第27話 迎撃戦
連日報道されている新型コロナウイルスのニュースを見るたびにパンデミック時の国家としての対応について考えさせられます。
警察署内の通路に響く敵の足音。ドタドタと響く聞き慣れた戦闘靴の音は今の俺達にとってやかましいだけでなく、倒すべき相手でもあるから否応にも緊張感を高めていく。
「いたぞ!!」
「撃て、撃て!!」
対人戦は初めてではないが、以前相手にしたのは大した武器もないただの暴徒だ。今回は数も多く、武器も優勢な相手なのが辛いところだ。
パン、パン、パン
実際の銃撃戦は映画と違い、銃声というものは地味で甲高い。実弾を使用した射撃では耳栓が無ければ鼓膜をやられることも珍しくなく、訓練では必然的に耳栓の使用が義務付けられている。しかし、感染者が蔓延るこの世界では物音一つに注意を払わなければならないわけで、耳栓を着けていれば感染者の近付く音に気付くのに遅れる危険もあるため、俺と入江は着けていない。
「う!?」
狭い場所で撃ち合ったせいか、入江は耳を抑える。
「大丈夫か!?」
「は、はい、少し耳鳴りがしますが」
「交代だ!!」
鼓膜をやられた入江に代わり、俺は通路の向かいにいる敵に狙いをつける。曲がり角を利用して俺達は迫り来る兵士達を相手に撃ち合ってはいるが、やたらと撃ってくる相手とは違い、俺達は先日の救出劇によって弾薬を大量に消費したため、後から計画している脱出のこともあり手持ちの弾薬は少なかった。
パララララ!!
「贅沢に弾を使いやがる」
9ミリ機関拳銃が連射音とともに壁に当たり削っていく。肩紐を張ってしっかりと狙いをつければ当たりやすいのに、連中は素人らしく身体に寄せてバラバラとばら蒔いてやがる。
「くそ、基礎訓練が足りねえやつらだ」
銃弾によって産み出された粉塵に咳き込みながらも、入江は拳銃の弾倉を交換し俺に渡す。
「下手な鉄砲も数撃ちゃあたるつもりなんだろう」
実際の戦場ではスナイパーを除き、一人の兵士を殺すのに平均四千発もの弾薬を消費すると聞いたことがある。ある著名な日本人の元傭兵の話では銃弾に当たるよりも迫撃砲や地雷、不発弾の方が遥かに怖かったと言ってたな。
彼はテレビの取材で、現役時代の経験から銃の性能以上に爆発から身を守るシールドや装甲車の重要性を説いていたのが印象的だった。実際は人間の体力と移動のリスクから小銃弾を防げるシールドなんて持ち歩けない。
「くそ、やっぱすぐに逃げれば良かったな」
俺はそう答えながら弾倉を交換している入江を尻目に撃ち返す。9ミリ拳銃弾でも互いの距離が近くなる建物内なら抑えにはなる。無理に機関銃まで持ち出していた連中は狭い建物内で思うように動けず、俺達と同様に物陰に隠れ録な狙いもせずに反撃して来る。
「ぐわ!?」
「ひ!?」
俺は呑気に機関銃をセットしていた間抜けな奴の肩を撃ち抜く。
「いてえ、いてえよ!!」
撃たれた奴はパニックになり、ジタバタと床で暴れる。
やれやれ、かすっただけでパニックになるとは。連中は思ったよりも弱い、このまま逆転できそうだと考えたのも束の間、窓ガラスが外から割られ無数の銃弾がこちらに迫る。
「く、装甲車からか」
ダダダダダ!!
「うわ!?」
装甲車から放たれたであろう機関銃弾が窓ガラスを割りながらこちらに近付いてくる。俺は咄嗟に入江の頭を押さえて身を屈める。
くそ、敵には装甲車があるから厄介だぜ。
「貴様ら、怖じ気るな!!」
俺達が身を屈めている隙に、床にセットされたままになっていた機関銃に松坂が張り付くのが目に入る。
「やばい...」
「くたばれ!!」
松坂はその言葉と共に俺達に向けて引き金を引く。
その瞬間、無数の光と共に銃弾が迫り、俺達の周囲を破壊していく。
ダダダダダ!!
「ひ!?」
「に、逃げろ!!」
くそ、相手が悪い!!他の連中は大したこと無いが、あの松坂は女だてらにヤバい。
「こっちが有利だ、追え!!逃がすな!!」
松坂は部下を鼓舞して俺達を追いかけはじめる。
「奴ら、見境がないっす!!」
「ああ、相手にするには弾が足りないな」
俺達は時折銃撃を受けながらも、事前に打ち合わせていた経路をひた走る。もう少し引き付けたかったけど背に腹は変えられん!!角を曲がると窓に張り付いて作業をしている美鈴の姿が目に入る。
「もう来たの!?」
「駄目だ、奴ら装甲車や機関銃まで持ち出して来やがる。そっちはどうだ?」
「あと少し...」
美鈴の手にはロープが握られ、その下には先に降りていた山中さんと竹井さんの元へと下ろされようとする明莉ちゃんの姿があった。
「まだかかりそうか!?」
「あと3分は稼いで!!」
「ち、少し早いが仕方がない。入江、やるぞ!!」
「はい!!」
意を決した俺は集めていた数本の発煙筒に火を着ける。建物内にもくもくと広がる煙を前にし、俺はそれらを走ってきた通路に投げ捨てる。
俺が投げ捨てたのに合わせ、入江は傍に用意していた缶を蹴飛ばして中の液体を広げていく。
「うわ!?」
煙の先では広げたワックスに転倒したであろう兵士の声が響く。
「今だ、撃て!!」
「くたばりやがれ!!」
それを合図に俺と入江は再び銃弾をお見舞いしてやる。煙の中で狙いすら付けてはいないが、足止めくらいにはなるだろう。
俺達が再び敵を引き付けて暫くすると、明莉ちゃんを下ろしたのか美鈴はようやくロープを投げ捨てる。
「終わったか!!」
「うん、OK!!」
「早く行きましょう!!」
俺達は三人が無事に降りたことを見計らい、再び通路の奥に向けて走り出す。しばらくして振り返ると、防護マスクを身につけた兵士達が姿を表すのが見える。
「しつけえな!!」
曲がり角を曲がったところで俺は咄嗟に通路の角にあった消火器を手にする。
「くたばれ!!」
俺が勢いよく吹かせた消火器は先頭を追いかける二人の兵士達の身体を白く染める。
「うわ!?」
「おらあ!!」
俺は防護マスクが曇り、慌てる兵士の一人の身体を蹴り飛ばし、空になった消火器でもう一人の頭をぶん殴る。
「自衛隊舐めんな、おらあ!!」
「良平、早く逃げて!!」
美鈴に言われ、はっと意識を戻すと目の前にせまる後続の兵士達に気付く。
「やっべ!?」
銃口が向けられていることに気付き、俺は再び逃げる。
逃げ出したとたんに響く銃撃の音。それは俺の頬を掠め窓や壁に命中する。
「く...」
「良平、しゃがんで!!」
俺は美鈴の指示に従い身を屈めると、彼女は敵の兵士達に向けて小銃の銃弾をお見舞いする。
「逃げるよ!!」
「あ、ああ、助かった」
狙いをつけずに連発で撃ったためか、敵には当たらなかったものの、足止めには十分だ。正直、美鈴がいなければ不味かった。
「くそ、まだ追ってきやがる!!」
素人ながらも松坂達はしつこく追いかけてくる。
「このままじゃ合流できねえな」
「仕方ない、最後の手を使いましょ!!」
そう言いながら、美鈴は拳銃を正面に構え狙いを澄ませる。
「美鈴、まさか...」
「...」
「や、やめろ!!」
走りながら美鈴はその先にある扉に向けて発砲する。パン、パンと連続で撃たれた銃弾は扉に掛けられていた錠前式の鍵に次々と命中し、砕いていく。
「まじかよ...」
俺達は扉を前にしてもそのまま立ち止まることなく右に曲がる。そう、これから地獄が始まるからな。
「「「ウギャアアア!!」」」
あの扉には血文字でハッキリと『あけるな』と書かれていた。銃声に反応し中から響くうなり声から、この中に感染者が詰め込まれていることが明らかだからだ。
俺達を追っていた兵士達が扉の前に来た瞬間、タイミングよく地獄の扉が開かれた。
「な!?」
「うわあああ!!」
美鈴はとんでもないことをしてくれた。鍵が壊され、扉が開くと同時に中から大量の感染者が姿を表し、追いかけていた奴らと鉢合わせる形となってしまった。
「ギャアアア!?」
「は、離せ、離せ!!」
「逃げろおお!!」
兵士達は銃を構える間もなく、次々と襲いかかってきた感染者の餌食となり、悲鳴をあげる。
「ひい、ひいー」
「助けてくれー!!」
「死ね、死ね!!」
感染者が蔓延る地獄絵図が広がっているにも関わらず、松坂らしき女の声とともに銃声が響く。
「ふう、あの女もこれで終わりだと良いがな」
間一髪だった、数秒でも遅れていれば俺達がああなってたんだからな。美鈴といるといつも命懸けになる。
その一方で恐れを感じる俺の気持ちとは裏腹に入江は調子に乗って中指を向ける。
「ざまあ見やがれ!!片山の仇だ!!」
連中が騒いだせいか、感染者どもは俺達に気付いていないようだ。追っ手を撒くことに成功した俺達はその足で階段を降り、合流を急ぐ。一階に降り、出入口に差し掛かったところで身を潜める。
「竹井さんと合流するにも装甲車はどうする?」
「え?呆れた、なんにも考えてないじゃない」
「一緒に降りるつもりだったから仕方ないだろ」
本来なら俺達は竹井さん達と一緒に降りる計画だった。離れ離れになった手前、外で合流するしかないが目の前で彷徨く装甲車を相手にする必要がある。
「装甲車に弱点はないか?」
「あったとしても火力が足りない」
「陸自で教わらなかったか?」
「パンツアーファースト位持ってなければ相手にするなと言われた」
「主婦の知恵は?」
「まだ結婚してない、いつ出来るかは不明だけど」
「むむむ」
美鈴でも流石に無理か...弾無し、火力無し、味方無し。
旧日本軍みたく地雷を持って体当たりしようにも肝心の地雷が無い。映画のようにはいかないな。
「せめて爆発物でもあれば良いけど」
「平和な日本にあるわけないだろ」
日本は世界に類が無いほど爆発物やその材料を一般で手に入れるのは難しい。例えば個人で猟銃の弾を作るのだって火薬を何キロ手にいれ何発作りますと開始終了報告をイチイチ警察に届けなければならない。
悪いことしてないのに警察に頻繁に出入りする羽目になると、知り合いのマタギが嘆いていたな。彼は農家や畜産家のために害獣駆除を熱心にやって自治体から感謝状をもらってるのに。
自腹で買ってる猟銃の弾だって安くないから作ってるのにな。
「村田海曹、これで爆弾は作れませんか?」
入江はそう言いながら、そばに置いてあった段ボールを開き中身を床の上にバラけさせる。
「スプレー缶を纏めれば爆弾になるのでは?」
「いや、無理だから」
俺も爆弾の知識はあるが、これで作り上げる自信は無い。
入江が持ってきたのは避難所時代の衛生面を考慮してたのか、職員が集めていたであろう殺虫剤や蚊取り線香の類いだった。
「映画のようにはいかないわ。これで装甲車を破壊できるような爆弾なんてできないし」
美鈴も呆れて肩を落とす。
「やっぱり誰かが囮になるしかないわね」
「むむ、せめて発煙筒くらい残しておくべきでしたか」
発煙筒はさっき使い潰したからなあ。代用できる物は無いか...む、これは...
「......いや、できなくて良い、これを使おう」
「え?でもそれは害虫はいけても人間は流石に」
「連中が素人なら大丈夫だ」
「...成る程、私達でプロの戦い方を教えてるわ!!」
「奇策は戦術の邪道とも言うが、今はやらなければ人類の未来がかかってるからな」




