待って!!」

「その女に近付くな!!イカれてるぞ!!」


 私と良平の言葉を受けても、竹井さんは歩み寄ることを止めずに彼女の側に着くと肩に手を置き、お互いの目を合わせて口を開く。


「松坂巡査、あなたを受け入れることはできません」

「え!?あんた何を言って...」

「警察官として職務を放棄した挙げ句に、武装組織の破壊行為に手を貸したあなたを仲間として見れません」

「うそ、元同僚なのに」

「明莉ちゃんを誘拐しようとしたではありませんか?」

「そ、それは...」

「宣誓、私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います」

「......」

「私達は警察学校でこれを宣誓しました。同期としてこの警察署で勤務して以来、私達はこの宣誓を胸に市民の生活を守ってきました。ここにいた署長をはじめとした警察官達は最後までこの宣誓に従い、絶望の中でも市民のために戦い続け、最後は私を除いて皆亡くなりました」

「...そんな...」

「私が尊敬し、そして愛していた斉藤巡査長もまた、どんなことがあっても諦めずに市民を守り、最後は私達を逃がすために自らを囮にしてこの場所で亡くなりました」


 竹井さんにそんな過去があったなんて......

 山中さんの想いに答えられなかった理由を初めて耳にし、私はチクリと胸に突き刺さるものを感じ、良平に視線を移すと彼は黙って私の肩に手を置く。


「俺はまだ生きている、今はな...」 

「うん...そうだね」


 私達も彼ら警察官と同じ公僕であるからには何時かは覚悟する時が来る。だからこそ、真っ直ぐに生きていきたい。


「彼らの意思を受け継いだ私は貴方の行為を見過ごすことはできません」

「......」

「よってあなたを誘拐及び殺人未遂の容疑で身柄を拘束します」


 竹井さんはそう答えるとともに、手錠を取り出す。


「そう、アンタは今も警察官なんだ」

「はい、もう私だけですが」

「最初からアンタといれば良かったよ」


 観念したのか、松坂はゆっくりと両手を出して身柄の拘束を受け入れようとする。


「どのみち、任務に失敗したアタシに帰るとこなんてないしね。暫く厄介になるわ」


 竹井さんが松坂に手錠をかけようとした瞬間、忌まわしき奇声が響き渡り、場の空気が一変する。 


「村田海曹、あ、あれ...」

「おい、まじか...」 


 入江君が指差す先には警察署に向けて一斉に駆け出してくる無数の感染者の姿があった。


「くそ、遅かったか!!」


 良平は直ぐ様、銃座について口を開く。


「みんな、早く乗れ!!戦うぞ!!」


 逃げるタイミングを失った私達は、再び絶望的な感染者との戦いの場に舞台を移すことになった。

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