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第25話 捨て奸

 遂に彼岸島にて自衛隊と共同作戦。待ちわびてきた展開だけに、活躍を願うばかりですが扱いが低くて心細い。

 SF漫画作品における自衛隊の扱いはなんというか、ゲート以外心細い。

捨て奸 (すてがまり)


 戦国時代に島津氏で用いられた戦法。撤退の際に殿の部隊から少数の兵士を残し追っ手を引き付け本隊を逃がす。

 関ヶ原において敗軍となった島津義弘はこの戦法により徳川方の壮絶な追っ手を振り切り、生き延びることに成功する。蜥蜴の尻尾切りに思われるが、甥の豊久をはじめとした家老と多くの志願者により決行された点からも、義弘を生き延びさせることにより島津家の存続に繋がる重要な手段であったといえる。

 事実、彼が生き延びて薩摩に戻り軍備を再編したことにより徳川家康は討伐を諦め、一途の不安を残したまま世を去ることになる。その後の歴史を見ればこの時の行為が明治維新にまで繋がることを考えると、世界史に例の無い因縁を感じる次第である。


 

 良平達が署内に入ったのを見届けた後、片山は薄れゆく意識を奮い立たせ、銃を構える。小銃など撃ったこともなく当たる見込みもない。

 しかし、彼は最後まで諦めるつもりはない。


「逃がすな!!」


 良平達を追って中に入ろうとした兵士を狙い、消防車の車体を背に預け背後から銃撃する。弾は兵士達の足下に当たるだけだったが、まだ残っていた者がいたのかと気付いた兵士達はすぐに反撃をする。


「はあ、はあ、はあ...俺だって...」


 父親に捨てられ、母は早くに亡くなり祖母に育てられた幼い頃。優しい祖母に対し、親がいないことでいじめを受けていた彼は次第に反抗するようになり、悪い先輩とつるむようになった。

 しかし、感染者騒動の前月に祖母が病で倒れたことを受け病院に行ったことを気に心に変化が起きた。


「婆ちゃん、見ててくれ」


 病床で最後を待つ祖母から渡された十字架。祖母の教えに反発して悪いことをしてきた自分に対し、悔い改めるよう懇願し、優しい子だから必ず更正できると信じてると言い残して天に召された。

 それ以降、心にポッかりと空いてしまった穴を、安浦をはじめとした避難所の人々達によって満たされてきた。


「安浦さん、みんな...」


 先輩が怖かったとはいえ、暴虐に荷担してしまった自分を受け入れてくれたことに今までにない幸福感を抱いていた。願わくばこの生活をいつまでも続けていきたいとも感じていた。


「はは、童貞のままで死ぬなんて聖人みたいだな」


 何発か銃弾を受けたものの、片山は身を落としながらも撃ち返す。最後の一発が偶然にも兵士の腕を掠める。


「うお!?い、いてえ!!」

「主よ、我の行いをお許しください」

「野郎!!」

「婆ちゃん...」


 それが彼の最後の言葉であった。

 瀕死の相手に対し、仲間を撃たれた兵士達は必要以上に銃弾を浴びせてくる。


「おい、弾を無駄にするな!!」


 感情に任せて弾をばら蒔く兵士を片山を初めに撃ち倒した男が制止する。


「ち、あの女が余計なことをしないで初めから奴らを撃ち殺しちまえば、こんな面倒なことにならなかったんだがな」


 男は松坂に対する悪態をつきながら兵士の頭を叩く。


「てめえらもモタモタするからこうなるんだよ!!ボケが」

「は、はい」

「あの女、なんもできねえくせに手段に拘って威張りちらしやがって」  


 入江の反撃を受けた時、男は松坂を車内に引き込み身柄を拘束して強引に指揮権を奪い取っていた。この小隊は元々、今回の捜索において臨時に編成されたのだが、男をはじめとして部下達は女性である松坂に何かと指示されることに苛立ちを感じていた。通常、自衛隊においては入隊から半年近く徹底的な教育を受け上官の命令に服従するよう教育されるのだが、メンバーの総員が感染者騒動以降に集められた即席の人員であり兵士としての教育が不十分どころか、公務員出身というだけで階級を与えられて指揮を執る松坂に不満を感じていた。

 なお、自衛隊において「上官の職務上の命令に服従する義務」は法律においても明記されており、破れば処罰の対象となる。

 これほどの強制力がある背景には国民の信頼を得た上で、強力な銃火器を取り扱ってるからであり、法律一つ守れない人間に銃を扱わせられないという意識からきている。

 しかし、十分な教育を受けていない彼らにそのような意識は皆無であった。

 となれば、必然的に一番年上で強気な態度を見せる男の方が存在感が高く、短時間で指揮権を奪い取った際には誰もが男への追従を受け入れていた。


「手柄さえあげちまえば此方のものなのによう」


 某アニメのような台詞を吐く男の考えは組織として許されない。下剋上など、近代の軍制では決して認められていない。しかし、男のように即席で兵士となった者にはそのような意識は無かった。


「そいつには聞きたいことがあったのに」


 男はそう言いながら片山に近付き、その身体を足で蹴飛ばすも反応はなく項垂れる。


「あーあ、死んじまったか。ガキのくせして格好つけやがってよう」


 片山の表情は穏やかで口元は満足気を見せている。

 仲間を逃がした片山の行為に畏怖を覚えた男は地面に唾を吐き、建物に視線を移す。


「火をつけて炙り出してやれ、どのみち逃げらんねえからよ」

「え、そ、そんなことをしたら対象は?」

「馬鹿言え、奴らは知らねえって言ってるんだ。火で炙り出して誰か捕虜にしたら良いだろうが」

「え、え?」

「早く準備しろや!!」


 苛立ちを露にした男は兵士の一人を蹴飛ばす。


「頭を使え、頭を!!奴ら避難所から来てるんなら物資も残ってる筈だ、拷問で吐かして奪い取って帰ればお咎めなしだ!!」


 男のやり方は常に暴力で相手を屈服させる方式だ。元々この男は俗に言う半ぐれのリーダー格であり、部下もまたその時の舎弟で占められている。感染者騒動においては常に自分達を優先にして弱者を捨て石にして生き延びて来ており、組織に入ったのも表向きは恭順したように見せて強力な銃火器を手に入れて生き残るつもりで他ならない。


「たく、てめえらは俺がいねえと何もできないカスだな」


 男がそう愚痴を口にした瞬間、足に激痛が走っていることに気付く。


「つう、野郎!!」

「ふー、ふー...」


 片山は最後の力を振り絞り、油断していた男の足に銃剣を突き刺していた。生物は心臓を失っても、頭が無事であれば30秒程は意識を保ち、行動することができる。例としてフランス革命において、死刑の手段として以前は法を犯した貴族の安楽死に用いられたギロチンが庶民にも多用された際、革命政府の方針に異議を唱えたある医者が首を落とすことが安楽死に繋がらないと主張し、自身の身体でそれを体験した際には首を落とされても30秒近く瞬きを見せてそれを証明している。しかし、片山が使った銃剣は浅く刺さり致命傷とはならなかったため、男は怒りに任せて事切れていた片山の頭を銃で撃ち抜く。


「くそ、しぶてえ野郎だ...とっとと火を付け...」


 不意に男の身体に現れた異変。何が起こったのか分からず身を震わせ、涎をだらだらと垂らすその姿を前にして部下達は訳が分からず呆然とする。


「あ、あの、だ、大丈夫ですか...」

「あ、あぐ、あ...」


 男の置かれていた状況を兵士が理解できないのも無理はない。先程片山が使った銃剣は良平が感染者を始末するのに使った代物であり、刺した後軽く拭いただけの状態だった。

 僅かに付着していた感染者の血液が男の血管に触れたなら言わずがもな...


「ぐぎゃあああ!!」

「ああああはあ!!」


 感染者と化した男が兵士に襲いかかり首筋に噛みつく。


「え、そんな!?」

「嘘だろ」


 他の兵士達は慌てて発砲するも、指揮官が目の前で豹変したことの動揺からうまく当てられない。


「ぐぎゃあああ」

「ひ!?」


 恐怖のあまり腰を抜かした一人の兵士に感染者と化した男が襲いかかる。


「があああ」

「うわああ、た、助けて!!」


 兵士は銃を楯にして男に抵抗するも、ガチガチと噛みつこうとするその姿を前にして悲鳴をあげる。

 傍らにいる仲間も事態が飲み込めず、近づくことすら怖くてできない有り様であった。

 しかし、思いもかけない人物がそんな状況を一変させる。


パン


 男に襲いかかられた兵士を救った一発の銃声。

 それはいつの間にかそこにいた松坂のものであった。


「何をしてるの?早く追うわよ」

「え?」

「焼いたら対象が死んでしまうじゃない」


 再び主導権を奪い返した松坂は兵士達に指示を飛ばす。


「さっき無線で彼らは仲間と合流するって言ってた。しかも、生存者もつれて。本当なら対象と接触してるはずよ」


 装甲車内で拘束されていた彼女であったが、銃撃戦で車内が空になったのを見計らい、隠し持っていたナイフで拘束を解き、無線を傍受していた。そこには良平達が生存者を確保したという情報も流れており、対象の存在を確保したこのチャンスを逃すつもりなない。

 松坂は片山の亡骸に指差してやる気を奮い立たせる。


「そこ彼が命懸けで仲間を逃がしたんなら対象を保護したことに間違いないわ。しかも、敵の数は多くないし、民間人も抱えてる。今ならまだ間に合う!!」

「でも...」

「急がないと逃げられるのよ!!」

「応援を呼んでからは...」

(こいつら、この青年と比べるまでもないヘタレだな)


 相手は感染者騒動以前からの現役自衛官。かたや自分達は即席の兵士であり、同じ土俵で戦って勝てる自信など彼らにはなかった。


「この辺りでは鎖鎌や三節棍の使い手に部隊が壊滅したり、モヒカン頭に返り討ちにされたなんて話もありますし」

「そうそう、頭のイカれた変な連中もいる中、たったこれだけの人数でやるんですか?」


 元が民間人なだけあって生身の人間を相手にする行為を前にして彼等の戦意は低い。ましてや二人も殺された後となっては逃げ出したい気持ちに支配されている。松坂はそんな彼らを前にしてため息を吐きつつ口を開く。


「見つけたら全員昇進で配給を増やして貰えるよう交渉するわよ」


 烏合の兵士達にも純粋な欲望があり、今よりもより良い待遇になれるのならば、自ずとやる気もみなぎる。

 ましてや、日本中が感染者騒動により食糧事情も悪化し、保存食に頼る生活をしていた彼らにとって、階級が上がれば食べる量も増えることに大きな価値があった。

 誤解の無いよう付け加えるが、旧日本軍なら階級で食べられる物に違いはあれど、自衛隊はパイロットやダイバー等の一部を除いて階級で食事の違いはない。司令官であっても食べる場所は違えど、食事は二等兵と同じである。松坂の発言はあくまで彼女達が所属する組織が設定した制度である。

 なお、米軍は未だに階級で食べる物に違いがあることも付け加える。これは、前線の兵士より指揮官の命の方が重く判断力に影響の無いようにする軍隊ならではの措置である。信じられないかもしれないが、米海軍の軍艦においては潜水艦等の一部を除き未だに士官は専用メニューから好みの物を選んで注文し、シェフが料理をしてウェイターが配膳をする方式で、不味ければ皿をひっくり返すこともあるという。


「階級が上がれば肉も至急されるわよ!!それも牛よ!!」


 更に兵士達を鼓舞しやる気を奮い立たせる。感染者騒動以降、牛肉など一部の特権者しか口には出来ていないため自ずとやる気が出る。

 笑えない話だが、硫黄島の戦いでは日本の兵士達は海上輸送の途絶により新鮮な野菜を口にすることができず、たまに空輸されてきた大根や白菜の欠片すらもご馳走として涙を流して食べていたという。食の欲求は人間にとって決して抗えるものではない。

 なお、この時の指揮官であった栗林中将は部下と同じ物を食べて、野菜も自らは口にせず自ら部下に分け与えたため、絶大な信頼を得ることに成功し指揮官の鏡として世界の軍事史にその名を刻まれている。


「すき焼きを食べたいと思わない?なんなら私が夜もお相手するわよ」

「ごくり...」


 食欲と性欲を刺激する松坂の言葉。まだ二十代でそれなりの美貌を持つ彼女に誘われ、久しく得ていない欲望が奮い立たされる。

 また、頼りない指揮官であった彼女としても、この身を捧げても一旗上げて見返してやりたいという野心はあった。


「分かりました!!」

「了解です!!」


 単純な思考だが、やる気を奮い立たせることには成功した。

 目の前の恐怖よりも単純な欲求になびいた兵士達は再びリーダーと認めた松坂に服従し、彼女からの細かな指示を受けたのちにありったけの火力を手に建物の中へと進んで行った。

 

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